学位論文要旨



No 112607
著者(漢字) 原野,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ハラノ,ヒデキ
標題(和) JT-60Uにおけるシンチレーションファイバー検出器を使用したトリトン燃焼研究
標題(洋)
報告番号 112607
報告番号 甲12607
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3885号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 名古屋大学 教授 井口,哲夫
内容要旨 はじめに

 DT核融合プラズマ中にて核反応により生じる3.5MeV粒子は、プラズマを自己加熱し維持するという重要な役割を演じている。従って粒子をプラズマ中に良好に閉じ込めることはDT核燃焼炉を実現する上で必須の条件であり、そのプラズマ内における挙動解明はITER物理R&Dの再重要項目の一つにも挙げられている。この3.5MeV粒子の挙動はDDプラズマにて一次反応d(d,p)tにより発生する1MeVトリトンにて模擬することが出来る。ラーマ半径等の運動パラメータが概略等しいからである。この1MeVトリトンの大半はプラズマに閉じ込められ、周囲のイオン、電子とのクーロン衝突を通して減速する。減速したトリトンの一部は二次反応t(d,)nにより14MeV DT中性子を発生する。これをトリトン燃焼と呼ぶ。一方、1MeVトリトンは2.5MeV DD中性子とほぼ同じ確率で生成する。従って、DD中性子とDT中性子発生率の相関関係から、トリトンの閉じ込め、減速等の情報が得られる。

 JT-60Uにおけるトリトン燃焼研究のため、新型の指向性中性子検出器であるシンチレーションファイバー検出器(図1参照。以下、Sci-Fi検出器と略す)をロスアラモス国立研究所(LANL)との共同で開発した。このSci-Fi検出器は、中性子検出部にプラスチックシンチレーションファイバーを使用しており、DT中性子による反跳陽子のコア材中での最大飛程(2.2mm)よりファイバーの直径(1mm)を小さくすることでDT中性子に対し指向性を持たせてある。またファイバー間には反跳陽子のクロストーク防止の為の中Z材(Al)があるので、ファイバー中で二次線により生じたコンプトン電子はファイバーにエネルギーの一部しか付与できない。即ち、DT中性子とそれより2桁多いDD中性子、3桁多い二次線の混在する核融合炉放射線場においても、大きなパルス(5〜8.6MeV electron equivalent)のみを波高弁別することでファイバーの軸方向に沿って入射したDT中性子による信号のみを取り出すことが出来る。

図1 Sci-Fi検出器の模式図図2 DT中性子に対する応答スペクトル
性能試験

 Sci-Fi検出器の各種性能試験を行なった。図2に原研東海のDT中性子発生装置FNSにて行なった指向性試験の結果を示す。これはDT中性子の入射方向をファイバーの軸方向から垂直方向までスキャンして得られたSci-Fi検出器の出力波高スペクトルであり、250から800チャンネルにかけての盛り上がった部分に指向性が見られる。また同様にして波高弁別レベルを50〜300mVまでスキャンし、検出感度のDT中性子の入射方向依存性を調べたところ、波高弁別レベル250mV以上でDT中性子に対して±40〜50゜程度の指向性があることが判った。その他、LANL、PPPLで行なった各種応答試験やJT-60Uでのin-situ試験、感度較正などを通じて、Sci-Fi検出器は適当な波高弁別レベル(300mV)を設定することで、核融合放射線場からDT中性子のみを抽出することを確認した。

JT-60Uへの設置

 指向性の補強と散乱中性子の抑制のためSci-Fi検出器をボロン入ポリエチレン製コリメータボックス内に収め、JT-60Uの赤道面上、トロイダルコイルのすぐ外側に、上下2ユニット取り付けた(図3参照)。このコリメータによりSci-Fi検出器はDD、DT両中性子に対し±6゜程度の指向性を持つ。上ユニットはプラズマ中心を水平に見込む視線(ON-axis)で、下ユニットはプラズマの上半分(OFF-axis)を臨む視線で設置した。またSci-Fi検出器の出力信号は波高弁別の後、計数され、10ms毎にメモリモジュールに蓄えられ、JT-60Uのデータ処理系に転送される。これらのデータ処理は全系シーケンスのIp励起タイミング信号とともに開始され、放電終了後数分たてばユーザはDAISYなどのソフトを用いてSci-Fi検出器の波形データを他の実験データとともに参照することが出来る。

 ON-axisからの出力波形の例として、図3に示した配位の高TiHモードプラズマ(Bt〜4T、Ip〜2MA、Vp〜68m3)より得られた波形をNBI加熱パワーPNBと標準中性子モニターである235Uフィッションチェンバーによる全中性子発生率Snの波形とともに図4(a)、(b)に示す。波高弁別レベル50mVの波形は、NBI加熱パワー上昇と同時に増加し始め、約8秒で飽和した後、NBI加熱終了後減衰し、全中性子(DD+DT)に有感なSnとほぼ同じ時間変化をみせる。一方、DT中性子のみに有感な300mVの波形は、Snの飽和後も増加し続け、NBI加熱終了後はSnよりも長い時定数で減衰する。この波形の違いはトリトンの減速に起因すると考えられる。

図3 JT-60UでのSci-Fi検出器の配置(↑) 図4 JT-60Uでの放電波形の例(→)

 中性子はプラズマ中心に集中して発生するので、ON-axisの出力はプラズマからの全中性子発生量をほぼ反映する。従って放射化箔法により測定した放電中のDT中性子の総発生量を用いて300mVの検出効率の相対較正を行なった。較正後の300mVの波形をSnとともに図4(c)に示すが、NBI加熱終了後約1秒以降で両者の波形は一致した。235Uフィッションチェンバーは真空容器内で発生したDD中性子とDT中性子に対し等しい感度を有する。従ってこの波形一致部分ではDT中性子発生が支配的となっていることが判る。

TBURNコードによる解析

 DT中性子発生率の時間変化を解析するために計算コードTBURNを作成した。このコードではプラズマを同心円状に50個のシェルに分割し、それぞれのシェル内でDD中性子と同数の1MeVトリトンを発生させる。このトリトンは古典的減速モデル、

 

 に従って減速しつつ、時定数にて体系外に損失すると仮定した。ここでE(eV)はトリトンのエネルギーであり、右辺第一項、第二項についてはそれぞれイオン、電子との衝突による減速を示す。また、については、

 

 

 で与えられる。但し、A、Zはトリトンの質量数、原子番号、Aj、Zjは重水素イオンと不純物イオン(炭素)の質量数、原子番号であり、Te(eV)は電子温度、ne(m-3)は電子密度、lnAはクーロン対数である。さらにこの時定数を実験結果を再現するよう調節し、拡散係数Dの評価を=ap2/5.8D(apはプラズマの小半径)より近似的に行なった。なお計算に用いたイオン温度、電子温度、電子密度のプロファイルデータについては、それぞれCXR、ECE、干渉計による計測データをもとにSLICEコードを用いてSELENEコードで計算した平衡磁気面上にマッピングして求めた。また、DD中性子発生空間分布はTOPICSコードを用いて計算した。図4のプラズマに対し、空間一定の拡散係数0.05、0.1、0.15m2/sを仮定してDT中性子発生率の時間変化を計算した結果を測定結果とともに図5に示す。いずれの計算結果もDT中性子発生率の時間変化を非常に良く再現し、1MeVトリトンの減速が古典的であるという上記のモデルの妥当性を示している。特に放電中のDT中性子の総発生量に着目すると拡散係数0.1m2/sが最も良く測定結果を再現した。

図5 DT中性子発生率時間変化の計算結果図6 JT-60Uにおけるリップル分布
リップル率スキャン実験

 3.5MeV粒子等の高速イオンの輸送はトロイダル磁場リップルの存在により増大する。JT-60Uは図6に示すようにプラズマ端部で1%程度のリップルを有する。またプラズマがトーラス外側に位置するほど1MeVトリトンが感じるリップル率は大きくなる。そこでリップルがトリトン輸送に及ぼす影響を調べるため、図7に示したようにプラズマの水平位置(大半径Rp)のみを変えて、その他のプラズマの条件を極力一定にした3ショットの放電実験を行なった。

 NBを切った瞬間のDT中性子発生率について、Sci-Fi検出器による測定結果とTBURNによる計算結果(ロスなしを仮定)との比Rexpを図8に白丸で示す。なお、横軸はTBURN計算結果においてNBを切った瞬間にDT中性子発生に最も寄与した磁気面DT上でのリップル率の平均値<>である。リップル率の増加につれてRexpは減少し、トリトンの輸送が増大するのが判る。また磁気面DT上で等方的かつパルス状に発生した1MeVトリトンの挙動をOFMCコード(軌道追跡モンテカルロコード)を用いて計算し、その出力を基にDT中性子発生率の時間変化を計算した。DT中性子発生率の最大値についてリップルを考慮した計算と無視した計算との比Rcalを図8に黒丸で示す。RexpとRcalは誤差の範囲内で一致する。またリップルなしのOFMC計算ではトリトンのロスは1%未満であった。従って両者の一致は、OFMCが実験結果を良く再現すること、並びに、リップル輸送がトリトン輸送を支配することを示している。

図7 リップル率スキャン実験にて得られたプラズマ配位(←) 図8 トリトン燃焼比(↑)
まとめ

 トリトン燃焼の時間変化測定の為、指向性DT中性子検出器Sci-Fi検出器を開発し、JT-60Uに設置した。Sci-Fi検出器の各種性能試験を行ない、その基本性能を明らかにした。その結果、DT中性子に対する指向性は不十分であるが、核融合放射線場からDT中性子のみを高時間分解能(10ms)、高ダイナミックレンジ(3桁)で選別して、測定できることが判った。計算コードTBURNを作成し、JT-60Uにて得られたDT中性子発生率の時間変化を解析した結果、古典的減速モデルが測定結果を良く再現することが判った。さらにトリトンの挙動をリップル輸送の観点から調べる為リップル率スキャン実験を行なった。OFMCコードによる詳細な解析の結果、トリトン燃焼にはリップル輸送の影響が強く現れることが判った。

審査要旨

 大型トカマクによる核融合実験の著しい進展に伴い、国際熱核融合実験炉ITERの建設計画など、核融合炉の実用化に向けた研究が大きく進んでいる。このような状況の中で、実際のDTプラズマによる自己点火達成のために「プラズマ内に閉じ込められた粒子が、そのプラズマ自身を如何に加熱するのか?」が、プラズマ物理の上で最大の課題とされている。このDTプラズマ中における粒子の挙動は、現在実験されているDDプラズマ中において、発生したトリチウムTのDDプラズマとの核反応の様子、つまり、DDプラズマ中のトリトン燃焼の研究によって、アナロジー的に解明されると考えられている。DDプラズマ中でTが燃焼する様子は、DT反応によって発生する14MeV中性子を外部から観察することによって可能である。本論文は、このような背景のもとに、プラスチックシンチレーションファイバー(Sci-Fi検出器と略している)を、指向性のある高速中性子検出器として用い、JT-60UのDDプラズマにおけるトリトン燃焼の実験を実施し、得られた知見をまとめたものであり、5章から構成されている。

 第1章は、序論であり、トリトン燃焼およびJT-60Uにおける関連研究をレビューし、本論文の目的をまとめている。

 第2章は、今回利用した新しいSci-Fi検出器についてまとめており、測定原理、各要素の仕様のほか、その検出器特性について、原研DT中性子発生装置、ロスアラモス国立研究所のイオンビーム研究施設、プリンストン大プラズマ物理学研究所のDT中性子発生装置での特性測定、試験結果についてまとめている。このSci-Fi検出器は、前方から入射する高速中性子により大きな感度を有しており、入射角にして、±40度程度の指向性であり、それ程シャープではないこと、パルス波高を区別すると14MeV中性子と2.5MeV中性子やガンマ線を明確に区別して測定することが可能なこと、また、JT-60Uの常用14MeV中性子モニターとして設置し、実用的に利用できることを示し、トリトン燃焼時の14MeV中性子の発生時間分布のデータを取得している。

 第3章は、JT-60UのDDプラズマ及びトリトン燃焼時の14MeV中性子発生プロファイルデータについて、古典的減速モデルに基づいた燃焼解析コードTBURNを作成し、計算結果との比較検討も行っている。その結果、TBURNコードにおいて拡散係数を調整し0.10m2/sの値にすると14MeV中性子発生プロファイルの実測値と計算値は、大変よく一致し、これより、トリトンのDDプラズマ内挙動は、古典的減速モデルに基づくものであるとまとめている。

 第4章は、トカマク装置の有限個数のトロイグル磁場配置のため、必然的に発生するリップル磁場が、トリトン燃焼に与える影響について、実験的に検討している。1つは、トリトンとリップル磁場との反応を変化させるためプラズマ大半径を変化させるもの、もう1つは、電子密度を一定に保ったままの放電実験で、この条件を満たすため重水素ガスパフを行ったものである。また一定値の電子密度は、3段階に変化させている。この2つの実験時の14MeV中性子発生量について、前記TBURN及び粒子軌道モンテカルロ計算OFMCコードにより解析し、トリトンの感じるリップル率の増大によりトリトン輸送が増えること、ガスパフ入射によりDT中性子発生は特微的な変化を示すが、不純物の実効電荷の時間変化などの解明が必要なことをまとめている。

 第5章は、結論であり、本研究で開発し、JT-60Uに設置したSci-Fi検出器が14MeV中性子測定に有効であること。特にトリトン燃焼の研究には多いに活用されることを実証したとまとめており、今後の研究への期待が述べられている。この研究成果は、プラズマ物理の研究成果を通じて、将来の核融合炉実現に寄与するところは、少なくないと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54578