学位論文要旨



No 112622
著者(漢字) 芹澤,久
著者(英字)
著者(カナ) セリザワ,ヒサシ
標題(和) セラミックス系繊維強化複合材料の物理特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112622
報告番号 甲12622
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3900号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 炭素繊維強化炭素(C/C)複合材料やSiC系繊維強化型複合材料などのセラミックス系繊維強化複合材料は、比強度・比剛性に優れ、しかも耐熱性および耐食性などの耐環境性に優れた性質を有している。そのため、将来のスペースプレーンや核融合炉などの極限環境下での使用が期待され、開発研究が進められている。その中で複合材料全体の弾性特性については構造設計上、正確な値の測定および最適な特性値を有する材料設計の両方が求められている。特にセラミックス系繊維強化複合材料では、強化繊維の特性が複合材料全体に与える影響が大きいと考えられる。そのため複合材料中の繊維を中心とした、複合材料全体の特性と微細構造との相関の確立が必要であると考えられるが、これまで明確な理解は得られていない。

 本研究ではC/C複合材料およびSiC系繊維強化型複合材料について、複合材料中の繊維を中心に、弾性特性を含めた物理特性と微細構造との相関を明らかにすることで、材料設計の概念に基づいて、複合材料全体の特性を最適化するような微細構造を提示することを目的とした。本研究で得られた成果を以下に列記する。

1横振動型共振法による長繊維強化型複合材料の弾性特性評価法

 長繊維強化型複合材料のような内部構造が不均一な材料に対して、引張りや曲げ試験のような、限られた微小領域での弾性特性の測定では、弾性率のばらつきが大きくなる。そのため、ある程度大きさのある試料の平均化した弾性特性を測定する必要がある。そこで静電容量型横振動法を採用し、有限要素法を用いて共振状態の解析を行うことで、共振周波数から複合材料全体の平均化した弾性特性の測定を可能にした。

2UD-C/C複合材料の焼成温度依存性

 UD-C/C複合材料を構成する炭素繊維およびUD-C/C複合材料、この両者を作成する際の焼成温度を変化させることで、微細構造を変化させたUD-C/C複合材料を作成し、そのヤング率の温度依存性を調べた。特に、UD-C/C複合材料中の繊維のみの黒鉛化度を顕微ラマン分光分析法を用いて測定し、定量的な評価を試みた。

 UD-C/C複合材料のヤング率の測定温度依存性は、複合材料中の炭素繊維の黒鉛化度に敏感に影響して、正と負の依存性を示した。この二つの現象は、それぞれエントロピー弾性的現象とエネルギー弾性的現象と考えられた。そして、複合材料中の繊維の黒鉛化度が最も低い試料と高い試料のヤング率の温度依存性から、全ての試料のヤング率が両者の一次関数で表わせる結果を得た。さらにUD-C/C複合材料中の繊維のみのラマンスペクトルのピーク強度比から、複合材料全体のヤング率の温度依存性が推定可能であることを示した。

 またUD-C/C複合材料製造時の熱履歴によって、炭素繊維の黒鉛化度が影響を受け、本材料では、炭素繊維製造時の焼成温度より約400K低温から黒鉛化度の進行を確認した。そして、UD-C/C複合材料製造時の熱履歴によるヤング率の変化と、黒鉛化度および微細構造との相関について明らかにすることができた。

3UD-C/C複合材料の繊維の押込み試験

 UD-C/C複合材料では、複合材料全体の弾性特性に、複合材料中の炭素繊維が非常に大きく影響する。そして上記の研究結果から、C/C複合材料製造中の熱履歴により、繊維の特性および微細構造が変化することが明らかとなった。そこで、繊維の微小押込み試験を行い、有限要素法(FEM)による解析を併用することで、複合材料中の繊維のみの弾性特性を測定する手段の確立を試みた。

 UD-C/C複合材料の繊維の押込み試験では、SEM観察の範囲では、試験後の試料表面に圧子の圧痕を観察することはできなかった。しかしながら荷重-押込み深さ曲線はヒステリシスを描いており、エネルギー損失が生じていることが分かった。そこで、このエネルギー損失の原因を材料内部における繊維-マトリックス界面の剥離と仮定して、界面剥離を考慮した二次元軸対称FEMモデル解析を行った。その結果、新たな界面剥離モデルを構築することで、実験結果と解析結果とが良い一致を示した。これによりFEM解析に基づいて、UD-C/C複合材料中の炭素繊維の弾性特性(具体的には圧縮弾性率)が、推定可能であると考えられる結果を得た。また押込み試験中に生じると考えられる界面剥離が、従来の繊維強化型複合材料の場合とは大きく異なり、試験片内部から生じると考えられる解析結果も得られ、実験結果と良い一致を示した。

4UD-C/C複合材料の繊維方位依存性

 長繊維強化型C/C複合材料の物理特性は、強化繊維である炭素繊維の配向の影響を大きく受ける。そこでUD-C/C複合材料の弾性特性におよぼす繊維方位の影響を明らかにすることで、多方向強化型C/C複合材料の弾性特性の推定を試みた。

 UD-C/C複合材料のヤング率の繊維方位依存性が、直交異方性理論と良い一致を示す結果を得た。これより、直交異方性理論が適応可能と考えられる、積層による多方向強化型C/C複合材料のヤング率は、理論的に推定可能であると考えられた。一方、C/C複合材料は材料中に多くのポアやマイクロクラックを含むために、内部摩擦の繊維方位依存性については、理論的な推定が困難である結果を得た。

52D-C/C複合材料の焼成温度および再含浸回数の依存性

 炭素繊維の物理特性は大きな異方性を持つため、C/C複合材料を実用材として用いるためには、二方向以上の強化が必要とされる。そこで、実用材としての利用が期待される0/90積層の2D-C/C複合材料について、弾性特性に対する焼成温度および再含浸回数の影響を調べることにより、UD-C/C複合材料との相関の確立を試みた。

 2D-C/C複合材料の室温でのヤング率は、焼成温度および再含浸回数の増加にともない増加し、その増加傾向はUD-C/C複合材料の場合と同じ傾向を示した。そしてその増加の原因は、2D-C/C複合材料製造時あるいは再含浸中の熱履歴により、複合材料中の炭素繊維の黒鉛化が進行したためと考えられた。そこで直交異方性理論に基づいて、2D-C/C複合材料中の炭素繊維のヤング率を推定することで、その炭素繊維のヤング率の増加を定量的に評価することができた。しかし再含浸の影響については、再含浸中の熱履歴をより詳細に検討する必要があると考えられる結果を得た。

 一方、2D-C/C複合材料のヤング率および内部摩擦の温度依存性については、UD-C/C複合材料との間に明確な相関を見出すことはできなかった。そしてこの相関の確立には、複合材料中に存在する多数のマイクロクラックに対する検討が必要であると考えられた。

6C/C複合材料の中性子照射効果

 核融合炉への利用が期待される長繊維強化型C/C複合材料について、中性子照射初期過程におけるUDおよび2D-C/C複合材料の微細構造変化を調べ、UD材と2D材との相関についての知見を広げるとともに、プラズマ対向材料としての評価を試みた。

 照射量2mdpaまでの中性子照射においては、UD材および2D材のどちらとも、結晶化つまり黒鉛化が進行する結果を得た。しかし、20mdpa以上の照射では反対に結晶の微細化あるはアモルファス化の進行が認められ、それにともない物理特性も大きく変化することが予想される結果を得た。特に微細構造変化の影響を大きく受けると考えられる熱伝導特性については、照射によりこの特性が悪化することが予想された。また20mdpaの中性子照射では、2D材の方がUD材よりも照射による結晶の微細化が抑制される結果を得た。核融合炉のような非常に大量の中性子照射が予想され、しかも大きな熱伝導を要求される環境下では、UD材よりも2D材の方が有効と考えられる結果を得た。しかしUD材と2D材の微細構造変化の違いについて、明確な相関を見出すことはできなかった。

7SiC系繊維強化型複合材料

 最新の耐熱性が向上した2種類のSiC系繊維(Si-C-O繊維とSi-Ti-C-O繊維)を用いて、SiC系繊維強化型複合材料を作成し、その物理特性を調べC/C複合材料で得られた知見を基に、その物理特性の最適化への指針を得ることを試みた。

 Si-Ti-C-O複合材料のヤング率と内部摩擦の温度依存性が、Si-Ti-C-O繊維の特性に依存する結果を得た。そしてヤング率は温度の上昇にともない約1250Kまでは増加するが、それ以上ではわずかに減少する結果を得た。一方Si-C-O複合材料では、ヤング率が温度の上昇にともない単調現象する結果を得た。Si-Ti-C-O繊維よりもSi-C-O繊維の方が結晶化が進行していることから、このヤング率の温度依存性の違いは、UD-C/C複合材料の場合と同様、SiC系繊維の微細構造の違いによると考えられた。

 以上のように、まずUD-C/C複合材料について、複合材料全体の弾性特性と複合材料中の炭素繊維の微細構造との相関を明らかにし、同時に複合材料中の炭素繊維のヤング率の測定方法を見出した。これにより、UD-C/C複合材料の弾性特性の最適な材料設計への指針を提示することができた。次にUD-C/C複合材料と2D-C/C複合材料との室温でのヤング率について、直交異方性理論を用いることにより両者の相関を明らかにした。また、中性子照射による微細構造変化を定量的に評価した。この二つの知見を基に、2D-C/C複合材料の弾性特性を含めた物理特性の最適な材料設計への指針を提示することができた。そして最後に、SiC系繊維強化型複合材料の基礎的物理特性として弾性特性の温度依存性を明らかにし、今後のSiC系繊維強化型複合材料の物理特性の最適化への道を見出した。

審査要旨

 炭素繊維強化炭素(C/C)複合材料やSiC系繊維強化型複合材料などのセラミックス系繊維強化複合材料では、強化繊維の特性が複合材料全体に与える影響が大きいと考えられる。そのためセラミックス系繊維強化複合材料の最適な材料設計に際しては、複合材料中の繊維を中心とした、複合材料全体の特性と微細構造との相関の確立が必要である。本論文は、C/C複合材料およびSiC系繊維強化型複合材料について、弾性特性を中心とした物理特性と微細構造との相関を明らかにすることにより、材料設計の概念に基づいて、複合材料全体の特性を最適化するような微細構造を提示することを目的としている。そして、一方向強化型(UD)C/C複合材料全体の物理特性と繊維の微細構造との相関の解析、0/90積層の二方向強化型(2D)C/C複合材料とUD材との相関の検討、最新のSiC系繊維強化型複合材料に対するC/C複合材料との比較に基づいた解析を行った結果をまとめたもので、全体は最終章の総括を含めて10章からなっている。

 第1章は序論であり、セラミックス系繊維強化複合材料の物理特性-微細構造相関の基礎的研究の必要性について述べ、本論文の位置付けを行っている。第2章ではC/C複合材料とSiC系繊維強化型複合材料の微細構造と物理特性に関して、これまでに得られている知見を概説し、その物理特性-微細構造相関研究の現状についてまとめている。また内部摩擦について、これまでの理論を概説し、内部摩擦を用いた微細構造解析法の現状についてまとめている。第3章では、本論文で用いている横振動型共振法の弾性率および内部摩擦測定装置について概説し、さらに有限要素法(FEM)を用いた解析に基づいて、本装置の有効性を示している。

 第4章では、UD-C/C複合材料のヤング率の温度依存性と繊維の黒鉛化度との相関について、顕微ラマン分光分析法を用いた検討を行っている。その結果、複合材料全体のヤング率の温度依存性が、ラマンスペクトルのピーク強度比から推定可能であることを見出している。またC/C複合材料製造時の熱履歴によるヤング率と微細構造との相関を明らかにし、複合材料製造時の微細構造制御方法への進んだ理解が得られている。

 第5章ではUD-C/C複合材料中の炭素繊維の微小押込み試験を行い、同時にFEMによる解析を行うことで、複合材料中の繊維の弾性特性評価法の検討を行っている。その結果、新たな繊維-マトリックス界面の剥離モデルを構築することで、FEM解析に基づいてC/C複合材料中の炭素繊維の弾性特性が推定可能であることを示している。

 第6章ではUD-C/C複合材料のヤング率について、強化繊維の配向性の影響を検討し、実験結果と直交異方性理論とが良く一致することを示している。そして、この理論が適応可能であると考えられる積層の多方向強化型C/C複合材料については、そのヤング率が理論的に推定可能であると結論している。

 第7章では2D-C/C複合材料ついて、弾性特性におよぼす焼成温度および再含浸回数の影響を検討している。その結果、焼成温度および再含浸回数の増加にともない、複合材料全体のヤング率が増加することを示している。さらに直交異方性理論に基づいて、複合材料中の炭素繊維のヤング率の増加量を定量的に評価し、UD材と2D材との相関を明確にしており、2D-C/C複合材料の材料設計への進んだ理解が得られている。

 第8章では、中性子照射を行ったUD-C/C複合材料および2D-C/C複合材料の微細構造変化を検討し、2mdpaまでの照射では黒鉛化が進行するが、20mdpa以上では反対に結晶の微細化あるはアモルファス化が進行することを示している。また2D材の方がUD材よりも結晶の微細化が抑制されることを示し、将来の核融合炉への利用には2D-C/C複合材料の方が有効であると結論している。

 第9章では、最新の耐熱性が向上した2種類のSiC系繊維(Si-C-O繊維およびSi-Ti-C-O繊維)を用いてSiC系繊維強化型複合材料を作成し、その基礎的物理特性としてヤング率および内部摩擦の温度依存性について検討している。その結果、Si-Ti-C-O繊維を用いて作成した複合材料の物理特性が、強化繊維の特性に依存することを示している。また、Si-Ti-C-O繊維よりも結晶化が進行しているSi-C-O繊維を用いて作成した複合材料では、ヤング率が温度上昇にともない単調減少することを示している。そしてこの原因をUD-C/C複合材料の場合と同様に、強化繊維の微細構造に因るものであると考察している。

 これらの結果を基に、C/C複合材料およびSiC系繊維強化型複合材料について、材料設計の概念に基づいた、複合材料全体の弾性特性を中心とした物理特性を最適化するような微細構造像が示された。これらの成果は材料工学、特に長繊維強化型複合材料の最適な材料設計に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53956