学位論文要旨



No 112570
著者(漢字) 南方,英明
著者(英字)
著者(カナ) ミナカタ,ヒデアキ
標題(和) 実時間二足歩行機械Biped Walkerに関する研究
標題(洋)
報告番号 112570
報告番号 甲12570
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3848号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 本論文は,二足歩行機械の実用化にとって必要不可欠でありながら従来ほとんど手つかずの状況にある,歩容(歩き方)そのものを実時間で変化させうるシステムの構築を目指したものであり,実際に半身大の二足歩行機械を製作し,実機実験により実時間で歩行速度を変化させられるシステムを構築した結果について述べたものである。

 第1章では二足歩行機械を取り巻く背景,目標などについて述べている。

 二足歩行機械は,高齢化社会における医療用,看護用ロボットの移動手段として注目すべきポテンシャルをもっている。人間と同様に動的なバランスをとりながら歩行を実現するために,動力学的な安定規範をもとに適切な関節軌道を求め実現するもの,歩行持続性に着目し足首周りの角運動量を補償しながら歩行を行うもの,倒立振子モードへの拘束制御を行い歩行の全エネルギーを見通し良く扱うもの,などの手法が提案されてきている。環境への適応性についてみると,路面形状の変化に実時間で対応する研究もなされている。しかしながら,状況に応じて「歩容そのもの」を変化させ,柔軟に対応することに着目した研究は始まったばかりである。

 本論文では,歩容そのものを変化させる「操作性」という観点に着目する。これは,操作者などからの指令に対し,歩行システムがどのように対応するかという問題である。具体的には,操作者が歩行パラメータを指示し,二足歩行機械がそれに応じて歩き方を変えるものを提案する。アプリケーションとしては,義足やリモートブレインタイプの家庭用ロボット,極限作業用の移動機構(搭乗用,およびスレーブマシン)などを想定している。なお,Biped Walkerという言葉は筆者の造語で「二足で歩くもの」という意味である。ロボットという言葉はあえて使っていない。これは上記アプリケーションのように二足歩行システムを人間の能力拡大のためのツールとして活用することを積極的に提案したいためである。

 第2章では過去の二足歩行研究について述べている。まず,人間を代表とする動物の歩行がどのような原理に基づいて制御されているのかについての研究を概観している。そして,従来の二足歩行ロボット研究がどのように行われてきたかを整理している。さらに,二足歩行を解析する上での準備としてZMP規範や角運動量規範などの概念について説明を行い,それらの概念に着目した従来の研究について解説している。

 第3章では制御システムの構築に関する指針を示し,矢状面に拘束された二足歩行の制御についての具体的な制御方策の提案を行っている。

図1 歩行の階層制御

 まず第1章で述べた実時間性の観点から,制御における明確な役割分担,階層化の必要性を指摘し,図1に示すような歩行の階層制御が必要であるとの視点に立って議論を進めている。図1において,上位レベルはナビゲーションを司り,歩行状態を指示するパラメータを中位レベルに送る。中位レベルは歩行現象の制御を司る。すなわち,歩行持続性や安定性,歩行速度や歩幅などのグローバル状態変数を制御する。下位レベルは実際の関節動作の制御を司る。ここで注目すべきは中位レベル制御である。従来行われてきたような軌道パターンをあらかじめ作っておくような手法においては,パラメータは固定であったり,また前もって歩行中に取りうる値を決めてあったりするものが大半である。歩行中に歩行運動の連続性などを考慮して自由にパラメータを変化させられるわけではない。

 本論文では上記パラメータのうち歩行速度について,外部からの指令,例えば操縦者からの信号によって歩行速度そのものを実時間で変化させる手法を提案している。なお,環境は平坦面と仮定し,二足直線歩行を対象とした。具体的な制御指針は以下のとおりである。

 ・上位レベル制御については,操縦者がこれを行うこととし,実際の装置においてはリモコンスイッチ(ポテンショメータからの歩行速度指令)によって歩行速度指令を与えるものとした。

 ・中位レベル制御については「仮想倒立振子法」を提案する。これは仮想モデル追従法と呼べるもので,定常歩行の際はノミナルな倒立振子への拘束,加減速のような過渡状態においては非ノミナルな倒立振子への拘束を行うことにより,定常歩行,加減速を統一的に制御する手法となっている。イメージとしては,図3に示すような振子モデルの位相軌跡に実機の胴体運動を拘束するものである。速く歩くことは位相軌跡上では上側の軌跡,ゆっくり歩くことは下側の軌跡をあらわしており,振子の足の長さが固定であればこれらは交わらない。しかしながら,短足振子への拘束制御を行うと点線のような軌跡を通らせることが可能であり,これによって加減速を実現できる。この時必要なのはモデルとなる振子の足の長さを短く設定するだけであり,加速に必要なトルクを計算したりすることなく,簡易な手法となっている。

図2 矢状面における倒立振子の位相軌跡

 また,下位レベル制御については中位レベルから送られてくるモデルの振る舞いに応じた軌道を実時間作成し,関節制御は外乱オブザーバを利用した強靭な位置制御によって行うことを提案する。衝撃制御などの安定化はとくに考慮していないが,遊脚の膝を進行方向に対して凹に曲げる「鳥型歩行」を採用し,歩行安定性を破壊しにくいことを計算機シミュレーションなどで示している。

 第4章では試作1号機"Ostrich-I"の開発について述べ,これを用いた実機実験の結果を示している。1号機"Ostrich-I"は矢状面(歩行を横から見た平面,進行方向に平行)に6自由度を持ち,全高50cm,質量13kgである。各関節軸はDCサーボモータ(30W)をハーモニックドライブで100倍に減速したものにより駆動される。前額面(歩行を前からみた平面,進行方向に垂直)運動は,ロボット腰部にボールトランスを装着し,これを挟みこむようにガイドを用意して拘束している。図3に示すような制御系を構成し,歩行実験を行った。図4は歩行の様子の連続写真であり,図5はその時のモデルの位相軌跡と実機の支持脚回りの倒れこみ角度の位相軌跡である。指令としては最初ゆっくり歩いて,途中で加速して以後速く歩くようなものを人力したが,モデルの軌跡がそれに応じて変化し,実機の軌跡はそれを追従するように動いていることが見て取れる。このように,矢状面に拘束された二足歩行に関しては提案手法により歩行速度を実時間で制御できることを確認した。

図3 実験装置の構成図4 歩行実験時の連続写真(0.3s間隔)図5 歩行実験時の位相軌跡

 第5章では仮想倒立振子法を3次元に拡張した。これは矢状面,前額面,双方に振子モデルを設定し,同期をとりながらモデルを動かしつつ,実機を拘束制御する手法である。この結果以下のようなことが明らかになった。

 ・前後運動と左右運動の同期を考慮すると,歩行速度と左右への体の揺すり具合の間に式1の関係が成立する。これは,速く歩く場合には体を左右にあまりゆすらなくてもよく,ゆっくり歩く場合には体を左右に大きくゆする必要がある,という意味であり,妥当な結果である。

 

 ・前後運動と左右運動の同期を考慮しつつ,加減速を実現するためには「矢状面運動においては短足振子への拘束制御」・「前額面運動については長足振子への拘束制御」が必要となる。

 ・この時,加速の場合は若干歩幅を伸ばし,減速の場合は歩幅を狭めなければ同期がとれない。これは我々人間が歩行速度を速めたりするときの挙動とも合致している。

 第6章では2号機"Ostrich-II"の製作と,これを用いた実機実験について述べている。2号機"Ostrich-II"は矢状面に6自由度,前額面(歩行を前からみた平面,進行方向に垂直)に4自由度を持ち,全高60cm,質量15kgである。矢状面6自由度は減速比100倍,前額面4自由度は減速比1100/3倍のDCサーボモータで駆動している。制御装置構成は1号機と同じものとした。

 図6は"Ostrich-II"の写真である。図7は矢状面・前額面の振子モデルの出力が歩行速度に応じてどのように変化するかを示したものである。ゆっくり歩くときは体を左右に大きくゆすり,速く歩くときには小さくてよい,といったようなことが確認できた。以上のように,完全に自立した二足歩行に関して提案手法により歩行速度を実時間で制御できることを確認した。

図6 "Ostrich-II"図7 倒立振子モデル出力の時間変化

 第7章は結論であり,研究の成果と今後の課題についてまとめている。要約すれば,

 ・第4,6章で示すように実時間で歩行速度を制御することができる二足歩行システムの構築に成功した。

 ・歩行持続性破壊の観点から鳥型歩行の優位性を発見した。

 ・3次元歩行を考慮した場合に矢状面・前額面運動の同期の条件を定常歩行,および加減速中双方について導いた。その結果が我々人間の歩行と照らし合わせて妥当である。

 などが成果として挙げられる。今後の課題としては

 ・環境情報の取得(足の裏の反力など)による安定化の追求

 ・実時間性を保った上で安定性をいかに引き上げるかという観点からみた下位レベル・中位レベル制御構成の検討

 ・実時間旋回歩行に向けた制御方策の検討

 などが挙げられる。

審査要旨

 本論文は,「実時間二足歩行機械Biped Walkerに関する研究」と題し,歩容そのものや歩行速度を実時間で変化させうる二足歩行機械の制御原理を提案し,実際に半身大の二足歩行機械を2種類(1号機,2号機)製作し,実験によってその有効性を実証した結果を述べたものである.

 第1章(緒言)では研究の背景や目的について述べている.二足歩行機械は,高齢化社会における医療用,看護用ロボットの移動手段として大きなポテンシャルをもっており,今までにも,動的なバランスをとりながら二足歩行を実現する方法がいくつも提案されている.しかしながら,環境に柔軟に対応するために「歩容(歩き方)」そのものを変化させることに着目した研究は始まったばかりであるとしている.操作者が指示する歩行パラメータ(例えば歩行速度)に応じて歩き方を変えるものでなければ実用性はない.そのような二足歩行機械の呼称として,Biped Walker(二足で歩くもの)という造語を提案し,義足や家庭用ロボット,極限作業用の移動機構などへの応用を想定している.ロボットという言葉はあえて使っていない.ここには二足歩行機械は,人間の能力拡大のためのツールとして活用するべきであるという著者の主張が込められている.

 第2章(二足歩行機械の現状)では過去の二足歩行研究について述べている.まず,人間を代表とする動物の歩行原理についての研究を概観し整理している.さらに,二足歩行を解析する上での準備として,ZMP規範や角運動量規範などの概念について説明し,それらの概念に着目した従来研究について解説している.

 第3章(仮想倒立振子法の提案)では,矢状面に拘束された二足歩行の制御方策として具体的な提案を行っている.まず実時間性を実現するために階層制御を導入している.上位レベルはナビゲーションを行い,歩行状態を指示するパラメータを中位レベルに送る.中位レベルは歩行動作,すなわち,歩行の安定性,歩行速度や歩幅などのグローバルな状態変数を制御する.下位レベルは関節の制御を行う.従来の中位レベル制御が軌道パターンをあらかじめ作っておく手法であったのに対し,本論文では,外部指令によって歩行速度を実時間で変化させる手法として「VIP(仮想倒立振子)法」を提案している.定常歩行の際はノミナルな倒立振子への拘束,加減速のような過渡状態においては非ノミナルな倒立振子への拘束を行うことにより,定常歩行,加減速を統一的に制御する手法である.加減速時に必要なのはモデルとなる振子の長さを設定するだけであり,加減速に必要なトルクを計算する必要はない.下位レベルの関節制御には外乱オブザーバを利用したロバストな位置制御を用いている.また,遊脚の膝を進行方向に対して凹に曲げる「鳥型歩行」を採用し,歩行安定性を破壊しにくいことを示している.

 第4章(Ostrich-Iの開発)では試作1号機"Ostrich-I"の開発について述べ,これを用いた実験結果を示している."Ostrich-I"は矢状面に拘束された6自由度を持ち,全高50cm,質量13kgである.各関節軸はDCサーボモータ(1/100のハーモニックギア付き)により駆動されている.速度指令は物理的なつまみによって与えられ,最初ゆっくり歩き途中で加速して以後速く歩くという実時間動作の実現に成功している.

 第5章(仮想倒立振子法の拡張)では仮想倒立振子法を3次元に拡張するために,矢状面,前額面双方に振子モデルを設定し,同期をとりながら実機を拘束制御する手法を検討している.その結果,速く歩くには体を左右にあまりゆすらなくてもよく,ゆっくり歩くには大きくゆする必要があること,加減速を実現するためには,矢状面運動では短足振子への拘束制御,前額面運動では長足振子への拘束制御が必要となり,しかも,加速の場合は若干歩幅を伸ばし減速の場合は狭めなければ同期がとれない,ということなどを明らかにしている.これは人間の挙動とも合致している.

 第6章(Ostrich-IIの開発)では2号機"Ostrich-II"の製作と,これを用いた実験について述べている."Ostrich-II"は矢状面に6自由度,前額面に4自由度を持ち,全高60cm,質量15kgである.矢状面6自由度は減速比100倍,前額面4自由度は減速比1100/3倍のDCサーボモータで駆動されている.制御装置構成は1号機と同じである.第5章で述べた歩行が,理論どおり実現され,完全に自立した二足歩行においても提案手法により歩行速度を実時間制御できることを確認している.

 第7章は結論であり,研究の成果と今後の課題についてまとめ,今後の課題として,足裏の反力など環境情報の取得による安定性の向上,下位レベル・中位レベル制御系の役割分担の最適化,実時間旋回歩行の実現などを挙げている.

 以上をまとめると,本論文は,二足歩行機械の実用化にとって必要不可欠でありながら従来ほとんど手つかずの状況にあった,歩容そのものを実時間で制御するシステムを構築する手法として,VIP(仮想倒立振子)法と名づけた手法を提案し,2種類の半身大二足歩行機械を製作し,実験によってその有効性を実証したものであって,制御工学,電気工学,ロボット工学などの分野において貢献するところが少なくない.よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1819