学位論文要旨



No 112605
著者(漢字) 白井,出
著者(英字)
著者(カナ) シライ,イズル
標題(和) 大変形物体のビジュアリゼーション
標題(洋)
報告番号 112605
報告番号 甲12605
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3883号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 三次元の対象のビジュアリゼーション(可視化)は、グラフィックワークステーション等の普及に伴い、一般的に行われるようになってきている。この中でも特に、対象の中身が詰まっているもの、たとえば、流体解析における状態量の表示などは、二次元から三次元に移行する途中の段階であると考えられる。この様な三次元の中身を含む可視化は、ボリュームグラフィックスと呼ばれ、現在盛んに研究されている分野である。

 一方、一般に数値解析は、流体解析のNavier-Stokes方程式を解く手法などに代表されるように格子を基本にして解析が行われているため、複雑に形状が変化する対象を扱うことが出来ない。しかし、近年のめざましい計算機の速度の向上により、そのような、動的に変化する複雑形状をもつ大変形物体を対象とした解析が、現実のものとなろうとしている。また、一次元時系列データを可視化する場合を考えるとわかるように、人間の時間方向の状態把握能力は目でみた空間構造の把握能力に比べて劣っていると考えられる。したがって、時間とともに変化する対象を可視化する場合、その抽出したい特徴をより強調する必要がある。したがって、大変形物体の可視化を行う場合には、その界面の動的変化(Morphogenesis)を描き出す必要があると考えらる。

 このような状況に対して、現在のボリュームグラフィックスにおいては複雑な表面形状の表現法と、内部に状態量等を持った中身の詰まった対象の表現法の、両方を同時に扱うことの出来る表現モデルが確立されていない。さらに、三次元の対象を表現する場合には、対象をボクセルと呼ばれる中身の入った格子からなるものと考えるために、動的な変化に対応しにくい。

 本研究は、以上の観点から大変形物体の動的挙動の理解を容易にするための、アニメーションの作成を前提にした新しい表現方法を開発しようとするものである。具体的には、Implicit Surfacesと呼ばれる、分布関数を持ったプリミティブの集合体の等値面として対象の表面形状を表現する手法を応用して、ボリュームグラフィックスのボクセルにあたるものが自由に移動できる、新しいボクセルというべき構成要素を考案した。またその特性を、二相流の可視化を例にとって評価検討した。さらに、状態量などのボリュームグラフィックスにおいて、表面形状を明確に可視化する検討を行った。

 以下にその具体的な内容をまとめる。

(1)二相流の可視化

 本研究で用いたImplicit Surfacesのプリミティブの分布関数D(r)は以下の様な式で表現され、このような関数によって形成された等値面は一般にメタボールと呼ばれる。

 

 このプリミティブの間に以下の式のような相互作用を与えて、

 

 二相流の気相をプリミティブの集合体として扱うと、プリミティブの体積の空間に占める割合によって、図1、2の様にその流動形態が全く異なる結果になることを確認した。比較的プリミティブ密度が高い場合(図1)、プリミティブ同士が自然に融合し、一つの大気泡として集団が一つの物体の様にふるまう。一方、プリミティブ密度が低い場合(図2)各々が独立した個体としてふるまう。この様に、一つの構成要素が何種類もの要素を形成する事が、本手法の特徴である。また、プリミティブ間の相互作用力と、表現対象のサイズに対するプリミティブのサイズによって、表面形状の動的特性がどのように変化するかを調べた。この結果、大気泡同士の融合現象や自発的分裂現象を確認することが出来た。この様な複雑な形状の変化は、従来の手法で可視化するためには、力学に基づいた非常に複雑な解析を必要としていたため不可能であったが、本手法では単純な法則にしたがって計算をするだけで、全体の様子を可視化することが可能である。この事は、構成要素の集合として対象を扱うことが、大変形物体の可視化には本質的に向いていることを意味する。

 また、プリミティブの速度を制御するためのプリミティブに与える力を検討し、実際に外部から速度を入力して追従させることが出来ることを確認した。

(2)外乱による挙動特性

 挙動制御のために入力する外部からの力の与え方による、挙動の違いを明らかにするために、力を物体の表面にのみ与えた場合と、物体に一様に与えた場合の違いについて調べた。この結果、物体表面に力を与えた場合、図3の様に大集団全体が一気に分裂飛散する様子が確認された。また、表面に力を与えただけでは全体を偏平化させることが出来ないことを確認した。これは図4の様に表面にプリミティブの偏りを生じた場合、その効果が全体に波及するより前に、反動により生じた振動がプリミティブ間のつながりを断ち切るためである。この現象を、大集団の内部の歪みのエネルギーのピーク値を示す位置を計算して時間を追って調べると、大変形物体表面に生じた歪みが、全体に波及していることがわかる。これは、現状で用いている相互作用力の形それ自体がそのような性質を持っていることを意味し,気泡の様な柔らかい物体には短時間に振動を減衰する様な関数を必要とする。一方、体積力を与えた場合は、物体の形状の挙動には影響しないことが確認された。

