内容要旨 | | §1.はじめに 有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法などの結晶成長技術の進歩により、原子レベルで構造を制御した半導体超薄膜が作製できるようになった。これらの技術はデバイス作製に応用され、室温において発振しきい値電流0.35mAのGaAs/AlGaAs量子井戸レーザが報告されている[1]。さらに多次元量子閉じ込め構造(量子細腺、量子箱)を応用した半導体レーザでは、発振しきい値電流の低減などの優れた特性が理論的に予測されている[2]。そのため、近年半導体量子細線の作製と物性に関する研究は急速に盛んになってきている。 量子細線の作製方法には、成長した量子井戸の基板に、リソグラフィとエッチングを併用することにより細線を作製する方法と、微傾斜基板やパターン基板上に特殊な成長特性を利用して細線を作製する方法などがある。前者は、加工損傷のため非発光中心ができやすく、光デバイスへの応用には向かない。後者は微細構造がその場で形成できるため、ヘテロ界面での損傷が少なく、光デバイスへの応用に有望な作製方法である。本研究では後者の方法を用いて細線の作製を行なった。V溝加工したGaAs基板上に成長特性を利用したGaAs/AlGaAs三日月状量子細線の作製は1989年Kaponらによって報告され、室温において数mAのしきい値で発振するレーザが実現されている[3]。また、圧縮歪みのInGaAs/GaAs三日月状量子細線レーザも報告されている[4]。 しかし、これまでに報告されている、無歪み、圧縮歪み系の三日月量子細線レーザの偏光はTEのみである。本研究は、TE、TMまた無偏光のレーザを実現するため、引っ張り歪みを活性層に導入した三日月状量子細線の作製を目的とする。 横幅50nmの三日月状量子細線の横方向の閉じ込めエネルギー(第一、二準位の遷移エネルギー差で考察)は、文献5により約19meVである。Al0.23Ga0.77As/Al0.33Ga0.67As自然量子井戸の場合は、幅が14nmの時約46meV、輻7.9nm[6]では約83meVである。そこで、細線の横方向の閉じ込めを強くするために、自然量子井戸を利用した矩形AlGaAs/AlAs量子細線の作製も試みた。 本研究では、V溝を加工したGaAs基板上へのMOVPE成長による半導体量子細線を作製し、その物性を調べた。まず、GaAsPを活性層として導入した引っ張り歪みのGaAsP/AlGaAs三日月状量子細線の作製し、歪み効果による偏光特性の制御について実験を行った。細線を薄くしてゆくと、TM偏光から無偏光を経てTE偏光に変わることを得た。また、V溝基板上のAlGaAs自然量子井戸について詳細に検討し、矩形AlGaAs/AlAs細線構造の作製に応用し、横幅27nm、縦幅45nmの矩形AlGaAs/AlAs細線を作製することが出来た。 §2.引っ張り歪みGaAsP/AlGaAs三日月状量子細線 GaAsPの格子定数はAlGaAsより小さいため、これをAlGaAs上に成長すると、引っ張り歪みが生じる。この系では、e-lhが最低遷移エネルギーを与えうる。TEモードのみのHHに対し、LHではTM成分を有するため、様々な偏光特性を実現することができる。GaAsP細線を活性層に導入すると、歪みの効果と低次元効果よって、偏光を選択できる低しきい値レーザを実現できる可能性がある。本章では、GaAsP/AlGaAs三日月状量子細線作製において検討した事柄について述べる。 2.1V溝上に成長したAlGaAsの形状 細線を作製するためには、バリアとするAlGaAsを成長した後のV溝の鋭さが重要である。本研究では成長温度を変化させて得られるV溝の形状を調べた。 V溝の加工にはフォトリソグラフィとウェットエッチングを用い、その上にMOVPE成長を行った。透過電子顕微鏡観察(TEM)により、600℃、650℃、700℃で800nm厚のAlxGal-xAs(x-0.33)を成長したV溝の斜面はそれぞれ(433)A、(322)A、(322)Aとなる。600℃で成長したV溝は鋭いが、フォトルミネッセンス(PL)による評価から、AlGaAsの質の面で、細線の作製には不適当である。700℃で成長すると、V溝が急速に平坦になるので、やはり細線の作製に不適当である。この理由から、成長温度は650℃として作製する。 2.2GaAsP/AlGaAs量子井戸の引っ張り歪み効果 量子細線での引っ張り歪みの効果を調べる前に、まずGaAsP/AlGaAs量子井戸における引っ張り歪みの効果について検討を行った。引っ張り歪みを導入すると、LHバンドとHHバンドは分裂し、また、LHバンドは伝導帯方向に移動する。そのため、井戸の幅が厚い場合にはLHによる発光が観測される。LHの有効質量が小さいために、井戸幅の減少と共に準位はHHよりも大きく移動し、ある井戸幅のところで、LHの準位とHHの準位とは重なり、発光は無偏光となる。さらに井戸幅を狭くすると、HHによる発光が観測される。この効果は、TM偏光、TE偏光又は無偏光となる半導体レーザに応用できる。特に、無偏光特性は半導体レーザ増幅器への応用上必須とされている。本研究ではGaAs(100)基板上に幅2.5nm、5.0nm、7.5nm、10nmの単一GaAs0.89P0.11/Al0.33Ga0.67As量子井戸を作製し、偏光PLと高温(100K)でのPL測定によって、井戸幅が約6nmのところでLHの準位とHHの準位が重なることが明らかになり、また、計算値との一致もよいことが分かった。 2.3三日月状引っ張り歪みGaAsP/AlGaAs量子細線と量子細線レーザ構造 本研究では上記の条件でGaAs0.89P0.11/Al0.33Ga0.67As量子細線を作製した。作製した細線はSEMやTEM観察の結果三日月状となっていた(図1)。PL(図2)と、カソードルミネッセンス(CL)評価(図3)によって細線からの発光を確認した。また、偏光PL測定により細線が厚い場合はTM偏光になることがわかった。さらに、細線を薄くしてゆくと、TM偏光から無偏光を経てTE偏光に変わることが確認された(図4)。有限要素法を用いた計算から細線の準位が同じ厚さの量子井戸に対して,伝導帯において約7meVの横閉じ込めとなり、また、E21=11meVとなる。 レーザ構造では細線の寸法が無偏光となるように設計し、実際に作製した構造はTEM観察でサイズを確認した。細線レーザ活性領域の充填率は2%と小さいが、室温でも強いPL発光が観測でき、この構造が高いキャリア捕獲効率を有することを示している。 §3.AlGaAs自然量子井戸 V溝加工した基板上にAlGaAsを成長すると、Ga原子とAl原子の拡散距離の差に起因して、底部ではAl濃度が周辺より低下する。この結果溝の底から基板面に垂直な自然量子井戸(SVQW)が形成されることが知られている。SVQWは基板面に垂直であるため、基板面に垂直な横モードを改善した半導体レーザや、サブバンド吸収[6]を利用した、垂直入射に対してのみ感度を持つような赤外光検出器への応用も期待できる。 本論文では、SVQWと周辺部の組成差と幅の制御について初めての研究を行った。650℃で成長したSVQWのAl組成は周辺より約30%低くなり、また、成長温度を600℃から700℃まで変化させることにより、SVQWの幅を14nmから27nmまでの範囲で制御できることを見い出した。SVQWの幅の成長温度依存性のメカニズムは、以下のように考えられる。V溝底部の局所的な平坦部では成長温度が高いほど成長速度が速いため、平坦部の面積が大きくなる。そのため、SVQWの幅は成長温度で制御できる。成長温度650℃において、SVQWの幅はAlの供給量に依存していることもわかった。 §4.矩形AlGaAs/AlAs量子細線の作製 TEM観察によると、三日月状量子細線の横幅は30nm程度である。また、SVQWの幅は成長温度で14nmから27nmまで制御でき、この性質を用いて矩形AlGaAs/AlAs量子細線の作製が可能となる。本研究では図5に示すような細線構造を設計し、MOVPE法を用いてこれを作製した。TEM観察によって細線構造が形成されていることが明らかになり、発光がCL測定によって確かめられた。細線の縦の幅は成長時間で制御でき、現在までに幅45nmの矩形細線構造が作製できるようになった。 §5.結論 本論文では、V溝を加工したGaAs基板上へのMOVPE成長による半導体量子細線の作製及び物性に関する研究を行なった。 GaAsP/AlGaAs三日月状量子細線構造においては、引っ張り歪み効果を利用することによって、細線の偏光特性を制御できることが分かった。室温で細線レーザ構造からの発光も観測でき、低しきい値、偏光を選択できるGaAsP/AlGaAs三日月状量子細線レーザへの応用が期待される。 また、Ga原子とAl原子の拡散距離の差に起因して形成される自然量子井戸の作製について詳細に検討した。成長温度によって、自然量子井戸の組成と幅が制御できることを明らかにした。さらに、自然量子井戸を用いた新しい細線の作製方法を提案し、この手法を用いて、27nmx45nmの矩形AlGaAs/AlAs細線を実際に作製した。 参考文献[1]E.Kapon,S.Simhony,J.P.Harbison,L.T.,Florez,and P.Worland,Appl.Phys.Lett.56,(1990)1825.[2]Y.Arakawa,H.Sakaki,Appl.Phys.Lett.40,(1990)939.[3]S.Simhony,E.Kapon,E.Colas,D.M.Hwang,H.G.Stoffel,and P.Worland,Appl.Phys.Lett.59,(1991)2225.[4]M.Malther,E.Kapon,C.Caneau,D.M.Hwang,and L.M.Schiavone,Appl.Phys.Lett.62,(1993)2170.[5]M.Malther,E.Kapon,J.Cristen,D.M.Hwang,and R.Bhat,Appl.Phys.Lett.60,(1992)521.[6]V.Berger,G.Vermeire,P.Demeester,and C.Weisbuch,Appl.Phys.Lett.66,(1995)218.図1 三日月状GaAs0.89P0.11/Al0.33Ga0.67As量子細線構造の断面SEM像図2 量子細線構造からのPL スペクトル図3 細線のCL像図4 量子細線の偏光特性及び偏光の寸法依存性図5 矩形AlGaAs/AlAs量子細線構造 |
審査要旨 | | 本論文は「MOVPE Growth and Optical Properties of Semiconductor Quantum Wires(和訳:半導体量子細線のMOVPE成長と光物性)」と題し、有機金属気相エピタキシー成長(MOVPE)によってV溝加工したGaAs基板上へ半導体量子細線を作製し,その光学特性を明らかにし,かつその応用を図った研究をまとめたものである。 近年の結晶成長技術の進歩により,原子層レベルで制御された半導体超薄膜の作製が可能となった。これらの技術はすでにデバイス作製に応用され,従来よりも優れた特性を有する半導体量子井戸レーザなどとして実用化されている。さらに高次元の量子閉じ込め構造(量子細線,量子箱)を半導体レーザに適用することにより,発振しきい値電流の低減など,デバイス動作特性の向上が理論的に予測されている。量子細線の作製方法にはいくつかの方法があるが,本研究ではMOVPE成長における成長特性を利用してV溝加工したGaAs基板上へ細線を作製する方法が用いられている。この方法によればヘテロ界面での結晶欠陥の発生が少ないため,光デバイスへの応用に鑑みて有望な作製方法である。 本研究では,具体的にはまず,活性層に引っ張り性歪を導入したGaAsP/AlGaAs三日月状量子細線溝造の作製と光学特性に関する検討,さらにレーザへの適用と評価が行われている。第二にV溝加工したGaAs基板上にAlGaAs層を成長した場合に形成される自然量子井戸を利用した矩形AlGaAs/AlAs量子細線溝造の作製とその評価が行われている。 本論文は以下の全5章から構成されている。 第1章「Introduction」では,本研究の背景,目的および本論文の概要が述べられている。 第2章「Tensile-Strained GaAsP/AlGaAs Quantum Wires」では引っ張り性歪みGaAsP/AlGaAs三日月状量子細線において,歪みの効果と高次元量子閉じ込め効果によって,偏光を選択可能な低しきい値レーザが実現できる可能性が言及され,さらに実際の試作検討結果が述べられている。すなわち,GaAs0.89P0.11/Al0.33Ga0.67As量子細線を作製し,電子顕微鏡観察から三日月状の量子細線構造が形成されていることが確認され,さらにフォトルミネッセンスおよびカソードルミネッセンスにより細線部からの発光が確認されている。また,偏光フォトルミネッセンス測定により細線層厚が大きい場合には細線部からの発光はTM偏光であり,細線層厚を小さくしていくとTM偏光から無偏光を経てTE偏光になることが明らかになり,本研究の特徴の一つである歪みによる偏光の制御が実現できることが示されている。 さらに,引っ張り性歪み量子細線レーザを作製し,室温において発振が確認され,歪みの効果による偏光制御も実現されている。 第3章「Spontaneous Vertical Quantum Wells」ではV溝加工したGaAs基坂上にAlGaAs層を成長する際に形成される自然量子井戸について詳細な検討を行っている。その結果,自然量子井戸の幅は成長温度を高くするほど広くなり,Al供給量を増加するほど狭くなることがわかった。これらのことからIII族原子種の成長表面拡散および成長速度の面方位による違いに基づく自然量子井戸の形成機構も明らかになった。 第4章「Rectangular AlGaAs/AlAs Quantum Wires」では,第3章で明らかにされた自然量子井戸の形成機溝を利用した矩形AlCaAs/AlAs量子細線構造という新しい概念に基づく細線構造の作製方法について述べている。実際にMOVPE法によって作製を行い,透過電子顕微鏡観察によって細線溝造の形成が,カソードルミネッセンスによって細線からの発光が確かめられており,本構造の有効性が実証されている。 第5章「Conclusions」では本研究の統括を行っている。 以上,本論文はV溝加工したGaAs基板上へのMOVPE成長による半導体量子細線の作製および光学特性に関する研究をまとめたものである。GaAsP/AlGaAs三日月状量子細線構造においては,引っ張り性歪の効果を利用することによりレーザの偏光制御が実現されるという重要な結果が得られた。また,自然量子細線を用いた矩形AlGaAs/AlAs細線構造という新しい概念に基づく細線の作製法を提案し,また実際にその細線構造を作製し,有効性を示した。このように本研究の結果は,半導体材料工学とその応用において意義の大きいものであり,物理工学への貢献が大である。 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |