学位論文要旨



No 112627
著者(漢字) 小谷野,圭子
著者(英字)
著者(カナ) コヤノ,ケイコ
標題(和) Ti含有モレキュラーシーブの合成と応用
標題(洋)
報告番号 112627
報告番号 甲12627
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3905号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 橋本,和仁
内容要旨 緒言

 MFI、MEL構造を持つTS-1、TS-2は過酸化水素を酸化剤としたアルカン、アルケン、芳香族の酸化に活性な触媒である。また、分子サイズの細孔径を持つことから顕著な形状選択性を示す。本研究ではTS-1、TS-2の反応を制御している因子の検討を行った。さらに、ミクロボアを持つTS-1、TS-2では形状選択性が現れる反面、基質が拡散阻害を受けやすくbulkyな分子の反応には使用できないため、拡散阻害というゼオライトの欠点を補う新しい反応場の確立を目指して、近年合成が報告された均一な細孔を持つメソポーラス物質の骨格中にTiを導入し、酸化反応に応用した。また、それに先立ち、メソポーラス物質の合成条件の検討およびその物性の制御を試みた。

2実験

 TS-1、TS-2は、オルトケイ酸エチル(TEOS)、オルトチタン酸ブチル(TBOT)をSi、Ti源とし、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド(TPAOH)、またはテトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)を型剤として水熱合成により合成した。メソポーラスモレキュラーシープの合成においては、型剤としてアルキルトリメチルアンモニウムカチオンを使用した。また、それぞれのTi含有モレキュラーシープを触媒とし、過酸化水素を酸化剤としてアルカン、アルケン、芳香族の酸化反応を行った。

3結果と考察3.1TS-1,TS-2を触媒とした酸化反応における反応製御因子

 分子サイズ、極性の異なる基質の過酸化水素酸化を行ったところ、基質の分子サイズにより触媒細孔内への拡散が支配され、反応速度に影響を与えること、分子サイズが同程度の場合には基質の極性の影響を大きく受けることなどを見いだした。また、反応基質の極性により溶媒添加効果が異なることを見いだし、これが水相への基質の溶解性、溶媒による吸着阻害により支配されていることを明らかにした。

Fig.1 Oxidation of Hexane,2-Hexene,2-Penten-1-ol with H2O2 on H-and K-TS-1

 そこでさらに、チタノシリケートの表面性質について検討し、酸化活性との関係を調べた。TS-1をH2SO4、K2CO3で処理し、in-situ[Rで昇温しながら観察した結果、骨格内へTiを導入することにより親水性が増加すること、H2SO4処理によりシラノール基に起因する3740cm-1の吸収が大きくなり、K2CO3処理により小さくなることを見いだした。ヘキサン、2・Penten・1・olの酸化を行ったところ、図1に示すように酸化活性に及ぼすKの影響は基質の極性によって異なり、無極性なアルカンの酸化はKの存在により阻害されるが、極性基質である不飽和アルコールの酸化は阻害されにくいことがわかる。この理由としては、K型にイオン交換され、よりイオン結合性が強くなった活性点付近には、極性基を持たないヘキサンは近づきにくくなるため、活性が低下するが、極性基質である2・penten・1・olでは、イオン結合性が強くなった活性点付近への接近が阻害されないためにKの影響を受けにくいためと推測できる。

3.2メソポーラスモレキュラーシーブの合成とキャラクタリゼーション

 メンポーラスモレキュラーシーブの合成においては、リオトロピック液晶となる界面活性剤が型剤としての役割を果たす。原料比などを変えて合成を行った結果、型剤濃度を高くすることにより、ヘキサゴナル構造(MCM-41)から三次元細孔を有するキュービック構造(MCM-48)へと構造が変化することがわかった。合成したMCM-41、MCM-48はいずれも高表面積(1000m2/g)、均一な細孔径(約25A)を有している。これらの応用を考える際には、力学的強度、熱、水熱安定性が大きな問題となるため、まず最初に、その安定性について検討を行った。

 MCM-41、MCM-48のいずれも、乾燥窒素気流中1000℃で焼成しても構造の破壊は見られず、熱的安定性は極めて高く、また、水熱安定性も高いことがわかった。機械強度は低く、構造を破壊することなく成型するのは困難であるが、この問題は型剤を除去せずに成型することにより解決した。さらに、室温でNH4Cl飽和水溶液蒸気圧下で水を吸着させ、安定性を調べたところ、処理時間とともに構造の破壊が進んだ。NMR測定によると、図2のように、Q4の減少、Q3、Q2の増加が見られたことから、Si-O-Si結合が加水分解的に切れたために構造が破壊されたものと結論できた。水に対する安定性が低い理由としては、壁がアモルファス構造からできており、表面のシラノール基濃度が高く水が吸着しやすいこと、さらに、歪んだSi-O-Si結合が存在することから、吸着水によりSi-O-Si結合が加水分解を受けるためと考えられる。

Fig.2 Change of 29 Si MAS NMR Spectra of MCM-18
3.3Ti含有メソポーラスモレキュラーシーブの合成と酸化反応への応用

 原料比、Si源などを変えることにより、生成する構造を制御し、骨格中にTiを導入したMCM-41、MCM-48の合成法を確立した。窒素吸着から、Tiの導入による細孔径の変化は観察されなかった。

 過酸化水素を酸化剤とした酸化反応を行うためには、水に対する安定性が要求される。Ti-MCM・41の水蒸気に対する安定性を室温で調べたところ、ピュアシリカMCM-41より著しく低いことがわかり、3日間の処理によりメソ構造に起因する低角度側のピークはほとんど見られなくなった(図3)。そこで、安定性を高めるために、トリメチルシリル化による表面の疎水化を試みた(Scheme 1)。シリル化処理前後のサンプルはそれぞれTi-MCM-41(non-siol)、Ti-MCM-41(sil)と記す。

Scheme 1 Trimethylsilylation of Silanol Groups

 Ti-MCM-41(non-sil),(sil)のXRD測定から、構造、格子定数には変化が見られなかった。窒素吸着の結果、BET表面積ならびに細孔径の減少が観察され、さらに29Si MAS NMRよりQ2、Q3が見られなくなったことから、細孔内表面のシリル化が進行したと推測した。〔R測定より、Ti-MCM-41(non-sil)ではSi-Oに起因する吸収が960cm-1付近に見られたが、この吸収はTi-MCM-41(sil)ではほとんど観察されず、また、吸着水による3500cm1付近のブロードな吸収も大きく減少したことから、表面の疎水性が増したことがわかる。Ti-MCM-41(sil)では、20日間の処理を行ってもピーク強度はほとんど減少せず、疎水化により水に対して安定なメソポーラス物質を得ることができた。

 TG/DTA測定により、MCM-48(sil)の耐熱性を調べたところ、約440℃でメチル基の燃焼に伴う重量減少と発熱が観察された。Ti-MCM-41(sil)をさらに550℃で焼成すると、再び960cm-1のピークが増加するが、これは、シリル化剤のメチル基が燃焼し、シラノール基が生成したためであると推測できる。このTi-MCM-41(sil-cal)は、親水性を示すにも関わらず、水に対する安定性が高いことがわかった。これはMCM-41の壁が厚くなったことが一つの要因であると考えられる。以上により、シリル化、焼成を行うことにより、表面性質を制御した、安定なメソポーラス物質を得ることができた。

Fig.3 Stability of Ti-MCM-41

 また、シリル化前後のTi-MCM-41を触媒として、親水性基質である2-penten-1-ol、疎水性基質であるhexaneの酸化を行った。2-penten-1-olの酸化はTi-MCM-41(non-sil),(sil)のいずれを触媒として使用しても進行したが、より親水性の強いTi-MCM-41(non-sil)の方が高活性を示した。hexaneの酸化では、Ti-MCM-41(non-sil)は全く活性を示さず、過酸化水素の分解のみが起こったが、疎水性のTi-MCM-41(Sil)を使用するとアルコールの生成が見られた。これまで過酸化水素を酸化剤とするアルカンの酸化はTS-1、TS-2、Ti-以外では不可能であったが、Ti-MCM-41(sil)も活性を示したことから、アルカンの過酸化水素酸化において、活性点近傍の疎水性が活性を支配していると結論できる。

Table 1 Catalytic Activity of Ti-MCM-41 for Oxidation with H2O2

 骨格中への金属の導入により触媒活性を賦与し、さらに表面性質を制御することで、安定なメソポーラス物質を得ることができた。また、このTi含有メソポーラスモレキュラーシーブはシクロドデセンのエポキシ化反応にも活性を示したことから、従来、小分子に使用範囲の限定されていたゼオライトの応用範囲を大きな分子にまで広げることができたと考えている。

発表状況

 1)T.Tatsumi,K.Asano and K.Yanagisawa,"Zeolites and Related Microporous Materials: State of the Art 1994".(J.Weitkamp,H.G.Karge,H.Pfeifer and W.Holderich,Eds.),Elsevier Science B.V.,Vol.84,p.1861.1994.2)T.Tatsumi,K.Yanagisawa,K.Asano,M.Nakamura and H.Tomingag,"Zeolites and Microporous Crystals".(T.Hattori and T.Yashima,Eds.),Kodansha,p.417,1994.3)T.Tatsumi,M.Yako,K.Yanagisawa and K.Asano,"Catalysis of Organic Reacnons"(M.G.Scaros and M.L.Prunier.Eds.),Dekker.p.341,1994.4)K.A.Koyano and T.Tatsumi,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,145(1996).5)K.A.Koyano and T.Tatsumi,Proceedings of 11th Internatioanl Zeolites Conference,in press.6)K.A.Koyano and T.Tatsumi,Microporous Mater.,submitted 7)K.A.Koyano and T.Tatsumi,in preparation.(速報)

参考論文1)T.Tatsumi and K.Asano,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,1264(1993).2)小谷野圭子・辰巳敬、触媒,37,386,(1995)3)L-X.Dai,R.Hayasaka,Y.Iwaki,K.A.Koyano and T.Tatsumi,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,1071(1996).4)T.Tatsumi,Y.Watanabe and K.A.Koyano,J.Chem.Soc.,Chem.Commun.,2218(1996).
審査要旨

 本論文は、骨格中に酸化活性を示すTiを含む新規機能性材料としてのゼオライトの合成およびその触媒としての応用に関する研究をまとめたものである。

 第1章では、研究の背景および研究の意義について述べられている。

 第2章では、骨格中にTiを同型置換したチタノシリケートの中から、MFI(ZSM-5)構造を持つTS-1に着目した。このTS-1はアルカン、アルケン、芳香族などの過酸化水素酸化に活性を示し、約5.5Åの細孔径を持つことから、顕著な形状選択性を示すことが知られている。本研究では、この事実に基づき、反応および物理化学的手法を用いることにより、活性制御因子および活性点構造について機構論的な見地から詳細に検討を行い、粒子径が拡散に影響を及ぼし反応性や選択性を支配していること、溶媒添加効果が基質の極性により異なること、さらにアルカリ金属の存在による活性抑制効果が基質により異なることを見いだした。これらの知見から、反応が分子サイズだけでなく基質の極性に基づくゼオライト表面と分子の相互作用に依存しているという解釈を提案した。このような概念は、不均一触媒反応における反応条件の選定および触媒設計において重要と考えられる。

 TS-1を触媒として使用すると、その分子サイズオーダーの細孔径により顕著な形状選択性を示す反面、拡散阻害による反応速度の低下、大分子を細孔内で反応できないなどの欠点がある。そこで第3章では、拡散阻害というゼオライトの欠点を補う新しい反応場の確立を目指して、均一なメソポーラスゼオライト (MCM-41、MCM-48)に着目してその合成条件を検討し、不純物を含まないシリカベースのMCM-41、MCM-48の合成方法を確立した。第4章では、機械強度、水熱安定性などの安定性についての検討の結果、耐熱性には優れているが、低温での水に対する安定性が低く、室温で水蒸気にさらされると構造の破壊が起こることを見いだした。また、その構造破壊のメカニズムを解明し、その知見から、さらに、安定性を向上させるための手段を提案している。第5章では、特にトリメチルシリル化処理が有効であることを見いだし、これがメソポーラスモレキュラーシーブの構造に関係なく適用できることを明らかにした。この安定性は焼成によりメチル基を除去して表面を再び親水性としても保たれるという極めて興味深い結果を得ており、安定性が低いために応用範囲が制限されていたメソポーラスモレキュラーシーブ利用の可能性を著しく拡げるものと評価できる。

 次に第6章では、これらのメソポーラスモレキュラーシーブの骨格中にTiを導入するために、原料比、ケイ素源、母液調製法などを詳細に検討し、骨格外Tiを含まないTi含有メソポーラスモレキュラーシーブの合成に成功した。このTi-MCM-41、Ti-MCM-48は、分子サイズの大きなアルケンのエポキシ化にも活性を示したことから、これまで小分子の反応に使用の制限されていたチタノシリケートの触媒としての応用範囲を拡げた。さらにシリル化処理を行い表面を疎水性にすることにより、これまでTS-1、TS-2、Ti-以外では不可能であったアルカンの過酸化水素酸化を達成した。

 以上のように、本論文は、Ti含有モレキュラーシーブの触媒としての可能性を拡げ、触媒としてのメソポーラス物質設計における基本概念を提案したものである。機構論的な検討を行うことにより、これまでのメタロシリケートではなし得なかった大分子の反応にも適用できるメタロメソポーラスモレキュラーシーブの一般的な合成法を確立した。さらに、表面修飾による触媒システムとしての発展がなされており、固体触媒ではありながら、分子論的に明確に制御された触媒の構築の可能性を示唆した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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