実験室プラズマに限らず、太陽コロナや磁気圏プラズマなど、さまざまな乱流プラズマにおいて、大きなプラズマ揺動に伴うエネルギー散逸(プラズマ粒子の加熱)を経て、磁力線構造が自己組織化する現象が観測される。イオンの持つ流体的粘性が電磁流体力学(MHD)的揺動のエネルギー散逸において支配的であると仮定すると、磁場の捻れを表すヘリシティーの保存に関するWoltjerの定理が適用される。イオンの粘性散逸は、プラズマ内部の磁気エネルギーを減少させるが、ヘリシティーは保存される。結果としてプラズマの磁場配位は、ローレンツ力の働かない、無力磁場配位(force-free field;Taylor状態)へと緩和して行く。散逸されたエネルギーは、イオンの加熱を生じる。逆転磁場ピンチ(RFP)や極低q(ULQ)プラズマにおいては、プラズマ内部の磁場構造がTaylor状態にあることが実験的に示されており、磁場揺動の励起に相関したイオンの加熱現象も観測されている。しかし、いかなる機構によって、プラズマ中のエネルギー散逸においてイオン粘性散逸が卓越するのかは、実験的に未解決の問題であった。理論的には、プラズマ内部での急速な磁気再結合過程において、平行イオン粘性がMHD緩和過程におけるエネルギー散逸を支配していると予測されている。本研究は、この理論的予測に実験的な検証を与え、プラズマ中の磁場構造の自己組織化現象に関して、揺動散逸の物理的機構についての理解を完成させるものである。 実験では、トーラス・プラズマ装置を用い、完全電離プラズマに大電流を流してプラズマの磁気乱流を起こし、イオンの加熱を観測している。イオン粘性加熱の微視的メカニズムを調べるため、RFP配位およびULQ配位プラズマの両方において、磁力線に関して異なる2方向のイオン温度が比較検討された。これらの研究成果は、以下のような構成によってまとめられている。 第1章は序論であり、研究の背景と動機について述べている。RFPおよびULQという大電流プラズマにおいては、一般的にプラズマの電子イオン熱平衡時間は、そのエネルギー閉じ込め時間よりも長く、古典的な衝突を介しては、イオン温度が電子温度より高くなることはない。しかし、実験においては、イオン温度が電子温度と同程度あるいはそれ以上に加熱される現象が観測され、直接イオンを加熱する機構が存在することが示されている。本研究において実験を行なったRFPおよびULQプラズマの磁力線構造は、太陽コロナやジェットなどの宇宙・天体プラズマに多くみられる典型的な捻れの構造を持つ。この様な磁力線の捻れの構造は、プラズマ内部の余剰磁気エネルギーが主としてイオンの持つ流体的粘性によって散逸されるとき自己形成されることが理論的に示されており、エネルギー散逸の結果としてイオンが加熱されることになる。本研究は、プラズマのイオン粘性加熱を磁場構造の自己組織化現象と密接に関連させて議論している。 第2章では、本研究で用いられた、スウェーデン、アルフベン研究所のEXTRAP-T2RFP実験装置および東京大学のREPUTE-1ULQ実験装置の詳細および周辺プラズマ診断装置の説明、不純物イオン温度測定システムの概要について述べられている。実験では、磁力線に関して異なる2方向(磁力線接線および磁力線垂直方向)の不純物イオン温度が測定されるが、プラズマ内部の磁力線構造による測定温度の影響について、数値解析により考察がなされ、本研究で行なったプラズマ・パラメータ領域では、測定された2つのイオン温度がそれぞれの方向に対して正しく評価されていることが示されている。 第3章では、RFPおよびULQプラズマにおけるイオン粘性散逸の微視的メカニズムを実験的に研究するため、磁力線に関して異なる2方向のイオン温度の非等方測定を行なった結果について述べている。RFPプラズマにおいては、磁力線接線方向のイオン温度が磁力線垂直方向のイオン温度よりも高く、MHD揺動を介してのイオン粘性散逸モデルが妥当であることが実験的に確認されている。磁場揺動の大きさとイオン温度およびその非等方性の間に強い相関があることも観測されている。ULQプラズマにおいては、プラズマの乱流性がイオン温度の評価に与える影響について実験的に研究され、プラズマ内部の磁場揺動の激しいプラズマでは、熱化されていない乱流運動成分が、磁力線垂直方向のイオン温度に影響を与えていることが実験的に確認されている。 第4章は本研究の結論にあてられている。 以上を要するに本論文は、電磁流体力学的(MHD)乱流プラズマの内部磁場構造の自己組織化の過程において、理論的に予測されるイオン粘性によるエネルギー散逸の微視的メカニズムを明らかにしたものである。トーラス・プラズマ実験装置を用いた大電流放電において磁力線に関して異なる2方向のイオン温度の非等方性を測定し、磁場揺動などのプラズマ・パラメータとの詳細な比較検討により、イオン粘性散逸が起こることを実験的に示したもので、プラズマ工学の発展に貢献するところが大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |