学位論文要旨



No 112617
著者(漢字) 趙,艱
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,カン
標題(和) セラミックスの焼結及び結晶粒成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 112617
報告番号 甲12617
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3895号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 セラミックスは硬くて耐熱性、耐食性に優れており、耐火物や化学材料として古くから利用されてきた。近年、粉末の純度の向上や微細化、焼結技術などの技術の進歩によってセラミックスの性能も飛躍的に改善されつつあり、新たな用途開発への期待が高まりつつある。構造用セラミックスの機械的性質は、多くの組織的因子によって支配されている。その中でも特に密度と結晶粒径が重要である。セラミックスの機械的性質を向上させるためには、セラミックスの焼結および結晶粒成長をいかに制御するかが重要な役割を果たす。多くのセラミックスについては緻密で微細な焼結体を製造する技術が確立されているが、それらの成果の多くは経験の蓄積から生まれたものといえる。一方、構造用セラミックスの緻密化と結晶粒成長挙動の解析はかなり難しく、結晶粒成長制御の理解も十分進んでいないのが現状である。そこで本研究では、セラミックスの焼結および結晶粒成長制御の理解を深めることに着目し、現在セラミックス中で最も強靭な材料である正方晶ジルコニア多結晶体(TZP)と従来より最も広く使用されているアルミナ系セラミックスに注目し、その鍛造焼結挙動と結晶粒成長挙動について調べ、さらに律速機構についても検討を行った。

 本論文は全6章よりなり、第1章は序論、第2章はSiO2を添加したTZPの結晶粒成長、第3章はアルミナースピネル系セラミックスの結晶粒成長、第4章はジルコニア多結晶体(TZP)の焼結鍛造、第5章はアルミナーTZPの焼結鍛造、第6章は本研究の結果の総括である。

1.SiO2を添加したTZPの結晶粒成長

 材料の機械的な性質を向上させるために結晶粒径および結晶粒の安定性は極めて重要な因子となる。正方晶ジルコニア多結晶体(TZP)セラミックスは安定でかつ微細な結晶粒を持つことがよく知られている。結晶粒成長について幾つか研究がなされているが、十分に理解が進んでいるとはいい難い。特に、材料中に含まれたSiO2系不純物が焼結および結晶粒成長に及ぼす影響についてはまだ定説得られていない。本研究では、3Y-TZPおよび高純度SiO2添加3Y-TZPを用いて、結晶粒成長を調べた。TZPは高温で安定な組織が形成され、結晶粒径の3乗と熱処理時間の間に比例する関係が成り立つことを見出し、結晶粒成長の活性化エネルギーの値584kJ/molは陽イオンのジルコニア正方晶中の拡散活性化エネルギー(623kJ/mol)と合致している。その結晶粒成長は、Zenerピンニングと体積拡散支配のオストワルド成長で記述できるものであった。

 一方、SiO2添加TZPの結晶粒成長は無添加TZPのものより遅く、SiO2ガラスの存在は結晶粒成長を促進するではなく、むしろ抑制している。この抑制効果は特にZrO2-SiO2系の共晶温度を超えると著しく大きくなる。結晶粒成長の速度定数を絶対温度の逆数に対してプロットするとにより、活性化エネルギーが求められる。しかしながら、SiO2添加TZPの結晶粒成長の速度定数と絶対温度の逆数の関係は単一の直線で記述できず、共晶温度付近を境に異なっている。この事実は共晶温度付近を境に結晶粒成長機構が変わることを示しているものである。

 本研究で用いたSiO2添加TZPでは、高分解能電子顕微鏡の結果、結晶粒界には粒界ガラスなどの第2相が存在せず、ガラス相は粒界3重点あるいは4重点に存在している。このことから結晶粒成長は合体過程によるものと考えられる。また、二面角は共晶温度以上と以下では大きく異なり、高温側では約30-40°、低温側では約90-100°である。この二面角の相違は結晶粒成長機構の相違に対応している。高温側では二面角が小さいので、小粒子を通る粒界移動は、界面の面積が増加により、系のエネルギーを増大させる。そのため、合体成長を阻害するようなエネルギー障壁が存在する。しかしながら、同時に小粒子から大粒子へ溶解-析出がエネルギー障壁を下げるように働くため、合体成長速度は溶解-析出の速度に依存することと考えられる、このことは高温で活性化エネルギー(384kJ/mol)が低くなっているという結果と整合する。。一方、低温側では二面角が大きいので、粒界移動のエネルギー障壁はほとんどなくなり、合体成長は容易に起こる。低温側で求めた活性化エネルギー(590kJ/mol)は無添加TZPの活性化エネルギーとほぼ同じであり、また、EDSの分析によりSiO2添加TZPは無添加TZPと同様に2相組織をもつ。このことから結晶粒成長の機構は無添加TZPと同様な機構であり、低温での粒成長の抑制効果はTZP粒子の有効拡散面積が減少されていることによるものと解釈した。この2つの過程のモデルに基づいて計算した結果は実験で得られたデータとよく一致している。

