学位論文要旨



No 112571
著者(漢字) サントス ジョゼミル コエリョ
著者(英字) Santos Josemir Coelho
著者(カナ) サントス ジョゼミル コエリョ
標題(和) 新しい光学的ポッケルス技術による高電圧の直接測定
標題(洋) New Optical Pockels Techniques for Direct Measurement of High Voltage
報告番号 112571
報告番号 甲12571
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3849号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 高度文明社会は電気エネルギーによって支えられているといっても過言ではないが、その電気エネルギーの大容量・高信頼度輸送に高電圧工学が大きな貢献を果たしてきている。高電圧測定技術は高電圧工学の基盤を成すものである。高電圧測定では、多くの場合、電圧変換器と共に、容量型ないしは抵抗型分圧器を利用している。こうした高電圧測定法について、多くの研究者が卓越したアイディアを導入し、優れた測定器の開発が行われきたが、測定周波数帯域、耐電圧レベル、動的特性における非線形性などにおいて、いくつか解決が待たれる限界が存在していた。

 近年、オプトエレクトロニクス技術が光通信分野だけでなく、電圧測定などにおいて電力システム分野にも応用され始めている。しかしながら、光応用電圧測定器においても、高電圧を直接測定するには至っていなかった。本研究では、光学的測定法であることから種々の利点を有するポッケルス電圧センサに着目し、特に広い周波数領域を含む高電圧を分圧器などを介さず直接測定するという理想的な高電圧測定器の実現に向けて、多分割型やファイバ型ポッケルス結晶を利用した新しい高電圧センサの研究開発をおこなっている。

 まず、高電圧測定器の開発の意義、目的について述べ、最近開発が進められている光応用高電圧測定法、特にポッケルスセンサの位置づけや解決が待たれていた問題点について記述し、本研究が行われるに至った経緯を説明している。

 次に、本研究を理解する上で重要と思われるポッケルス効果の基本原理および解析方法、ポッケルス効果を利用した電圧測定法のシステム構成、その実用例などを論じ、また本研究で主題となる高電圧の直接測定法を実現する3つの手法の提案について説明している。ポッケルス結晶を透過した光を検光子に導き透過光強度を観測すると、その大きさは結晶に印加される電圧の大きさによって正弦波周期関数状に変化する。両者の間に一価関数の関係が成立するためには、印加電圧をある範囲内、すなわち半波長電圧以下に制限する必要がある。従って、高電圧測定の場合には半波長電圧が大きい方が望ましい。第一の提案では、結晶に対する光の入射方向を従来から利用されているような結晶軸方向からずらすことを提案している。入射方向と半波長電圧の関係を理論的に詳細に検討し、最適角度を導いている。ただし、最適角度付近での半波長電圧の角度による変化が大きく、高度な研磨技術が要求されることから、現時点では必ずしも実用的ではないと考え概念の記述のみにとどめている。第二の提案は、ポッケルス結晶を分割し被測定電圧を構成する空間内に分散配置することにより、等価的に半波長電圧を増大させようとするものである。第三の提案は、ポッケルスセンサによる高電圧測定で問題点となっていた、インパルス電圧印加時に発生する圧電共振に基づく振動波形を回避する方法として、ファイバ状のポッケルス結晶を利用しようというものである。

 第二の提案である多分割ポッケルス結晶を利用した高電圧センサについて、具体的な設計、開発の方法、また特性評価によるセンサの有用性の検討を行っている。500kV高電圧測定器をポッケルスセンサで実現するために、数値電界計算および半波長電圧の計算を利用して設計を行い、ギャップ長100mmの平行平板電極間に、厚さ1mmのBGOポッケルス薄板結晶8枚を等間隔に配置し、そこに光を伝搬する縦型変調方式によるセンサシステムを構築している。センサ部は1気圧のSF6ガスを充填したアクリル容器内に納められ、500kVの耐電圧とシステムのコンパクト化を実現している。光伝送系として、632.8nmHe-Neレーザとマルチモード光ファイバの組み合わせ、および1300nmスーパールミネッセントダイオード(SLD)、光入射側の偏波面保持光ファイバ、受光側の大口径光ファイバの組み合わせ、という2つのモデルを開発している。半波長電圧は、前者の光伝送系では6.84MV、後者の光伝送系では14.75MVという理論値をが得られ、500kV級の電圧に対して、印加電圧と光出力の一価関数関係だけでなく、計測処理の簡便な近似的な線形関係が保たれる。この点は、直流、交流、雷インパルス電圧をセンサシステムに印加することによって実験的に検証された。また、印加電圧波形によらず同じ線形関係が得られることから、センサ出力から印加電圧値への換算係数には周波数依存性がない理想的な測定システムが実現されている。雷インパルス電圧波形を測定した場合に、その波頭部以降にポッケルス結晶の圧電振動に起因する百数十Hzの振動成分が重畳することが観測された。しかし、高速フーリエ変換(FFT)を応用した信号波形フィルタリング手法により、この振動成分のみを消去することができることを明らかにしている。高周波の応答限界を検証する目的で、立ち上がり13.5nsの直角波高電圧を印加して応答波形を観測した結果、印加電圧に追従した出力が得られている。以上の結果は、直流から少なくとも30MHzまでの高周波数帯域を有する500kV級のポッケルス高電圧測定システムが製作可能であることを示している。

 第三の提案であるファイバ状ポッケルス結晶を利用した高電圧センサの開発を行っている。直径1mmのファイバ状BGO単結晶において、z軸方向に成長できる最大長は現在の所40mmである。半波長電圧を実験的に検討すると、その値は理論的に推定される値より1桁程度大きいことが示されている。その原因としては、ファイバ結晶の成長過程で生じる結晶内の残留応力などが考えられるが、再現性が確認できれば高電圧測定用の結晶としては有利な半波長電圧を有していると評価できる。このセンサシステムは、電圧が結晶の軸方向全体に印加されることから、原理的に近接物体の影響を全く受けないという、従来の高電圧測定器では実現できない特長を有している。雷インパルス電圧の測定結果から、従来のポッケルスセンサでは不可避であった、インパルスのピーク以降に現れる振動成分の重畳現象が観測されないことが明らかになった。従って、前述の第二の提案に対して適用されたインパルス電圧測定波形の信号処理も不要となり、理想的なセンサといえる。また、立ち上がり3nsの直角波電圧にも正確に応答していることから、直流から100MHzまでの広周波数帯域を有していることが明らかにされている。

 更に、白色光干渉を応用した電圧測定のダイナミックレンジの拡大法について提案している。印加電圧とセンサ出力の一対一対応を前提とするポッケルスセンサシステムでは、半波長電圧によって測定電圧の上限が規定されてしまう。しかし、白色光干渉法を導入することにより測定電圧が原理的には無限大まで広がる可能性があることを理論的に示し、それを実現するシステム構成を示している。

 本研究の成果をまとめると、光学的ポッケルスセンサに関して、多分割型およびファイバ型ポッケルス結晶を利用した新しい高電圧センサの開発を行い、従来、分圧器などで低電圧に変換して測定していた高電圧を高入力インピーダンスで直接測定することができ、また直流から高周波までの広い周波数帯域をもつ高性能高電圧測定法を実現している。

審査要旨

 本論文は、"New Optical Pockels Techniques for Direct Measurement of High Voltage"(新しい光学的ポッケルス技術による高電圧の直接測定)と題し、高電圧工学の重要な基礎分野をなす高電圧測定において、光学的測定法であることから種々の利点を有するポッケルス電圧センサに着目し、特に広い周波数領域を含む高電圧を分圧器などを介さず直接測定するという理想的な高電圧測定器の実現に向けて、多分割型やファイバ型ポッケルス結晶を利用した新しい高電圧センサの研究開発を行った結果をまとめたもので、英文で6章より構成される。

 第1章は序論で、高電圧測定器の開発の意義、目的について述べ、最近開発が進められている光応用高電圧測定法、特にポッケルスセンサの位置づけや解決が待たれていた問題点について記述し、本研究が行われるに至った経緯を説明している。また、本論文全体の構成を記述している。

 第2章は、"Optical Techniques for High Voltage Measurement"と題し、本研究を理解する上で重要と思われるポッケルス効果の基本原理および解析方法、ポッケルス効果を利用した電圧測定法のシステム構成、その実用例などを論じ、また本研究で主題となる高電圧の直接測定法を実現する3つの手法の提案について説明している。ポッケルス結晶を透過した光を検光子に導き透過光強度を観測すると、その大きさは結晶に印加される電圧の大きさによって正弦波周期関数状に変化する。両者の間に一価関数の関係が成立するためには、印加電圧をある範囲内、すなわち半波長電圧以下に制限する必要がある。従って、高電圧測定の場合には半波長電圧が大きい方が望ましい。第一の提案では、結晶に対する光の入射方向を従来から利用されているような結晶軸方向からずらすことを提案している。入射方向と半波長電圧の関係を理論的に詳細に検討し、最適角度を導いている。ただし、最適角度付近での半波長電圧の角度による変化が大きく、高度な研磨技術が要求されることから、現時点では必ずしも実用的ではないと考え概念の記述のみにとどめている。第二の提案は、ポッケルス結晶を分割し被測定電圧を構成する空間内に分散配置することにより、等価的に半波長電圧を増大させようとするものであり、第3章で詳述されている。第三の提案は、ポッケルスセンサによる高電圧測定で問題点となっていた、インパルス電圧印加時に発生する圧電共振に基づく振動波形を回避する方法として、ファイバ状のポッケルス結晶を利用しようというものであり、第4章で詳述されている。

 第3章は、"Multi-segmented Pockels High Voltage Sensor System"と題し、前章の第二の提案である多分割ポッケルス結晶を利用した高電圧センサについて、具体的な設計、開発の方法、また特性評価によるセンサの有用性の検討結果を述べている。500kV高電圧測定器をポッケルスセンサで実現するために、数値電界計算および半波長電圧の計算を利用して設計を行い、ギャップ長100mmの平行平板電極間に、厚さ1mmのBGOポッケルス薄板結晶8枚を等間隔に配置し、そこに光を伝搬する縦型変調方式によるセンサシステムを構築した。センサ部は1気圧のSF6ガスを充填したアクリル容器内に納められ、500kVの耐電圧とシステムのコンパクト化を実現している。光伝送系として、632.8nmHe-Neレーザとマルチモード光ファイバの組み合わせ、および1300nmスーパールミネッセントダイオード(SLD)、光入射側の偏波面保持光ファイバ、受光側の大口径光ファイバの組み合わせ、という2つのモデルを開発している。半波長電圧は、前者の光伝送系では6.84MV、後者の光伝送系では14.75MVという理論値をが得られ、500kV級の電圧に対して、印加電圧と光出力の一価関数関係だけでなく、計測処理の簡便な近似的な線形関係が保たれる。この点は、直流、交流、雷インパルス電圧をセンサシステムに印加することによって実験的に検証された。また、印加電圧波形によらず同じ線形関係が得られることから、センサ出力から印加電圧値への換算係数には周波数依存性がない理想的な測定システムが実現されている。雷インパルス電圧波形を測定した場合に、その波頭部以降にポッケルス結晶の圧電振動に起因する百数十Hzの振動成分が重畳することが観測された。しかし、高速フーリエ変換(FFT)を応用した信号波形フィルタリング手法により、この振動成分のみを消去することができることを明らかにした。高周波の応答限界を検証する目的で、立ち上がり13.5nsの直角波高電圧を印加して応答波形を観測した結果、印加電圧に追従した出力が得られた。以上の結果は、直流から少なくとも30MHzまでの高周波数帯域を有する500kV級のポッケルス高電圧測定システムが製作可能であることを示している。

 第4章は、"Fiber crystal High Voltage Pockels Sensor"と題し、第2章の第三の提案であるファイバ状ポッケルス結晶を利用した高電圧センサについて記述している。直径1mmのファイバ状BGO単結晶において、z軸方向に成長できる最大長は現在の所40mmである。この結晶を利用したポッケルス高電圧センサが設計、開発されている。半波長電圧を実験的に検討すると、その値は理論的に推定される値より1桁程度大きいことが明らかになった。その原因としては、ファイバ結晶の成長過程で生じる結晶内の残留応力などが考えられるが、再現性が確認できれば高電圧測定用の結晶としては有利な半波長電圧を有していると評価できる。このセンサシステムは、電圧が結晶の軸方向全体に印加されることから、原理的に近接物体の影響を全く受けないという、従来の高電圧測定器では実現できない特長を有している。雷インパルス電圧の測定結果から、従来のポッケルスセンサでは不可避であった、インパルスのピーク以降に現れる振動成分の重畳現象が観測されないことが明らかになった。従って、第3章で適用されたインパルス電圧測定波形の信号処理も不要となり、理想的なセンサといえる。また、立ち上がり3nsの直角波電圧にも正確に応答していることから、直流から100MHzまでの広周波数帯域を有していることが示された。

 第5章は、"White Light Interferometric Pockels Sensor"と題し、白色光干渉を応用した電圧測定のダイナミックレンジの拡大法について述べている。印加電圧とセンサ出力の一対一対応を前提とするポッケルスセンサシステムでは、半波長電圧によって測定電圧の上限が規定されてしまう。しかし、白色光干渉法を導入することにより測定電圧が原理的には無限大まで広がる可能性があることを理論的に示し、それを実現するシステム構成を提案している。

 第6章は、結論であり、本研究の成果について述べるとともに、今後の研究発展の方向について言及している。

 以上要するに本論文は、光学的ポッケルスセンサに関して、多分割型およびファイバ型ポッケルス結晶を利用した新しい高電圧センサの開発を行い、従来、分圧器などで低電圧に変換して測定していた高電圧を高入力インピ-ダンスで直接測定することができ、また直流から高周波までの広い周波数帯域をもつ高性能高電圧測定法を実現するための基礎技術を確立している点で電気工学、特に高電圧工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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