学位論文要旨



No 112604
著者(漢字) 佐藤,聡
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アキラ
標題(和) 閉ループ内単相流自然循環の不安定性
標題(洋)
報告番号 112604
報告番号 甲12604
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3882号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 自然循環とは流体内の温度差に起因する密度差駆動流であり、外部動力なしで熱輸送が可能である。これを利用して、高速増殖炉において電源喪失時・主循環ポンプ停止後の炉心崩壊熱除去に用いることが考えられている。

 これまでシングルループにおける自然循環については多くの研究がなされ、その結果自励的な流量振動のような不安定現象が生じることが示されている。一方高速増殖炉の冷却系は3〜4本のループで構成されるマルチループ系であり、ループ間の相互作用によりシングルループに比べ複雑な現象が生じることが予想される。しかしこれまでマルチループに対する研究はあまりなされておらず、その現象を把握し、発生機構を解明することは非常に重要な課題である。

 そこで本論文では、主にマルチループ内単相流自然循環における流れの状態の不安定性について、実験・数値計算を用いた評価を行なうことを目的とする。型ループ、ダブルループにおける現象・発生条件の把握を通して発生機構について考察する。

型ループ実験体系

 図1には、型ループの実験装置を示す。ループ上部は一定温度T0で冷却され、ループ下部は一定熱流束qで加熱されている。左右の直管部の中央は断熱された水平管で接続されている。流体には脱気した水を用いた。ループ内の流れの状態を把握するため、T1〜T7の七点の温度変化を熱電対を用いて計測した。実験パラメータとしてq、ループを含む面内におけるループ傾斜角を変化させた。さらに水平管両端に開口部直径5.2[mm]のオリフィスを設置し、水平管内の圧力損失を増加させた実験も行なった。

現象発生領域

 型ループにおいては、シングルループの場合と同様にq,の変化に伴い、Steady、Transient、周期振動、Chaoticの四種類の現象が観察された。Steady状態とは一定流量の対流が生じている状態、周期振動状態とは流量が周期的に変動する状態、Chaotic状態とは流れ方向の逆転を伴う複雑な流量振動状態である。またTransient状態は、始めはChaoticな流量振動が生じているが、ある時間経過後Steady状態に突然遷移する状態である。

 図2に型ループとシングルループにおけるChaotic状態の発生領域(型ループ:実線の左側、シングルループ:破線の上側)の傾斜角による変化を示す。=0゜の場合は両ループのChaotic状態の発生境界は等しい。を増加させるにつれて発生境界値は高熱流束側に移動するが、その度合は型ループの方が大きい。また型ループにおいては、領域の高熱流束側にも発生境界が存在し、これよりも高い熱流束ではChaotic状態は観察されなかった。このように型ループの方が傾斜による状態の安定化の傾向が強いことが分かった。

 さらに型ループの水平管にオリフィスを設置して水平管内の流れを抑制した場合、低熱流束側の発生境界はシングルループと型ループの間に得られた(図2)。これより低熱流束側における安定化においては、水平管内の流量が要因であると考えられる。一方オリフィスを設置した場合も高熱流束側の発生境界が存在し、その値はオリフィスの無い場合と等しかった。したがって、高熱流束側における安定化には水平管内の流量は影響を与えず、ループ左右を接続したことによる圧力差の減少が安定化の要因であると考えられる。

水平管内の流れ

 上記のように、型ループにおける流れの安定化に水平管内の流れが重要な役割を果たしている。そこでループ内各点における温度データを用いて、水平管内の流れの状態を予測する。

 図3にChaotic状態におけるループ左右の温度差T1-T2と、左側分岐部の上下の温度差T1-T3の時間変化を示す。T1-T3が0でない値を持てば水平管から分岐部に向かう流れが存在する。T1-T2の正負が逆転する時、すなわち流れの方向が逆転する時に左右の温度差がほとんどない状態が継続する時間帯が見られる(矢印部)。このときT1-T3は大きな値を持ち、従って水平管内に流れが生じていることが予想される。この流れは数値計算によっても確認された。

 一方流れが定常に達している状態においては、T1-T3は常に0に近い値となったため、T5,T6,T7の温度データから流速を予測した。流速が微小な場合、熱伝達において熱伝導の役割が大きくなる。この場合定常状態における対流拡散の式から流速を求めることができる。これを用いて、低熱流束側と高熱流束側の定常状態に対して水平管内の流速を求めた。この結果、低熱流束側では流速はほとんど0であるが、高熱流束側では1[mm/sec]程度の流速が得られ、微小ではあるが流れが存在することが確認された。

 Chaotic状態の発生領域の考察から、型ループにおけるChaos発生境界では、低熱流束側と高熱流束側で異なった現象が生じていることが推測された。すなわち低熱流束側では水平管内の流れが安定化の要因の一つであるが、高熱流束側では流量は安定化に寄与せず、ループ左右の圧力差の減少のみが要因であると考えられる。一方定常領域における水平管内の状態も、低熱流束側と高熱流束側で異なることが温度分布の測定から明らかになった。すなわち低熱流束側では水平管内に流れがないが、高熱流束側では流れが存在する。これらのChaos発生境界における現象と安定領域における現象は、何らかの相関があると考えられるが、Chaotic状態における水平管内の流れについての定量的なデータが得られず、流れによる安定化の機構が未解明の現時点においては、この相関に対する議論はできない。

ダブルループ計算体系

 図4に示すようなダブルループについて数値計算を行なった。ループの下半分(Tube1)を定常な熱流束qで加熱し、上半分(Tube2,Tube3)を温度一定(T0)で冷却した。R》rであるので、ループの周方向のみを考える1次元モデルを適用した。さらにBoussinesq近似を用いてそれぞれの管内の流体についての運動方程式

 

 

 エネルギーの式

 

 を得た。ここで、0はT=T0における流体の密度、は熱膨張係数、rwは管壁の剪断応力、PはA点とB点の圧力差、cpは比熱、hは管壁の熱伝達係数である。これらについて1次風上差分法を用いて計算を行なった。なお分岐部においては運動量の保存は考慮せず、完全混合条件のみを考慮した。したがってこの計算は実際の現象のシミュレーションというよりも、数理モデルとしての意味合いが強い。

計算結果

 計算においては入力熱流束qをパラメータとして変化させた。また、本現象は初期条件敏感性が強いことが予想されるので、上部の二つのループに擾乱として与える初期微小流速(i2,i3)を変化させた。

 対称初期条件、すなわちi2i3の場合、二つの冷却管内の速度は常に互いに等しく、シングルループにおける現象とまったく同じになる。流れの状態はqを増加させるに従って、Steady→Transient→Chaoticの順に変化した。各状態の境界の熱流束は、それぞれおよそq=1900、q=2400[W/m2]である。Chaotic状態の流速変化を図5に示す。これはローレンツ方程式から得られるカオスの波形と同じであるので、この状態をLorenz chaotic状態と呼ぶことにする。

 非対称初期条件、すなわちi2i3の場合、シングルループとは異なった状態が現れた。q<1900[W/m2]のときはSteady状態が得られた。1900<q<2800の場合、Lorenz chaosに比べて複雑な流速変動(Complex chaos、図6)からSteady状態に遷移する。この状態をTransient-CSと呼ぶ。2800<q<3200の場合、初期条件により複雑な変動からSteady状態に遷移する時とLorenz chaosに遷移する時にわかれる。これをTransient-CS/CLと呼ぶ。3200<q<3500の場合、複雑な変動からLorenz chaosへの遷移(Transient-CL)のみが生じる。3500<qの場合、Complex Chaotic状態が継続する。

アトラクタによる評価

 これらの状態の変化を相空間内におけるAttractorの安定性の変化の観点から評価する。ダブルループにおいてはqの変化によってPoint・Lorenz・Complex strange attractorの三種類が現れた。これらのAttractorと流れの状態の関係を図7に示す。実線が安定、破線が不安定、灰色の線が準安定を表す。

 対称な初期条件の場合、Steady、Lorenz chaos状態に対応する二つのAttractorが存在する。また、q=1900付近でPoint attractorの周りに準安定なLorenz attractorが形成され、Point attractorに吸引されるのに時間がかかるため、Transient状態となる。

 非対称な初期条件の場合、3つのAttractorが存在する。q<2800までは対称な場合と同様である。q=2800付近でLorenz attractorが安定性を獲得するが、Point attractorも安定性を失っていないため、初期条件によりどちらかのAttractorに吸引され、Transient-CS/CL状態になる。その後Point attractorが安定性を失いTransient-CL状態になり、最終的にLorenz attractorからComplex strange attractorへと安定性が交換されることにより、完全なComplex chaotic状態になる。

