学位論文要旨



No 112610
著者(漢字) 吉田,好邦
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヨシクニ
標題(和) 三次元産業連関分析とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 112610
報告番号 甲12610
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3888号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨

 温暖化等の地球環境問題を背景として、産業連関分析が従来のマクロ経済学の枠を超えて広く利用されている。エネルギー・環境評価の分野も例外ではなく、産業間の相互の取引関係を記述し、直接および間接の経済的な波及効果を分析するツールとして、産業連関分析は有効な手法と位置づけられている。一方で近年、生産システムの複雑化に伴い、ひとつの部門が複数の生産物を産出する結合生産プロセスや屑等のリサイクルが数多くみられる。このような生産プロセスを産業連関分析で扱う際に問題となるのが、産業連関分析が結合生産の不在を基本前提としていることである。結合生産は生産物同士の生産に技術的な結合関係がない場合には、部門を分割して全く別の部門と見做すことによって扱うことが可能だが、生産工程で発生する屑などのように、技術的結合関係をもって主生産物に付随して発生する副産物を扱うことは産業連関分析のひとつのネックになっていた。勿論この問題に対しては、現在我が国で採用されているマイナス投入方式などの方式が開発されているが、いずれの方式も連関表の構造上の前提である結合生産の不在に抵触する以上、根本的にこの問題を解決するには至っていない。

 以上の事柄を背景として、本研究では3次元産業連関分析(3DIO:3-Dimensional Input-Output Analysis)とよぶ手法を考案して、結合生産を明示的に取り扱うための処理方式を開発した。この手法では、製品毎に連関のシートを作成し、各シートを連関させることによって結合生産を明示的に取り扱うことが可能となる。また従来の産業連関分析と同様に体系的にデータを整理でき、定式化も容易である。図1に3次元産業連関表の概念を示した。各セルにある部門からある部門にどの製品がどれだけ投入されたかが記録される。

図1 3次元産業連関表の概念

 表1にその基本モデル式を従来の産業連関分析と比較して示したが、両者の対応は明確で概念的には同様な取り扱いが可能であることがわかる。

表1 3次元産業連関表のフレームワーク

 このような枠組みで結合生産を扱うと、従来の手法と比較して次のような利点がある。

 (1)従来の代表的な手法では、競合部門の産出する製品と同一の製品でありながら、副産物として産出される部門の製品が優先して消費される構造になっていたが、3次元連関表では、技術的な結合関係を外生的に与えることによって、より実態を反映した代替性を扱うことが可能となる。

 (2)需給モデルと双対な価格モデルを用いれば、製品の費用構成が明らかになる。従来の代表的な処理方式のもつ、副産物のコストは製品の費用に反映されないという欠点を補うことができる。

 また、3次元連関表は2次元の数式で表現することも可能であるが、計算量および表示に必要な数値の量の制約によって、3次元の表記が有効であることが示された。

 さらにこの手法の応用例として、エネルギー経済モデルに適用して二酸化炭素の排出規制に対する経済成長の変化、特に温暖化対策技術を導入した場合の成長の軌道をシミュレートした。モデルの基本構成は式(1)に示される。

 :

 排熱の利用は熱を結合生産しているシステムと見做すことができるように、結合生産を伴う対策をモデルに含め、二酸化炭素規制に対する温暖化対策の評価について一定の示唆を与える結果を導いた。温暖化防止対策は、電力の燃料転換・ヒートカスケーディング・産業熱の燃料転換・CO2リサイクルの4つを評価の対象とした。モデル構築およびシミュレーションによって得られた知見は以下のようにまとめられる。

 (1)データベースとしての3次元産業連関表に基づいてエネルギー経済モデルを構築するため、制約式を個別に作り上げるモデルと違って、体系的に容易にモデルを作成でき、結合生産を含んだ技術を産業連関分析の枠組みの中で評価することができる。また産業連関分析の特徴を生かした生産の無限の波及効果を算出することができる。

 (2)産業熱の燃料転換はGDP損失に対するCO2削減量が大きい最も有効な対策である。コストに非常に敏感に対応する部門であり、CO2削減の最も有効な手段になりうる。しかし、天然ガスに代替するためには、15万円/t-C程度の税率が課せられ、現実的には何らかの補助金が必要となろう。

