本論文"金属中のSm3+の磁性"は、金属中のSm3+イオンが示す新しい磁気的振る舞いに関して、実験的及び理論的に解明したもので、6章よりなる。 第1章は序論であり、Sm3-イオンの磁気的特徴及び本研究の発端について述べている。本研究は液体急冷によって得られる準安定hcp-Sm相が、磁気モーメントが小さいにもかかわらずキュリー温度が160Kと比較的高く、かつ磁化が温度に対し極大をもつという風変わりな強磁性体であることを著者が見出したことに端を発している。著者はその特性の原因が逆結合するスピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントの温度依存性の違いによるのではないかと着眼し、理論的解析、実験的検証を行ったことを述べている。 第2章では、Sm3+イオンによって構成される金属が示す磁性について、s-f相互作用に基づくモデルを用いて磁化の計算を行っている。この章は、以下の章の実験結果を解釈するための理論的解析方法及び計算結果を提供している。Sm3+イオンは、4f電子のJ多重項の間隔が温度のエネルギーに比べて十分大きくないため励起状態が磁性に大きく影響することや4f磁気モーメントのスピン成分と軌道成分が逆向きに結合し、大きさも近いため全体の磁気モーメントが小さいという特徴をもっている。このことに加え、金属中では伝導電子のスピン偏極の影響がイオンの磁気モーメントに重量される。以上の特徴を考慮したスピン・ハミルトニアンをもとに磁気モーメントや常磁性帯磁率の計算を行い、金属中のSm3+イオンの磁気的挙動の全体像を明らかにしている。 第3章では、hcp-Sm、CsCl型化合物SmZn及びSmCd、Laves相化合物SmAl2についての磁化測定とその解析結果について述べている。第2章で得られた理論曲線は、実験によって得られたこれら試料の磁化の温度変化を見事に再現でき、その結果、4f電子のスピン磁気モーメント、軌道磁気モーメント及び偏極伝導電子の磁気モーメントの値を各試料について評価することができた。また、hcp-SmにGd、Ndを添加することによる磁化の変化を調べ、理論の予測通りの結果を得て、上記評価が正しいことを示した。 第4章は磁気コンプトン効果の実験によって、hcp-Smのスピン磁気モーメントを直接計測し、上記理論解析の結果の検証を試みたものである。実験は高エネルギー物理学研究所における共同研究として行われ、強磁場反転システムを備えた試料台を低温域における測定が可能となるよう自ら工夫し磁気コンプトンプロファイルの観測に成功している。得られたプロファイルから、hcp-Smのスピン磁気モーメントは磁化に対し正の極性をもち、伝導電子の寄与が17±3%程度であるという結果が得られた。これらの結果は、磁化測定の理論解析の結果と非常に良い一致を示した。 第5章は、上記研究結果を擬2元系化合物Sm1-xRxAl2に適用して補償温度の制御可能性について調べ、機能素子としての将来展望を示したものである。Smイオンの一部をGdまたはNdイオンに置換して磁性を制御し、スピンが完全に揃った秩序状態でありながら全磁化がゼロであるような補償温度が実現できることを実験的に明らかにした。これは電子線のスピン偏極度の検出器、あるいは、スピン交換相互作用を用いた磁気力顕微鏡などの素子としての応用可能性を示したものと言うことができる。 第6章は総括である。 以上を要するに、本論文は、hcp-Sm及びSm化合物の磁性に関する実験的及び理論的研究によって、新しいタイプの磁性の存在を明らかにし、かつその詳細な解明を行ったものであり、加えてスピン秩序を用いた新しい機能素子の可能性をも示した秀逸なる研究論文である。 よって本論文は、材料科学とくに磁性材料物理学に寄与するところ大きく、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |