学位論文要旨



No 112603
著者(漢字) 佐々木,欣一
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,キンイチ
標題(和) 電磁流体力学的乱流におけるイオンの異常加熱
標題(洋) Anomalous Heating of Ions in Magnetohydrodynamic Turbulence
報告番号 112603
報告番号 甲12603
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3881号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 小野,靖
 京都大学 教授 井上,信幸
内容要旨

 実験室プラズマ同様に、太陽コロナや磁気圏プラズマなど、さまざまな異なった乱流プラズマにおいて揺動を介したプラズマ粒子の加熱が観測されている。最近のプラズマ物理の実験的研究においては、プラズマ内部の磁場構造の自己組織化に関連したイオン加熱現象に興味・関心が寄せられている。イオンの持つ流体的粘性が電磁流体力学(MHD)的揺動のエネルギー散逸において支配的である時、磁場の捻れを表すヘリシティーの保存に関するWoltjerの定理が適用される。イオンの粘性散逸は、プラズマ内部の磁気エネルギーを減少させるが、ヘリシティーは保存される。結果としてプラズマの磁場配位は、ローレンツ力の働かない、無力磁場配位(force-free field;Taylor状態)へと緩和して行く。散逸されたエネルギーは、イオンの加熱を生じる。この自己組織化の過程は、次に示すようなエネルギーの流れに関連している。トロイダル電流駆動プラズマの場合、トロイダル方向に誘起された誘導電場によりプラズマ中にポインティング・フラックスが流入され、入力エネルギーは、最初に、平均場の形で蓄えられる。プラズマ内部の余剰磁気エネルギーは、MHD不安定性を生じ、MHD緩和を介して平均場としてのエネルギーが揺動のエネルギーに変換される。最終的に、イオン粘性は、揺動エネルギーをイオンの加熱という形で散逸する。逆転磁場ピンチ(RFP)や極低q(ULQ)プラズマにおいては、プラズマ内部の磁場構造がTaylor状態にあることが実験的に示されており、磁場揺動の励起に相関した激しいイオンの加熱現象も観測されている。

 この様に実験室プラズマにおいて、イオン粘性散逸がMHD揺動のエネルギー散逸において支配的であるということが観測されているが、粘性の微視的メカニズムは実験的に解明されずに残されている。理論においては、平行イオン粘性(parallel ion viscosity)がMHD緩和過程におけるエネルギー散逸を支配していると予測している。MHD揺動が急速に成長する場合、磁力線の収縮に伴いプラズマには有限な磁気圧縮が生じ、結果として局所的な磁場の増幅が生じる。磁気モーメントは保存されるので、イオンは磁場に関して垂直方向に加速され、そのためイオンの速度分布は歪む。この様に歪んだ速度分布関数が緩和することにより、磁力線垂直方向のイオンの運動エネルギーは磁力線方向に熱化される。衝突過程の場合、この過程はジャイロ緩和(gyro-relaxation)と呼ばれ、対応する粘性は平行粘性(parallel viscosity)と呼ばれる。無衝突プラズマにおいては、このジャイロ緩和は、遷移時間磁気ポンピング(transit-time magnetic pumping)によって置き換えられる。

 以上の事柄を踏まえ、本研究の目的は、粘性散逸のメカニズムを実験的に明らかにすることとし、粘性の微視的メカニズムを調べるため、RFP配位およびULQ配位プラズマの両方において、磁力線に関して異なる二方向のイオン温度が比較検討された。理論的には、平行イオン粘性よりプラズマ内部のドリフトによる揺動エネルギーが磁力線方向に熱化される。プラズマ実験は、スウェーデン、アルフベン研究所のEXTRAP-T2RFP実験装置および、東京大学のREPUTE-1ULQ実験装置において行なわれた。

 図1.は、EXTRAP-T2装置における典型的なRFPプラズマの放電波形を表す。EXTRAP-T2RFPプラズマにおいて、電子-イオン間の古典的等温化時間は、1.0msのオーダーであり、イオンの古典的温度等方化時間は、0.1msのオーダーである。これらの特徴時間は、EXTRAP-T2RFPプラズマの典型的エネルギー閉じ込め時間(50s)よりも長いので、理論により予測される平行イオン粘性が存在する場合には、イオン温度の非等方性が観測され得る。イオン温度Tiは、プラズマ中の不純物イオンであるOV(O4+;278.1nm)ラインのドップラー広がりより評価された。この放電の場合、時刻t=6msまでプラズマは安定であり、電子密度が徐々に増加している。放電の後半において電子密度は減少し、磁場揺動が増加している。MHD揺動の励起に相関して、磁力線方向のイオン温度の増加が観測された。図2.は、トロイダル方向の磁場揺動rmsと磁力線方向のイオン温度の間の関係を示す。rmsが増加するとともに、の増加が観測されている。磁力線垂直方向のイオン温度もまたrmsに相関して増加するが、の変化がよりも大きく、結果として、rmsの増加に従って、温度非等方性も大きくなる。RFPプラズマにおけるMHD揺動による磁力線方向のイオン温度の加熱および磁力線に関するイオン温度の非等方性の観測は、MHD揺動の粘性散逸モデルを指示するものであり、その微視的メカニズムが実験的に示された。ドップラー広がりによるイオン温度の測定の場合、磁力線垂直方向においては、ドリフトに起因したイオンの運動エネルギーの影響を含んでいるかも知れない(低プラズマの場合、磁力線方向にこの乱流による影響は無い)。ULQプラズマの実験においては、激しい磁場揺動の増加により、磁力線垂直方向のイオン温度がこの乱流の影響を受けていることが実験的に確かめられた。

