学位論文要旨



No 112615
著者(漢字) 一森,高示
著者(英字)
著者(カナ) イチモリ,タカシ
標題(和) 超高圧超高分解能電子顕微鏡による金属/セラミクス界面の研究
標題(洋)
報告番号 112615
報告番号 甲12615
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3893号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 森,実
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
内容要旨

 世の中の物質のほとんどは多結晶体であり結晶間に界面が存在する。近年、材料に対する高性能化、高機能化の要求が厳しくなるにつれ、複数の異なる材料を組み合わせるような材料のハイブリッド化が試みられるようになり、必然的に界面の果たす役割が増大している。したがって構造材料、機能材料を問わず、界面の構造と材料の特性との関係を明らかにすることは学問的にも実用的にもたいへん重要である。そして、これを下に界面の設計を行い、適切な方法で材料機能を制御することができれば、産業への寄与も多大なものが期待できる。そのためには界面についての詳細な物理的・化学的情報とそれを統一するような理論の組立が必要である。またこれらのダイナミカルな挙動も重要であり、偏析や熱応力割れなどの問題も、結合状態を研究する基礎的なアプローチで取り組む必要がある。接合技術のような現場のノウハウの他に、広く応用できるような基礎的な界面研究が必要となる。

 界面の研究は電子顕微鏡の進歩と共に新しい段階へと進んできた。1981年、高分解能の格子像により初めて実際の結晶粒界の原子構造が明らかになったが、その後の研究が示すように、対応粒界モデルのような粒界構造理論は、金属のように等方的な結合状態をかなり良く記述するが、原子距離による緩和構造や異方性の強い結合状態は予測できない。電子顕微鏡によりできるだけ多様な実界面の構造を調べ、計算機シミュレーションによって得られる構造と比較検討することにより、物理的な意味を確認するという努力が要求されている。

 本学総合試験所に設置されている超高圧超高分解能電子顕微鏡は、世界最高の分解能での構造解析が可能となっている。これは複雑な構造を持つと考えられる、異相接合界面の原子構造解析を行う上で大きな利点である。本研究では超高圧電子顕微鏡を用いて界面の原子構造を求め、上に挙げたような界面の様々な側面の情報を考察し、界面の強度を議論する。これは界面の熱応力割れという現実の大問題があるためである。本来金属の高靭性とセラミクスの高強度の耐熱性を組み合わせる目的で開発された金属/セラミクス接合がこの問題に直面している。

 2つの格子にミスフィットがある場合は、歪みを局在化させて転位芯を伴ったミスフィット転位を導入すれば全体のエネルギーを下げることができる。このような例は金属や半導体の接合では一般的である。ミスフィット転位機構は温度変化によりミスマッチの度合いが変化した場合も柔軟に対応できると考えられる。これまでミスフィット転位の議論が詳細に行われた系にはNb/Al2O3やV/Al2O3系がある。しかし一般的な結論を得るには至っていない。界面上に転位芯を持つようなヘテロ界面について詳細な構造解析を行うことが必要とされている。

【目的】

 本研究は、従来明らかにされていなかったヘテロ界面における原子構造を調べ、界面制御による材料開発に向けての基礎的な知見を得ることを目的とする。特に金属/セラミクス界面の熱応力割れを解決するために、必要と考えられる転位芯を伴うミスフィット転位の生成条件を中心に考察する。

 内部酸化法により平滑で方位のよく定義されたMgO/Pd、ZnO/Pd、およびZnO/Ag系の金属/セラミクス界面を作製し、これら界面について解析を行った。高分解能電顕法を用いてこれらの界面の原子配列を観察する一方、原子構造モデルにマルチスライス法による結像シミュレーションを行い、両者の比較により単独では得られないような原子種や結合状態を含めた詳細な原子配列を決定した。

【結果】(1)MgO/Pd界面

 NaCl型構造のMgOとfcc構造のPdの界面ではMgOとPdマトリクスとが(111)MgO//(111)Pdかつ[110]MgO//[110]Pdの方位関係であった。これは金属/セラミック界面でよく見られる、最稠密面どうしが界面に平行となる構造である。MgOとAu、Ag、Cu、その他の遷移金属の界面の観察例があるが、どのケースでもひずみを局在化して転位芯を伴うようなミスフィット転位の存在は明確になっていなかった。本研究ではじめてミスフィット転位の有無を議論できるような像質の観察結果が得られた。

 図1は(111)MgO/(111)Pd界面の高分解能像である。緩和領域はわずかにPdおよびMgOの界面より第1層目である。このように緩和領域が狭く、ひずみを局在化させるミスフィット転位が存在しない場合、界面は熱応力に対して脆弱であると考えられる。

 MgOの(111)面はMg原子あるいはO原子のみが配列する極性面である。マルチスライス法による像計算との比較により、通常高分解能法では不可能と考えられていた、接合面での化学組成の決定に成功した。従来考えられていた結果と異なり、界面ではPd-Mgで接合していた。

 他、界面へ水素が偏析した場合現れる構造の変化を調べた。界面には水素偏析によるコントラストの変化があらわれた。これは像を捉えることが困難な水素が高分解能法で初めて結像された例である。

(2)ZnO/Pd界面

 a.ZnOはウルツァイト構造を持つ六方晶系のセラミクスであり、内部酸化によりPdマトリクス中に(0001)ZnO//(111)Pdかつ[11-20]ZnO//[110]Pdの方位関係で析出する。(0001)ZnOと(111)Pdはいずれも最稠密面であり、フラットでよく方位の定義された界面が得られた。大別して(0001)ZnO//(111)Pdの界面(A)と、(1-102)ZnO//Pdの界面(B)の2種類がある。界面(A)にはミスフィット転位が存在しないのに対し、界面(B)には明瞭な転位のコアを持ったミスフィット転位が観察された。

 b.ZnOの(0001)面は極性面なので、界面(A)でもZnO側の終端がZnであるのか、Oであるのかということが問題になる。さらに、ZnOはwurtzite構造をとるので、界面でのボンドの方向を考慮すると、全部で4通りの場合が考えられる。像シミュレーションではこの4種類は特徴的な差が見られ、高分解能像との比較により、4種類の内の2つに対応することがあることが分かった。

 c.ヘテロ界面の安定構造として、稠密面どうしが稠密原子方向に接合することが実験的に報告されているが、この系でも(0001)ZnO//(111)Pdかつ[1-100]ZnO//[110]Pd(第2稠密方向)の方位関係が見られた。界面(C)と名前を付ける。つまり接合する面は(A)と同じだが、界面に垂直な軸に対して30度ねじれた関係にある。ここでも広いひずみ場を伴うミスフィット転位は見あたらない。

 d.(A),(C)の界面でミスフィット転位が存在せず、(B)の界面に存在する理由としては、界面に垂直な方向の結合力と、界面に平行な面内の結合力とのバランスによるものと考えられる。

(3)Ag/ZnO界面の高分解能観察

 Pd/ZnO系と同様に、(0001)ZnO//(111)Agかつ[11-20]ZnO//[110]Agの方位関係にある。2の(A),(B)同様に2種類の界面が存在し、それぞれの高分解能像より、Pd/ZnO系と同じく、(A)ではミスフィット転位が見られず、(B)ではミスフィット転位が存在することが分かった。

【総括】

 1.内部酸化法で作製したMgO/Pd界面には広いひずみ場を伴うミスフィット転位は存在しない。界面から1層目のMgOおよびPd原子層のみがわずかにシフトして接合している。

 2.Pd/ZnO界面には異なる原子構造の3種類のタイプがあり、ミスフィット転位が広いひずみ場を伴う場合と、そうでない場合とがある。

 3.ミスフィット転位は界面と平行に原子が変位できるときに広いひずみ場を持ち、熱応力を有効に緩和することが期待できる。(A),(C)界面のひずみ領域は狭く、これが金属/セラミクス界面の熱応力割れにつながる一因であると考えられる。一方(B)の界面ではミスフィット転位を伴った界面応力の緩和が予想されるので、高い接合強度が得られる可能性がある。

 4.Ag/ZnO界面でもPd/ZnO系同様の結果が得られた。

 5.一般に、高分解能電顕像は、原子の位置についての情報だけで、種類についての情報は持たないとされていたが、像計算と併用することにより、適当な条件のもとでは、原子種の同定が可能になることがわかった。

 ・MgO/Pd界面およびZnO/Pd界面の原子種を含めた原子構造について以下の結論を得た。

 ・MgO/Pd界面では、MgがMgO側の終端となってPdと結合している。また、ZnO/Pd界面では、ZnがZnO側の終端となってPdと結合している場合と、Oが終端となって結合している場合の両方がある。

 ・従来は、Oで終わっていると考えられていたが、本研究により、金属原子が終層となって結合している場合があることが明らかになった。

 ・MgO/Pd界面に水素を偏析させたとき、界面の距離が20%拡がり、界面のコントラストが高まるという構造変化が起こった。水素が界面に入ったことによる界面間隔の増大、また水素原子のチャージの影響の両方の効果によるものである。

 6.実際の熱応力の緩和の状況を調べるためにZnO/Pd系について、加熱ホルダーを用いた電顕内その場観察を行った。界面(B)では界面に沿ってひずみ場が移動して、熱応力を柔軟に緩和している様子が観察された。

審査要旨

 本論文は,高分解能電子顕微鏡観察と電子顕微鏡像の計算機シミュレーションを用いて金属と酸化物の界面の構造を研究した成果をまとめたもので,全7章からなる.

 第一章は緒言である.材料の実用においては異種材料間の接合が重要な技術であり,接合強度の予測・改善には界面の原子的・電子的構造の理解が必要であることを説明している.金属中に析出した酸化物粒子と金属との界面を高分解能電子顕微鏡観察するという本研究で用いた方法の意義を述べて,本論文の構成を示している.

 第二章では,過去に行われた金属と酸化物セラミクスの界面の研究の概要をまとめている.

 第三章では,高分解能電子顕微鏡の結像原理と,計算機による像シミュレーションの方法を説明している.

 第四章では,MgO/Pd界面について,試料の作製法,観察された界面の特徴とそれに対する像シミュレーションによる解釈を述べている.

 第五章では,ZnO/Pd界面について,試料の作製法,観察された界面の特徴とそれに対する像シミュレーションによる解釈を述べている.

 第四章および第五章の研究で以下の点を明らかにした.

 (1)MgO/Pd界面の緩和構造

 析出したMgO粒子は板状であり,このNaCl型構造のMgOと面心立方構造のPdの晶癖界面では,(111)MgO//(111)Pdであり,かつ[110]MgO//[110]Pdの方位関係であった.界面は原子レベルで平滑であり,間に別の化合物相を生じていない.格子ミスマッチは7.7%である.低倍の観察においてはミスフィット転位に対応するようなひずみコントラストは見られない.高分解能観察においては,(111)MgO//(111)Pd界面の緩和領域は,わずかに界面より第1層目のMgO,Pd層のみであることが示された.詳細に観察した結果,この界面には典型的なミスフィット転位は存在しないことを結論した.

 (2)MgO/Pd界面の化学組成および水素偏析による構造変化

 MgOの(111)面はマグネシウム原子あるいは酸素原子のみが配列する極性面である.終端層がマグネシウム原子であるか酸素原子であるかを像シミュレーションによって結論するのは困難であったが,この界面に電解チャージ法で水素を偏析させて,界面の高分解能像においてコントラストの明瞭な変化として捉えることに成功した.シミュレーション像との比較から,界面の間隔の増加と電荷の移動が生じていることが示された.また,この水素偏析構造は熱に対して非常に安定であった.これは界面における酸素-水素ボンドの生成に相当しており,この界面が酸素元素終端であることを示していると結論した.

 (3)ZnO/Pd界面の緩和構造

 ZnOはウルツァイト構造であり,析出物はディスク状である.層状に大きく成長する(0001)ZnO//(111)Pd[1120]ZnO//[110]Pd面(界面A)と(0001)ZnO//(111)Pd[1100]ZnO//[110]Pd面(界面C),ディスクの縁の部分に相当する(1101)ZnO//Pd界面(界面B)の3種類がある.観察投影面上で界面に沿った方向の格子ミスマッチは15%(界面A),13%(界面B),2%(界面C)である.(0001)ZnOと(111)Pdはいずれも最稠密面であり,界面A,Cでは,平滑でよく方位の定義された界面が得られた.界面A,Cにはミスフィット転位が存在しない.界面の緩和領域はMgO/Pd界面と類似している.界面BにはO格子モデルで予測される間隔で局在化したひずみを持つ典型的なミスフィット転位が観察された.

 (4)(0001)ZnO//(111)Pd,[1120]ZnO//[110]Pd(界面A)の化学組成

 ZnOの(0001)面では,界面でのボンドの方向を考慮すると,全部で4通りの酸素-亜鉛終端層モデルが考えられる.像シミュレーションではこの4種類は特徴的な差が見られ,高分解能像との比較により,亜鉛原子が終端の場合と酸素原子が終端の場合の両方が存在することが結論された.内部酸化法で作った金属/酸化物界面においても,金属が終端層の場合があることを示した最初の例である.

 第六章では,ZnO/Pd界面を電子顕微鏡中で加熱してその場観察した結果を述べている.

 界面Bでは,熱応力によってミスフィット転位が移動することを実験的に明らかにした.

 第七章は総括である.

 以上を要するに,本論文は内部酸化法で作成した金属/セラミクス界面について高分解能電子顕微鏡観察,電子顕微鏡像シミュレーションを行って,異相界面において両相の稠密面どうしが接合するときには界面は1原子層程度の狭い緩和領域を持つのみであり,界面とそれぞれの稠密面とが大きな角度をなすときには典型的なミスフィット転位が存在することを示すとともに,高温観察によりミスフィット転位が熱応力を緩和し得ることを示したものである.これは異種材料の接合強度の理解の進歩に寄与するところ大である.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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