学位論文要旨



No 112625
著者(漢字) 郭,樹啓
著者(英字)
著者(カナ) カク,ジュケイ
標題(和) Sic繊維強化Ti-15-3基複合材料の疲労に関する研究
標題(洋)
報告番号 112625
報告番号 甲12625
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3903号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 本論文はSiC繊維強化Ti-15-3基複合材料(以後:SiC/Ti-15-3)の疲労特性に関する研究をまとめたものであり、8章から構成される。本論文の研究を通して明らかとなったことを要約すると以下のようになる。

 第1章では現在までに研究、開発の行われてきた繊維強化金属基複合材料の特徴および現状を概説し、本研究で対象とした繊維強化Ti合金基複合材料の開発歴史と得られた複合材料の機械的性質を示した。その後、最近のSiC(SCS-6)繊維強化Ti合金基複合材料についての特徴、機械的特性を取り上げ、特に疲労特性に関する現状を詳細に説明するとともに、現状での問題点を明らかにし、本論文の目的を明確にした。

 第2章ではノッチのないSiC(SCS-6)繊維強化Ti-15-3基複合材料を用い、応力制御の引張り-引張りの疲労試験を行った。試験時の応力比(R)は0.1、周波数は2Hz、負荷荷重(a)は450、670、880MPaの3種類とした。疲労試験時の除荷弾性率の変化に着目し、試験時のヒステリシスループの変化を調べた。その結果、疲労時のヒステリシスループは負荷サイクルが一回目(N=1)では開いているが、N≧2以後では閉じたループになっていることが認められた。また、a=450、670、880MPaのいずれの場合も試験時の最小ひずみ()と最大ひずみ()はNの増加に伴ってともに増加することが明らかになった。

 疲労試験時の除荷応力-ひずみ関係から求めた除荷弾性率(Ec(N))と繰り返し数(N)の関係から、除荷弾性率(Ec(N))の繰り返し数(N)に対する変化は3つのステージに分けられた。ステージI(N≦10)では、繰り返し数の増加に伴ってがEc(N)/が急激に減少した。ステージIIでは、Ec(N)/は繰り返し数に依存せず、ほぼ一定であった。また、ステージIからステージIIへの変化はすべてのaでN≦10で生じた。ステージIでの除荷弾性率の減少は疲労初期の繊維の破断によって生じたものであった。ステージIIでは、繊維の破断は生じなかった。ステージIIIでは複合材料中のマトリックスクラックが進展することによりEc(N)/が急激に減少した。また、除荷弾性率の減少は一方向短繊維強化複合材料に用いられる弾性率の解析モデルを用いて定量的に説明できた。さらに、繊維の破断挙動に対する熱応力の影響を検討し、その原因が反応層の早期破断であることを明らかにした。

 第3章では走査型レーザー顕微鏡ならびに光学顕微鏡を用いて疲労試験時の疲労損傷挙動をその場観察するとともに疲労クラック進展速度を求めた。その場観察により、疲労試験時の複合材料の損傷は反応層の破断、界面剥離と滑り、繊維破断、破断繊維の近傍でのマトリックスクラックの発生の順に生じていることが明らかになった。疲労クラックの進展はマトリックス中を進展したクラックが隣接繊維に到達した後、その繊維の反応層と界面剥離、それに続く繊維破断後、クラックがマトリックス中に進展した。マトリックスクラックの発生はマトリックスの加工硬化率により支配され、クラック先端のマトリックスの硬さが6GPaの臨界値に達するとマトリックスクラックが生じることを明らかとした。

 また、マトリックスクラックの進展速度はクラック進展の初期にはクラック長さは繰り返し数の増加に伴って徐々に上昇し、クラックの長さが約300m以後では急激に増加した。これは繊維破断によりクラック進展速度が加速されたためであった。また、クラック進展速度はクラックが繊維に近ずくと、界面剥離前には繊維の存在による弾性拘束により減少するが、界面剥離が生じると弾性拘束の消滅により増加した。これらの結果により、ノッチのない場合のSiC(SCS-6)/Ti-15-3の疲労クラックの進展には繊維破断が大きく影響し、この現象がノッチのある試験片で生じるクラックブリッジング機構との大きな相違点であることが明らかになった。

 第4章では透過型電子顕微鏡を用いて反応層の微細構造の観察を行った。繊維とマトリックス間に界面反応層が存在し、Ti-15-3マトリックス側の反応層は平滑ではないことが確かめられた。この挙動は-Tiおよび-Tiと繊維表面コーティング層間での反応性が-Tiが-Tiよりも大きいことによるものであった。制限視野回折パターン解析ならびに反応物のEDS組成分析の結果から、界面反応生成物はTiC1-xとTi5Si3と同定された。また、制限視野回折の結果から、-Ti、-TiとTiC1-x間、およびTiC1-xとTi5Si3間に一定な方位関係があることが明らかとなった。さらに、高分解能格子像(HREM)観察結果から反応生成物間に整合界面を有すること、反応生成物とマトリックス間に半整合界面を示すことが明らかとなった。これらの結果を総合的に考察し、反応層中に存在する直径10〜50nm程度のミクロボイドによる応力集中が反応層の早期破断の原因であることを明らかにした。

 第5章ではSiC(SCS-0)、SiC(SCS-6)、疲労後複合材料から抽出したSiC(SCS-6)繊維の引張り強度を測定するとともに、透過型電子顕微鏡を用いて繊維の最表層のコーティング層の微細構造の観察を行った。コーティングのあるSiC(SCS-6)繊維の平均引張強度は3720MPaであるが、コーティング層がないSiC(SCS-0)繊維の平均引張強度は2350MPaであった。また、疲労後複合材料から抽出したSiC(SCS-6)繊維の平均引張強度は2350MPaであった。透過型電子顕微鏡観察よりSiC(SCS-6)繊維最表層のコーティング層は三層に大別されることが明らかになった。即ち、SiC(SCS-6)繊維側から(i)-SiC粒子分散炭素(TC:Turbostratic Carbon)(レーヤーI)(ii)-SiC粒子分散炭素の傾斜組成を持つ層が2層積層したもの(レーヤーII,III)である。SiC(SCS-6)繊維表面には深さ0.1〜0.2mの凹凸があり、コーティング層が密着していることによりこの部分での応力集中が緩和され繊維強度を高めていると考えられた。この事実をもとに、繊維破断機構がSiC繊維表面の凹凸に依存することを破面のフラクトグラフィーと破壊力学的手法により定量的に説明することができた。

 第6章では疲労前後の複合材料を用い、プッシュアウト試験およびプッシュバック試験を行って、界面せん断滑り応力に及ぼす(i)疲労負荷荷重(a)の影響、(ii)疲労繰り返し数(N)の影響を調べた。プッシュアウト試験時の最大荷重は疲労負荷荷重(a)、繰り返し数(N)の増加に伴って減少していた。最大荷重後の荷重-変位の関係はNまたはaに依存していた。Nまたはaが大きい場合には最大荷重後の荷重低下の割合は少なかった。これは試験時のマトリックスの塑性変形による応力緩和の影響が少なくなったためである。プッシュバック試験ではN=0の場合には明瞭なシーティングドロップ挙動が見られないが、疲労後複合材料ではシーティングドロップ挙動が見られた。

 界面せん断滑り応力()がクーロンの法則から=-(+)で表されると考え、定量的解析を行った。ここで、は摩擦係数、は熱応力による半径方向応力、は繊維表面粗さにより生じる半径方向応力である。ともに、rC1exp(-C2Nora)の形を仮定し(C1、C2は定数)、疲労に伴う界面せん断滑り応力の変化を解析的に求めた。その結果、疲労試験時の界面せん断滑り応力の低下は(i)滑り界面の磨耗、(ii)半径方向熱応力の緩和、によるものであることが明かとなった。

 第7章では二重コーティング層複合材料の製造とその疲労機構について述べた。第2章から第6章までの結果を通して得られた知見を整理し、ノッチのない場合の耐疲労特性向上機構を検討した。ついで、これらの結果から複合材料の疲労特性を向上させる手法を提出した。即ち、疲労試験時の繊維の早期破断を避けるためには、疲労試験中にSiC繊維からコーティング層が剥離しないことが必須であり、種々の検討の結果、二重コーティング層が有効であるとの結論を示した。

 この考えに基づいて繊維表面にCu/Mo、Cu/Wの二重金属コーティング層を施し、それらの繊維を用いてTi-15-3マトリックス複合材料を製造し、疲労試験を行って疲労損傷機構を調べた。第2、3章で示した条件と同一の試験条件下でクラック進展速度を比較検討し、二重コーティング層を有する複合材料では耐疲労特性が向上することが明らかとなり、本論文で得られた指針の有効性が検証された。

 第8章では得られた結果を総括した。

 以上のように、本論文ではノッチのないSiC(SCS-6)繊維強化Ti-15-3基複合材料の疲労特性に関して、その疲労損傷機構、疲労による力学特性変化、疲労時の繊維および界面の挙動ならびに複合材料の疲労特性を支配する要因を明らかにした。ついで、複合材料の耐疲労性を向上する新しい考え方を提案し、それを実証したものである。

審査要旨

 本論文は、一方向連続SiC繊維強化Ti-15-3合金複合材料の疲労損傷機構の解明と疲労損傷機構に基づく耐疲労損傷向上の機構を提案することを目的としたもので、全8章よりなる。

