学位論文要旨



No 112563
著者(漢字) 中野,健
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,ケン
標題(和) 液晶の潤滑特性に関する研究 : 摩擦係数のアクティブ制御を目指して
標題(洋)
報告番号 112563
報告番号 甲12563
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3841号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 液晶に電場を印加すると,誘電的な性質の異方性により,分子の配向方向が変化する.この微視的な分子配向の変化は,集団で一斉に生じることから,様々な巨視的性質の変化を引き起こす可能性を秘めている.その光学的性質の変化を利用して,液晶ディスプレイが実現したように,もしもそこから機械的性質の変化を取り出すことができるならば,その現象を利用することで,機械要素へのアクティブな機能の付与が可能になると考えられる.

 本研究ではこのような発想に基づいて,液晶で潤滑した摩擦面への電場の印加による,摩擦係数のアクティブ制御の可能性を追究した.流体潤滑と境界潤滑という2つの潤滑の形態への応用を想定して,実験的・理論的な検討を行った.

 流体潤滑では,摩擦係数に関して潤滑剤に求められる主要なパラメーターは粘度である.液晶は電気粘性流体の一種であることから,流体潤滑で液晶を潤滑剤として用いれば,電場によって粘度を制御することによる,摩擦係数のアクティブ制御が期待できる.そこで本研究では,同軸二円筒型回転式粘度計を用いた実験と,液晶の連続体理論(ELP理論)を用いた解析により,電気粘性効果の特性およびメカニズムを明らかにした.電気粘性効果の代表的な例を図1に示す.さらに,摩擦面での応用において問題になると予想される,膜厚が小さい場所への電気粘性効果の適用について解析を行い,原理的には数V程度の低電圧によって,粘度の制御が可能であることを定量的に示した.

 一方,境界潤滑に関しては,演繹的な推察が困難であることから,本研究では主として実験の中で,摩擦係数のアクティブ制御の方法を模索した.その結果,2種類の異なる摩擦試験機を用いた実験において,液晶で潤滑した摩擦面への電圧の印加により,摩擦係数が低下する現象を見出した.本論文で電気摩擦効果と名付けたこの現象は,条件によっては数V程度の電圧の印加によって,50%以上の摩擦係数の低下を示した.電気摩擦効果の代表的な例を図2に示す.

 また,液晶の電気粘性効果と電気摩擦効果を利用することによって可能となる,摩擦係数のアクティブ制御について論じ,荷重・速度・温度などの運転パラメーターの変化に応じた制御の形式が,とりわけ有効であることを示した.

図表
審査要旨

 修士(工学)中野健提出の論文は,「液晶の潤滑特性に関する研究-摩擦係数のアクティブ制御を目指して-」と題し,9章および付録よりなっている.

 固体面間の摩擦は,トライボロジカルな要素において,エネルギーの有効利用のためにその低減が望まれているが,それに加え近年では,適当な値に制御することがしばしば要求されるようになった.本研究は,液晶のもつ異方性とその電場による変化に着目し,これを潤滑剤として用い,電場を印加することによって,摩擦係数をアクティブに制御する可能性を探ることを目的としたものである.

 第1章は「緒論」で,液晶とトライボロジーの関わり,本研究の目的,関連するこれまでの研究,本研究の特色および本論文の構成について述べている.

 第2章と第3章は,本論文のキーワードである「液晶」と「摩擦係数のアクティブ制御」に関し,これまでの知見をまとめるとともに概念の整理を行って,本研究の出発点を明確にしている.

 潤滑は,その機構から流体潤滑と境界潤滑の二つの形態に大別される.流体潤滑は,固体面間に流体力学的に比較的厚い潤滑膜を形成して固体どうしの接触を防ぐもので,それを支配する潤滑剤の性質は粘度である.一方境界潤滑は固体面間の接触点の存在が前提であって,潤滑剤は高圧・高せん断を受けるその接触部に介在して,下地固体どうしの直接接触を防ぐ強固な表面膜を形成しなければならない.本研究ではこれら二つの性質を取上げ,本論文の主要部をなす第4,5章と第6,7章において,液晶を潤滑剤として用いた場合の,それぞれの潤滑形態における電場の効果について詳述している.なお本研究では,一定の温度範囲でネマチック液晶相をとる4-ペンチル-4’-シアノビフェニルを解析の対象として用いているが,場合によってディスプレイなどで実用に供されている混合液晶を用い,各種液晶間の比較を行っている.

 第4章「電気粘性効果の実験」では,同軸二円筒型回転式粘度計を用い,電圧を印加して粘度を測定した一連の実験について述べている.電場による粘度の増加は電気粘性効果として知られ,液晶についてもある程度明らかにされている.本実験では,せん断速度,温度,誘電異方性などが電気粘性効果に及ぼす影響を調べ,電場による粘度の最大増加幅は物質に固有のもので数倍ないし十数倍に及ぶこと,一定の粘度増加幅を得るために必要な電場強度はせん断速度が高いほど大きくなり,誘電異方性の大きいほど小さくてすむことなどを明らかにするとともに,次章の解析の対象とするデータを得ている.

 第5章は「電気粘性効果の解析」であり,液晶の連続体理論を用いた1次元せん断流れの解析によって,前章で得た実験結果が定量的に説明できることを示し,固体表面における分子配向の束縛の影響を調べて,膜厚がきわめて小さくせん断速度の高い摩擦面における電気粘性効果を予測し,実際的な印加電圧で実現する可能性があることを示している.

 第6章「摩擦実験」では,境界潤滑の実験について述べている.固体面間の接触を前提とするこの潤滑形態において電場の影響を調べるため,実験には金属面に絶縁コーティングを施す方法と,ダイオード特性をもつ金属とシリコンウエハとによって摩擦面を構成する方法を用いた.その結果液晶を潤滑剤に用いると,条件によっては数V程度の電圧の印加によって50%以上の摩擦係数の低下が得られることを見出だしたほか,この変化が可逆であること,極性の影響があること,液晶相を呈する温度範囲以外でも生じうることなどの知見を得ている.

 著者はこのような電場による摩擦係数の変化を「電気摩擦効果」と名付け,第7章でその解析を試みている.実測した摩擦面の微視的な形状にもとづく接触のモデルを用いて,吸着による表面膜の形成と接触部における機械的擾乱によるその破断の動的なバランスを考慮し,電圧の印加が表面膜の配向を通じてその強度に影響を及ぼすという仮説によって電気摩擦効果の説明が可能であることを示している.

 第8章「考察」においては,電気粘性効果と電気摩擦効果を利用した,液晶潤滑剤による摩擦係数の制御の可能性を論じており,第9章「結論」では本研究で得られた成果をまとめている.

 以上を要するに本論文は,電場の印加によって液晶の粘度と,液晶を潤滑剤として用いた場合の摩擦係数が変化する現象を,実験的および理論的に解明し,摩擦係数のアクティブ制御の可能性を示唆したもので,工学上寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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