審査要旨 | | 本論文は,高分解能電子顕微鏡観察と電子顕微鏡像の計算機シミュレーションおよび経験的原子間ポテンシャルに基づく原子配列のエネルギー計算を用いて異種原子の偏析した金属の結晶粒界の構造を研究した成果をまとめたもので,全6章からなる. 第一章は序論である.金属材料の特性が結晶粒界における微量元素の偏析に著しく影響されることが本研究の動機であることを述べて,過去に行われた結晶粒界への偏析と結晶粒界の構造の研究を概観している.偏析のある粒界の構造の研究には,極微小領域の極微小量の原子の配列を決める必要があるので,高分解能電子顕微鏡観察が有用であり,この観察結果を解釈するためには電子顕微鏡像の計算機シミュレーションが必要であり,像の計算には結晶粒界の原子配列の決定が必要であることを述べて,本研究の構成を説明している. 第二章では,対象としたアルミニウム-鉄合金の試料作製法を述べている. 第三章では,高分解能電子顕微鏡の結像原理と,計算機による像シミュレーションの方法を説明した後,結晶粒界の像の観察結果を示し,その解釈を像シミュレーションに基づいて行っている. 第四章では,本研究者が加えた結晶粒界の原子配列のエネルギー計算法の改良点を説明した後,アルミニウムの一連の粒界についてその構造を鉄原子の偏析の有無の関数として計算するとともに,実際に観察された粒界との関係を論じている. 第三章および第四章の研究で以下の点を明らかにした. [110]結晶軸を試料面に垂直に保った99.99%アルミニウム試料中には19と27の方位関係を持つ対応格子粒界が観察された.19傾角粒界は一方の結晶粒の(112)面を粒界面とする非対称なものであり,27傾角粒界は最密対応格子面(115)を粒界面とする対称なものであった.この27粒界から0.5nm程度離れたところに粒界の基本格子の大きさに対応する周期を持って並ぶ白点が観察された この粒界近傍の各サイトに鉄を配置して構造緩和を行い,粒界エネルギーを計算した.一層分の鉄を入れたとき,緩和後の粒界エネルギーが最も低下するのは鉄が粒界上の格子間位置に入ったモデルであった.格子間位置に一層鉄が入った上にさらに他の置換位置に入るモデルについて計算を行った結果は,二層目の鉄が粒界から斥力を受けると考えられるものとなり,鉄濃度が十分低い場合には,鉄の偏析は一層だけになる可能性を示した.観察された白点が粒界直上にない理由として,最安定の格子間位置に鉄がいる状態で粒界二次転位が粒界に平行な運動をして粒界移動が行われるとすると,粒界移動が1ステップ行われた直後の非平衡状態では粒界から離れた位置に鉄が存在することになるという点を指摘した.この粒界移動の1(あるいは2)ステップ後の格子間位置に鉄が入ったモデルによるシミュレーション像の白点は観察された像と一致した.他の不純物としての珪素,粒界面が観察の際にedge-onになっていない場合のimaging artifactについても緩和計算と像シミュレーションを行った後,(115)27対称傾角粒界の近傍に見られた特異なコントラストは不純物鉄に対応するものと結論した. 27以下のすべてのアルミニウム[110]対称傾角粒界について,一層の鉄を偏析させた場合とさせない場合についてエネルギー計算を行い,それぞれの緩和後のエネルギーの差を鉄原子一つ当たりで規格化した値で整理した結果は,一層の偏析については鉄が粒界を安定化させることを示した.またこの値と強い相関を示す粒界構造のパラメーターが見い出された.実験的にアルミニウム中に多く観察された19{112}{5,5,46}非対称粒界は,鉄の粒界偏析によって19{116}対称粒界よりも安定化されることが示された. 第五章では,フィールドイオンガン電子顕微鏡によるエネルギー分散分析(FE-EDS分析)の結果を述べている. Al-70mass ppm Fe合金の立方体方位を持つ再結晶粒と回復サブグレインの界面で粒界移動が遅れていると考えられる領域で分析を行い,粒界近傍で統計的に有意な鉄のピークを検出した.このピークは,再結晶の際の粒界移動の後ろ側で高い.これは再結晶の際に溶質原子である鉄を引きずりながら粒界が移動し,それが再結晶の際のdragging forceとなるという考えを直接的に示すものであると考えた.立方体方位以外の再結晶粒が面した再結晶界面では,明瞭な鉄のピークは観察されなかった.このような固溶鉄の偏析と立方体方位再結晶粒生成の抑制の関連を示唆する直接的なデータは本研究が初めてである. 第6章は総括である. 以上を要するに,本論文は高分解能電子顕微鏡観察,電子顕微鏡像シミュレーション,粒界構造緩和計算を行って微量の鉄を含むアルミニウム中の結晶粒界の構造を調べ,鉄原子が粒界に偏析していることを直接的に示したものである.これは微量元素の結晶粒界偏析を通じての合金の特性に及ぼす影響の理解の進歩に寄与するところ大である.特に,結晶粒界の後ろの異種原子の存在を原子配列のレベルで示したことは,結晶粒界の構造と移動機構に新たな知見を加えたものである. よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる. |