 (3)電力の燃料転換も、産業熱部門と同様にGDP損失に対するCO2削減量が大きい有効な対策である。コスト的には電力部門の燃料転換は、1〜2万円/t-C程度の課税で燃料転換可能であるが、現実には燃料の分散化の政策との兼ね合いが問題である。

 (4)ヒートカスケーディングは、CO2削減量は大きいとはいえないが、大規模な実現プラントがない割にはCO2削減効果は高い。ただしヒートカスケーディングは、配管の問題など、現実的な課題があることは否めない。

 (5)CO2リサイクルは、実質的に太陽光発電システムの導入を意味するが、現在のところでは莫大な費用のため、CO2削減の費用対効果は乏しいといわざるを得ない。

審査要旨

 本論文では、地球環境問題等を背景として、環境評価にしばしば利用される産業連関分析が、結合生産の表現が困難であるという点に焦点をあて、手法的な側面から検討をおこない、同時にその手法の応用例を示したものである。すなわち、従来の産業連関表のネックとなっている結合生産の扱いに関して三次元産業連関分析とよぶ新たな手法を提案し、その枠組みの応用例としてエネルギー経済モデルを構築して二酸化炭素規制に対する経済成長への影響を、温暖化防止対策技術を評価しながら検討するものである。

 まず第1章では、従来の産業連関分析の概要とその問題点について記述されている。産業連関分析の概要として、その基本モデルの定式化、輪入の取り扱いによるモデルの相違、産出モデルと数学的に双対な価格モデルについて従来の枠組みの説明がなされている。従来の産業連関分析の問題点としては、産業連関分析が結合生産の不在を前提としていることを取り上げ、これを説明した上で、従来型の処理手法の紹介をおこなっている。

 第2章では結合生産を明示的に扱うために提案された手法である三次元産業連関分析のフレームワークについて述べている。従来の産業連関表と異なり、製品ごとに連関表を作成して各表をリンクさせることによって全体構造を表現するもので、また三次元産業連関分析の枠組みの中でも、価格モデル、輸入モデルが従来の産業連関分析に対応した容易な表現で構成されることが示されている。さらにマイナス投入方式をはじめとする結合生産を取り扱うための従来の処理手法との比較を詳細におこなうことによって、三次元産業連関表の有効性が示されている。また表記の問題として、三次元産業連関表を二次元の行列で表現した場合と比較をし、計算量、表示のための情報量の点において三次元表記が優位であることが説明されている。さらに三次元産業連関表を多次元の連関表に拡張した場合の数学的な取り扱いが示されている。最後に具体例として鉄屑のリサイクルを取り上げて、三次元産業連関表でリサイクルを表示した例が述べられている。

 第3章では三次元産業連関表を用いてエネルギー経済モデルを作成し、動学的なシミュレーションをおこなうための準備として、1990年の産業連関表を基に三次元産業連関表を作成する際の前提条件などについて述べている。また、三次元産業連関表に基づくシミュレーションの支配方程式、シミュレーションモデルの特徴などについて述べ、同時に構築したモデルと過去のデータとの適合度検証がなされ、一定の条件のもとではシミュレーションモデルとして利用可能であることが述べられている。

 第4章ではシミュレーションの結果が述べられ、温暖化防止対策技術の費用対効果について言及されている。温暖化対策技術にはCO2リサイクル、産業の廃熱利用、電力および産業熱需要の燃料転換をとりあげている。これらの対策技術のほかに、シミュレーションでは二酸化炭素抑制のインセンティブとして炭素税を導入した際の結果があわせて示され、炭素税を各対策の導入費用に還流する場合、しない場合等のケーススタディがなされている。シミュレーションの結果によって、経済損失と二酸化炭素抑制率のトレードオフ関係が得られ、産業熱および電力部門の燃料転換の費用対効果が高く、産業の廃熱利用、CO2リサイクルがこれに続くことが示されている。

 第5章では、全体のまとめとして、第2章で述べた三次元産業連関分析の特徴と第3、4章におけるシミュレーションの結果が要約されており、また本論文の成果と今後の課題について述べている。

 以上の論旨より、本論文では現在、地球環境問題等の評価で利用されている産業連関分析が、結合生産を取り扱う際に問題が生じることに着目して、三次元産業連関分析とよぶ手法を提案し、またその特徴について過去の手法との比較を交えながら詳細に言及しており、また応用例としてエネルギー経済モデルへの適用がなされる等、一定の成果を上げており、地球システム工学の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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