本論文は、「A luminescence study on stress-driven growth mode transition and formation of quantum nanostructures in indirect-gap strained Si/Ge(和訳 間接遷移型半導体Si/Ge系における歪誘起成長様式遷移と量子ナノ構造形成のルミネセンス法による研究)」と題し、構造の微妙な変化に敏感なフォトルミネセンス(photoluminescence,PL)法により、初めてSiとGeの格子定数の差に起因した歪によって誘起されるSi(100)基板上へのGeの成長様式遷移について明らかにし、結晶成長中に自然に形成される量子ナノ構造及び歪多層膜の形成について検討した結果をまとめたもので、5章からなっている。結論としては、本研究が歪系の成長様式の研究に新しい知見を与え、間接遷移型半導体の低次元励起子とそれをベースとした発光デバイスの研究の基礎となりうるであろうと述べている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的、及び本論文の構成について述べている。特に成長中に歪によって起こる現象及び間接遷移型半導体であるこの系から観測される発光について詳しく述べている。 第2章は「実験」と題し、本研究で用いられた実験方法について述べている。具体的には、試料を作製するうえで用いたガスソース分子線エピタキシー法について述べ、成長した結晶の評価法について説明している。 第3章は「Si基板上へのGeの成長のフォトルミネセンス法による研究」と題し、PL法を用いてSi(100)基板上へのGeの成長様式について検討した結果を述べている。Si基板上へのGeの成長はStranski-Krastanow(SK)型成長であることが知られているが、このSK型成長についてPL法を用いて詳細に検討し、臨界膜厚を正確に決定している。透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察との対応により、3次元島状成長に起因した新しい発光帯をSi/pure-Ge/Si量子井戸(QW)のPLスペクトルに初めて見いだし、これと2次元層からの発光を指標にしてGeのSK型島状成長に関して以下の結論を得ている。 (1)臨界膜厚の3.7原子層(ML)までは2次元層状成長する、(2)島状成長の初期段階ではGeの島は3.7MLのwetting layerの上に形成される、(3)島が大きくなると島状成長は3.0MLの2次元層を残して進行する。 さらに熱力学的平衡状態での臨界膜厚が3.0MLであると明らかにしている。また、これらの島は室温で明確な発光を示すことを見いだし、島による励起子の閉じ込めが強く、自己形成量子ドットとみなせることを示している。 次に、1.0ML以下のGe層について検討しており、そのPLスペクトルにおいて、量子閉じ込め効果を確認するとともに、新たに励起子分子によると考えられる発光をを見いだしている。これに対応して、平面TEM観察により1.0ML以下のGeがステップエッジに細線状に成長することを見いだし、量子細線が形成されていることを見いだしている。この自然量子細線形成による次元性の低下の特徴的効果として、band-filling効果の消滅、すなわち、バンド端の状態密度の増加を見いだしている。また、Geの量に依存したGe層の形状がキャリアの捕獲効率や表面再結合に大きな影響を与えていることを明らかにしている。 第4章は「薄いSiバリア層を有するGe多層膜の形成」と題し、Ge層が2次元成長している場合の多層構造の形成について検討している。ここでは、Siバリア層厚を変化させ、その役割について検討し、まず、2つのGe井戸層を波動関数が重なる距離程度に離して並べたtype-II結合QWのPLスペクトルにおいて、井戸間の波動関数の結合に起因したエネルギーシフトを観測し、原子層オーダーのQWでも波動関数の結合が起こることを示している。また、Siが非常に薄い場合にエネルギーの異常な低下を見いだし、歪多層構造の形成において局所歪の影響を示唆している。また、結合量子井戸の形成による種々のPL特性の変化を見いだし、伝導帯側に電子の井戸が形成された結果であると結論付けている。これよりtype-II QWを用いた場合でも、type-I QW的なPL特性を得ることが可能であると述べている。さらに、CQWの延長である99周期の短周期超格子(SPS)の形成についても検討し、断面TEM観察により、Siが薄いときに大きなうねりを生じることを見いだしている。そして、格子像観察により、局所的な膜厚揺らぎによる歪場を起点として膜厚揺らぎの成長方向への相関が起き、うねりが生じることを明らかにしている。またこの現象が、歪緩和過程での膜厚揺らぎをきっかけとして起きるため、島状成長と共通の現象であると結論している。一方、SPSのPLスペクトルが構造を強く反映しており、Siが非常に薄いときは転位の発光が支配的で、Siの増加と共に明瞭なバンド端発光が観測れるようになり結晶性が改善されることを示している。また、全てのSPSの発光は局在励起子による発光であり、Siの比較的厚い領域では成長方向への弱い局在、薄い場合にはうねりに由来した面内での強い局在となっていることを示している。そしてこの面内の局在が大きなNP,TO発光の強度比をもたらしたと結論している。 第5章は「結論」であり、各章で得られた結果をまとめ、本研究の総まとめを行っている。結論として、PL法がSi上のGeの成長過程を調べるのに強力な手段であること、低次元量子構造を形成する新しい方法を見いだしたこと、また形成された構造特有のPL特性について明らかにしたことを述べ、ここで得られた結果が、歪系の結晶成長に新しい知見を与えるとともに、間接遷移型半導体の低次元励起子とこの系をベースにした発光デバイスの開発研究の基礎となり得ることを述べている。 以上を要するに、本論文は応用上重要と考えられるSi/Ge系の成長過程を構造変化に非常に敏感なPL法を用いて初めて明らかにすると共に、新しい低次元量子構造の形成方法を示し、その光学特性について明らかにしたものであり、物理工学に寄与するところが大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。 |