(3)Implicit Surfacesとボクセルの変換

 Implicit Surfacesのプリミティブを、格子状ではない移動するボクセル集団と見なすことによって、不定形の対象を無駄無く表現することが出来る。この手法の長所は、複雑な形状を持っている部分には、多くのプリミティブが集まっているため、より正確な計算が出来る事である。すなわち、複雑な部分で細かく格子を切り直すような、操作が全く要らないのである。そして、実際の可視化作業では、通常のボクセル集団への変換手法を開発し、その変換作業による誤差と効率について検討を行った。これによって、本来はサーフェスグラフィックスの手法と考えられるImplicit Surfacesを、内部に状態量などの情報をもつ新たな構成要素として用いることが可能になった。

(4)ボリュームレイトレーシングによる可視化

 サーフェスグラフィックスの手法であるレイトレーシングを、ボリュームを扱える様に拡張したものがボリュームレイトレーシングである。ボリュームレイトレーシングでは、点xから方向へ光線を飛ばして点x’で物体と交差した場合、点xでの輝度は次式のように点x’における輝度Is(x’,)が各ボクセル内での減衰率(x,x’)に応じて減衰した分と、途中のボクセルにおける散乱などによる寄与分Iv(x,x’,)の和になる。

 

 この様に空間の途中での光の振る舞いまでも計算する手法を用いることによって、図5、6の様に表面形状とボリュームの状態を同時に表示することが可能になる。また、この手法において対象が大きい場合(図5)と小さい場合(図6)についての比較を行った。

図1 プリミティブの密度が高い場合図2 プリミティブの密度が低い場合図3 プリミティブの分裂飛散図4 表面にかかる力による歪み図5 大気泡図6 小気泡
審査要旨

 数値解析がコンピュータ性能の向上と解析技術の高度化を受けて多次元化と高精度化へ進み、扱うデータが膨大となるにつれ、数値解析結果の表示と理解のためのビジュアリゼーションの重要さが増大しつつある。現在、多くのビジュアリゼーションは温度や流速など数値解析の結果として得られる物理量の空間分布を表示するのに用いられているが、一方で、形状や形態をリアリスティックに表現することも現象の直感的な把握とより良い理解のために同様に重要である。自動車、建築物などの変形をしない物体のビジュアリゼーションについては、これまで多くの研究開発が進められてきた。これに対して、固体の溶融・変形、気液・液液の混相流れ、原子間反応における電子雲の変形など動的に変化する複雑な形状を示す大変形物体のビジュアリゼーションの研究はほとんど行われてきていない。しかし、現象の理解と情報の伝達に視覚がきわめて有効であること、また、仮想現実感を導入したヒューマン・インターフェースの基盤技術のひとつとなることから、変形する物体のビジュアリゼーションは今後の重要な課題となるものと考えられる。

 本論文は、以上の観点より、大変形物体のビジュアリゼーションに関し気液二相流を主な題材として取り上げ、相の合体、分裂を含む複雑変形する界面を表現する数理モデルの開発と、複雑変形界面のビジュアリゼーション手法の開発を目的に行った研究の成果をまとめたものであり、全体で6つの章から構成されている。

 第1章は緒言であり、研究の背景と従来の研究を整理した上で、本研究の目的と意義を述べたものである。

 第2章は表現手法について述べた章である。現在主流となっているボリューム・ビジュアリゼーションを複雑形状をもつ物体に適用する際の問題点を詳細に検討し、この結果からインブリシット・サーフェスを採用することとして、この基本特性とレンダリング方法の検討を行っている。

 第3章は気液二相流のモデル化とビジュアリゼーションに関する章である。まず、気液二相流に関するこれまでの知見を整理し、流路内のボイド率分布、気液すべり速度などのデータをまとめている。次に、一般的に変形物体を表現する手法として、変形物体をプリミティブの集合として表すこと、プリミティブ間の相互作用には分子間のポテンシャルに類したポテンシャルを考え、プリミティブの運動をこれで制御することを提案している。これにより、おおよその体積保存が保証され、また、表面張力に相当するものが表現できることから界面や表面をもつ現象に適することを主張している。

 この手法を気液二相流に適用している。実験から求められた速度分布、ボイド率分布を用い、分子動力学的な数値解析技術を開発して気液二相流に適用し、気泡流からスラグ流に至る範囲で、気泡の合体、分裂と流動の様子のビジュアリゼーションを行っている。

 第4章はプリミティブ集合の集団としての特性のリアリティを増すために行った検討についての章である。気泡の合体と分裂の様子の詳細から流体力の加え方を検討し、また、体積保存性の精度を上げるためのプリミティブ数の増加と計算時間の関係を検討している。

 第5章はレンダリング手法に関する章である。インプリシット・サーフェスのプリミティブを、移動するボクセル集団とみなし、これを通常のボクセル集団に変換する手法を開発して、その変換作業による誤差と効率を議論している。この手法により、サーフェス・グラフィックスの手法と考えられてきたインプリシット・サーフェスを、内部に状態量をもつ新たな構成要素としてボリューム・ビジュアリゼーションに用いることが可能としている。次に、ボリューム・レイ・トレーシングを使って等値面とボリューム・データの両者を用いることにより、光の減衰を考慮したリアリティの高い表現が可能となったことを示している。

 第6章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は大変形物体のビジュアリゼーションに関して、プリミティブ間の相互作用を考慮したインプリシット・サーフェス手法により界面を有する現象を表現し、これを変換してボリューム・ビジュアリゼーションに融合して、効率的でリアリティの高いビジュアリゼーション手法の開発と実証を行ったものであり、工学における数値解析の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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