学位論文要旨



No 112584
著者(漢字) 盛,拓生
著者(英字)
著者(カナ) モリ,タクオ
標題(和) 同期および変調方式と統合された記録装置に対する誤り制御方式
標題(洋) Error Control Schemes for Storage Devices Integrated with Synchronization and Modulation
報告番号 112584
報告番号 甲12584
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3862号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 金子,正秀
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 現在,急速に発達しつつあるディジタル通信・記録の分野では,その高品質を保証するために,誤り訂正符号は必須の技術となっている.この誤り訂正符号を扱う理論として知られるのがいわゆる符号理論であり,その研究は1948年にC.E.Shannonにより発表された"A Mathematical Theory of Communication"に端を発する.当初は机上の空論と呼ばれた符号理論であるが,深宇宙通信などから実用が始まり,その後のディジタル技術の発展とともに幅広い分野で応用されるようになってきている.当初は通信のみを対象としていたが,コンパクトディスク(CD)に対して誤り訂正符号が利用されているように,現在では,高密度記録を達成するために,記録の分野での応用も盛んである.

 当初の符号理論は,通信路モデルとして比較的簡単な2元対称通信路あるいは白色ガウス通信路を考えていたが,符号理論の応用分野が広がるとともに,そのモデルが現実とそぐわない場合も増えてきている.また,当初は誤り訂正符号単独で考えられていたが,今井・平川らの符号化変調方式が発表されてからは,他の技術と融合してより効率的なシステムを考える方向に研究は進んでいる.

 このような背景の下で,本論文では同期および変調方式と統合された記録装置に対する誤り制御方式に関する研究を行なった.

 本論文は以下のように構成される.まず,第1章では研究の背景として記録分野における符号理論の応用の現状を述べる.第2章では記録装置における誤り制御方式の基礎的な知識を導入する.とくに,現在記録装置の分野で注目を集めているPartial Response Maximum Likelihood(PRML)方式,とPRML方式で,最尤復号を実現する復号方式として用いられているViterbi復号方式について説明する.

 第3章では同期誤りを考慮したViterbi復号法を提案する.記録装置,特に光ディスクシステムではビットスリップと呼ばれる現象により同期誤りが発生することが知られている.同期誤りはバースト誤りであるために,それを訂正するには強力な誤り訂正方式が必要とされる.さらに,記録の分野では高密度記録を行なうためにPRML方式が盛んに研究されているが,PRML方式で用いられるViterbi復号法は同期がずれた場合には機能せず,再同期の確保が求められる.しかし,記録の分野では高密度記録とともに高速処理も重要な課題であり,頻繁な再同期は望ましくない.それを防ぐために,通常は同期パターンと呼ばれる特別な系列を周期的に挿入することで同期を確保している.しかし,この場合,同期パターンにより効率は落ちる.

 そこで,本論文では同期がずれた場合でも続行可能なViterbi復号法を提案している.通常Viterbi復号法ではメトリックとしてハミング距離あるいはユークリッド距離を用いられているが,これらの距離は同期ずれが起きている場合には正しく誤りの個数を表現できない.これに対して,本方式ではメトリックとして同期誤りが発生した場合にも正しく誤りの個数を表現できるLevenshtein型の距離をメトリックとして用いる.Levenshtein距離は同期誤りを訂正するブロック符号を評価するために提案された距離でるが,そのままではViterbi復号法のメトリックとしては使用できない.そこで,本方式では,Levenshtein距離のもう一つの特徴である,異なる長さの系列に対しても距離が定義できるという性質に基づき,Partially weighted Levenshtein距離を提案し,それをブランチメトリックとして用いている.

 本章では,まず初めに,同期誤りの発生する簡単な通信路モデルを示し,そのような通信路ではLevenshtein距離がメトリックとして適切であることを示し,そのような通信路でLevenshtein距離をメトリックとしてViterbi復号法を行なった場合について復号誤り率の理論的上界を導出する.さらに,計算機シミュレーションを行ない,理論との比較を行なっている.また,計算量に関する考察も行なう.本方式を用いた場合,多少の同期ずれが発生しても,その復号誤り率は同期ずれがない場合とほとんど変わらないことを,理論およびシミュレーションにより示した.さらに,本論文ではISO規格の追記型13cm光ディスクに類似するフォーマットに本方式を適用した場合に関して考察を行なっている.ISO規格の13cm追記型光ディスクでは512バイト/セクタ,あるいは1024バイト/セクタのフォーマットが用いられており,その両者について提案方式を用いた場合,本来の同期用パターン,Syne codcを除く再同期用の同期パターン,re-sync code全てを省くことができるために,効率が5%程度改善できることを示した.

 第4章では高密度磁気記録システムに特有な非線形現象に着目し,その中でも,特にPartial Erasureと呼ばれる現象を対象とするViterbi復号法を提案する.

 磁気記録の分野では記録密度が高くなるに連れて,様々な非線形現象が発生することが知られている.その中で,主なものとしては,非線形遷移シフト,磁気抵抗ヘッドの非対称な反応,そしてPartial Erasureである.しかし,非線形遷移シフトおよび磁気抵抗ヘッドの非対称性については,書き込み処理や非対称性キャンセラにより補償できることが知られている.

 Partial Erasureは磁気記録システムにおいて,記録密度が上がるに連れて,磁気記録再生系で出力されるピークの振幅が,前後の相関により,小さくなるという現象である.Viterbi復号法は信号の振幅の減衰がその特性に大きく影響を与えるため,これは大きな問題となっている.

 本方式が対象とするPR方式はPR4と呼ばれる方式であるが,PR4は別名Interleaved dicodeと呼ばれるように,偶数系列と奇数系列を別々に復号できるため高速処理に適した方式として知られている.しかし,Partial Erasureは前後の相関により生じることから,一般にPR4方式でPartial Erasureを考慮して復号を行なうには処理速度の劣化が伴う.そこで,本章ではPR4のinterleave特性を失うことなく誤り特性を改善するViterbi復号法を提案する.

 さらに,Partial Erasureが前後の相関によることと,interleave特性を考慮した場合に,偶数系列および奇数系列の復号の際に相互にある種の信頼度情報が利用できることを示している.本方式を用いた場合,Partial Erasureの発生する通信路で,通常のPR4により復号した場合よりも復号誤り率の改善が見られることを計算機シミュレーションにより示している.また,前後の相関を考慮した非線形PRMLと呼ばれる方式との比較も行なっている.この場合,本方式は復号誤り率では劣るが,計算量的には優れており,また,高速処理という観点からも,優れていることを示す.

 最後に第5章では誤り制御方式単体ではなく,同期あるいは変調方式と統合された誤り制御方式についてまとめる.

審査要旨

 本論文は,「同期および変調方式と統合された記録装置に対する誤り制御方式(Error Control Schemes for Storage Devices Integrated with Synchronization and Modulation)」と題し,記録系の高密度化,高速化を目的として,記録系に特有な現象に着目した新たな誤り制御方式を提案し,検討を加えたものであり,5章から構成されている.

 第1章は,本研究の背景および主題について述べている.近年のディジタル技術の発達による符号理論の応用分野の広がり,記録系に特有な現象,記録系に対するさらなる高密度化,高速化への要求,通信系の符号化変調方式との対応,といった本研究の背景を述べている.さらに,本論文の主題である,高密度化,高速処理を目指す記録系における,誤り制御方式と同期および変調方式の統合という観点から本論文の構成について述べている.

 第2章では,本論文で扱う記録系の基本的なシステムモデルを示し,そこで用いられている誤り制御技術である,Partial Response Maximum Likelihood(PRML)方式およびPRML方式で用いられるViterbi復号法について説明している.

 第3章では,同期誤りを考慮したViterbi復号法を提案している.本章では,従来の符号理論で扱われることが少ない同期誤りに関する理論構築への足掛かりとして,同期誤りの数学的表現を試み,それに基づき,同期誤りを含む誤りの制御能力を持つViterbi復号法を提案し,それにより高効率な記録が可能となることを示している.まずはじめに,同期誤りの発生する簡単な通信路モデルを示し,そのような通信路ではLevenshtein距離がメトリックとして適切であることを理論的に示している.さらに,そのような通信路でLevenshtein距離をメトリックとしてViterbi復号法を行なった場合について復号誤り率の理論的上界を導出している.さらに,計算機シミュレーションを行ない,理論との比較を行なっている.また,計算量に関する考察も行なわれている.提案方式を用いた場合,多少の同期ずれが発生しても,その復号誤り率は同期ずれがない場合とほとんど変わらないことが,理論および計算機シミュレーションにより示されている.さらに,具体例として,ISO規格の追記型13cm光ディスクフォーマットに提案方式を適用した場合に関して効率が向上することを示している.

 第4章では,磁気記録系に特有な高密度化に伴う非線形性を考慮した場合にも,高速性を失わずに,特性を改善するViterbi復号法を提案している.磁気記録系に特有な非線形現象はいくつか報告されているが,本章ではその中で特に,Partial Erasure(PE)と呼ばれる現象に着目している.また,PRML方式としては,高速処理が可能なことで注目されているPR4方式を考えている.従来のPEに対する研究の多くが,復号の際に用いるトレリス線図の状態数を大幅に増加させ,PR4の高速性をささえるインタリーブ特性を義性にしているのに対して,インタリーブ特性を保持し,状態数も通常のPR4と変わらぬ方式を提案し,誤り特性および計算量に関して通常のPR4を含む他の方式との比較を行なっている.さらに,インタリーブされた系列間での信頼度情報の利用に関する検討も行なっている.

 第5章では,本論文をまとめ,さらに,今後の研究方向を示している.

 以上これを要するに,本論文は,記録系における同期方式と変調方式と統合した誤り制御方式および記録系に特有な誤りを考慮した誤り制御方式を提案し,検討を加えたものであり,記録系の高密度化,高速処理に寄与するところが少なくない.

 よって,博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める.

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