No | 112579 | |
著者(漢字) | 染谷,隆夫 | |
著者(英字) | Someya,Takao | |
著者(カナ) | ソメヤ,タカオ | |
標題(和) | ナノメートル寸法のT型量子細線の作製と光学特性 | |
標題(洋) | Fabrication of Nanometer-scale T-shaped Quantum Wires and their Optical Properties | |
報告番号 | 112579 | |
報告番号 | 甲12579 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第3857号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ナノメートル寸法の半導体立体量子構造に電子を閉じ込めると、従来の材料では得られない物性が得られると期待されている。特に、量子細線の光学的特性においては、(1)状態密度が先鋭化するため光学的遷移確率が増大することや、(2)クーロン力がより強く働くために、励起子の束縛エネルギーや光学遷移確率がともに増大することが予測される。これらの優れた新物性を実現し、デバイスに活用しようとする研究が、近年盛んに行なわれている。例えば、量子細線を半導体レーザの活性層に用いると、低閾値電流化が実現できるほか、温度特性や変調特性が改善されることが理論的に予測されている。さらに、量子細線を利用した高感度赤外光ディテクタなども提案されている。本論文は、ナノメートル寸法の量子細線の作製とその光学評価について、筆者が行ってきた研究成果をまとめたものである。論文は6つの章から構成される。第2章では、劈開再成長法と呼ばれる新しい分子線エピタキシー法によって、良質なT型量子細線を得るための条件を示す。第3章では、フォトルミネセンス(PL)の空間分解測定によってT型量子細線の光学評価を行い、一次元状態の安定性やクーロン作用の増強効果について明らかにする。第4章では、PLやPL励起スペクトルを測定し、量子細線の光学異方性や振動子強度について述べる。第5章では、磁場中の発光スペクトルを解析し、横方向閉じ込めが波動関数に与える影響を評価する。第6章は結論である。 第2章では、量子細線の作製法として有望な劈開再成長法によって、均一性の高いナノメートル寸法のT型量子細線を得るための条件について述べる。 劈開再成長法では、劈開によって露出した多重井戸層(QW1)の端面に、別の量子井戸層(QW2)を分子線エピタキシー(MBE)法で再成長することによって、図1に示したようなT型量子細線を作製することができる。T型量子細線は、従来の細線と比較すると、寸法の制御性や均一性などの点で優れている。 筆者は、劈開の方法と再成長の条件に検討を加え、劈開再成長法を最適化した。まず、劈開する基板を90m程度にまで薄くするなど、再現性良く平坦な劈開端面を得るための方法を示した。また、不純物の付着による劈開端面の劣化を防ぐため、MBEの成長室で劈開を行い、劈開後数秒以内に再成長を開始するなどの工夫をした。 さらに、劈開によって露出した(110)面に高品質な薄膜を結晶成長するための条件を最適化した。従来の成長条件に検討を加え、成長レートを遅くするとGaAs/AlGaAsヘテロ界面のラフネスが減少することなどを見出した。その結果、発光スペクトルの線幅を先鋭化することに成功した。また、(110)面におけるInGaAsとAlAsの成長条件を明らかにするなど、様々な材料系でT細線を作製するための要素技術を確立した。 第3章では、空間分解フォトルミネセンス(PL)測定によるT細線の光学評価について述べる。系統的な試料について、量子細線と量子井戸の発光エネルギーを測定することによって、一次元状態の安定性やクーロン作用の増強効果について明らかにした。 まず、2つのT細線試料群を作製した。試料群S1では、Al0.3Ga0.7Asをバリアとした5.4nmのQW1と様々な井戸幅bのQW2によって形成される。一方、試料群S2では、AlAsをバリアとした5.3nmのQW1と様々な井戸幅bのQW2によって形成される。試料群S1とS2について、空間分解フォトルミネセンスを測定し、図3に典型的なスペクトルを示した。さらに、各試料のスペクトルのピークエネルギーを決定し、QW2の井戸幅bの関数として図4に示した。ここで、T細線、QW1、QW2のPLピークエネルギーは黒丸、白菱形、白丸でそれぞれ示されている。 T細線と量子井戸のエネルギー差(横方向閉じ込めエネルギー)は、1次元状態の安定性を表す指標として重要である。図4より横方向閉じ込めエネルギーを読みとると、QW1とQW2のエネルギーが一致したときに極大値をとり、S1では18meVになりることが分かる。一方、S2では38meVにも達しており、室温における熱エネルギー(26meV)よりはるかに大きい値が実現された。 次に、図4に示された量子細線のエネルギーと励起子効果を無視した理論計算とを比較した。実験値と理論値の差は、横方向閉じ込めによる励起子の束縛エネルギーの増加分であると解釈される。その結果、AlAsバリアの5nm寸法のT細線においては、励起子の束縛エネルギーが27meV程度(バルク値の7倍)にまで増大することを見出した。 第4章では、フォトルミネセンス(PL)とフォトルミネセンス励起(PLE)スペクトルの詳細な実験結果について述べる。特に、スペクトルの偏光依存性や相対強度比を精密に解析することによって、横方向閉じ込めが価電子帯の構造や振動子強度に与える影響について評価を行った。 まず、5nm寸法のT細線について、PLとPLEスペクトルの偏光依存性を4Kで測定し、図5に示した。実線(点線)は、T細線と平行(垂直)な偏光成分である。高エネルギー側のPLピークはQW1、低エネルギー側のPLピークはT細線のものである。PL・PLEスペクトルともに大きな偏光依存性を示した。この光学異方性は、価電子帯の頂上付近(合成軌道角運動量がj=3/2)の異方的な電子状態によって主に引き起こされる。細線のPLEのピーク強度比は39%であった。 比較のため、(110)面上の量子井戸について、PLとPLEスペクトルの偏光依存性を4Kで測定し、図6に示した。重い正孔のPLEのピーク強度比は67%であった。T細線と量子井戸の光学異方性の差異は、純粋に横方向閉じ込めの影響によるものと思われる。 ここで、光学異方性の実験値をモデル計算と比較する。細線の実験値は、結晶の異方性を考慮した無限障壁の円柱型細線における理論(34%)と良い一致を示していることが分かった。(110)面の量子井戸の実験値も理論値(86%)とほぼ一致していることが示された。 さらに、系統的な試料についてPLEスペクトルを測定し、T細線の吸収面積強度を見積もった。その結果、横方向閉じ込めが強くなるに従って、振動子強度が一次元励起子状態に集中していくことが示された。 ナノメートル寸法のT細線に閉じ込められた励起子の一次元性を検証するために、磁場中の発光スペクトルを解析し、励起子の波動関数の実効的広がりを求めた。特に、量子井戸と量子細線の詳細な比較によって、横方向閉じ込めが励起子の波動関数に与える影響を精密に評価した。 まず、寸法の異なる4つのT型量子細線を準備した。それぞれの試料においては、QW1とQW2の井戸幅をほぼ同じに設定した。これらのT細線に磁場を印加して、発光スペクトルのシフト量を測定した(反磁性シフト)。シフト量Eは低磁場領域においてE=B2の関係をもつ。ここで、は反磁性係数と呼ばれ、磁場に垂直な面における励起子の実効的広がりを表している。図7にT細線のをQW2の井戸幅bの関数として表示した。比較のため、量子井戸のもあわせて表示した。 図7より、量子井戸のが井戸幅の減少に伴って小さくなっているが、T細線のは対応する量子井戸のよりさらに小さいことがわかる。量子井戸におけるの減少は、2次元励起子におけるクーロン作用の増大によるものである。従って、単にがバルク値より小さいと言うだけでは一次元閉じ込めの証拠とはならず、量子細線と量子井戸との比較が重要である。図7において、T細線と量子井戸のの差は横方向閉じ込め効果によるものであり、T細線における波動関数が横方向に収縮していることが証明された。 本研究では、劈開再成長法を用いて、高品質なナノメートル寸法の量子細線を作製してきた。強い一次元閉じ込めが実現された結果、様々な優れた一次元電子状態を実験的に検証することができた。今後、これらの物性を活用して半導体レーザ・光変調器・赤外光素子などを実用化するためには、光と一次元電子が有効に相互作用する光導波路構造の実現や、不純物添加された量子細線における電界効果の解明などが重要であると思われる。 | |
審査要旨 | 電子の量子力学的な波長と同程度の厚さを持つ半導体超薄膜構造は、従来の半導体にない性質や機能を持つため、高性能なレーザやFETの材料として、広く用いられるに至っている。他方、電子の閉じ込め次元を更に高めた量子細線や量子箱構造では、更に新しい特性や機能の出現が期待されてきたが、その作製上の困難のため、これまでに十分に調べられていなかった。最近になり、半導体技術の進展で断面寸法が10nm(ナノメートル)以下の細線の形成が可能となってきた。本論文は"Fabrication of Nanometer-Scale T-Shaped Quantum Wires and Their Optical Properties"(「ナノメートル寸法のT型量子細線の作製と光学特性」)と題し、劈開再成長法と呼ぶ手法でT字形の良質な量子細線を系統的に作製する手法と細線の光学特性を調べた研究を記したもので、6章より構成され、英文で記されている。 第1章は序論であり、本研究の歴史的背景および本研究の目的を述べている。 第2章は「T型量子細線の作製法」と題し、2枚の量子井戸を直交させて得られる細線の作製法について記している。このT型量子細線は、あらかじめ成長した量子井戸構造の端面を劈開で露出させ、その上に第2の量子井戸を再成長させる2段階の分子線エピタキシー(MBE)法によって作製される。著者は、この劈開再成長法で得られる細線の品質を高めるために、劈開の方法と再成長の条件に検討を加え、一様性の高いナノメートル寸法のT型量子細線を得るための手法を示している。また、(110)面において歪み入りのInGaAs層やAlAs障壁層の最適な成長条件を明らかにするなど、様々な材料系でT型量子細線を作製するための要素技術を確立している。 第3章では、「空間分解フォトルミネセンス」と題し、T型量子細線の光学特性を試料の各部分について行うことにより得られた知見について述べてある。構造パラメータを系統的に変えた一連の量子細線について、顕微鏡システムを活用した局所的フォトルミネセンス計測を精密に行い、T型量子細線のみならず、隣接する量子井戸部分における量子化エネルギーを決定している。その結果、量子細線と量子井戸のエネルギー差(一次元安定化エネルギー)が38meVにまで達することが明らかにされた。さらに、強い横方向閉じ込めを受けた一次元励起子では、束縛エネルギーが増大し、27meV程度(バルク値の7倍)にまで達することが見出されている。 第4章では、「偏光特性と振動子強度」と題し、T型量子細線の光学特性の偏光依存性についての研究が記してある。著者は、一連の量子細線試料について、フォトルミネセンス(PL)とフォトルミネセンス励起(PLE)スペクトルの偏光依存性や相対強度比を精密に測定・解析し、(110)面上の量子井戸の光学異方性との比較により、横方向閉じ込めが価電子帯の構造に系統的に影響を与えることを明らかにしている。さらに、横方向閉じ込めが強くなるに従って、振動子強度が一次元励起子に集中することも見出している。 第5章では、「磁気フォトルミネセンス」と題し、磁場中の量子細線の蛍光特性について述べてある。特に、ナノメートル寸法の量子細線に閉じ込められた励起子の一次元性が強まると、波動関数の広がりが減るため、磁場中の発光スペクトルのエネルギー・シフトが減少することが予測されるが、実際に作られた一連の試料についてこれを測定・解析し、励起子の波動関数の実効的広がりを求めている。その結果、量子細線では、量子井戸に比して、励起子の波動関数が横方向に顕著に収縮していることが明らかにされている。 第6章は「まとめ」と題し、本論文で得られた主要な結果について記している。 以上これを要約するに、本論文は断面寸法が10ナノメートル級の良質なエッジ形量子細線を系統的に形成し、その光学特性を調べることにより、一次元励起子の束縛エネルギーの増大や波動関数の収縮などの特性を初めて明らかにしたものであって、電子工学に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54575 |