図1.典型的EXTRAP-T2RFPプラズマ図2.rmsの関係
審査要旨

 実験室プラズマに限らず、太陽コロナや磁気圏プラズマなど、さまざまな乱流プラズマにおいて、大きなプラズマ揺動に伴うエネルギー散逸(プラズマ粒子の加熱)を経て、磁力線構造が自己組織化する現象が観測される。イオンの持つ流体的粘性が電磁流体力学(MHD)的揺動のエネルギー散逸において支配的であると仮定すると、磁場の捻れを表すヘリシティーの保存に関するWoltjerの定理が適用される。イオンの粘性散逸は、プラズマ内部の磁気エネルギーを減少させるが、ヘリシティーは保存される。結果としてプラズマの磁場配位は、ローレンツ力の働かない、無力磁場配位(force-free field;Taylor状態)へと緩和して行く。散逸されたエネルギーは、イオンの加熱を生じる。逆転磁場ピンチ(RFP)や極低q(ULQ)プラズマにおいては、プラズマ内部の磁場構造がTaylor状態にあることが実験的に示されており、磁場揺動の励起に相関したイオンの加熱現象も観測されている。しかし、いかなる機構によって、プラズマ中のエネルギー散逸においてイオン粘性散逸が卓越するのかは、実験的に未解決の問題であった。理論的には、プラズマ内部での急速な磁気再結合過程において、平行イオン粘性がMHD緩和過程におけるエネルギー散逸を支配していると予測されている。本研究は、この理論的予測に実験的な検証を与え、プラズマ中の磁場構造の自己組織化現象に関して、揺動散逸の物理的機構についての理解を完成させるものである。

 実験では、トーラス・プラズマ装置を用い、完全電離プラズマに大電流を流してプラズマの磁気乱流を起こし、イオンの加熱を観測している。イオン粘性加熱の微視的メカニズムを調べるため、RFP配位およびULQ配位プラズマの両方において、磁力線に関して異なる2方向のイオン温度が比較検討された。これらの研究成果は、以下のような構成によってまとめられている。

 第1章は序論であり、研究の背景と動機について述べている。RFPおよびULQという大電流プラズマにおいては、一般的にプラズマの電子イオン熱平衡時間は、そのエネルギー閉じ込め時間よりも長く、古典的な衝突を介しては、イオン温度が電子温度より高くなることはない。しかし、実験においては、イオン温度が電子温度と同程度あるいはそれ以上に加熱される現象が観測され、直接イオンを加熱する機構が存在することが示されている。本研究において実験を行なったRFPおよびULQプラズマの磁力線構造は、太陽コロナやジェットなどの宇宙・天体プラズマに多くみられる典型的な捻れの構造を持つ。この様な磁力線の捻れの構造は、プラズマ内部の余剰磁気エネルギーが主としてイオンの持つ流体的粘性によって散逸されるとき自己形成されることが理論的に示されており、エネルギー散逸の結果としてイオンが加熱されることになる。本研究は、プラズマのイオン粘性加熱を磁場構造の自己組織化現象と密接に関連させて議論している。

 第2章では、本研究で用いられた、スウェーデン、アルフベン研究所のEXTRAP-T2RFP実験装置および東京大学のREPUTE-1ULQ実験装置の詳細および周辺プラズマ診断装置の説明、不純物イオン温度測定システムの概要について述べられている。実験では、磁力線に関して異なる2方向(磁力線接線および磁力線垂直方向)の不純物イオン温度が測定されるが、プラズマ内部の磁力線構造による測定温度の影響について、数値解析により考察がなされ、本研究で行なったプラズマ・パラメータ領域では、測定された2つのイオン温度がそれぞれの方向に対して正しく評価されていることが示されている。

 第3章では、RFPおよびULQプラズマにおけるイオン粘性散逸の微視的メカニズムを実験的に研究するため、磁力線に関して異なる2方向のイオン温度の非等方測定を行なった結果について述べている。RFPプラズマにおいては、磁力線接線方向のイオン温度が磁力線垂直方向のイオン温度よりも高く、MHD揺動を介してのイオン粘性散逸モデルが妥当であることが実験的に確認されている。磁場揺動の大きさとイオン温度およびその非等方性の間に強い相関があることも観測されている。ULQプラズマにおいては、プラズマの乱流性がイオン温度の評価に与える影響について実験的に研究され、プラズマ内部の磁場揺動の激しいプラズマでは、熱化されていない乱流運動成分が、磁力線垂直方向のイオン温度に影響を与えていることが実験的に確認されている。

 第4章は本研究の結論にあてられている。

 以上を要するに本論文は、電磁流体力学的(MHD)乱流プラズマの内部磁場構造の自己組織化の過程において、理論的に予測されるイオン粘性によるエネルギー散逸の微視的メカニズムを明らかにしたものである。トーラス・プラズマ実験装置を用いた大電流放電において磁力線に関して異なる2方向のイオン温度の非等方性を測定し、磁場揺動などのプラズマ・パラメータとの詳細な比較検討により、イオン粘性散逸が起こることを実験的に示したもので、プラズマ工学の発展に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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