学位論文要旨



No 112595
著者(漢字) 砂村,潤
著者(英字)
著者(カナ) スナムラ,ヒロシ
標題(和) 間接遷移型半導体Si/Ge系における歪誘起成長様式遷移と量子ナノ構造形成のルミネセンス法による研究
標題(洋) A luminescence study on stress-driven growth mode transition and formation of quantum nanostructures in indirect-gap strained Si/Ge
報告番号 112595
報告番号 甲12595
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3873号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 花村,榮一
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 助教授 深津,晋
内容要旨

 近年の結晶成長技術の進歩により、原子レベルでの半導体薄膜形成の制御が可能になり、異種の半導体を接合した、いわゆるヘテロ接合に関する研究が広く行われている。その中で、現在のSiテクノロジーと整合性が良く、応用上重要になると考えられているのが本研究の対象であるSi/Ge系のヘテロ構造である。この系は、SiとGeの間の約4.2%の格子不整合により歪成長するため、歪緩和という作製上の問題がある。また、この糸はいわゆる間接遷移型半導体からなり、発光効率が非常に低いとされているが、結晶性の改善(即ち高温での結晶成長)により強い発光が得られることが近年わかってきた。本研究では、歪によって誘起されるSi(100)基板上へのGeの成長様式遷移をこの発光現象の1つであるフォトルミネセンス(photoluminescence,PL)法を用いて初めて調べた。また、成長中に自然に形成される(自己形成的な)量子ナノ構造を初めて見いだし、そのPL特性を調べた。さらに、多層構造を作製し構造によって引き起こされる興味深いPL特性について明らかにした。試料はSi(100)基板上にガスソース分子線エピタキシー法によって作製した(原料ガスはSi2H6とGeH4、成長温度は700℃)。得られた結果は以下の通りである。

Si基板上へのGeの成長様式

 Si(100)基板上へのGeの成長はいわゆるStranski-Krastanow(SK)型成長であることが知られている。SK型成長においては臨界膜厚まで2次元層状成長し、その2次元層(Wetting layer)の上に3次元島が形成され、歪緩和が起こる。島形成はkineticな過程であり、原子の表面拡散が重要である。この島状成長の臨界膜厚については透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型トンネル顕微鏡によって報告がなされているが、2〜7原子層(ML)と値にばらつきがある。本研究で用いたPL法の特徴としては、PLスペクトルが微妙な構造変化に対して非常に敏感であると考えられること、そしてSi/pure-Ge/Si量子井戸(QW)というGe層を埋め込んだ構造に適用できるためSi cap層成長の前の成長中断時間(growthinterruption,GI)を変化させてGe層の構造をkineticに凍結できるということが挙げられる。

 図1に、Si/pure-Ge/Si QW(GI=10sec)のPLスペクトルを示す。Geの量(Q)が3.7ML以下のときは、PLスペクトルにはフォノンを介しないno-phonon(NP)線とその(TO,TA)フォノンレプリカのみが観測された。NP線が現れるのは、Si/Ge界面において散乱が起こり対称性が崩れて、光学遷移の選択則が緩くなるからである。Qを3.9ML以上にすると、この(NP,TO)に加えて、その低エネルギー側にブロードな発光帯(L)が出現した。このピークは3次元島状成長に起因した発光であることが断面TEM観察(図2)との対応により確認された。この(NP,TO)とLバンドを指標にしてGeのSK型島状成長に関して以下の結論を得た。(1)臨界膜厚の3.7MLまでは2次元層状成長する、(2)島状成長の初期段階ではGeの島は3.7MLのwetting layerの上に形成される、(3)島が大きくなると島状成長は3.0MLの2次元層を残して進行する。さらにGIを長くすることにより、熱力学的に安定なのは3.0MLまでであり、これが熱力学的平衡状態での臨界膜厚であることが分かった。この結果は理論計算とよい一致を示している。また、これらの島は室温で明確な発光を示した。このことは島の閉じ込めが強く、これらが自己形成量子ドットとみなせることを示している。

図1 Si/pure-Ge/Si QWのPLスペクトル 図2 Si/pure-Ge/SiQWの断面TEM像

 次に1.0ML以下の試料のPLスペクトルに注目してみると(図1)、成長方向への厚みは一定(=1ML)であるにも関わらず、Q増加と共に発光エネルギーが下がっていくことがわかる。平面TEM観察(図3)により、1.0ML以下のGeはステップエッジに細線状に成長することがわかった。よって、見られたエネルギーシフトは自然量子細線形成による面内の量子閉じ込め効果であると結論づけられる。さらに、Q0.37MLの試料のPLスペクトルにおいて、励起強度増加に伴い、元のピークの低エネルギー側に新しいピークが観測された。種々のPL測定からこの新しい発光は励起子分子によるものであると結論付けられたが、これはポテンシャルの低いGe量子細線に励起子の集中が起こった結果である。また興味深いことに、Q0.37MLのものに関しては、band-filling効果が見えなくなり、次元性の低下によるバンド端の状態密度の増加が示唆された。一方で、Q>0.37MLの試料に関しては波動関数の面内の結合がおこり電子状態としては2次元的になっていると思われる。他に、Qに依存したGe層形状がキャリアの捕獲効率や表面再結合に大きな影響を与えていることがわかった。

図3 Ge(0.12ML)/Siの平面TEM像図4 II-CQWのPLスペクトル
薄いSiバリア層を有するGe多層膜の形成

 多層膜の成長は、波動関数の結合そして超格子の形成という観点から重要である。しかし、歪層の多層化に伴い歪エネルギーが蓄積するので歪緩和の問題がある。本研究では、2つのGe井戸層を波動関数が重なる距離程度に離して並べた結合QW(CQW)とCQWの延長である99周期の短周期超格子(SPS)の形成について調べた。Ge層はQ=1.5MLに固定し、Siバリア層厚(LSi)を変化させた。ここで、Si/pure-Ge/Si QWがホールのみがGe井戸層に捕獲されたいわゆるtype-II QWであることにふれておく。

 Type-II CQW(II-CQW)の発光ピークはLSi減少と共に低エネルギー側にシフトし(図4)、井戸幅が非常に薄いQWを用いた場合でも2つの井戸の波動関数の結合が起こっていることがわかった。また、LSi6Aの時にLSi=0A(すなわち3MLのSQW)の試料に比べて低エネルギー側にあることがわかった。これは、LSiが薄いために局所的な歪みによって井戸幅の厚い領域が相関を持つようになったためか、II-CQW形成による(電子-正孔間距離減少による)励起子束縛エネルギー増大の効果であると考えられる。一方で、これらのII-CQWにおいてPL強度が励起強度に対して線形に増加すした。これは、通常のtype-II QWのPLが界面に束された励起子特有の飽和傾向を示すのとは対照的である。また、時間分解PL測定を行ったところ、II-CQWの発光寿命がSQWに比べて倍程度長くなっていたが、このことはII-CQWの発光強度がSQWに対して強くなっていることによく対応している。以上のII-CQW形成によるPL特性の変化は、伝導帯側に電子の井戸が形成された結果であると考えられる。Geの"バリア"に囲まれたSiスペーサ層に電子が閉じ込められ、電子が成長方向に局在することが出来るようになったために、PL特性がtype-I的になったものと考えられる。言い換えると、type-IISQWにおいては電子のヘテロ界面からの脱離が発光効率を落とす過程として無視できなくなっていることがわかる。

図5 SPSの断面TEM像図6 SPSのPLスペクトル

 SPSの断面TEM観察により、LSi30Aのときには島に似た大きなうねりを生じることがわかった(図5)。一方で、LSiが非常に小さな時には転位も導入されることがわかった。また、格子像観察により、局所的な膜厚揺らぎによる歪み場を起点として膜厚揺らぎの成長方向への相関が起き、うねりが生じることを見いだした。従って、SPSの高温成長時には転位の導入又はうねりの発生によって歪緩和が起こることがわかる。このうねりの出現は、系の歪みエネルギーを下げる現象で、原子の拡散が十分なときに、膜厚揺らぎをきっかけとして起きるので島状成長と共通の現象であると考えられる。一方、SPSのPLスペクトル(図6)は構造を強く反映していることがわかった。LSiが非常に小さいときは転位からの発光が支配的であったが、LSi増加と共に明瞭なバンド端発光が観測されるようになり結晶性が良くなっていることがわかった。PL強度の励起強度依存性により、SPSの発光は局在励起子による発光であることがわかった。PLスペクトルの温度依存性から、LSiの比較的小さな領域と大きな領域では異なった局在の形態をとることがわかったが、これはLSiの比較的大きな領域では成長方向に関する弱い局在であるのに対し、LSiの比較的小さな領域ではうねりに由来した面内での強い局在であると考えられた。この面内の局在がk空間での選択則をゆるめ、この領域(〜20Å)での大きなNP,TO発光の強度比につながったと考えられる。

審査要旨

 本論文は、「A luminescence study on stress-driven growth mode transition and formation of quantum nanostructures in indirect-gap strained Si/Ge(和訳 間接遷移型半導体Si/Ge系における歪誘起成長様式遷移と量子ナノ構造形成のルミネセンス法による研究)」と題し、構造の微妙な変化に敏感なフォトルミネセンス(photoluminescence,PL)法により、初めてSiとGeの格子定数の差に起因した歪によって誘起されるSi(100)基板上へのGeの成長様式遷移について明らかにし、結晶成長中に自然に形成される量子ナノ構造及び歪多層膜の形成について検討した結果をまとめたもので、5章からなっている。結論としては、本研究が歪系の成長様式の研究に新しい知見を与え、間接遷移型半導体の低次元励起子とそれをベースとした発光デバイスの研究の基礎となりうるであろうと述べている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的、及び本論文の構成について述べている。特に成長中に歪によって起こる現象及び間接遷移型半導体であるこの系から観測される発光について詳しく述べている。

