学位論文要旨



No 112611
著者(漢字) 金,善永
著者(英字)
著者(カナ) キム,ソンヨン
標題(和) 風化型粘土と熱水型粘土の化学、鉱物学および安定同位体に関する研究
標題(洋)
報告番号 112611
報告番号 甲12611
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3889号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 助教授 金田,博彰
 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 歌田,實
内容要旨

 粘土鉱物はその成因から、風化・堆積過程で生成した風化堆積型と岩石の熱水による変質作用で生成した熱水変質型に大別できる。この研究では両過程で生成した粘土鉱物の違いや特徴を明らかにするために、既に成因が分かっている粘土試料を用いて、その化学組成、結晶の形態、鉱物組成、粘土に含まれている水の起源などを調べた。研究に用いた試料のうち風化堆積型は、山形県の丸山粘土(原岩:石英粗面岩)、岐阜県の神明粘土(原岩:凝灰岩)、滝呂粘土(原岩:半花崗岩ペグマタイト)、曽根粘土(原岩:花崗岩)、大川粘土(原岩:黒雲母花崗岩)、熱水変質型は、山形県の板谷粘土(原岩:砂質凝灰岩と輝石安山岩)、福島県の先達粘土(原岩:複輝石安山岩)、栃木県の板荷粘土(原岩:石英斑岩)で試料の総数は29個である。

 粘土鉱物の化学分析はエネルギー分散型装置で行った。全試料においてSiO2は47〜60%、Al2O3は25〜39%、K2Oは0.2〜6.1%、Fe2O3は0.4〜4.0%であった。Al2O3の量が減少するにつれK2OやNa2Oの量が増える。これはkaoliniteの量が減少するのに対してilliteやsericite、chlorite、montmorilloniteなどの量が増えるためである。風化堆積型粘土はFe含有量が多い傾向を示すのに対し、熱水変質型粘土はKの含有量が多い傾向を示す。

 粉末X線回折法により認められた主な粘土鉱物はkaolinite,halloysite,illite,sericite-montmorillonite混合層鉱物、sericite、chloriteである。このうち、風化堆積型ではkaolinite,halloysite,illiteが、熱水変質型ではkaolinite,sericite、chloriteが主要構成鉱物であった。Kaoliniteは両型ともに産しており、X線回折パターンに違いが見られた。すなわち(020)面の反射強度は風化堆積型の方が、熱水変質型より強い傾向を示した。Hinckley(1963)の定義による結晶度測定をもとに比較すると、風化堆積型粘土鉱物が0.50〜1.35に対し、熱水変質型は0.93〜1.79とやや高い結晶度指数を示した。

 粒径数10mの粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、各鉱物粒子の形態およびそれらの集合状態を調べた。一般に、風化堆積型粘土は結晶粒子間の隙間が広く、また個々の結晶の輪郭が丸みを帯びていた。一方、熱水変質型粘土は多数の結晶が絡み合って密集しており、各結晶の輪郭は直線的であった。なおkaoline族に属するkaolinite、dickite、nacriteなどはそれらの形態の類似性のためにSEMでは判別できなかった。これに対し、透過型電子顕微鏡(TEM)では各結晶の形態が明瞭に識別できた。風化堆積型と熱水変質型の両方に含まれているkaoliniteの粒度をTEMで測定すると、前者は細かく(0.05〜0.33m)、後者は粗い(0.35〜2.75m)傾向を示した。次に、各試料の粒度分布を、遠心沈降法により調べた。この装置による測定結果では、全体の90%以上が0.8〜30mの範囲に分布していた。得られた値がTEMによる粒度測定結果に比べて、粗いのは、細粒の粘土粒子が凝集しあい、見かけ上、大きな粒度を示すからであろう。得られた粒度分布のうち、粘土に対応する10m以下の粒度に注目すると、風化堆積型粘土の方が熱水変質型粘土に比べて細い分布域を占める。風化堆積型粘土と熱水変質型粘土を比較した場合、この結果は(1)TEM観察では前者のほうが後者より細かく、(2)SEM観察では前者の鉱物粒子の集合状態が粗で、後者が密であることと一致する。

 粘土に含まれる水の起源を調べるために酸素と水素の同位体組成分析を試みた。それによると、風化堆積型粘土の18O値は10〜22‰、熱水変質型の値が5〜13‰であり、明瞭な違いを示した。一方D値は風化堆積型粘土が-90〜-80‰、熱水変質型が-93〜-78‰で両者の間に差は認められなかった。この結果、18O-D図上で風化堆積型粘土はkaolinite線に近い位置に、熱水変質型は天水線とkaolinite線の中間にプロットされる。これは熱水変質型粘土の場合、熱水と鉱物の同位体交換が進むにつれて同位体分配係数が1に近づくためである。なお、微細な石英あるいは非晶質シリカを水簸処理で完全に分離できなかった。そこで、真の粘土の18O値を推定するために、各粘土に含まれている石英の18Oも測定した。それによると風化堆積型粘土に含まれている石英の18O値は10〜14‰であり、熱水変質型のそれは6〜11‰であった。このことから、風化堆積型粘土の真の18O値は上記より低くなると考えられる。また上記の結果は、石英の18O値が風化堆積型では、粘土の値より低いのに対し、熱水変質型では粘土の値と同じか、または高い傾向を示している。粘土鉱物と水および石英と水の間の酸素同位体の分配係数にもとづいて求められた熱水の推定温度は、板谷鉱床が200〜260℃、先達鉱床130〜160℃、板荷鉱床140〜180℃であった。

 以上の結果より、風化堆積型粘土と熱水変質型粘土は、構成鉱物の種類およびkaoliniteのX線回折パターン、結晶度、集合形態と各結晶の形や粒子サイズ、さらに18Oの値で明瞭に区別できる。

審査要旨

 本論文は,風化・堆積過程で生成した粘土(A)と熱水変質作用で生成した粘土(B)を化学的,鉱物学的各種手法を用いて調べ,それらの特徴を明らかにすることによって,両者の性質の違いを明確に示した.得られた主な知見は,(1)化学組成の上ではK20/Fe203比が2.5以下であればA,以上であればBであり,(2)Aと特徴づける鉱物はカオリナイト,ハロイサイト,イライト,Bを特徴づける鉱物はカオリナイト,絹雲母,緑泥石であり,(3)両者ともに含まれるカオリナイトは,Bの方が高い結晶度指数を示し,(4)Aは丸みを帯びた結晶粒子が粗に集合しているの対し,Bは直線的な輪郭をもった結晶が絡み合って密集しており、(5)一般に,Aの方が結晶粒度が細かく,さらに(6)水素の同位体組成には違いが見られないが,酸素の同位体組成はAの方がより重たい酸素(180)に富む傾向を示す.

 以上の内容に関し,提出された論文を慎重に審査し,さらに口頭により関連事項の質疑応答を行った.論文には十分に独創的な点が含まれており,それらを展開するための議論も高度であることが判明した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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