No | 112573 | |
著者(漢字) | 荒川,太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラカワ,タロウ | |
標題(和) | 有機金属気相選択成長による量子細線の作製と光デバイスへの応用 | |
標題(洋) | Fabrication of Quantum Wires by Metalorganic Chemical Vapor Selective Deposition and Applications to Optoelectronic Devices | |
報告番号 | 112573 | |
報告番号 | 甲12573 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第3851号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年の有機金属気相成長法(MOCVD)、分子線エピタキシー(MBE)技術の発達により、膜厚方向だけでなく基板面内においてもナノメートルオーダーの微細構造を有する量子細線、量子ドット構造の作製が可能になりつつある。これらの構造は物理的に興味深いだけでなく、これらを用いれば従来の電子・光デバイスの性能が飛躍的に向上すると期待されている。 MOCVD選択成長法は、ファセット成長を利用してin situで微細構造を作製することができ、エッチング等において問題となるダメージや不純物の影響を回避することができるため、有力な量子細線の作製手法のひとつである。 本論文は、筆者が行ってきたMOCVD選択成長法を用いたGaAsおよびInGaAs量子細線の作製およびその光物性、さらに、量子細線の半導体レーザ等光デバイスへの応用についての研究成果をまとめたものである。 第1章では、序論として本研究の歴史的背景、量子細線の作製技術とその光デバイスへの応用について概観するとともに、本研究の意義と目的を述べている。 第2章では、V溝形GaAsおよびInGaAs量子細線の作製について述べた後、その光物性について論じている。 第3章では、超格子劈開面上の選択成長を用いたInGaAs量子細線の作製および顕微フォトルミネセンスによる光学特性について論じている。 第4章では、量子細線による電子のモードと微小共振器による光子のモードの両者を制御した微小共振器量子細線レーザについて論じている。 第5章では、量子細線の光変調器への応用の基礎研究として、MOCVD選択成長により作製したV溝形GaAs量子細線における量子閉じ込めシュタルク効果について論じている。 第6章では、結論を述べている。 以下、本稿では、論文の主要な部分である第2章から第5章までの要旨について述べる。 本章では、V溝形量子細線の作製について概観した後、フォトルミネセンス評価等によるGaAsおよびInGaAs量子細線の光物性について論じている。 V溝形量子細線はラインパターンのSiO2マスクを利用して作製される。図2.1に本研究で用いているV溝形量子細線の反射電子像を示す。V溝の底に三角形断面を有する量子細線が形成されていることが分かる。量子細線界面に加工損傷がなく、均一で高密度の量子細線構造が作製できることが本手法の特長である。 このV溝形量子細線について、フォトルミネセンス(PL)、フォトルミネセンス励起(PLE)のほか、近接場光学顕微鏡(NSOM)、およびカソードルミネセンス(CL)の各評価法を用いて量子細線の光物性を調べた。PL測定結果から、16Kから室温までの範囲でPL強度の減衰が小さく室温動作の光デバイスへの応用という観点からみてこの量子細線が有望であること、PL半値幅のブロードニングの抑制という量子細線特有の特性があることを見いだした。後者は、量子細線の離散化した状態密度を反映したものと思われる。PLE測定の結果から、量子細線効果の一つである明瞭な偏波特性を観測した(図2.3)。また、NSOMにより局所領域(単一量子細線)における室温PLの観測に成功した。CL測定により量子細線からの線状の発光を確認した。これらの結果から、量子細線特有の光物性が明らかになるとともに、デバイス応用という観点からもこの量子細線が有望であることが示された。 量子細線をエッチング等を用いたパターニングにより作製する場合、そのパターンの密度、サイズのゆらぎ等はその装置の性能により制限されてしまう。そこで、GaAs/AlGaAs多重量子井戸(または超格子)の劈開面を選択成長のパターンとして用いることができれば、従来のフォトリソグラフィ等によるパターニングに比べ高密度で揺らぎの少ないパターンが得られ、良質の量子細線が得られることが期待される。 本章では、このGaAs/AlGaAs(100)劈開面上のAlGaAs自然酸化膜を利用した選択成長法によるInGaAs量子細線を作製および顕微フォトルミネセンスによる光学特性について論じている。 量子細線の作製プロセスは以下の通りである。