 第1章では、繊維強化Ti合金基複合材料の開発の歴史と得られた複合材料の力学特性を示している。さらに、最近のSiC(SCS-6)繊維強化Ti合金基複合材料について、疲労特性に関する現状を中心に記述し、現状での問題点を明らかにし、本論文の目的を明確にしている。

 第2章では、ノッチのないSiC(SCS-6)繊維強化Ti-15-3複合材料を用い、応力制御の引張-引張の疲労試験を行い、最大、最小ひずみおよび除荷弾性率の繰り返し数に対する変化を調べている。除荷弾性率の変化と繊維の破断挙動との関連性を求め、除荷弾性率の低下の主原因は繊維の破断によるものであることを明らかにした。また、除荷弾性率の変化を定量的に解析している。さらに、繊維の破断挙動に対する熱応力の影響を検討し、その原因が反応層の早期破断であることを明らかにしている。

 第3章では、走査型レーザー顕微鏡ならびに光学顕微鏡を用いて疲労試験時の疲労破壊挙動をその場観察するとともに疲労クラック進展速度を求めた。その結果から、クラック進展挙動、繊維破断挙動をモデル化し、ノッチのない複合材料の疲労損傷機構を明かにしている。即ち、反応層の早期破断は複合材料の疲労抵抗に大きな影響を示し、反応層の破断が疲労クラックを発生させる要因となっていること、マトリックスクラックの発生はマトリックスの加工硬化率により支配されることを明らかにした。また、マトリックスクラックは、破断繊維近傍で生じ、疲労の進行に伴って徐々に進展するが、クラックが隣接繊維に到達した後に隣接繊維が破断し、この破断が原因となってクラックの進展速度が大きくなることを明らかにしている。

 第4章では、透過型電子顕微鏡を用いて反応層の微細構造の観察を行い、反応層が早期破断する原因を検討している。制限視野回折パターン解析ならびに反応物のEDS組成分析から、界面反応生成物はTi1-xCとTi5Si3であることを明らかにした。これらの結果を総合的に考察し、反応層中に存在する直径10〜50nmのミクロボイドによる応力集中が反応層の早期破断原因であることを明らかにした。

 第5章では、SiC(SCS-0)、SiC(SCS-6)繊維および疲労後の複合材料から抽出したSiC(SCS-6)繊維の引張強度を測定した。また、透過型電子顕微鏡を用いて繊維表面のSCSコーティング層の微細構造の観察を行っている。これらの結果を通してSCSコーティング層の繊維からの剥離により繊維強度が低下する原因を検討している。SCSコーティング層はTC(Turbostratic Carbon)中に針状の-SiC粒子が分散した多重構造であること、SiC繊維表面には深さ約0.1〜0.2mの凹凸があり、SCSコーティング層は凹凸部での応力集中緩和を可能にするため、繊維強度をおよそ2倍に高める働きをしていることを検証している。また、繊維破断機構がSiC繊維表面の凹凸に依存することを、破面のフラクトグラフィーと破壊力学的手法により定量的に説明している。

 第6章では、疲労前後の複合材料の界面せん断滑り応力を、プッシュアウトおよびプッシュバック試験を行って求め、界面せん断滑り応力に及ぼす疲労負荷荷重の影響、繰り返し数の影響を調べた。その結果をもとに、疲労時の界面滑り磨耗による繊維表面粗さの有効振幅の低下とマトリックスの繊維半径方向圧縮応力の緩和が、界面せん断滑り応力を低下させる要因であることを明らかにしている。

 第7章では、第2章から第6章までの結果を通して得られた知見を整理し、ノッチのない場合のSiC(SCS-6)繊維強化Ti-15-3複合材料の疲労特性向上機構を検討した。ついで、これらの結果から複合材料の疲労特性を向上させる手法を提出している。即ち、疲労試験時の繊維の早期破断を避けるためには、疲労試験中にSiC繊維からSCSコーティング層が剥離しないことが必須であり、その一つの方法として二重金属コーティング層を提案した。繊維表面にCu/Mo、Cu/Wの二重金属コーティング層を施し、それらの繊維を用いてTi-15-3マトリックス複合材料を製造し、疲労試験を行った。第2、3章で示した条件と同一の試験条件下でクラック進展速度を比較し、二重金属コーティング層を有する複合材料では疲労クラック進展速度が小さくなることを証明している。

 第8章は得られた結果を総括したものである。

 以上、本論文は、ノッチのないSiC(SCS-6)繊維強化Ti-15-3基複合材料の疲労特性に関して、その疲労損傷機構、疲労による力学特性の変化、疲労時の繊維および界面の挙動、ならびに複合材料の疲労特性を支配する要因を明らかにし、その結果をもとに複合材料の耐疲労特性を向上する新しい考え方を提案し、それを実証したものであり、複合材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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