内容要旨 | | ディジタルデータは情報が量子化されたものであり,有限の値で保存,或いは伝送が可能である.例えば,オーディオコンパクトディスクは二進の形,すなわち1と0の系列で,約70分の情報が保存されている.2値以上の値で量子化される装置としては,電話回線を用いたデータ伝送のための,モデムがある.本論文では,符号化の役割を雑音などで歪んだディジタルデータの信頼度を高める技術として理解する.応用によってふさわしい符号化の種類は異なるが,本論文では,モデムの様に,出力が複数の値をもつものを対象とする符号化を考える. 電話回線上でのディジタルデータ通信では,トレリス符号化変調(TCM)が使用されている.TCMは,1982年Ungerboeck氏によって初めて発表され,後に様々な改良,理論的解析,或いは衛星通信などへの応用方法を生み出した.TCMの最大の特徴は,符号化と変調の総合最適化により,優れた周波数利用効率が得られることである. 一般的に効率の良い符号の設計とその最適化を目指す理論的解析は困難であるため,それを扱う符号理論は非常に広範で深遠な分野である.従って考慮している符号が高い数学的構造をもつほど解析が容易になる.本論文ではTCMの様な符号化方式の数学的構造を群論の観点で考える. TCMはユークリッド空間上での畳み込み符号と解釈できる.実際に、TCMの最初に示された構成方法は畳み込み符号の出力をユークリッド空間上の信号点に写像するというものであった.畳み込み符号のトレリス構造と写像器を分解せず,数式的に1ステップで表される方法はCalderbank氏とMazo氏によってされた.数式的に表されることで,最適化も容易になった. 一般的には符号の尺度はその最小距離であり,大きいほど良い.畳み込み符号は研究の歴史が長いが,最小距離の大きいものを構成するには,計算機探索に頼らざるをえない.たが,ユークリッド空間上での畳み込み符号を設計する上での一つの重要な目的はシステマティックにそれを構成し,Reed Solomon符号の様に探索方法でなく,代数幾何的扱いが容易で豊富なものが望ましい.その目的を達成するためには,良い数学的表現が必要になる.ユークリッド空間上での畳み込み符号の代数幾何的表現は,もう既にある程度の成果を収めている,その一つは群論を用いたものである. トレリス符号の解析の過去の研究は基礎的な群論のみを用いて興味深い結果を得ている.本論文ではより豊富で多彩な群論を用いて符号設計と性質を更に容易にしてゆく.その結果としていくつかの良い新しい符号を得ることができ,符号系列間の距離の性質の理解も深めた.理論的な結果だけではなく,放送通信路で応用できる様な,実用性のあるものも得ている. 本論文の構成は以下の通りでなる. 第2章ではForney氏による,Geometrically Uniform(GU)符号の定義を再考する.一般的には,符号はあるベクトル空間の部分集合であって対称性を持っている.GU符号は非常に対称性の高い符号である.対称性は群論による説明が可能であり,そこでGU符号と群論の関係が始まる. 第3章ではGU符号で特別対称性が最も高い分類を調べる.それをStrictly Geometrically Uniform(SGU)符号とよぶことにする.ユークリッド空間上での信号点も非常に簡単な符号として考えられるが,8PSK信号点はGUであり,それを使用したGUトレリス符号は数年前に設計されている.使用される信号点では,4AMなどのNon-SGUなものもある.本研究はNon-SGUの信号点を使用した対称性の高いSGUトレリス符号の設計から始まった.新しい点は,その信号点を多次元信号点でGUの形にする方法を示したことで,従来のUngerboeckトレリス符号或は,Divsalar氏とSimon氏のMultiple TCM(MTCM)トレリス符号よりも最小距離が大きい新しい符号を設計する.同じテクニックをPSK類SGU信号点にも使用できる.ここでも多次元信号点が得られ,最近Benedetto等により設計されたGUトレリス符号よりも良い複数のGUトレリス符号と,その代数幾何的性質について考察した. 第4章ではGUトレリス符号の符号語間の距離特性を考慮する.トレリス符号の設計段階として信号点分割があるが,GU信号点であれば,群論を用いて信号点分割方法が数学的に容易になり,信号点間距離特性の解析もできる.信号点とある群は対応させることができるが,その群の部分群によって信号点の分割が決まる.とくに正規部分群を使用すると分割された部分信号点の集合もGUになり,特別に扱いやすくなる.なお,最小距離を最大にするには正規部分群による信号点分割が最適であることを予想している.本章では,群論を用いた信号点分割では,必ずしも正規部分群が存在しないことを証明する.また,部分群で示されない分割も存在する.ただしその分割のcosetは群構造をもつことが可能である.正規部分群を使用しない分割はUnequal Error Protection(UEP)トレリス符号の構成に有効である. 第5章ではディジタル高品位テレビ(high-definition TV)放送に適したトレリス符号化変調を考察する.まず,現在使用されている衛星放送方式の紹介をする.次に,トレリス符号に基づく符号化変調方式の新しい設計を示す.ここに示される方式により,既存のディジタル衛星放送方式と比較して全般的により良い特性と高度な受信信号のグレースフル・デグラデーションを同時に得ることができる. |
審査要旨 | | 本論文は,「群論を用いたユークリッド空間上での符号の設計(Constructionof Euclidean Space Codes using Group Theory)」と題し,現在電話回線上のディジタルデータ伝送等に用いられているトレリス符号化変調(TCM)のための符号の設計法について論じたものである.効率の良い符号の設計のためには,何らかの数学的構造を利用することが重要であるが,本論文では,豊富で多彩な群論を用い,符号設計の容易化を図り,効率のよい新しい符号を構成するとともに,衛星放送への応用について論じており,6章よりなる. 第1章では,本論文の背景を述べ,ついで,誤り訂正符号,そのユークリッド空間における表現など基本となる概念を説明するとともに,本論文の構成について述べている. 第2章では,ForneyによるGeometrically Uniform(GU)符号の定義を再考する.一般的には,符号はあるベクトル空間の部分集合であり,対称性を有する.GU符号は非常に対称性の高い符号である.この対称性は群論による説明が可能であり,それがGU符号と群論の関係の始点となる. 第3章では,特に対称性が高いGU符号のクラスを導入する.それをStrictly Geometrically Uniform(SGU)符号と呼ぶことにする.8PSK信号点はSGUであり,それを使用したGUトレリスは既に設計されているが,ここで使用される信号点には,4AMなどの非SGUのものもある.本研究は非SGUの信号点を使用した対称性の高いSGUトレリス符号の設計に端を発している.新しい点は,その信号点を多次元信号点でGUの形にする方法を示したことであり,これは,従来のUngerboeckトレリス符号あるいはDivsalarとSimonの多重TCM(MTCM)の場合のSGU信号点に適用できる.その結果,最近Benedetto氏等により設計されたGUトレリス符号よりも優れたいくつかのGUトレリス符号が得られた.また,その代数的性質について考察している. 第4章では,GUトレリス符号の符号語間の距離特性を検討している.トレリス符号の設計段階として信号点分割があるが,GU信号点であれば群論を用いて信号点分割方法が数字的に容易になり,信号点間距離特性の解析も可能となる.信号点とある群は対応させることができるが,その群の部分群によって信号点の分割が決定される.とくに正規部分群を使用すると分割された部分信号点の集合もGUになり,特に扱いが容易となる.なお,最小距離を最大にするには,正規部分群による信号点分割が最適であるとを予想している.本章では,群論を用いた信号点分割では,必ずしも正規部分群が存在しないことを証明する.また,部分群で示されない分割も存在する.ただしその分割のコセットは群構造をもつことが可能である.正規部分群を使用しない分割は不均一誤り保護(UEP)トレリス符号の構成に有効である. 第5章では,ディジタル高品位テレビ放送に適したトレリス符号化変調を考察する.そのような放送システムでは,電波は降雨減衰を受けるが,その際に,受信された画像の劣化が緩やかであることが望ましい(グレースフル・デグラデーションと呼ぶ).まず,現在使用されている衛星放送方式を紹介する.次に,トレリス符号に基づく符号化変調方式の新しい設計法を示す.ここに示される方式により,既存のディジタル衛星放送方式と比較して全般的により良い特性と高度なグレースフル・デグラデーションを同時に得ることができる. 第6章では本論文のまとめと今後の方針について述べている. 以上これを要するに,本論文は,トレリス符号の群論に基づく設計法を提案し,効率のよい新しい符号を構成するとともに,その設計法の衛星放送への応用について提案と検討を行ったものであり,電子情報通信工学に寄与するところが大きい. よって,博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める. |