結論

 本研究では、閉ループ内単相流自然循環における特に不安定な流動現象に対し実験・数値計算を行ない、その発生領域や流れの状態などについて考察を行なった。

 型ループにおいてはシングルループに比べ流れが安定化される傾向があることが明らかになった。これはループ左右の圧力差の減少に加え、水平管内に生じる流れによるものと考えられる。さらにChaotic状態が発生する熱流束範囲に上限が存在することが確認され、シングルループに比べ複雑な分岐構造を持つことが明らかになった。

 ダブルループにおいては、相空間上に存在する三種類のAttractorの安定性が複雑に交換し、さらに共存する場合があることにより、初期条件依存性を伴う複雑な状態遷移が生じることが数値計算により示された。

図1 型ループ図2 現象発生領域図3 T1-T2,T1-T3の時間変化図4 ダブルループ図5 Lorenz chaotic状態における流速の時間変化図6 Complex chaotic状態における流速の時間変化図7 Attractorと流れの状態の関係
審査要旨

 流体内の温度差/密度差は流体を動かす駆動力となって自然循環を発生させる。自然循環はポンプなどに頼らずに効率的に熱を輸送することのできる手段であることから、原子炉の冷却などへの今まで以上の積極的利用が研究されている。しかしながら自然循環においては場合によっては自励的な流量変動を生じることが知られている。最も単純な体系である単ループ内の単相流自然循環についてはこれまでに多くの研究があり、流量変動現象が実験的にも理論的にも調べられている。一方、原子炉の冷却系は普通複数のループで構成されており、より複雑な現象の発生が予想される。本論文は、単ループに関する研究結果を踏まえて掘り下げながら、複合ループ内の単相流自然循環の流量変動について実験と数値解析とにより研究したものである。

 第1章は序論であり、研究の動機や既往研究についてまとめ、本論文の目的と構成について述べている。

 第2章では円環状の単ループで生じる現象についての理論解析、数値計算、実験それぞれの結果をまとめている。ループの下半分を加熱、上半分を冷却するときの流体の挙動は1次元モデルで記述すると、ローレンツ方程式に帰着させることができる。ローレンツ方程式については詳しく研究されており、解の分岐構造が定常運動状態とカオス的な運動の逆転が生じる状態、その間の遷移状態などの状態変化と対応していることが分かっている。理論解析では、2つの支配パラメータRaとのマップ上で各状態がどのように現れるかをローレンツ方程式から求めている。また1次元モデルでの数値計算と実験とで同じ現象を調べ、状態変化について同じマップ上にまとめている。理論解析と数値計算の結果は定量的に一致したが、実験結果は定性的には一致したものの定量的には一致しなかった。その理由に対する考察も行っている。

 第3章では、第2章で用いたループの加熱部と冷却部の境界2ヵ所をつないだ型のループで生じる現象を実験と数値計算により調べている。これは循環経路が複数となるループ構成の最も単純なもので、水平接続管の抵抗を無限大にすれば単ループに戻る。実験では接続管の存在によりカオス的状態の発生領域が高熱流束側に移動すること、ループ全体を傾け接続管に傾斜を与えるとカオス的状態発生熱流束に上限が存在することなどを見出している。同時に接続管内の流れを測定し、この状態変化に果す役割を考察している。数値計算結果は定性的に実験結果と合うところが多いが不一致もみられた。その主原因を管分岐部のモデルに求め、考察している。

 第4章は冷却部である上半分が2本の並列管に分れたダブルループに関する研究で、数値計算を主体としたものである。ダブルループで生じる現象は型のそれよりさらに複雑となり、並列する管に常に等流量が流れるカオス的状態、流量が異なるカオス的状態、それらから定常運動状態への遷移など、5つの状態が現れる。これについて相空間におけるアトラクターの安定性の観点から説明を行っている。すなわち相空間上にポイントアトラクター、ローレンツアトラクター、コンプレックスストレンジアトラクターの3種のアトラクターが現れること、それらが安定性を交換し2種類のアトラクターが共存する場合があることによって複雑な状態変化が生じることを示している。

 第5章は結論で、本研究の成果をまとめるとともに今後の研究課題を整理している。

 以上のように本論文は、閉ループ内単相流自然循環における不安定流動挙動に関するこれまでの単ループの知見をさらに深めるとともに、複合ループへの拡張を実験、数値計算の両面から試みたものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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