2.アルミナースピネル系セラミックスの結晶粒成長

 結晶粒の微細化には第2相の添加が有効であることがよく知られている。本研究ではアルミナースピネル系セラミックスの結晶粒成長における第2相のスピネル粒子の役割を調べ、高温での熱処理過程における結晶粒成長挙動の検討を行った。種々の組成を有するアルミナースピネルの結晶粒成長を調べた結果、純アルミナの結晶粒成長と比べて、アルミナースピネル中のアルミナの結晶粒成長はスピネルの存在により抑制されることが分かった。第2相の存在は母相の結晶粒成長抑制に有効であるといえる。また第2相の量が増えると、母相の結晶粒径が小さくなる。アルミナースピネルのアルミナ母相と第2相のスピネルの結晶粒径の比はいずれの組成においても熱処理時間によらずほぼ一定値を示し、その値は第2相の体積率の増加とともに減少している。また、熱処理時間によらず母相粒子の粒度分布は一定になっている。この結果は母相が第2相の粒子にピン止めされていることを示している。母相と第2相の結晶粒径の比と第2相の体積率の-1/3乗に比例関係が認められ、比例定数は2.2であった。Hillertは第2相体積率が10%以上の時結晶粒径の比と第2相の体積率の-1/3乗に比例すると指摘した。その比例定数は、母相1個結晶粒あたり6個の第2相粒子の影響を受けるとして導かれている。本研究で得られた比例定数は、母相1個結晶粒あたり1-2個の第2相粒子がピン止めしていることを意味している。

3.ジルコニア多結晶体(TZP)の焼結鍛造

 セラミックスの焼結鍛造は、緻密化を促進するための成形法として注目されている。本研究では、高密度かつ微細な結晶粒を持つ焼結体を得ることを目的として、TZPの焼結鍛造中の変形挙動と緻密化挙動について調べた。1100°Cで焼結鍛造すると、相対密度が99.4%、結晶粒径が0.15mの焼結体が得られた。この試料の室温曲げ強度はl200MPa程度であり、自由焼結したものより200MPa程度改善された。鍛造焼結温度は自由焼結温度より約200°C低く、また結晶粒径も約1/2となっている。焼結鍛造は緻密化を促進し、結晶粒成長を抑制する極めて有効な方法といえる。

 変形と緻密化を分離するために、正味歪みと密度の時間に対する変化のデータをもとにRajのモデルにより変形と緻密化特性を評価した。変形特性を評価した結果、焼結鍛造で生じるクリープ変形機構は、緻密なTZPの超塑性変形と同様な変形機構で生じる、すなわち拡散に律速された粒界すべりであると考えられる。また、緻密化挙動については、緻密化速度と応力指数の関係から、従来いわれてきた拡散が支配するモデルでは説明できないことが分かった。つまりTZP焼結鍛造の緻密化機構が単純な拡散によるものではなく、粒界すべりによるものであることを指摘した。

 各密度段階の粒成長を詳細に調べた結果、焼結鍛造中の結晶粒成長は極めて遅く、結晶粒径は各密度においてほぼ一定であった。同一密度で比較すると、自由焼結した試料に比べて、焼結鍛造した試料の気孔の寸法ははるかに小さかった。自由焼結した試料にはしばしば大きな気孔が存在しているが、焼結鍛造した試料には小さな気孔が均一に分布する傾向が見られた。焼結鍛造中に大きな気孔が粒界すべりによって潰され、この小さな気孔になるものと考えられる。小さな気孔は粒界をピンとめし、焼結中の粒成長を抑制する役割を果たしていると考えられる。

4.アルミナーTZPの焼結鍛造

 この章ではアルミナージルコニアセラミックスの焼結鍛造について焼結と変形挙動を検討した結果をまとめた。また、焼結鍛造した試料の機械的な性質を評価した結果についても述べた。

 本研究でアルミナーTZPの応力と歪み速度を解析した結果、応力指数はおよそ2となることが分かった。この結果は従来報告されているような拡散クリープ機構による説明しうるものではない。アルミナーTZPの高温クリープの研究では応力指数が2であると指摘され、変形機構は粒界すべりを主体とした機構であると報告されている。焼結鍛造でも同様な応力指数が得られたことから、変形中に粒界すべりが生じることが示唆される。また、緻密化速度と応力の関係から得られた応力指数は1ではなく、2に近い値であった。TZPと同様に緻密化は拡散によるものではないと考えられる。

 焼結鍛造した試料は室温だけではなく、高温においても自由焼結したものより優れた曲げ強度が得られた。焼結鍛造材について室温では890MPa、800°Cでは610MPa、1000°Cでは550MPaという高強度が得られた。これは、従来報告されているアルミナーTZPの強度に比べて、室温では約300MPa,、400〜1000℃で100-200MPa高いものである。このような強度の向上は結晶粒微細化のほかに最大欠陥寸法の減少および界面エネルギーの減少などが関与しているものと考えられる。

 TZPおよびアルミナーTZPの焼結鍛造におけるは緻密化速度と歪み速度の比は、相対密度75%〜90%の範囲においてほぼ一定値約0.4をとる。本研究では粒界すべりと仮定して、緻密化速度式がを見積もった。

審査要旨

 本論文は、酸化物セラミックスの焼結および結晶粒成長に関する研究結果をまとめたものであり、6章よりなっている。

 第1章は序論であり、焼結および結晶粒成長に関する従来の研究結果を述べるとともに、焼結鍛造およびそれに関係するセラミックスの高温変形機構を論じている。また、これらの研究背景をふまえて、本研究の目的について述べている。

 第2章は、正方晶ジルコニア多結晶(TZP)の結晶粒成長に及ぼすSiO2の効果を調べた結果である。TZPは高温での焼結あるいは加熱によっても、微細結晶粒組織が極めて安定であることが知られている。このような組織の安定性は、TZPが高温において正方晶(t-ZrO2)と立方晶(c-ZrO2)の二相領域内にあるためであるとしている。実際に高温加熱中に結晶粒間で陽イオンの分配が生じて、t-ZrO2とc-ZrO2の二相混合組織となっていることを実験的に確かめている。また、TZPにSiO2を添加すると、結晶粒成長はさらに抑制されることを見出した。これは他のセラミックスに関する従来報告されている結果とは異なっている。この事実は、SiO2がTZPの粒界3重点あるいは4重点ではアモルファス相として存在するものの、粒界面にはアモルファスが存在しないことによっている。この組織解析結果をもとに、SiO2添加TZPの結晶粒成長機構を論じている。

 第3章は、Al2O3基のAl2O3-スピネル系の結晶粒成長を調べた結果である。この系は、Al2O3相とスピネル相が均一に分散した典型的なセラミックス複合材料である。スピネル相の分散によってAl2O3の結晶粒成長が抑制されることを確かめている。また、スピネル相の体積分率が5〜50%の範囲で、Al2O3の結晶粒径とスピネルの結晶粒径の比が等温加熱中にほぼ一定値に保たれていること、結晶粒径の比がスピネル相の体積分率の関数として記述できることを見出している。これは、セラミックス複合材料の結晶粒成長に関する新しい知見である。この結果をもとに、この複合材料の結晶粒成長が、Zenerのピン止め効果を考えることによって説明しうるものであると述べている。さらに、結晶粒成長の活性化エネルギーの測定結果をもとに、粒成長が体拡散支配のオストワルド成長であると結論している。

 第4章は、TZPの焼結鍛造に関する研究結果である。成形体に一軸圧縮応力を付加して焼結すると、緻密化が著しく促進され、結晶粒の微細な焼結体を得ることかできる。実際に焼結鍛造によると、1100°Cでも十分に緻密な焼結体が得られる。この温度はTZPの自由焼結温度に比べて200-300°C低いものである。このため、結晶粒径もおよそ0.1mと極めて微細に保つことができる。TZPの焼結鍛造中の体積変化および密度変化の測定結果をもとに、緻密化速度およびクリープ速度を解析的に評価した。また、緻密化速度あるいはクリープ速度と応力の両対数プロットが直線関係で近似されること、、その直線の勾配がいずれのプロットにおいても3.3-3.4となることを明らかにしている。さらに、クリープ速度のアレニウスプロットから、活性化エネルギーの値545kJ/molを得ている。これらの結果をもとに、TZPの焼結鍛造中のクリープ変形が、主として粒界すべりによって生じていると結論している。

 第5章では、Al2O3-ZrO2(3mol%Y2O3)の焼結鍛造の研究結果を述べている。前章のTZPと同様に、Al2O3-ZrO2(3mol%Y2O3)においても、焼結鍛造によって緻密化を促進することができる。Al2O3-ZrO2系の常圧焼結温度は1550℃以上であるが、焼結鍛造によって1350℃でも十分に緻密な焼結体が得られることを示した。さらに、緻密化速度およびクリープ速度を解析し、この系においてもクリープ速度が粒界すべりによって支配されていることを明らかにしている。また、粒界すべりと拡散律速の焼結過程をもとに、緻密化速度式の定式化を行うとともに、この式がAl2O3-ZrO2(3mol%Y2O3)などの焼結鍛造中の緻密化を記述するうえで有効であることを示した。

 第6章は本論文の総括である。

 以上を要するに、本研究はセラミックスの焼結鍛造と結晶粒成長に関する基礎的知見を与えたものであり、材料学の進展に寄与するところ大きい。よって博士(工学)請求論文として合格と認められる。

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