学位論文要旨



No 112616
著者(漢字) 徐,石宗
著者(英字)
著者(カナ) ソ,ソクジョン
標題(和) 鉄鋼材料のCu起因液体脆化に関する研究
標題(洋)
報告番号 112616
報告番号 甲12616
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3894号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
内容要旨

 地球温暖化現象と老廃スクラップ蓄積による環境問題が社会的に多く取り上げられ、鉄スクラップリサイクルの必要性が高まりつつある。そうした中で、代表的なトランプエレメントであるCuによって熱間加工中に生じる液体脆化の低減および抑制の要求が重要となっている。Cu起因液体脆化に関する従来の研究により、Ni添加が有効であることが良く知られている。また、場合によりSi添加が有効であるかも知れないことを示唆するデータも報告されている。しかし、これらの元素によるCu起因液体脆化抑制のメカニズムについては、まだ不明な点か多く残されているうえに、従来の研究において用いられた供試材の中には、他の不純物レベルが高いものがあり、厳密にこれらの元素のみの影響が明らかにされているとは必ずしも言えない。他方、PはCuやNiほどは取り除きにくくはなく、微量でも酸化挙動に大きな影響を及ぼすことが報告されている。また、現在に至るまで、Cu起因赤熱脆性による表面割れに対する定量的な評価方法が確立されていないことが、この分野の研究の進展に大きな妨げになっている。そこで、本研究では、定量的な表面割れの評価方法を確立すること、Cu起因赤熱脆性のメカニズムを明らかにすること、Si、Pなどの添加元素による表面割れ低減・抑制の可能性を追求することを目的とした。

1.Cu含有鋼の表面割れ感受性評価方法の確立

 Cu起因液体脆化による表面割れの定量的な評価方法として、高温引張試験で得られる最大荷重、全伸びを用いる方法の有効性を検討した。この方法は、表面割れの発生に伴う有効断面積の低下に着目し、その際の伸びと荷重低下量を用いて脆化パラメータEe,Ep,Ep’を定義するものである。その結果、これら全ての脆化パラメータは、高温引張試験の際に生じる表面割れによく対応していることが明らかになった。また、Cu含有IF鋼の実操業のプロセスで観察された表面割れの程度ともよく一致した。これらのパラメーターの値と表面割れとの関連をさらに厳密に調べるため、表面に人工切欠きを入れた試験片を用いて検討を行ったところ、Eeは切欠き深さの増加につれ増加するが切欠きの数の増加につれ減少し、Ep’は切欠きの数と深さの増加につれ増加することが分かった。さらに、Cuによる表面割れの生成メカニズムを明らかにするため、一定量の歪みを加え、割れの幅、深さ、数などを調べた結果、表面割れは初期段階ではCu濃化相の侵入を伴いながら深さ方向に成長して行くが、Cu濃化相が枯渇した後は変形量増加にともない幅方向のみに成長することが分かった。従って、Cu濃化相の濡れ性が同じであると仮定すれば、亀裂長さが深いということは金属/スケール界面におけるCu濃化相の量が多いことに対応する。Cu濃化相の粒界侵入による表面割れ発生に及ぼす歪み速度の影響について調べた結果、脆化パラメータは歪み速度依存性を持ち、およそ3×10-2S-1で最大値を示した。高歪み速度での赤熱脆性抑制は、Cu侵入速度が変形速度に追いつかないためと考えられる。低歪み速度での赤熱脆性抑制の原因は明らかではないが、鋼の再結晶挙動が割れの発生に関係していることも考えられる。

2.Si、P添加の影響

 本章では、前章で有効性を明らかにした、脆化パラメーターを用いて、Cu起因赤熱脆性による表面割れに及ぼすSiとPの効果について詳しく調べた。その結果、SiとPを添加することによって1100℃での赤熱脆性を低減できること、SiとPを複合添加によってさらに赤熱脆性の抑制効果が大きくなることが分かった。また、全ての供試材で1000℃、1100℃、1200℃の内、1100℃における表面割れがもっとも激しくなった。SiとP単独添加によって1100℃での酸化速度は速くなるが、複合添加材の場合は遅くなることが分かった。また、Si添加材では1200℃の酸化速度が急激に速くなる。、その理由としてfayalite(Fe2SiO4)の液相化が考えられる。酸化させた試験片の金属/スケール界面でのCu濃化相を観察した結果、Si添加材の場合はCu濃化相の減少が見られたが、P添加材ではそのような効果は見られなかった。また、SiとPの複合添加材ではさらにCu濃化相の量は減少した。この理由として、Si単独添加材では、スケール中のCuの取り込み、複合添加材ではスケール中へのCuの取り込みと酸化量の低下が考えられる。1200℃加熱の場合、全ての供試材でCu濃化相の減少が見られた。これは温度が高くなるとCuの拡散速度も速くなり、鉄の選択酸化によって析出するCu量よりも金属側へ拡散していくCu量が多くなることによると考えられる。また、Si添加材では、スケール中のfayalite(Fe2SiO4)が液相になり、Cu濃化相が液相fayaliteに取り込まれるようになる。スケール中のCu濃度は、Si添加の有無によらず温度の上昇とともに増加した。その理由として、酸化速度が速くなり、金属/スケール界面でのCuの取り込みが容易になったことが考えられる。

3.Si、P添加量の影響

 SiとPはCu起因液体脆化の低減に有効であることが確認されだが、P添加材の赤熱脆性の抑制効果の原因、各供試材におけるCu濃化相の濡れ性、酸化速度に及ぼすSiとP添加量の影響などの解明が課題として残された。そこで本章では、SiとPの量を大きく変化させた試料を用いてさらに詳しく調べた。

 Siの添加量を多くすると赤熱脆性の抑制に効果が大きくなる。P添加は、赤熱脆性の低減に効果があるが、0.02%P添加でその効果は飽和し、それ以上添加しても効果は大きくならなかった。Siは1100℃で酸化速度を遅くする。この耐酸化性はSiは金属/スケール界面でのSiO2の生成によるものでsilica filmを通るFeの拡散速度が非常に遅いことによると考えられる。また、Pは酸化速度を速くする。その理由としては、SvedungとVannerbergらの言うように、Pは優先的に酸化され、iron phosphateとphosphorus pentoxide(P2O5)になるが、950℃以上になると両方とも気相になってしまい、金属/スケール界面は分離され、金属表面が露出することも考えられる。1100℃におけるCu濃化相の量は、酸化速度に強く依存しており、Si添加によって減るが、P添加によって増える。Cuの粒界侵入は降伏応力を越えてから少しずづ生じ始め、ある臨界の応力に達すると急速に進展し破断する。その際の臨界応力はPを添加することによって上昇したが、Si添加によって低下した。また破断材の組織観察結果から臨界応力が高い試料ほど表面割れの深さは浅かった。従って、PはオーステナイトへのCu浸潤を抑制することによって、Cu起因赤熱脆性を抑制するものと考えられる。

4.Ni添加およびNi、Si複合添加の影響

 4章と5章でSiの添加が熱間脆化の抑制に有効であることが分かった。この結果に基づいて、本章では、高価なNiの代わりに安価なうえトランプエレメントではないSiを添加した供試材を用いて、Cu侵入による表面割れ抑制に対する効果について調べた。

 1100℃におけるCuの濃化による表面割れの抑制に対して、Ni,Siを複合的に添加することが効果的であり、Siを0.4wt%添加することによって、Ni添加量が約半分ですむことが分かった。Ni添加による表面割れ抑制に対する効果は、Cu濃化相の量が減少すること、Cu濃化相へのNiの固溶により融点が上昇することによると考えれる。Si添加による表面割れの抑制効果は、スケール中へのCuの取り込みによる金属/スケール界面でのCu濃化相の減少によるものと考えられる。1200℃では、全ての供試材において脆化度は低下した。この理由として、全ての供試材において金属/スケール界面にCuの濃化がほとんど認められなかったことが大きいと考えられる。

審査要旨

 近年、精錬で除去しにくい循環性元素を多く含む鉄スクラップの量がますます増大しており、こうした鉄スクラップを如何にリサイクルするかが大きな問題になっている。その中で、循環性元素の代表的存在である銅に起因して生じる液体脆化を、材料学的な手法で抑制する方法を見いだすことは、鉄スクラップのリサイクルをより容易にするものと考えられる。銅起因液体脆化は、鉄鋼の高温加熱時に鉄が優先的に酸化されるため、鋼と酸化皮膜界面に銅が濃縮して液化し、結晶粒界に浸潤することによって鋼表面が割れる現象である。この脆化を抑制するのにニッケル添加が有効であることが従来から知られているが、この方法にはニッケル自身が循環性元素であるという問題がある。また、シリコンは循環性元素でないうえに、銅起因液体脆化の抑制に有効であるとする報告が見られるが、この効果の詳細は不明である。燐も銅やニッケルほどは取り除きにくくない元素であり、微量でも酸化挙動に大きな影響を及ぼすことが報告されている。しかし、銅起因液体脆化に及ぼす燐の効果はこれまで調べられていない。さらに、鋼表面で生じる銅起因液体脆化に対する定量的で簡便な評価方法が現在に至るまで確立されておらず、この分野の研究の発展に大きな妨げになっている。このような背景から、本研究では、銅起因液体脆化感受性の定量的で簡便な評価方法を確立すること、銅起因液体脆性の機構を明らかにすることと共に、シリコン、燐による銅起因液体脆性抑制の可能性を追求することを目的としている。

 第1章は序論で、鉄スクラップ問題の現状、銅起因液体脆性に関する従来の研究、従来の銅起因液体脆性の評価法の問題点を総括している。

 第2章では、高温引張試験、純銅の棒を埋め込んだ試験片による引張試験および定荷重試験、一定歪み導入後の表面割れ観察、酸化皮膜の化学分析など、この研究で行った実験の方法及び条件を述べている。

 第3章では、まず銅起因液体脆性を評価できる脆化感受性パラメーターを提案している。このパラメーターは、アルゴンガス中(非酸化雰囲気)と大気中(酸化雰囲気)での高温引張試験で得られる伸びの差及び最高荷重の差から求められる。次に、実際の操業ラインで表面割れの発生状況が調べられている銅と錫の量が異なる3つの鋼を用い、表面割れの発生状況と脆化感受性パラメーターの値を比較して、両者がよく対応することを示している。さらに、銅起因液体脆性による表面割れを模擬する人工切り欠き付き試験片を用いた高温引張試験を行い、脆化感受性パラメーターの値の大小と表面割れの数、深さとの関係を明らかにしている。また、脆化感受性パラメーターが歪み速度依存性を有し、値の大きさと鋼間の相違が10-2S-1付近で最大となることも明らかにし、その原因を考察している。

 第4章では、銅が0.5%含有する0.1%炭素鋼の銅起因液体脆性に及ぼす0.4%シリコンと0.02%燐の単独および複合添加の影響を調べ、脆化が1100℃付近で最も激しく生じること、これらの元素の添加とくに複合添加が、銅起因液体脆性の抑制に有効であることを示している。さらに、酸化量、鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量および分布の様子、酸化皮膜中の銅量を測定および観察し、シリコン添加が、鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量を減らすことによって脆化を抑制することを示している。しかし、隣を添加しても鋼と酸化皮膜界面での銅濃化相の量に相違は見られず、燐添加による脆化抑制の理由は不明であるとしている。また、1100℃付近で脆化が最も激しくなる理由を、酸化速度、拡散速度、およびシリコンが関与する酸化物の存在とその固液相変態から考察している。

 第5章では、シリコン量と燐量を各々0.8%、0.1%まで増やした鋼を用い、通常の高温引張試験に加え、純銅の棒を埋め込んだ試験片を用いた高温引張試験を行うなどして、銅起因液体脆性抑制に及ぼすシリコンと燐の効果およびその原因と機構を詳しく調べている。その結果、シリコンの添加量を多くすると脆化抑制効果が大きくなること、燐によっる脆化抑制効果は0.02%P添加で飽和すること、銅濃化液相の粒界侵入は降伏応力を越えてから少しずづ生じ始め、ある臨界の応力に達すると急速に進展すること、その臨界応力は燐添加によって上昇することなどを明らかにしている。また臨界応力が高い試料ほど表面割れの深さは浅いことから、燐は鋼の塑性変形能を低下させることなどにより銅の結晶粒界への浸潤を抑制することによって、銅起因液体脆性を抑制するものと考察している。

 第6章では、高価であるうえ循環性元素であるニッケルを一部シリコンで置換した供試鋼を用いて、銅起因液体脆化に対する効果について調べている。その結果、シリコンを共用することによって、ニッケル添加量を約半分に減らせること、ニッケルの効果の理由およびニッケルとシリコン共用の効果の理由を明らかにしている。

 第7章はまとめである。

 以上、本論文は、鉄鋼材料における銅に起因する液体脆化の定量的で簡便な評価方法を確立し、脆化に及ぼす材料学的諸因子の影響とその機構を明らかにすることによって、この分野の基礎研究の発展と鉄スクラップのリサイクル促進に寄与するものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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