学位論文要旨



No 112620
著者(漢字) 加藤,健夫
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,タケオ
標題(和) HRTEMおよび理論計算による偏析界面の研究
標題(洋)
報告番号 112620
報告番号 甲12620
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3898号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 森,実
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨 【緒言・目的】

 粒界・界面における微量元素偏析は再結晶・相変態・腐食・焼結などの挙動を大きく変化させ、材料の脆化にも直接関わり、古くから材料学にとっての重要なテーマである。それにも拘らず粒界偏析の原子種・結合状態まで含めた微構造についての理解は十分に進んでいるとは言えない。粒界偏析はごく狭い領域での現象であるため、その構造解析には高い検出感度と高い空間分解能が同時に要求されるからである。検出感度に限っても、材料中で問題になるのは一般的な分析手法の検出限界以下(〜数十ppmオーダー)の量の微量不純物であることが多い。

 再結晶集合組織形成過程における粒界偏析の影響に注目すると、Alの再結晶集合組織の優先方位は固溶Feの濃度によって著しく影響される。Fe濃度が30mass ppm程度以下であれば立方体方位のみの再結晶集合組織が得られるが、それ以上である場合には立方体方位が抑制されR-方位が生成するようになる。これは界面に富化したFeによって立方体方位の核の急速な成長が妨げられるためとされているが、その直接的な証拠は報告されていない。Al中の微量不純物の多少による粒界構造の変化に関連した現象と考えられる。実用材として問題解決の要請があること、FeはAl中での固溶度が小さいため粒界に偏析しやすく、他の軽元素に比して検出できる可能性が高いことの二つの理由から本研究ではAl-Fe系を取り上げた。また同じく粒界富化率が高いと考えられるCu-Bi系についても粒界偏析構造の解析を試みた。

 原子構造を直接観察できる分解能を持つHRTEM(高分解能透過電子顕微鏡)は、主として弾性散乱波を結像に利用していることから、格子像による原子種の同定は原理的に難しいとされている。このため適当な構造モデルに対して像シミュレーションを行い、HRTEM像と比較するのが一般的であるが、粒界偏析のような微妙な問題に対しては構造モデルの妥当性にも細心の注意を払う必要がある。それには信頼に足る構造緩和およびエネルギー計算が不可欠である。

 本研究では、HRTEMを柱とする原子構造観察の定量的な取り扱いと、像シミュレーション・構造計算等の理論計算を併用することによって粒界偏析構造を解析する手法を模索し、粒界偏析構造が材料の物性に及ぼす影響を明らかにすることで、粒界偏析がかかわる諸問題の解決や新材料の開発設計に資する事を目的とした。

【方法】

 4N純度のAlを室温でロール加工した。この圧延集合組織は(110)面が上を向くが、再結晶後の方位は異なるため、通常なされるように薄片化を試料作製の最終段で行うと電子線の入射方向と結晶の[110]軸が平行にならないことが多くHRTEM観察には適さない。そのため加工直後に薄片化を行い、その後で短時間焼鈍する工夫を行うことによって、粒の回転を2次元的なものに制限し、かつ粒界を膜面に垂直にしてHRTEMに適した再結晶傾角粒界の試料を作製した。薄片化は電解ジェット研磨法で行った。EDS分析のための試料はAl-70mass ppm Fe合金について室温で圧延後、再結晶粒と回復サブグレインが共存する温度・時間で焼鈍を行った。機械研磨の後、電解研磨法により薄片化を行った。

 HRTEM像シミュレーション計算にはマルチスライス法を用いた。また本研究で作成した粒界偏析構造計算のプログラムには多体項を含むMEAMポテンシャルを採用した。構造緩和には、モンテカルロ法をベースにして、対象にする原子のみランダムに選び出し、その原子だけでなく周辺の原子を含んだエネルギーを最も大きく下げる動きを選択して原子を変位させるアルゴリズムを工夫開発した。

【結果および考察】

 [110]結晶軸を試料面に垂直に保った4N純度のAl再結晶試料中に観察された対応格子粒界は19と27の方位関係を持つものであった。19傾角粒界については一方の粒の(12)面を粒界面とする非対称なものが安定であることが分かった。27傾角粒界は、最密対応格子面(15)を粒界面とする対称なものであった。粒界から5A程度離れたところに並ぶ白点が観察された。これは(15)27粒界の基本格子の大きさに対応する周期を持っており、また粒界からの距離が変わる場所があることからゴーストイメージである可能性は低く、実体を反映したものと考えるのが妥当である。このコントラストの起源を考察するため粒界偏析構造のシミュレーションとHRTEM像シミュレーションを併用して行った。

 (15)27粒界の基本格子サイズを考慮し特定のサイトにFeを配置して像シミュレーションを行った。観察の際の条件のもとではFeを配置した位置に、より白いコントラストを生じることが分かった。他の不純物として考えられるSiではこのようなコントラストは生じない。また粒界面がHRTEM観察の際にedge-onになっていない場合のimaging artifactについて考察するため、構造モデルの緩和計算と像シミュレーションを行い、この可能性を否定した。

 粒界近傍の各サイト(格子間位置も含む)にFeを配置して構造緩和を行い、最終的な構造の粒界エネルギーを計算した。Al結晶はfcc構造であり粒界から十分離れればすべてのサイトは等価であるが、粒界近傍では格子間位置との相互作用にFeがやや落ちつきやすいと考えられる場所もある。しかし緩和後の粒界エネルギーが最も低下するのはFeが粒界上の格子間位置に入ったモデルであった。このことから、格子間位置に一層Feが入った上にさらに他の置換位置に入るモデルについて同様の計算を行った。結果は二層目のFeが粒界から斥力を受けると考えられるものとなり、Fe濃度が十分低い場合には、Feの偏析は一列だけになる可能性を示唆している。観察された(15)27粒界のHRTEM像の白点が粒界直上にない理由は、最安定の格子間位置にFeが居る状態で粒界二次転位が粒界に平行な運動をして粒界移動が行われるとすると、非平衡状態ではあるが粒界から離れた位置にFeが観察されることが考えられる。(15)27対称傾角粒界の近傍に見られた特異なコントラストは、像シミュレーションおよび構造計算の結果から不純物Feに対応するものと考えられた。

 立方体方位を持つ再結晶粒と回復サブグレインの界面で粒界移動が遅れていると考えられる領域、すなわち回復サブグレインが再結晶粒に食い込んで見える領域でFE-EDS分析を行い、粒界近傍で統計的に有意なFeのピークを検出した。また、再結晶の際の粒界移動の後ろ側の濃度が高い。これは(二次)再結晶の際に溶質原子であるFeを引きずりながら粒界が移動し、それが再結晶の際のdragging forceとなることを示唆するものと考えられる。この結果はは、(15)27対称傾角粒界の近傍に見られた特異なコントラストとも矛盾しない。立方体方位以外の再結晶粒が面した再結晶界面では、明瞭なFeのピークは観察出来なかった。固溶Feの偏析と立方体方位再結晶粒生成の抑制の関連を示唆する直接的なデータは本研究が初めてである。

審査要旨

 本論文は,高分解能電子顕微鏡観察と電子顕微鏡像の計算機シミュレーションおよび経験的原子間ポテンシャルに基づく原子配列のエネルギー計算を用いて異種原子の偏析した金属の結晶粒界の構造を研究した成果をまとめたもので,全6章からなる.

 第一章は序論である.金属材料の特性が結晶粒界における微量元素の偏析に著しく影響されることが本研究の動機であることを述べて,過去に行われた結晶粒界への偏析と結晶粒界の構造の研究を概観している.偏析のある粒界の構造の研究には,極微小領域の極微小量の原子の配列を決める必要があるので,高分解能電子顕微鏡観察が有用であり,この観察結果を解釈するためには電子顕微鏡像の計算機シミュレーションが必要であり,像の計算には結晶粒界の原子配列の決定が必要であることを述べて,本研究の構成を説明している.

 第二章では,対象としたアルミニウム-鉄合金の試料作製法を述べている.

 第三章では,高分解能電子顕微鏡の結像原理と,計算機による像シミュレーションの方法を説明した後,結晶粒界の像の観察結果を示し,その解釈を像シミュレーションに基づいて行っている.

