学位論文要旨



No 112629
著者(漢字) 小谷野,岳
著者(英字)
著者(カナ) コヤノ,ガク
標題(和) 酸化物触媒の表面構造と触媒機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 112629
報告番号 甲12629
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3907号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 1緒言

 触媒は同じ組成であっても構造が異なると反応性が変化する.特に結晶の表面構造や,触媒表面上に担持されている活性種は大きく影響する.活性点の構造とその反応性を対応させることは,新規触媒の開発に有効な指針を与え,また,学問的にも興味深い.そこで本研究では実触媒の表面の活性点構造を明らかにすることを目的とした.バルク構造が明らかな結晶性酸化物触媒の例としてピロリン酸ジバナジル((VO)2P2O7)を,表面修飾により得られた酸化物触媒としてCoOx/ZrO2を用い,物理化学的手法によりその表面構造と触媒機能について検討した.

2実験

 3種類の(VO)2P2O7(C-1;水溶液法で得た粒子状結晶,C-3;有機溶媒法で調製したバラの花状結晶,C-4;VOPO4・2H2Oを還元して得た平板状結晶)を調製した.酸素酸化の温度・時間を変えて触媒の酸化度を制御した.酸化度はマイクロバランスで求めた重量変化から計算し,以下の2種類の方法で表記した.NL:表面酸化層数(=全V5+/表面に露出したV)およびxinVPO4.5+x:バルクの平均酸化数.表面の酸化還元の様子はXRD,ラマン分光法,IR,XPSで,バルクの構造はXRD,EXAFS,TEDで解析した.反応はパルス反応(ブタン;6.0x10-7mol)および定常反応(ブタン:0〜1.5%,O2;20%,N2バランス)で行った.触媒は773Kで1時間N2気流中で前処理した.また,CoOx/ZrO2は通常の含浸焼成法で調製したもの(CoOx(C)/ZrO2(焼成温度)と記す)およびプラズマ酸化で調製したもの(CoOx(P)/ZrO2(焼成温度))を用いた.

3酸化還元処理にともなうピロリン酸ジバナジル表面の構造変化1,2)

 触媒の酸化還元の状態を酸化温度及び時間で制御した.Fig.1に酸化に伴うラマンスペクトルの変化を示す.酸化処理前には(VO)2P2O7に由来する923cm-1の単独ピークが観察された(Fig.1a).酸化が進むにつれ,937,1020,1090cm-1のピークが成長した(Fig.1b,c).これらのピークはX1相のピークパターンとよく一致した(Fig.1d).及び-VOPO4(Fig.1e,f)は観察されなかった.XPSのV5+とV4+のピーク比から,光電子の平均自由行程および光イオン化断面積を用いた計算によると,酸化によって生成したX1相は表面近傍に存在していることが明らかとなった.Fig.2にVPO相のVK-edge EXAFSを示す.X1相では1.5〜2.2Å付近と3.15Åにピークが観察された(Fig.2a).1.5〜2.2ÅのピークはV-Oに由来するピークである.3.2Å付近のピークはV-P及びペアサイトV-Vの距離に対応している.このピークはペアサイトをもたない及び-VOPO4で観察されない(Fig.2b,c)が,ペアサイトを持つ(VO)2P2O7及びVOHPO4・0.5H2Oで観察される(Fig.2d,e)ことから,このピークへのV-Pの寄与は小さくV-Vペアサイトの存在を示していると結論できる.電子線回折および粉末XRDの結果から,X1相はC2vの対称性をもつ,斜方晶系の構造で,格子定数はa=8.22,b=9.40,c=8.21Åと決定した.以上の結果からX1相はFig.3に示すようなペアサイト構造を持つ,(VO)2P2O7と類似した構造が提案できる.

Fig.1 Changes in Raman spectra upon oxidation.Oxidation state of(VO)2P2O7(C-3)is(a)x=0(NL=0,300K),(b)x=0.047(NL=0.49,733K),and (c)x=0.25(NL=4.9,773K).Raman spectra of VPO5;(d)X1 phase,(e)-VOPO4.and(f)-VOPO4Fig.2 Fourier transform of V K-edge EXAFS of(a)X1 phase,(b)-VOPO4,(c)-VOPO4(d)(VO)2P2O7(C-3),and(e)VOHPO4・0.5H2O.Fig.3 Proposed structure for X1 phase
4ピロリン酸ジバナジル表面でのMA生成に有効なレドックス機構の検討3,4)

 表面に生成したX1相とブタンの反応性をマスパルス反応とラマン分光法で検討した.酸化還元にともなうラマンスペクトルの変化をFig.4に示す.(VO)2P2O7(Fig.4a)を733Kで酸化し(NL=0.94)生成した表面X1相(Fig.4b)にブタンパルスを733Kで連続的に導入した.34パルス後にはX1相のピークが消失し,再び(VO)2P2O7に由来する923cm-1のピークのみが観察された(Fig.4c).Fig.5にブタンパルスによる触媒の還元過程での気相生成物の転化率及び選択性の変化を示す.触媒が還元されるに従い,転化率は減少するが,MA選択性はやや上昇し約40%と比較的高い値を示した.-VOPO4では常に選択性が8%以下であったことを考え合わせると,(VO)2P2O7X1相のレドックスがMA生成に有効で,-VOPO4を含むレドックスは選択性が低いと考えられる.

Fig.4 Changes in Raman spectra upon O2-oxidation and butanereduction.(a)(VO)2P2O7(C-3),(b)(VO)2P2O7oxidized at 733K(x=0.047,NL=0.94),and(c)after the pulse reaction of n-butane over oxidized(VO)2P2O7.Catalyst:(VO)2P2O7(C-3),200 mg(surface V=1.3×10-5mol).Pulse size of n-butane=6.0×10-7mol.A total of 34 pulses of n-butane was introduced at 733K.Arrows show the peak positions for X1 phase.

 次に試作したin situセルを用い,実際の反応条件下での触媒表面の変化をラマン分光法で観察した.標準状態の反応(733K,20ml/min,ブタン;1.5%,O2;17.5%,N2バランス)では,C-1,C-3ともに変化は観察されなかった.ブタン分圧を下げ,徐々に酸化雰囲気にしていくと,C-3ではX1相の,C-1ではX1相に加え及び-VOPO4のピークが観察された.その後にブタン分圧を徐々に上げ標準状態に戻したところ,C-1及びC-3ともに再び(VO)2P2O7に由来するピークのみとなった.最初の標準状態でのMA選択性(C-1;47%,C-3;52%)に比べ,ブタン分圧が低く(0.25%),C-3ではX1相が,C-1では及び-VOPO4が現れる条件では選択性が低下した(C-1;23%,C-3;21%).ブタン分圧を再び標準状態に戻したところ,C-3ではMA選択性が61%と初期より高い値を示すのに対しC-1では29%と選択性は元に戻らなかった.これらの結果は先のX1相はMA生成に有効であるという結果と一致する.

Fig.5 Conversion of n-butane and selectivity of maleic anhydride in the pulse reaction as a function of oxidation state of(VO)2P2O7.(VO)2P2O7(C-3)was pretreated in and O2 flow at 733K for2h(x=0.047,NL=0.94).(□)conversion,(○)selectivity to MA,catalyst weight;200mg.Pulse size of n-butane=6.0×10-7mol.Flow rate of He:60 cm3min-1.Solid marks show the results of the first pulse.
5ピロリン酸ジバナジル結晶面によるレドックス機構の異方性の検討5)

 当研究室では(VO)2P2O7の(100)面はMA選択性に有効で,サイド面では主に燃焼反応が進行することを報告している.a)サイド面が2%しかないC-3及びC-4では酸化によりX1相しか観察されなかったが,サイド面の割合の大きいC-1(サイド面;40%)ではX1相に加え及び-VOPO4が生成した.これは面により酸化して現れる相が異なるためであると考え,破断によりサイド面を増加させたサンプル(C-4(fr);サイド面9%)の酸化によるラマンスペクトルの変化を検討した(Fig.6).C-3およびC-4では733K酸化によりX1相のみが生成した(Fig.6b,c).C-4(fr)を酸化したところ,X1相のピークと共に及び-VOPO4に由来するピークが観察された.このことは酸化により新しく露出したサイド面に及び-VOPO4が、(100)面にはX1相が生成したことを示している.このことはX1相はMA生成に有効で,及び-VOPO4では選択性が低下することを考慮すると,(100)面は高選択的であるという以前の報告a)と一致する.

Fig.6 Raman spectra of (VO)2P2O7 of different crystallites shape.(a)Before and (b)after oxidation of rose petal like crystallite. After oxidation of (c)plate like crystaliltes and (d)fractured plate like crystallites.
6燃焼触媒の調製法の検討6,7)

 表面を改質した系については,プラズマ酸化により調製したCoOx/ZrO2で検討した.通常含浸法に比べ,プラズマ処理を加えた触媒ではCO酸化活性,プロパン酸化活性共に約3倍に向上し,Pt/Al2O3やLa0.8SrO2CoO3よりはるかに高い活性を示した(Table 1).XRDではCoOxのピークはブロードで小さかった.Co3O4の(311)面のピークの半値幅から粒径を見積もったところ,5wt%Co3O4(P)/ZrO2(300)で96A,5wt%Co3O4(P)/ZrO2(573)で102A,5wt%Co3O4(C)/ZrO2(573)で125Aとなった.酸化により生成したCoOxはEXAFSより岩塩型のCoOではなくスピネル構造のCo3O4として担持されていることが明らかとなった.XPSのCo及びZrピーク強度比から光電子の平均自由行程および光イオン化断面積を用いCo3O4によるZrO2表面の被覆率を求めたところ,プラズマ処理後のCoOx/ZrO2の方が被覆率が高く,高分散に担持されていることが明らかとなった.また吸着COのIR測定からも同様の結論が得られた.さらに,COの不可逆吸着によりCo3O4の分散度を見積もったところ,CO及びプロパンの酸化活性と直線関係が得られた(Fig.7).プラズマ処理中のサンプルの温度は反応直後の試料管の温度から約373Kと見積もられた.これらのことからプラズマ処理では低温でCo3O4/ZrO2を調製できるため,担体表面でCo3O4が高分散になり,高い活性を示すことが明らかとなった.

Table 1. Catalytic Activities for Oxidation of CO or PropaneFig.7 Relationship between catalytic activity and dispersion of CoOx of CoOx/ZrO2.□;oxidation of CO,○;oxidation of propane.
【引用文献】

 a)T.Okuhara et al.,ACS Symp.Ser.523,Catalytic Selective Oxidation (Am.Chem.Soc.,Washington,(1993)p.156;K.Inumanru et al., Chem.Lett.,(1992)1955.

【発表状況】

 1)触媒,38(1996)334.2)Submitted.3)Catal.Lett.,32(1995)205-213.4)To be submitted.5)Catal.Lett.,41(1996)149.6)石油学会誌,36(1993)402.7)J.Chem.Soc.Faraday Trans.,92(1996)3425-3430.

審査要旨

 本論文は「酸化物触媒の表面構造と触媒機能に関する研究」と題し,触媒表面の活性相の構造と反応機構について,各種のキャラクタリゼーションの手法を用いて検討し,触媒表面の構造と触媒機能の相関に関し新しい知見や解釈を得たものであり,全6章からなる.

 第1章は序論で,酸化物触媒と酸化反応について従来の知見をまとめ,特に,反応性の低い低級アルカンの選択酸化について詳しく解説するとともに本研究の目的,意義を述べている.

 第2章では,酸化還元処理にともなうヒロリン酸ジバナジル((VO)2P2O7)表面の構造変化について検討した結果をまとめている.ラマン分光法により(VO)2P2O7はO2酸化によりX1相になり,X1相はブタンによって還元されて可逆的に(VO)2P2O7に戻ることを明らかにし,ついで,XPSの検討から,酸化によって生成したX1相は(VO)2P2O7表面近傍に存在していることを推定している.さらに,表面X1相の構造について,粉末XRD,EXAFSおよび電子線回折の結果から,V-O-Vペアサイトを有する(VO)2P2O7と同様の層状構造であることを提案している.

 第3章では,ブタン選択酸化反応における(VO)2P2O7表面の酸化還元機構について考察している.パルス反応とラマン分光法の組み合わせにより,(VO)2P2O7上のブタン選択酸化反応が(VO)2P2O7相とX1相との間の酸化還元機構により進行することを,定常反応中の触媒表面は約10〜20%が酸化されていることを明らかにしている.また,(VO)2P2O7が酸化されるときに表面に-VOPO4が現れると,還元されても再び(VO)2P2O7には戻らず,選択性低下の原因となることを推論している.さらに,昇温時のラマンスペクトルの変化より,反応の活性酸素種はV-O-Pの架橋型格子酸素であることを,また,CO吸着のIRスペクトルの解析から,(VO)2P2O7表面のルイス酸点がブタンと強く相互作用することを示唆している.

 第4章では,(VO)2P2O7結晶表面上の酸化還元により生成する構造の異方性について主としてラマン分光法を用いて検討している.(100)面は酸化によりX1相を生成するが,これに直交するサイド面は-VOPO4へと変換されること,さらにX1相と-VOPO4の界面では-VOPO4に変換されやすいことを示している.(VO)2P2O7の(100)面が選択酸化に有効で.あることを結晶面ごとの酸化還元挙動の相違で説明している.すなわち(100)面ではX1相を含む酸化還元で反応が進行するため無水マレイン酸選択性が高く,サイド面は選択性の低い及び-VOPO4が生成するため,無水マレイン酸選択性が低いとしている.

 第5章では,担持系酸化物触媒のキャラクタリゼーションを行った結果について述べている.プラズマ酸化によりCO及びプロパン酸化に高活性なCoOx/ZrO2を調製し,EXAFSによりこの触媒はスピネル型Co3O4がZrO2上に担持された構造であることを示した.さらに,XRDおよびXPSから酸化物の粒径は30A以下であると推定している.このようにプラズマ酸素処理は低温で酸化処理できるため,通常の含浸焼成法で調製した触媒に比べ分散度が高くなる結果,プロパン及びCO酸化反応で高活性を示すことを結論している.

 第6章は総括である.

 以上,本論文は結晶性複合酸化物と担持系酸化物を取り上げ,その表面構造と触媒活性の発現に関して新しい有用な知見を得たものである.特に,工業的に有用な低級アルカンの選択酸化に用いるV-P酸化物触媒の活性点構造とその酸化還元機構の詳細を明らかにしたことは意義深く,触媒工学,材料化学,有機工業化学に貢献するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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