軽水炉一次冷却系において構造材料から放出される微量の腐食生成物はプラント配管線量の上昇の原因となり、その化学挙動の解明が求められている。従来、様々な研究が行われてきたが、基礎的立場からの研究は少なく、未だその理解は不充分である。近年、プラントの運転データの蓄積とともにプラント毎の最適化した水化学制御が求められるなかで、現象の基礎的理解を深めることの重要性が増している。本研究は原子炉冷却系での重要な腐食生成物である鉄、ニッケル、亜鉛系の酸化物を対象として、モデル実験により、高温水系での化学挙動を明らかにするとともに、その解析に必要な熱力学データの整備を行ったもので、全体は5章からなっている。 第1章は序論であり、軽水炉一次冷却系における水化学技術の現状について述べ、高温水系における熱力学データの不足を指摘したうえで、本研究の目的と意義を述べている。 第2章では一次冷却系の腐食生成物の中で最も重要なものの一つであるニッケルフェライトをとりあげている。先ず定比ニッケルフェライトについて、沸騰水型炉の条件に近い純水及び酸素共存系で250℃までの溶解度測定を行い、これまでの研究で得られている熱力学データを用いた解析を行って、この条件でニッケルフェライトの溶解度がニッケルフェライトの溶解・析出とヘマタイトの析出・溶解の2つの平衡反応によって決定されていることを示すととも、200℃以上ではニッケルフェライトの標準生成自由エネルギーの値について、これまでに報告されている文献値を多少修正する必要があることを指摘している。次に定比ニッケルフェライト及び合成によって得られた不定比ニッケルフェライトについて水素共存下で250℃までの溶解度測定を行っている。これらの系では水素による還元反応のため、溶解挙動は複雑となるが、熱力学的解析と鉄及びニッケルイオンの濃度で表わした線図による考察から、実験条件下で系は熱力学的に最も安定な状態には到達しておらず、その途中の準安定系に存在することを示すとともに、この系ではニッケル金属の析出と比率の異なった不定比ニッケルフェライトの生成が起こっていることを示している。 第3章では、近年、一次系冷却系への添加が配管線量の低減効果をもたらすとして注目されている亜鉛を取り上げている。亜鉛イオンについては、ニッケルや鉄の場合と異なり、高温水系での水の加水解離反応の平衡定数に信頼できるデータが得られてないので、亜鉛イオンを含む溶液の高温でのpHを直接測定することによって第3段階までの加水解離平衡定数の測定を行っている。更に酸化亜鉛の高温純水中での溶解度の測定から、先に求めた加水解離平衡定数を用いて亜鉛イオンの250℃までの標準生成自由エネルギーの値を算出している。亜鉛フェライトの高温純水及び酸素共存系での溶解度測定を本研究で求めた熱力学データを用いて解析し、その溶解度がニッケルフェライトの場合と同じように、亜鉛フェライトの溶解・析出とヘマタイトの析出・溶解の2つの平衡によって決定されることを明らかにしている。また亜鉛フェライトの標準生成自由エネルギーの値は150-250℃で文献値と比較的よく一致していることを示している。 第4章では小型ループ装置を用いてコバルト及び亜鉛イオン共存下に250℃で炭素鋼試料を腐食させ、表面酸化皮膜への各イオンの取り込み過程を表面分析によって明らかにしている。亜鉛とコバルトは主としてフェライトを形成して酸化皮膜中に取り込まれるが、亜鉛は表面で一部酸化亜鉛を形成し易く、全体として亜鉛がコバルトより酸化皮膜中に取り込まれ易いこと、更に皮膜厚みは亜鉛の取り込み量と共に増大するにもかかわらず、亜鉛はコバルトの取り込みを抑制しており、亜鉛とコバルトの取り込み比は水相中の亜鉛とコバルトの濃度比が同じであるならば一定であることを示している。熱力学的解析から、定比では亜鉛フェライトよりコバルトフェライトがより安定であるが、コバルト含量の比較的低い不定比フェライトに対しては、亜鉛フェライトかより安定となることを示している。また、コバルトフェライトは逆スピネル構造をとるため、正スピネル構造の亜鉛フェライトと異なり、2価の鉄イオンを多く含んだ不定比フェライトを形成し易いが、これは、長期的に見れば、腐食反応の速度の低下にともない、2価の鉄イオンのレベルが低くなった段階で、安定なコバルトフェライトへ移行していくことが考えられ、亜鉛のコバルト取り込み抑制効果は次第に低減することが予想されると指摘している。 第5章は総括であり、本研究のまとめを行っている。 以上要約すると、本研究は高温水系における腐食生成物の化学挙動を実験と熱力学解析によって明らかにするとともに、関連する熱力学データの集積を行ったもので、システム量子工学に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |