学位論文要旨



No 112565
著者(漢字) 山下,竜一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,リュウイチ
標題(和) 非熱平衡プラズマによる揮発性有機物質の分解
標題(洋)
報告番号 112565
報告番号 甲12565
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3843号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 日高,邦彦
内容要旨

 フロンやその他の揮発性有機物質は様々な環境問題を引き起こすことで問題になっている。冷媒、精密洗浄用の溶剤や発泡剤などで使われているフロンは人体には直接的には無害であるが成層圏中のオゾン層を破壊することで問題になっている。トリクレンについては発癌性が指摘されている。非熱平衡プラズマと呼ばれる放電現象では、電子温度は高いがイオン温度は低くガスの温度上昇を起こさないプラズマが実現できることから従来の化学反応では実現できない反応の促進が期待でき、ガス状大気汚染物質処理への応用が注目され、また、現実に研究されるようになった。揮発性有機物質を処理する従来の技術は、活性炭吸着、触媒を利用した酸化、燃焼である。しかしこれらの技術は関連する問題、例えばコスト、エネルギー必要量、集められた汚染物質を引き続き破壊する必要性などがある。こうした理由から、これらの汚染物質を処理する代わりの技術として、非熱平衡プラズマによる揮発性有機物質の分解が研究され始めた。これまでの実験で、低濃度(100〜1000ppm)フロン(フロン22、フロン113)、トリクレンなどのハロゲン化有機物質やアセトン、イソプロピルアルコールなどが分解できることが判明している。本研究は、非熱平衡プラズマによる低濃度(1000ppm程度)揮発性有機物質の分解において、実用上あるいは分解機構解明のために知ることが必要である、各種反応装置の比較検討、分解生成物の分析、水分添加の影響、を調べることを目的としている。

 反応装置の違いによるトリクレン分解効率の比較検討については、まず、沿面放電型リアクタと同軸円筒型リアクタ(バリア放電)を比較した。これは、非熱平衡プラズマを沿面放電により発生させた場合とバリア放電により発生させた場合でプラズマ状態が異なり、トリクレン分解効率に違いを与えるのではないかと予測したからだ。しかし、沿面放電型リアクタと同軸円筒型リアクタでは、トリクレン分解効率はほとんど違わなかった。従って、非熱平衡プラズマを沿面放電により発生させても、バリア放電により発生させてもトリクレン分解効率という点ではほとんど同じであるといえるという結論に達した。次に沿面放電電極本数の影響について調べてみた。これは、沿面放電電極本数が少ない場合と多い場合(電極本数が1本の場合と6本の場合)でプラズマ状態が異なり、トリクレン分解効率に違いが現れるのではないかと予測したからである。その結果1本の方が若干トリクレン分解効率が良かった。1本の場合同じ消費電力を投入するのに高い電圧を加えなくれなならない。非熱平衡沿面放電プラズマを発生させる場合、印加電圧が高いほどリアクタ内部が高電界になり、電子への加速が強くなると考えられ、結果として、トリクレンを分解しうるラジカルなどの活性種を多く生成するものと思われる。従って、分解効率を上げるには電極本数を少ないした方が良いと予想された。次に放電重畳リアクタによる分解を行った。これは、沿面放電とバリア放電を位相をずらして重畳させることで、オゾン生成効率が高まるという最近の報告があるからであり、揮発性有機物質の分解の場合にも、分解効率が高まるのではないかと考えたからである。但し、本研究では沿面放電とバリア放電の位相は一致させてトリクレン分解効率を測定した。その結果、バリア放電単独時の場合が最もトリクレン分解効率が良かった。放電を重畳させる場合では、放電が沿面放電とバリア放電に分散するため空間的には不均一な放電になると考えられる。従って、分解効率を上げるために、放電を重畳させる必要はないと考えられた。

 次に低濃度揮発性有機物質のプラズマ処理における分解生成物の分析を行った結果を記述した。分解生成物の分析は、二次処理の必要性を検討するうえでも分解機構解明のためにも必要である。その結果、微量の中間生成物は、充分な放電電力を投入した場合ではほぼなくなる。最終生成物は二酸化炭素、塩化水素などの低分子量の物質であることが判明した。また、中間生成物に酸化物が含まれることから、分解要因としては非平衡プラズマ中の高エネルギー電子および酸素原子やオゾンなどの活性酸素種が考えられるという結論に達した。また、放電雰囲気を純粋酸素、純粋窒素にした場合のフロン113分解生成物を調べた。その結果、放電雰囲気が空気の場合は活性窒素種はあまり重要な役割を果たしておらず、活性酸素種が重要な役割を果たしていると推定された。

 次に水分添加の影響を記述した。放電プラズマ中に水分が存在すると反応性の高いOHラジカルが生成し、揮発性有機物質の分解効率を高めると期待されたからである。しかし、今回の実験条件では、分解効率の向上が認められなかった。このことより、OHラジカルがあまり生成していないかあるいはOHラジカルが分解要因になっている割合が低いのではないかと考えられた。

審査要旨

 本論文は「非熱平衡プラズマによる揮発性有機物質の分解」と題し、大気環境を害するガス状有機物質の分解除去に非熱平衡プラズマを用いた場合の有効性を調べる目的で、プラズマ処理装置の開発、放電機構を可能な限り明らかにしようとしてなされた研究報告であり、全6章からなる。

 第1章は、序論であって、本研究の背景、非熱平衡プラズマの概要、研究の目的と位置付けが述べられている。放電を大気環境改善に応用する研究の歴史は古く、実用化技術の開発は、ほぼ100年前まで遡るが、当時の対象は粒子状汚染物質であった。環境規制が厳しくなるにつれて、従来、化学処理で対応してきたガス状汚染物質、特に、オゾン層破壊で急に使用規制が行われたフロンガスの処理が化学処理だけでは難しくなり、新たな分解手法の開発が必要となった。本論文で取り上げられている非熱平衡プラズマとは、何らかの方法で電子温度のみを高温にし、分子温度は低いままに押えたプラズマのことで、その高温電子の強い化学作用によって有害物質を分解処理しようとするものである。特に低濃度有害ガス状有機物のみに高エネルギー電子を作用させて効率よく有機物の分解処理を行おうとするものである。論文の中では、高温プラズマを含めたパルス放電、沿面放電、バリア放電等、様々なリアクターがその特徴とともに紹介されている。

 第2章の表題は「沿面放電プラズマ処理法による揮発性有機物質分解」で、本研究の初期段階で予備実験的に行った実験結果を一部示したものである。最初に、沿面放電型セラミックリアクターによる揮発性有機物分解の基本的な特性例を紹介している。大気中、100ないし1,000ppm含まれている希薄なトリクレン、アセトン、イソプロピルアルコールなどの分解を試み、何れの場合にも90%以上分解出来ること、また、その場合の放電エネルギー効率などを示し、アセトンがアルコールよりも分解しにくいこと、フロン分解では放電エネルギーが大きくなるにつれて置換反応や炭素結合の切断が進行し、最終的には有機物が炭酸ガスや水に酸化されて分解除去されることを確認している。

 第3章は、「各種反応装置の比較検討」と題し、セラミックリアクターを基本とし、2種類のコイル型リアクター、同軸円筒型リアクターを自作してその性能差を比較検討した結果を記述してある。いずれのリアクターにおいても、電源電圧では、それぞれ独自の性能を示すが、横軸を消費エネルギーに統一して比較検討すると、分解率のリアクターによる差はほとんどないことが認められる。すなわち、リアクター形状を工夫するよりもむしろ低周波数で高電界を印加すれば高い効率で分解できることを実験的に明らかにしている。また、ほぼ同じ形状で電極面が小さい方が、同じ消費エネルギーでは電界強度が大きくできるため分解性能が高いこと等を実証している。円筒の外側で沿面放電とバリア放電とを重畳させるリアクターを新たに試作し、その性能を調べている。オゾン製造時と異なり、放電そのものは何れの場合にも安定しているが、エネルギー効率は、単一放電の場合と比較して向上しておらず、当初予想された相乗効果による高性能を発揮することはできていない。むしろ、残存イオンの影響で単位エネルギー当たりの分解効率は悪くなることを明らかにしている。

 第4章は、「揮発性有機物質プラズマ処理における分解生成物の分析」と題し、ガスクロマト質量分析装置によって媒質中に微量存在する分解生成物を同定し、プラズマ放電エネルギーと生成量との相関関係を詳細に調べた結果をまとめたものである。CFC-113フロンの分解ではCClFO,CCl2F2,C2Cl2F4など様々な有機物が検出される。放電電力が十分に大きくなるとCO2やN2Oが検出され、HClも増加する。その他の副産物である有機物は検出されなくなる。また、窒素ガス中1000ppmのCFC-113を分解する場合、CFC-113そのものはなくなるがCCl2F2,CCl3F,CClNなどは増加する一方であることから、分解には窒素ガスも有効であるが、無害化するためには酸素分子が必要であることなどを明らかにしている。また、トリクレンの分解では、極めて有害なホスゲンの生成が確認されており、VOC処理では、プラズマ処理の後で別途後処理が必要な場合があることを示している。これらの結果は、分解機構を知る上で貴重な情報である。

 第5章は、「水分添加の影響」を調べた結果を記述してある。NO処理で有効な水分添加によって非熱平衡プラズマによるVOC処理効率が変化するかを詳細に検討している。フロンの場合には、水蒸気濃度の変化により分解性能の変化は観測されず、むしろ、水分が多いと、地球温暖化に悪影響を及ぼすとされるN2Oの生成が増加すること、トリクレンの分解では、バプリングの水温を70度に上げると明らかに分解率の向上が観測されることを見いだしている。これは、水蒸気の影響よりは、反応時のガス温度の影響によるものであることが判明しており、同じ温度では、乾燥状態の方が分解率が大きいことなどが明らかにしている。

 以上を要するに、本論文は、大気中に放出される低濃度の環境汚染揮発性有機物を放電によって誘起された大気圧非熱平衡プラズマによって分解除去する手法について、そのリアクターの開発、分解生成物の分析、水分添加による分解への影響を実験的に詳細に検討して基礎過程を明らかにし、実用化への糸口を開いたものであり、電気工学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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