高分子・液晶混合系は、ディスプレイ材料として工業的に広く研究されているが、組成という保存される秩序変数と液晶の配向のオーダーパラメータという非保存の秩序変数が共存する系での秩序形成という観点から、超流動相転移点近傍での3He-4He混合系などと類似点があり、学術的にも非常に興味深い系である。さらに、相分離と液晶化という二つの非平衡現象が競合するパターン形成では、界面エネルギーを最小とする条件だけでは決定されず、液晶の弾性エネルギーの寄与によって複雑なものになると予想される。本論文は、このような系での秩序形成ダイナミクスを明らかにすることを目的としておこなったものであり、全6章からなっている。 第2章では、理論的背景として系の自由エネルギーを定義した。これは空間的に均一な平均場近似による自由エネルギー、界面での濃度勾配、配向によるエネルギー増加分、そして界面での液晶分子のアンカリングによるエネルギー増加分の4つの項を加えあわせたものであらわされるとした。第一項は、等方相のFlory-Hugginsの自由エネエルギーとLandau-de Gennes展開したネマティック相の自由エネルギーの線形結合であらわした。後者では、配向のオーダーパラメータの二次の係数は等方相の絶対不安定温度T°から求められる濃度°をあらわに含ませることによって、温度、組成いずれの条件によっても系全体がネマティック相に転移する効果が得られるようにした。また第三項はFrankの自由エネルギーに一定数近似を用いたものに相当する。このような表式を用いて、組成は連続の式から導かれる保存系の、また配向のオーダーパラメータは非保存のTDGL方程式にそれぞれ従うこと、また速度場を用いて力のバランスをあらわすことができることから、系のダイナミクスを記述することができる。 第3〜4章では、試料と相図、実験方法について述べた。試料は高分子側は工業的に光重合法で製造する際の原料であるモノマーEHAとオリゴマーUN1102を1:1の比で混合したもの、液晶は混合液晶E8であり、全体として高分子・液晶擬二成分系をなしている。この系の相図は共存曲線、スピノーダル曲線と、液晶相転移曲線が結合した形であることが特徴である。液晶の割合が低下するにつれて液晶相転移温度が低下することは、高分子による希釈効果として理解できる。ネマティック相ドメインの形態は、液晶が多い場合にはドロップレット、少ない場合には針状構造であることが特徴的で、このような形態の変化は系のエネルギーに液晶の弾性エネルギーが大きく寄与していることを示唆する。実験は位相差、偏向両モード可能な顕微鏡観察及び時分割偏向光散乱法によっておこなった。ドロップレット内部の配向状態は多くの場合bipolar型であり、粗大化とともに試料をはさんでいるガラスとの相互作用によってガラスに対して垂直配向に変化することが明らかになった。理論的には先に定義された系の自由エネルギーを最小とするように決定される。さらにこれに対応した散乱パターンは異方的になることが知られており、本実験で初期には等方的であっても中・後期過程では異方的なパターンになることから、このような内部で配向状態をもつ液晶ドメインからの散乱であることが示唆される。 第5章では、実験結果及び考察について述べた。まず、相分離の臨界温度より高いネマティック相転移領域では、最終的な平衡状態に達するまでの時間が比較的長い領域と短い領域とに分割され、その境界は等方相の安定限界に相当することが明らかになった。後者の領域で非常に深いクエンチでは途中で波数一定の領域があらわれる二段階の変化が見られ、速やかに配向秩序を形成した後にスピノーダル分解によって等方相・非等方相の間で相分離がおきていることが示唆されていると考えられる。次に相分離に対する不安定領域では、スピノーダル分解が等方相の安定限界より低温側、高温側のいずれで引起こされるのかによって、平衡状態に至るプロセスが異なることが明らかになった。すなわち低温側の場合には、まず速やかに配向秩序が形成された後、拡散が支配的な粗大化が進む。これに対して高温側では、まず通常の二成分流体系の場合と同様に双連結構造が形成され、わかれた二相のうち液晶リッチな相で液晶相転移がおきてドロップレットが形成されていく。さらに境界付近では、スピノーダル分解の特徴である線形近似の成り立つ時間が他の領域に比べて長く、その後は拡散が支配的な挙動を示す。このことは初期過程において両秩序変数が強く競合するが、その後は相分離していくことを示唆していると考えられる。最後に相分離の準安定領域では、核の出現に要する時間から、スピノーダル曲線の存在、均一、不均一核生成がおきること、さらに均一核生成にも急速なものとそうでないものがあることが明らかになった。また核の数の時間変化では、深いクエンチでは組成によらない急速な核生成があり、それより浅いクエンチでは液晶の割合によって次第にゆっくりとなる場合と明らかに遅い核生成にわかれる場合とがある。このような結果は以下のようにして理解することができる。核が出現するためにこえなければならないエネルギーバリアの大きさは、界面形成にともなうエネルギー増加分と相分離による自由エネルギーの低下分の差し引きであらわされるが、保存・非保存共存系では後者に両秩序変数からの寄与が含まれる。すなわち、液晶濃度が高くなることによって非保存の秩序変数が大きくなる場合には、それによるエネルギー低下が大きくなるため、配向秩序を形成しながら核生成がおきるのに対して、そうでない場合には通常の二成分流体系の場合と同様の核生成がおきてから配向秩序が形成されると考えられる。 このように、先に定義した自由エネルギーによって、秩序形成の初期過程においては、等方相の安定限界より低温側ではまず配向秩序を形成する非保存系とみなすことができるのに対して、高温側では保存系と同様に相分離がおきること、また境界付近では両者が強くカップリングすること、さらに高分子・液晶混合系では液晶の弾性エネルギーの寄与が大きいことが、矛盾なく説明できることが明らかになった。このような考察は、保存・非保存共存系での秩序形成を理解する上で有意義な知見を与えると思われる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |