学位論文要旨



No 112621
著者(漢字) 後藤,健
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ケン
標題(和) 繊維強化セラミックスのクラック : 繊維相互作用
標題(洋)
報告番号 112621
報告番号 甲12621
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3899号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 1総論

 現状の繊維強化セラミックス(CMC)は優れた力学的な特性を発揮する高温用損傷許容型の材料と考えられている。CMCの特徴である累積損傷は、材料中に生じるミクロな破壊を制御し、累積的に破壊を生じさせ、見かけ上セラミックス単体にはない非線形な伸びを得ることで達成されている。CMCの破壊挙動を理解するには、マトリックス破壊のメカニズムとそれに及ぼす種々の影響因子を明らかにする必要がある。一方、現在の工業材料として製造されているSiC繊維強化SiCなどの繊維強化セラミックスの研究、開発がセラミックス単体に対する高靭化機構という観点に集中しているため、破壊抵抗が最大となるクラックブリッジングに関する研究は多いものの、材料中に存在するポアなどの応力集中源から、マトリックス中にクラックが発生し、ブリッジングクラックに成長するまでの過程についての研究は少なく不明な点が数多く残されている。

 本研究では、マトリックス初期破壊からクラックブリッジングに至る領域の累積的マトリックス破壊様式を、界面の力学特性、幾何学的繊維配列などに着目しクラックの安定性を解析することで解明し、CMCのマトリックス初期破壊応力向上に最適な繊維複合構造を提案することを目的とした。

 この目的のために以下の研究を行った。(1)クラック安定性への様々な影響因子を解析的に明らかにする。(2)2次元でのクラック安定性を実験的に評価し、現実の複合材料中でのクラック安定性を考察する。(3)クラック進展抵抗に対する繊維の幾何学的配列の影響を実験的に求め、クラックブリッジングを達成するまでの過程を明らかにする。

2マトリックス微視破壊のクラック安定性の評価:2次元モデルによる解析

 CMCのマトリックス破壊モデルをマトリックス中の初期欠陥の破壊からクラックブリッジングに至る過程で重要と考えられるマトリックス初期破壊に着目し、クラック周囲応力場の有限要素法解析(FEA)を行い、マトリックスクラックの安定性に与えるクラック-繊維相互作用の影響を明らかにした。

 その結果、初期破壊抵抗を大きくするには、(i)繊維とマトリックスのヤング率比を大きくする、(ii)繊維間隔が初期欠陥より大きい範囲では、繊維間隔を小さくすること、が有効であることが明らかとなった。また、界面での応力分布から欠陥と界面の相互作用を考慮した初期破壊過程は、図1のように界面のせん断剥離を伴う場合(B)、界面の引張剥離を伴う場合(C)、界面剥離を伴わない場合(A)に分けられた。

図1 マトリックスの初期破壊過程図2 クラック安定性と界面はく離の関係

 負荷応力に対するマトリックス中の欠陥の安定度は界面剥離の発生により変化し、荷重制御条件下では、図2のようになると考えられた。すなわち、荷重制御条件ではクラックが界面に到達する前に界面引張剥離を伴う場合が最もクラックは不安定となり、界面剥離が生じると欠陥先端のKlocalが増加し、界面引張り強さが小さいものほど早く破壊に達する。このことより、初期クラックの安定には界面の接着が保たれることが必要であるが、クラックが界面に到達した後は界面破壊が起こり、繊維によるブリッジングが生じなければならないことが明らかになった。

 理想的な界面はKlocalがマトリックスの臨界応力拡大係数()に達するまでは剥離を起こさないが、欠陥が成長を始め界面に到達したときに剥離するような接着強さを持つ界面であるという結論が得られた。

3マトリックス微視破壊のクラック安定性の評価:積層複合材料による実験

 マトリックスクラックの安定性に及ぼすクラック-繊維相互作用の効果を実験的に検証した。実験には積層複合材料を用いた。積層複合材料ポリメチルメタクリレート(PMMA)とガラス(PMMA/ガラス)の破壊過程は、まず、切り欠き先端からクラックが成長する。クラック前方で界面が剥離すると、クラック進展速度は加速され即座にクラックは界面まで進展した。界面に到達したPMMA中のクラックは停止し、界面に沿って成長した。この、観察結果からクラックは界面剥離の発生により安定性を失うことが明らかになった。さらに、前章の結果からこの実験条件下では界面剥離は界面に働く引張応力成分によって発生しており、その値を実験から得られた境界条件を用いたFEA解析結果から求めたところ界面の引張剥離応力は4.0-8.0MPaと見積もられた。

 試験時にコースティックス法を用いてクラックの先端の応力拡大係数Klocalを求めた。Klocalはすべての試験片で、0.7-1.0MPであり、破壊を支配するKlocalは界面までの距離に関係なく一定であった。またFEAから求めたKlocalもコースティックス法から求めたものと一致した。一方、PMMA単体、PMMA/ガラスの安定破壊中の負荷荷重から求められる応力拡大係数(K)の変化は図3のようになった。PMMAのKは約1.0MPaであるが、PMMA/ガラスではKは3.2-7.0MPaとなり、コースティックス法から求められたKlocalより大きな値であり、さらにクラックの位置が界面に近くなるとその値は大きくなることが明らかになった。この挙動は、クラックを生じている材料よりも大きな弾性率を持つ強化相によるクラックの拘束効果によるものであり、実験で用いた積層複合材料では破壊により大きな負荷応力が必要となると考えられた。

図3 応力拡大係数の比較

 以上の結果より、繊維の幾何学的配列のみを考えたとき、マトリックスの破壊抵抗を大きくするためにはクラックが界面に到達するまで界面剥離を生じない剥離強さを持つ界面と、クラック長さに比べて狭い強化相間隔がより高い破壊抵抗を生じると考えられ、前章の解析結果を実験的に検証することができた。

4マトリックス破壊過程に及ぼす一本の繊維の影響

 一本の繊維を含む繊維強化脆性マトリックス複合材料のクラック進展挙動を詳細に観察し、クラック-繊維間相互作用を理解することを目的とした。実験にはSiC繊維強化PMMA(SiC/PMMA)複合材料を用い、くり返し負荷応力下でクラックの進展速度を調べた。

 PMMA単体のクラック進展速度は2×10-6m/cycleから単調増加した。ところが、SiC/PMMAではda/dNが極小値を2回とった。クラックが繊維に近づくにつれda/dNは小さくなった。クラック先端が界面から50〜100mの距離まで来ると部分的な界面剥離がクラック面に対して上下に対称な位置に観察された。この対称な界面剥離は界面でのせん断応力成分で発生したと考えられた。その後、da/dNは再び増加しPMMA単体のda/dNに近い値となった。極小点P1の周辺でのda/dNの変化は前項で述べた弾性拘束によるものと考えられた。さらにクラックが進展して繊維に達するとクラックトラッピングによる抵抗が発生し、再びda/dNは減少した。クラック先端が繊維を通過する直前にクラックトラッピング機構によるクラソク進展抵抗が最大になり、極小点P2をとった。同時に界面剥離は繊維周方向全体に及び、さらに進展した。da/dNはP2を過ぎるとクラックトラッピング機構よる抵抗が小さくなり再び増加した。クラックが繊維を通過するとクラックブリッジングと界面剥離の進展が観察された。da/dNはクラック先端が繊維を通過した後は、クラックブリッジング機構により生じるクラックシールディングにより、PMMA単体の値より小さくなった。以上から、図4のように(i)界面の部分剥離、(ii)クラックトラッピング、(iii)クラックブリッジング、の一本の繊維に対するクラック-繊維間相互作用をモデル化することができた。

図4 一本の繊維によるクラック-繊維相互作用の素過程
5マトリックス破壊過程に及ぼす繊維配列の影響

 繊維体積率一定で繊維の直径の異なる炭素繊維(C)強化PMMAモデル複合材料(C/PMMA)を用いて多数本の繊維の場合の相互作用を実験的に調べ、繊維配列のクラック安定性に及ぼす影響、マトリックス初期クラックが繊維にブリッジされたクラックに成長する過程を調べ、その条件を考察した。

図5 繊維強化セラミックスのRカーブの膜式図

 多数本の繊維を含むC/PMMAの破壊挙動は前章のSiC/PMMAと全く同様であった。クラック-繊維相互作用によりC/PMMAの荷重は以下のように変化した。クラックがマトリックス中を進んでいる間は荷重が低下し、その後クラックが繊維に到達しクラックトラッピング機構が働くと負荷荷重は増加し、クラックが繊維を通過する直前に最大値をとり、再びクラックの進展とともに低下した。負荷荷重の変動は繊維直径が大きくなるほど大きくなり、最も小さな繊維直径のものでは負荷荷重の変動はみられなかった。図5はC/PMMAのRカーブを模式的に表したものである。C/PMMAの破壊抵抗(K)はK=Ki+Kbridge(a)+Kbow()で表される。ここで、Kiは全体の弾性率の向上による高靭化寄与分を補正したマトリックス単体の破壊靭性値、Kbridge(a)はクラックブリッジングによる寄与分、Kbow()はクラックトラッピングによる寄与分である。理論的に求められるRカーブと実験から得られたRカーブはよく一致した。

6結論

 CMCのクラック-繊維間の相互作用がをその場観察よりモデル化し、クラック進展過程と繊維の相互作用を明らかにした。クラック-繊維間の相互作用は以下のようになると考えられた。(1)クラックが繊維に到達する以前の繊維による弾性拘束効果、(2)クラックが繊維に到達した後のクラックトラッピング機構、(3)クラックが繊維を通過した後のクラックブリッジング機構である。また、最大限に相互作用を発揮させ、マトリックス初期破壊の発生または成長を妨げるには、弾性率の大きな繊維の複合化、クラックが繊維に到達するまで剥離しない界面、内包欠陥程度の繊維間隔、大きな直径をもつ繊維の複合化、が必要であると結論された。

審査要旨

 本論文は、連続繊維強化セラミックスにおけるマトリックスの初期破壊からクラックブリッジングに至る過程で生じるマトリックスの微視破壊現象を、界面の力学特性、繊維の幾何学的配列などに着目して調べ、連続繊維強化セラミックスのマトリックス初期破壊応力向上に必要な材料学的要因を明らかにしたもので、全文は6章より成る。

 第1章では、従来の研究結果を整理し、連続繊維強化セラミックスのノッチ敏感性、非線形変形挙動といった力学的な特徴は、マトリックスや界面の破壊が累積的に起こり、損傷が蓄積されることで達成されることを詳細に記述した。その結果をもとに、連続繊維強化セラミックスの破壊過程、クラック-繊維相互作用、破壊抵抗の定量的評価の必要性を指摘するとともに、本論文の目的を述べている。

 第2章、第3章では、積層モデル材料を用いてマトリックス中の初期クラックの破壊からマトリックスクラックが繊維に到達するまでの過程を考察している。

 第2章では、クラック周囲応力場の有限要素法解析を行い、クラック安定性に与えるクラック-繊維相互作用の影響を明らかにしている。すなわち、マトリックス初期クラック進展抵抗を大きくするには、繊維とマトリックスのヤング率比を大きくすること、繊維間隔が初期欠陥より大きい範囲では、繊維間隔を小さくすることが有効であることを明らかにしている。また、界面での応力分布を求めることにより、マトリックス中に生じたクラックが界面に到達する過程は、界面のせん断剥離を伴う場合、界面の引張剥離を伴う場合、界面剥離を伴わない場合の三種類に分類できることを示した。これらの結果をもとに、クラックの安定性にはクラックが界面に到達するまで界面剥離が生じないことが必要であることを明らかにしている。

 第3章では、PMMAとガラスの積層複合材料を作製し、その破壊過程を観察することにより第2章の結果を実験的に検証している。レーザーコースティックス法を用いてクラック先端部での応力拡大係数を求め、負荷荷重から求められる応力拡大係数と比較し、高いヤング率を持つ強化相によるクラックの拘束効果により積層複合材料では見かけの破壊靭性値がクラックが界面に近づくほど大きくなることを検証している。同時に、破壊挙動のその場観察からクラックは界面剥離の発生により安定性を失うことを検証した。さらに、有限要素法解析を用いて界面のはく離応力を求め、界面はく離のクライテリオンとしての使用を検討している。

 第4章では、連続SiC繊維強化PMMAモデル複合材料およびガラス繊維強化PMMAモデル複合材料を用いてクラックが繊維を通過する過程をその場観察し、クラック-繊維間相互作用は、繊維による弾性拘束、界面の部分剥離による弾性拘束の開放、クラックボウイング、クラックブリッジングの順に働くことを明らかにしている。

 第5章では、繊維体積率が一定で繊維直径の異なる連続炭素繊維強化PMMAモデル複合材料を用いて多数本の繊維の場合の相互作用を実験的に調べ、繊維配列のクラック安定性に及ぼす影響を調べるとともに、マトリックス初期クラックが繊維にブリッジされたクラックに成長する条件を調べている。同時に、クラックボウイング、クラックブリッジングによる高靭化を定量評価している。

 第6章は論文全体を総括したものである。

 以上、本論文は、連続繊維強化セラミックスにおいて複合効果を最大限に発揮させ、マトリックスの初期破壊の成長を妨げるための条件として、ヤング率の大きな繊維の複合化、クラックが繊維に到達するまで剥離しない界面、内包欠陥程度の繊維間隔、大きな直径をもつ繊維の複合化が必要であることを提案したものであり、複合材料工学に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と誌められる。

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