近年、精錬で除去しにくい循環性元素を多く含む鉄スクラップの量がますます増大しており、こうした鉄スクラップを如何にリサイクルするかが大きな問題になっている。その中で、循環性元素の代表的存在である銅に起因して生じる液体脆化を、材料学的な手法で抑制する方法を見いだすことは、鉄スクラップのリサイクルをより容易にするものと考えられる。銅起因液体脆化は、鉄鋼の高温加熱時に鉄が優先的に酸化されるため、鋼と酸化皮膜界面に銅が濃縮して液化し、結晶粒界に浸潤することによって鋼表面が割れる現象である。この脆化を抑制するのにニッケル添加が有効であることが従来から知られているが、この方法にはニッケル自身が循環性元素であるという問題がある。また、シリコンは循環性元素でないうえに、銅起因液体脆化の抑制に有効であるとする報告が見られるが、この効果の詳細は不明である。燐も銅やニッケルほどは取り除きにくくない元素であり、微量でも酸化挙動に大きな影響を及ぼすことが報告されている。しかし、銅起因液体脆化に及ぼす燐の効果はこれまで調べられていない。さらに、鋼表面で生じる銅起因液体脆化に対する定量的で簡便な評価方法が現在に至るまで確立されておらず、この分野の研究の発展に大きな妨げになっている。このような背景から、本研究では、銅起因液体脆化感受性の定量的で簡便な評価方法を確立すること、銅起因液体脆性の機構を明らかにすることと共に、シリコン、燐による銅起因液体脆性抑制の可能性を追求することを目的としている。 第1章は序論で、鉄スクラップ問題の現状、銅起因液体脆性に関する従来の研究、従来の銅起因液体脆性の評価法の問題点を総括している。 第2章では、高温引張試験、純銅の棒を埋め込んだ試験片による引張試験および定荷重試験、一定歪み導入後の表面割れ観察、酸化皮膜の化学分析など、この研究で行った実験の方法及び条件を述べている。 第3章では、まず銅起因液体脆性を評価できる脆化感受性パラメーターを提案している。このパラメーターは、アルゴンガス中(非酸化雰囲気)と大気中(酸化雰囲気)での高温引張試験で得られる伸びの差及び最高荷重の差から求められる。次に、実際の操業ラインで表面割れの発生状況が調べられている銅と錫の量が異なる3つの鋼を用い、表面割れの発生状況と脆化感受性パラメーターの値を比較して、両者がよく対応することを示している。さらに、銅起因液体脆性による表面割れを模擬する人工切り欠き付き試験片を用いた高温引張試験を行い、脆化感受性パラメーターの値の大小と表面割れの数、深さとの関係を明らかにしている。また、脆化感受性パラメーターが歪み速度依存性を有し、値の大きさと鋼間の相違が10-2S-1付近で最大となることも明らかにし、その原因を考察している。 第4章では、銅が0.5%含有する0.1%炭素鋼の銅起因液体脆性に及ぼす0.4%シリコンと0.02%燐の単独および複合添加の影響を調べ、脆化が1100℃付近で最も激しく生じること、これらの元素の添加とくに複合添加が、銅起因液体脆性の抑制に有効であることを示している。さらに、酸化量、鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量および分布の様子、酸化皮膜中の銅量を測定および観察し、シリコン添加が、鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量を減らすことによって脆化を抑制することを示している。しかし、隣を添加しても鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量に相違は見られず、燐添加による脆化抑制の理由は不明であるとしている。また、1100℃付近で脆化が最も激しくなる理由を、酸化速度、拡散速度、およびシリコンが関与する酸化物の存在とその固液相変態から考察している。 第5章では、シリコン量と燐量を各々0.8%、0.1%まで増やした鋼を用い、通常の高温引張試験に加え、純銅の棒を埋め込んだ試験片を用いた高温引張試験を行うなどして、銅起因液体脆性抑制に及ぼすシリコンと燐の効果およびその原因と機構を詳しく調べている。その結果、シリコンの添加量を多くすると脆化抑制効果が大きくなること、燐によっる脆化抑制効果は0.02%P添加で飽和すること、銅濃化液相の粒界侵入は降伏応力を越えてから少しずづ生じ始め、ある臨界の応力に達すると急速に進展すること、その臨界応力は燐添加によって上昇することなどを明らかにしている。また臨界応力が高い試料ほど表面割れの深さは浅いことから、燐は鋼の塑性変形能を低下させることなどにより銅の結晶粒界への浸潤を抑制することによって、銅起因液体脆性を抑制するものと考察している。 第6章では、高価であるうえ循環性元素であるニッケルを一部シリコンで置換した供試鋼を用いて、銅起因液体脆化に対する効果について調べている。その結果、シリコンを共用することによって、ニッケル添加量を約半分に減らせること、ニッケルの効果の理由およびニッケルとシリコン共用の効果の理由を明らかにしている。 第7章はまとめである。 以上、本論文は、鉄鋼材料における銅に起因する液体脆化の定量的で簡便な評価方法を確立し、脆化に及ぼす材料学的諸因子の影響とその機構を明らかにすることによって、この分野の基礎研究の発展と鉄スクラップのリサイクル促進に寄与するものと考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |