学位論文要旨



No 112624
著者(漢字) 王,占杰
著者(英字)
著者(カナ) オウ,センケツ
標題(和) 粉末冶金アルミニウム-鉄合金における[110]優先方位形成機構の電子顕微鏡観察
標題(洋)
報告番号 112624
報告番号 甲12624
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3902号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 森,実
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨

 再結晶集合組織の研究は材料の性質を制御する重要な研究の一部となっている.例えば薄板の深絞り性はその再結晶集合組織の塑性歪み比r値に依存し,電磁鋼板の鉄損が2次再結晶集合組織のGoss方位の成分に依存するように,材料の性質はその集合組織に影響されるので,加工-再結晶のプロセスは集合組織の制御によって材料の性質を最適化しうるという意味も持っている.

 金属の再結晶集合組織は,加工組織の形成から焼鈍時における格子欠陥と異種原子,第二相粒子間の全相互作用までの複雑な過程を経て形成され,合金元素および微細分散粒子の存在によって著しく影響される。微細分散粒子により再結晶組織をコントロールすることによって,固溶体合金では得られないような優れた特性が得られることはODS起合金,TDニッケルのような高温材料の例を通して知られている.再結晶および再結晶集合組織に対する合金元素および分散相の影響について,多くの研究がなされているが,その働きのメカニズムはまだ分かっていない.従って,本研究では,急冷凝固合金粉末を原料とするアルミニウム-鉄粉末冶金合金を試料として合金元素および微細分散粒子が再結晶集合組織形成に及ぼす影響を電子顕微鏡によって明らかにすることを目的としている.

 急冷凝固-粉末冶金,押し出し,スウェージシグによって作製したAl-Fe合金の焼鈍試料の再結晶集合組織には特徴な〈110〉優先方位が生成することがすでに報告されている.この粉末冶金合金に特徴的な〈110〉優先方位を持つ巨大伸長粒の生成理由としてはつぎのような理由があげられている.

 i)微細分散粒子の周りに形成する特徴的な加工組織.

 ii)微細分散粒子と鉄の存在に基ずく特徴的な再結晶過程.

 しかしながら,その機構はまだ分かっていない.これを解明するために,電子顕微鏡を用いて,次の実験を行った.

 i)加工組織について,微細分散粒子の寸法と分布,加工セルの寸法と形状,微細分散粒子による特徴的な変形組織およびその方位分布を調べた.

 ii)回復組織について,回復粒の寸法と方位の分布,焼鈍中における微細分散粒子の寸法と分布の変化,回復粒の寸法および方位と微細分散粒子との関係を調べた.

 iii)初期再結晶粒の方位分布,初期再結晶粒の周りの回復粒の方位分布,再結晶界面における第二相粒子の分布をを調べた.

 iv)再結晶界面について,高分解能電子顕微鏡観察により,界面の構造,界面の移動機構を調べた.

 以上の実験にもとずいて,Al-2%Fe粉末冶金合金の再結晶集合組織の形成機構について,以下の事柄を明らかにした.

 1)急冷凝固時に微細粉末であった領域には,熱間押し出し加工時に過飽和固溶Feが準安定相の化合物Al6Feとして細かく析出した.スウェージング加工時に高密度の微細分散粒子の存在によって,その周りに転位の網目構造が形成し,保存された.このような強変形領域の方位には,<110>が高頻度であった.焼鈍時に,鉄がすでに平衡状態の固溶度になっているこの領域では,化合物粒子がAl6FeからAl3Feに変化するとともに,転位構造が優先的に回復し,この領域が優先的にサブグレイン成長可能な臨界寸法条件を満足して,成長したと考えた.

 2)加工組織には,同軸の方位を持つコロニー組織が形成された.

 3)コロニー組織になった回復粒の結晶粒界の性格には異方性があると認められた.即ち,一般的に,スウェージング方向に平行な粒界は一般粒界で,鉄が偏析,析出しやすく,スウェージング方向に沿って並んでいる棒状の第二相粒子が高頻度で形成された.再結晶粒の横方向の成長はスウェージング方向に沿って並んでいる棒状の第二相粒子の存在により抑制されていた.これは,粗大伸長粒の生成に有利な一因であると考えた.<110>方位の再結晶粒のスウェージング方向に成長する再結晶界面には析出した微細粒子がほとんど見られなかった.

 4)界面の高分解能電子顕微鏡観察の結果より,再結晶界面移動のメカニズムについて次のように考えた.再結晶界面はまず結晶粒界の三重点等の格子構造の乱れた所に成長点としての{111}面のステップを形成し,{111}面のステップが<112>方向に広がり伸びていくにつれて,<111>方向に沿って,再結晶界面の{111}面が一列ずつ回復粒内へ移動していく.

 5)<110>方位の再結晶粒と<100>方位の回復粒の間の再結晶界面では再結晶粒側では{111}面が界面と平行であるが,<110>方位の再結晶粒と<111>方位の回復粒と隣り合う再結晶界面には平行な{111}面が存在しないことが観察された.

 6) 4),5)より<110>方位の再結晶粒は<100>方位の回復粒のコロニー組織の中へ急速に成長して,巨大伸長粒になると考えた.

 7)<110>優先方位が生成するのはつぎの二つの理由があると結論した.

 i)再結晶の核生成位置-加工組織の強変形領域には<110>方位の存在する確率が高い.

 ii)<110>方位を持つ再結晶粒はスウェージシグ方向に沿う成長速度が速い.

 以上のように,Al-Fe粉末冶金合金に特徴的な<110>優先方位の粗大伸長粒が形成する原因が明らかになった.

審査要旨

 本論文は透過電子顕微鏡観察を主たる手段として,粉末冶金法で作製したアルミニウム-鉄合金の再結晶集合組織の形成機構を研究した成果をまとめたもので,全5章からなる.

 第一章は序論である.金属材料における再結晶集合組織制御の意義を述べるとともに,本研究の合金と類似した再結晶挙動を示す例を紹介し,再結晶集合組織形成機構の研究の現状および本研究で対象とした合金の研究の経緯をまとめている.すなわち,本研究の合金では,再結晶によって特徴的な[110]優先方位の形成が既に発見されていて,その形成機構の解明には電子顕微鏡の使用が必要,有効であることが述べらている.

 第二章では,粉末を固化して押し出し-スエージングした試料作製のプロセス,電子顕微鏡観察を中心として,本研究で用いた実験法を説明している.

 第三章では,観察結果を次のようにまとめている.

 (1)本研究で用いた合金において,同系のアルミニウム-鉄合金と同様に,再結晶によって伸張結晶粒が成長するとともに,[110]優先方位が発達することを確認した.

 (2)加工組織には,その中に微細な析出粒子を含む,比較的粗大なセル(高密度微細粒子領域)が存在する.このような領域の方位としては, [110], [100]などは存在するが, [111]は存在しない.一般のセルは[111] (または[100])方位のセルがスエージング方向に連続したコロニー組織を作っている.コロニー内の粒界は小角粒界である.

 (3)再結晶成長初期の結晶粒としても, [110],[100]などは存在するが,[111]は存在しない.これらの初期再結晶粒の中には微細粒子が高密度に存在する領域がある.

 (4)[110]方位の再結晶粒の縦方向(スエージング方向)に成長する界面は,平面状で再結晶粒の(111)面とマトリックスの(110)面がともに界面とほぼ平行になっているものが認められる.このような界面には析出粒子は,ほとんど認められない.

 (5)非[110]再結晶粒の縦方向の成長界面は,曲面状であり,その上に多くの析出粒子が認められる.

 (6)回復組織中のスエージング方向に平行な回復粒界面および再結晶粒の横(スエージング方向と直角)方向に成長する界面には,多数の板状析出粒子が存在する.

 (7)一般の回復組織中のマトリックス中,粒界粒界および粒界三重点での析出粒子の密度および寸法については,回復組織の方位による違いは認められない.

 (8)高分解能電子顕微鏡観察によって,粒界三重点において再結晶粒の(111)面上にステップが生成し,そのステップの移動によって,再結晶界面の移動する場合のあることが発見された.

 第四章は考察である.

 [110]方位の潜在的な再結晶核としては,観察(2),(3)に基づいて,加工組織中の高密度微細粒子を含む粗大領域がこれに相当すると結論した.粒界三重点での界面エネルギーの不均衡が回復粒成長の基本駆動力であり,微細粒子析出はマトリックスの方位の違いによる熱間加工中の転位組織の形成の違いによって支配されたものであり,加工中のセル寸法の形成およびセル方位の回転は熱間加工によって析出した微細粒子によって支配されるとすると,この核の成長機構は妥当と考えられると述べている.

 [110]方位の再結晶粒の縦方向への優先的成長に関しては,観察事実(4),(8)に基づいて,この方位の再結晶粒が, [111]および[100]方位のマトリックスに対して同時に,再結晶粒の(111)面に平行でかつマトリックス粒の(110)面にほぼ平行な界面を形成できることが,その優先成長の理由であると結論した.(111)面のステップによって移動できるこのような界面は,低エネルギー構造であって移動速度が大でかつ鉄の偏析が少ないので,界面上で析出が起きることなく,動けるとすると,この優先成長の機構は妥当と考えられると述べている.

 再結晶粒の横方向への成長速度が小さいことに関しては,回復組織中に析出した板状粒子による界面移動の抑制効果が,界面の方位と粒子の方位との関係に依存する可能性を指摘している.

 第五章は総括である.

 以上を要するに,本論文は,粉末冶金的方法によって作製したアルミニウム-鉄合金の棒に生成する[110]優先方位の形成機構を電子顕微観察によって調べ,加工および回復組織における[110]方位の特徴,縦および横方向に移動する再結晶界面の特徴,[110]再結晶粒の縦方向に成長する界面の特徴を明らかにした.これは,過飽和固溶体合金の再結晶過程,過飽和固溶体の再結晶を利用する集合組織制御法の理解の進歩に寄与するところ大である.特に,高分解能電子顕微鏡による再結晶界面における(111)面ステップの観察は,再結晶界面の移動機構に新たな知見を加えたものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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