 第四章では,本研究者が加えた結晶粒界の原子配列のエネルギー計算法の改良点を説明した後,アルミニウムの一連の粒界についてその構造を鉄原子の偏析の有無の関数として計算するとともに,実際に観察された粒界との関係を論じている.

 第三章および第四章の研究で以下の点を明らかにした.

 [110]結晶軸を試料面に垂直に保った99.99%アルミニウム試料中には19と27の方位関係を持つ対応格子粒界が観察された.19傾角粒界は一方の結晶粒の(112)面を粒界面とする非対称なものであり,27傾角粒界は最密対応格子面(115)を粒界面とする対称なものであった.この27粒界から0.5nm程度離れたところに粒界の基本格子の大きさに対応する周期を持って並ぶ白点が観察された

 この粒界近傍の各サイトに鉄を配置して構造緩和を行い,粒界エネルギーを計算した.一層分の鉄を入れたとき,緩和後の粒界エネルギーが最も低下するのは鉄が粒界上の格子間位置に入ったモデルであった.格子間位置に一層鉄が入った上にさらに他の置換位置に入るモデルについて計算を行った結果は,二層目の鉄が粒界から斥力を受けると考えられるものとなり,鉄濃度が十分低い場合には,鉄の偏析は一層だけになる可能性を示した.観察された白点が粒界直上にない理由として,最安定の格子間位置に鉄がいる状態で粒界二次転位が粒界に平行な運動をして粒界移動が行われるとすると,粒界移動が1ステップ行われた直後の非平衡状態では粒界から離れた位置に鉄が存在することになるという点を指摘した.この粒界移動の1(あるいは2)ステップ後の格子間位置に鉄が入ったモデルによるシミュレーション像の白点は観察された像と一致した.他の不純物としての珪素,粒界面が観察の際にedge-onになっていない場合のimaging artifactについても緩和計算と像シミュレーションを行った後,(115)27対称傾角粒界の近傍に見られた特異なコントラストは不純物鉄に対応するものと結論した.

 27以下のすべてのアルミニウム[110]対称傾角粒界について,一層の鉄を偏析させた場合とさせない場合についてエネルギー計算を行い,それぞれの緩和後のエネルギーの差を鉄原子一つ当たりで規格化した値で整理した結果は,一層の偏析については鉄が粒界を安定化させることを示した.またこの値と強い相関を示す粒界構造のパラメーターが見い出された.実験的にアルミニウム中に多く観察された19{112}{5,5,46}非対称粒界は,鉄の粒界偏析によって19{116}対称粒界よりも安定化されることが示された.

 第五章では,フィールドイオンガン電子顕微鏡によるエネルギー分散分析(FE-EDS分析)の結果を述べている.

 Al-70mass ppm Fe合金の立方体方位を持つ再結晶粒と回復サブグレインの界面で粒界移動が遅れていると考えられる領域で分析を行い,粒界近傍で統計的に有意な鉄のピークを検出した.このピークは,再結晶の際の粒界移動の後ろ側で高い.これは再結晶の際に溶質原子である鉄を引きずりながら粒界が移動し,それが再結晶の際のdragging forceとなるという考えを直接的に示すものであると考えた.立方体方位以外の再結晶粒が面した再結晶界面では,明瞭な鉄のピークは観察されなかった.このような固溶鉄の偏析と立方体方位再結晶粒生成の抑制の関連を示唆する直接的なデータは本研究が初めてである.

 第6章は総括である.

 以上を要するに,本論文は高分解能電子顕微鏡観察,電子顕微鏡像シミュレーション,粒界構造緩和計算を行って微量の鉄を含むアルミニウム中の結晶粒界の構造を調べ,鉄原子が粒界に偏析していることを直接的に示したものである.これは微量元素の結晶粒界偏析を通じての合金の特性に及ぼす影響の理解の進歩に寄与するところ大である.特に,結晶粒界の後ろの異種原子の存在を原子配列のレベルで示したことは,結晶粒界の構造と移動機構に新たな知見を加えたものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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