 第2章は「実験」と題し、本研究で用いられた実験方法について述べている。具体的には、試料を作製するうえで用いたガスソース分子線エピタキシー法について述べ、成長した結晶の評価法について説明している。

 第3章は「Si基板上へのGeの成長のフォトルミネセンス法による研究」と題し、PL法を用いてSi(100)基板上へのGeの成長様式について検討した結果を述べている。Si基板上へのGeの成長はStranski-Krastanow(SK)型成長であることが知られているが、このSK型成長についてPL法を用いて詳細に検討し、臨界膜厚を正確に決定している。透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察との対応により、3次元島状成長に起因した新しい発光帯をSi/pure-Ge/Si量子井戸(QW)のPLスペクトルに初めて見いだし、これと2次元層からの発光を指標にしてGeのSK型島状成長に関して以下の結論を得ている。

 (1)臨界膜厚の3.7原子層(ML)までは2次元層状成長する、(2)島状成長の初期段階ではGeの島は3.7MLのwetting layerの上に形成される、(3)島が大きくなると島状成長は3.0MLの2次元層を残して進行する。

 さらに熱力学的平衡状態での臨界膜厚が3.0MLであると明らかにしている。また、これらの島は室温で明確な発光を示すことを見いだし、島による励起子の閉じ込めが強く、自己形成量子ドットとみなせることを示している。

 次に、1.0ML以下のGe層について検討しており、そのPLスペクトルにおいて、量子閉じ込め効果を確認するとともに、新たに励起子分子によると考えられる発光をを見いだしている。これに対応して、平面TEM観察により1.0ML以下のGeがステップエッジに細線状に成長することを見いだし、量子細線が形成されていることを見いだしている。この自然量子細線形成による次元性の低下の特徴的効果として、band-filling効果の消滅、すなわち、バンド端の状態密度の増加を見いだしている。また、Geの量に依存したGe層の形状がキャリアの捕獲効率や表面再結合に大きな影響を与えていることを明らかにしている。

 第4章は「薄いSiバリア層を有するGe多層膜の形成」と題し、Ge層が2次元成長している場合の多層構造の形成について検討している。ここでは、Siバリア層厚を変化させ、その役割について検討し、まず、2つのGe井戸層を波動関数が重なる距離程度に離して並べたtype-II結合QWのPLスペクトルにおいて、井戸間の波動関数の結合に起因したエネルギーシフトを観測し、原子層オーダーのQWでも波動関数の結合が起こることを示している。また、Siが非常に薄い場合にエネルギーの異常な低下を見いだし、歪多層構造の形成において局所歪の影響を示唆している。また、結合量子井戸の形成による種々のPL特性の変化を見いだし、伝導帯側に電子の井戸が形成された結果であると結論付けている。これよりtype-II QWを用いた場合でも、type-I QW的なPL特性を得ることが可能であると述べている。さらに、CQWの延長である99周期の短周期超格子(SPS)の形成についても検討し、断面TEM観察により、Siが薄いときに大きなうねりを生じることを見いだしている。そして、格子像観察により、局所的な膜厚揺らぎによる歪場を起点として膜厚揺らぎの成長方向への相関が起き、うねりが生じることを明らかにしている。またこの現象が、歪緩和過程での膜厚揺らぎをきっかけとして起きるため、島状成長と共通の現象であると結論している。一方、SPSのPLスペクトルが構造を強く反映しており、Siが非常に薄いときは転位の発光が支配的で、Siの増加と共に明瞭なバンド端発光が観測れるようになり結晶性が改善されることを示している。また、全てのSPSの発光は局在励起子による発光であり、Siの比較的厚い領域では成長方向への弱い局在、薄い場合にはうねりに由来した面内での強い局在となっていることを示している。そしてこの面内の局在が大きなNP,TO発光の強度比をもたらしたと結論している。

 第5章は「結論」であり、各章で得られた結果をまとめ、本研究の総まとめを行っている。結論として、PL法がSi上のGeの成長過程を調べるのに強力な手段であること、低次元量子構造を形成する新しい方法を見いだしたこと、また形成された構造特有のPL特性について明らかにしたことを述べ、ここで得られた結果が、歪系の結晶成長に新しい知見を与えるとともに、間接遷移型半導体の低次元励起子とこの系をベースにした発光デバイスの開発研究の基礎となり得ることを述べている。

 以上を要するに、本論文は応用上重要と考えられるSi/Ge系の成長過程を構造変化に非常に敏感なPL法を用いて初めて明らかにすると共に、新しい低次元量子構造の形成方法を示し、その光学特性について明らかにしたものであり、物理工学に寄与するところが大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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