まず、MOCVDによりGaAs/AlGaAs超格子を形成し、大気中で劈開する。次に、オゾン雰囲気中で放置すると劈開面上のAlGaAs上に自然酸化膜が形成される。この酸化膜が選択成長のマスクとして働く。最後にGaAs、InGaAs、GaAsの順に成長すると、それぞれ台座、量子細線、キャップ層となる。本構造の作製にあたっては、AlGaAs自然酸化膜のAl組成比依存性、InGaAsの(110)劈開面上の成長の振る舞いについて調べ、所望の構造を得るための成長条件の最適化を行っている。 図3.1は作製した構造の断面電子顕微鏡(SEM)像および原子間力顕微鏡(AFM)像(埋め込みGaAs層の成長する前)である。SEM像からGaAs台座の頂上部に三角形断面を有するInGaAs量子細線が形成されていることがわかる。また、AFM像から、非常に均一な構造が得られていることがわかる。 以上のように作製したサンプルについて高い空間分解能を有する顕微フォトルミネセンス測定を行った。その結果、量子細線のみを励起した場合、量子井戸のみを励起した場合、両者を励起した場合のPL、およびそれらの偏波依存性の観測に成功した。また、CCDカメラにより、キャリアが量子細線内を拡散する様子を観測した(図3.2)。 面発光レーザは、その2次元集積性のため、次世代の光通信、光情報処理の光源として注目されている。特に、共振器長を光の波長サイズにし、自然放出光を制御することにより閾値電流を低減する微小共振器レーザは光エレクトロニクスのキーデバイスの一つとして注目を集めている。量子細線のような量子ナノ構造による電子のモードと微小共振器による光子のモードの両者を制御することは、高性能の光デバイスを達成する上で重要である。 本章では、このような高性能デバイス実現への第一歩として微小共振器量子細線レーザの作製を試み、その光学特性について論じている。 図4.1に作製したレーザ構造模式図およびその断面SEM像を示す。活性層はInGaAs量子細線(細線幅約10nm)であり、微小共振器(4)をAlAs/AlGaAsのDBRミラーにより形成している。細線周期は200nmである。 作製したレーザ構造についてPL測定を行い、微小共振器によるPLピークの狭小化、PLの偏波依存性等の量子細線効果を観測した。また、光ポンピング法により、77Kでの発振に成功した(図4.2)。40mW付近に明確な閾値特性が現われている。レーザ発振は、時間分解測定によっても確認している。この結果から、ポスト型構造にすることにより、Aオーダーの低閾値レーザの実現が可能であることが示された。 量子閉じ込めシュタルク効果(QCSE)は物理的興味のほか、光変調器等のデバイス応用上も重要である。量子井戸のかわりに量子細線・量子ドットを用いると、その状態密度を反映して量子井戸の場合に比べて大きな吸収係数の変化が期待でき、低動作電力かつ高速光スイッチングデバイス実現の有力候補である。 本章では、量子細線の光変調器への応用の基礎的研究として、MOCVD選択成長により作製したV溝型GaAs量子細線におけるQCSEについて論じる。 実験には第2章で述べたV溝形GaAs量子細線を用い、50Kにおける量子細線のQCSEの評価をPL測定により行った。図5.1に印加電圧とPLピーク位置との関係を示す。量子細線幅L=35nmの場合、印加電圧を増加するとPLピークが低エネルギー側にシフト(レッドシフト)していく。一方、、L=8、14nmの場合、印加電圧を増加していくといったん高エネルギー側にシフトした後、低エネルギー側にシフト(ブルーシフト)することがわかる。シフト量は細線のサイズが小さいほど大きい。Lが小さい場合に生じるブルーシフトは、量子細線内の大きな励起子束縛エネルギーを反映しているものと考えられる。このブルーシフトは電界印加状態での残留吸収を低減する上で有利に働く。 L=8nm、35nmの2つのサイズの量子細線について、時間分解フォトルミネセンスによる評価を行った。その結果、印加電圧を増していくと、細線サイズが小さい場合はキャリア寿命が短くなり、大きい場合はキャリア寿命が長くなることが分かった(図5.2)。キャリア寿命が短くなるのはトンネル効果によるキャリアのescapeのためであり、長くなるのは、電子-正孔の波動関数の重なりが減少するためであると考えられる。この結果は、量子細線のサイズが小さい場合、電子-正孔の波動関数の重なりの減少よりもキャリアのトンネリングが支配的であることを示している。 以上、MOCVD選択成長法を用いたGaAsおよびInGaAs量子細線の作製技術、および作製した量子細線の光物性、さらに、半導体レーザ、光変調器との光デバイスへの応用について議論した。これにより、量子細線の作製技術、光物性についての知見が深まり、量子細線構造の光デバイスへの応用が有用であることが示された。 | |
審査要旨 | 本論文は「Fabrication of Quantum Wires by Metalorganic Chemical Vapor Selective Depositionand Applications to Optoelectronic Devices(有機金属気相選択成長による量子細線の作製と光デバイスへの応用)」と題し、MOCVD選択成長法を用いたGaAsおよびInGaAs量子細線の作製および作製した量子細線の光物性の評価、さらに,半導体レーザ,光変調器等光デバイスへの応用について検討を行い、その有効性を実験的に検証した研究成果をまとめたものであって、英文で記されており、全6章より成っている。 第1章では「Introduction」と題し、序論として本研究の歴史的背景、量子細線の作製技術とその光デバイスへの応用について概観するとともに、本研究の意義と目的を述べている。 第2章では「Fabrication and Optical Properties of GaAs and InGaAs Triangularshaped Quantum Wires」と題し、V溝型GaAsおよびInGaAs量子細線の作製について述べたのち、フォトルミネセンス等の評価法を用いていて量子細線の光物性について論じてい。フォトルミネセンスの温度依存性について調べ、QWR特有の温度特性があることを示した。また、室温までの範囲でフォトルミネセンス強度の減衰が小さく、室温動作の光デバイスへの応用という観点から見て、この量子細線が有望であることを明らかにした。また、フォトルミネセンス励起測定により、明確な偏波面依存性を示し、量子細線効果が現れていることを確認した。特にInGaAs量子細線では強い横方向閉じ込めが実現されていることが分かった。空間分解カソードルミネセンス測定により、量子細線からの線状の発光を確認した。その温度依存性、光学異方性等量子細線特有の特性を明らかにし、V溝型量子細線が光デバイスに応用する上で十分高品質であることを示した。 第3章では「Fabrication and Optical Properties of InGaAs Quantum Wires Grown on a(100)Cleaved Plane of AlGaAs/GaAs Superlattice」と題し,GaAs/AlGaAs(100)劈開面上のAlGaAs自然酸化膜を利用した選択成長法によりInGaAs量子細線を作製およびマイクロフォトルミネセンスによる光学特性について論じている。超格子劈開面上にAlGaAs自然酸化膜を利用した選択成長を用いた新しい量子細線作製法を提案し、実際に量子細線構造の作製に成功した。劈開面上の選択成長を利用した量子細線としては初めて、顕微フォトルミネッセンスにより発光を観測し、半値幅22meVという比較的良好な量子細線が作製されていることを示した。また、量子細線等からの発光からキャリアの拡散の様子を観測し、量子細線からの発光の同定に成功した。 第4章では「Fabrication of Microcavity Quantum Wire Lasers」と題し、MOCVD選択成長法を用いたInGaAs歪量子細線を活性層に持つ垂直型微小共振器レーザ(共振器長4および2)の作製および光学特性についてについて議論している。まず、レーザ構造作製について述べ、また、短共振器化する上での問題点を明らかにした。4.3では、微小共振器レーザの光学特性について議論した。偏波面依存性における量子細線効果とともに、自然放出の際のスペクトラムの尖鋭化を観測し、微小共振器効果も現われていることを示した。共振器長は4ではあるがレーザ発振に成功し、その応用の可能性を示した。 第5章では「Quantum Confined Stark Effect in GaAs Quantum Wires」と題し、GaAs量子細線における量子閉じ込めシュタルク効果について議論している。フォトルミネセンス測定により量子閉じ込めシュタルク効果の評価を行い、細線サイズ依存性について調べ、量子細線のエキシトン束縛エネルギーを反映したブルーシフトを観測した。また、時間分解フォトルミネセンス測定により、印加電圧が高いときには量子細線の寸法を小さくするとキャリア寿命が短くなることを示し、量子細線の寸法が小さい場合には電子正孔の波動関数の重なりの減少よりもキャリアのトンネリングが支配的であることを明らかにした。 第6章では「Conclusion」と題し、本論文の主要な結論を述べている。本研究により、量子細線の作製技術、光物性について新たな知見が得られた。また、量子細線の光デバイスへの応用が有用であることが実験的に示された。 以上これを要するに、本論文は、有機金属気相成長法を用いた半導体量子細線の形成技術の開拓を行い量子閉じ込めシュタルク効果などの光物性を究明するとともに、微小共振器量子細線レーザを初めて実現したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。よって著者は博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/1879 |