内容要旨 | | 1序 本研究の目的は,二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry;SIMS)の微小領域三次元定量化への発展に不可欠な諸現象の解析を行う点にある.SIMSは固体表面にイオンビームを照射した際に放出される二次イオンを質量分析する表面分析手法であり,高感度な深さ方向元素分布分析が可能である.このため,半導体材料中の注入不純物の深さ方向分析には必須の手法である.近年,電子素子はサブミクロンスケールにまで微細化・三次元化されている.一方,大きさ数mの大気浮遊粒子状物質(SPM)の発生起源推定には,単一粒子の三次元元素分布が重要な情報源である.これらの分析には,空間分解能数10nm以下,ppmオーダーの三次元定量分析法が必要である.微小領域化の点では,一次ビームに直径0.1mまで収束可能なガリウム収束イオンビームを用いたGa FIB SIMSが開発され,shave-off法と呼ばれる微小粒子の一次元元素分布分析が可能となっている.しかしながら,SIMSは特定試料・実験条件での実用が優先し,粒子など不規則形状・不均一組成試料の三次元定量分析は次に挙げる諸現象の解析が進んでおらず,事実上なされていない.1)酸素による正二次イオン強度増大効果,2)イオン照射による試料組成変化,3)表面の凹凸に起因した複雑な試料形状変化.本研究では,微小領域に適用可能なGa FIB SIMSの三次元定量化へのアプローチとして,これらの現象を実験・理論両面から解析した.最後に,これらの知見を統合し,Ga FIBを用いた新たな三次元分析法を検討した. 2酸素による正二次イオン強度増大効果の解析 雰囲気酸素などによる正二次イオン強度増大効果は解析が進んでおらず,実験結果の定量的解釈が難しい.一方,増大効果は定量的取り扱いが成されれば,高感度化にも利用できる.そこで,増大量(=増大強度/ベース強度)の酸素分圧依存性を測定し,モデル計算による再現を試みた.計算では,増大効果はi)酸素吸着,ii)吸着酸素の打ち込み,iii)試科原子との化学結合形成,iv)化学結合解離という過程を経るとし,増大量が酸素濃度に比例するとして実験結果にフィッティングした. 図1に結果を示した.増大量は酸素分圧に対して飽和型の依存性を示し,FIBの走査面積が大きいほど増大量が大きいことがわかった.また,試料元素によって増大の見られる酸素分圧および増大量が異なった.計算結果はこれらの特徴を含め実験結果を定量的に再現した.異なる走査面積の実験結果を同時に再現したことは,増大量が酸素濃度に比例するとした仮定が妥当なことを示している.この計算では一度フィッティングを行えば,任意の分圧・ビーム条件での増大量を算出でき,実験結果の定量解釈と最適な高感度化条件設定が可能である. 図1:Al,Zn試料での正二次イオン強度増大量の酸素分圧依存性3注入一次イオン種(Ga)の内標準化 Ga FIB SIMSでは一次イオン種のGaが試料に蓄積し,Ga自身の二次イオンがマトリックスイオンと同程度の強度で観測されることが多い.これは試料の大きな組成変化を意味し,問題点であるといわれてきた.しかし,酸素ガス導入実験においてGa+強度も増大効果を受けることを見出した.そこで,酸素増大効果に対するGa+およびマトリックスイオン強度の振る舞いに着目し,注入Gaの新たな利用方法を検討した. 図2にCu試料でのGa+,Cu+強度およびCu+/Ga+強度比の酸素分圧依存性を示した.強度比は酸素分圧に依存せず,両者は同じ増大効果を受けることがわかった.また,酸素が自然酸化膜の形態で存在する場合として,Coの自然酸化膜を除去する際の二次イオン強度を測定した結果(図3),Gaの試料への蓄積が定常に達した5分以降はCo+,Ga+強度は酸化膜除去(CoO+強度に反映)に対して同じ割合で減少した.これらの結果から,試料に蓄積したGaの二次イオン強度は酸素増大効果の定量的な指標となることがわかった.つまり,常に試料中に存在するGaを内標準として用い,酸素増大効果を受けた二次イオン強度の補正が行えること,また,定量分析の可能性を示すことができた. 図2:Cu+,Ga+強度及び強度比の酸素分圧依存性(試料:Cu)図3:自然酸化膜除去中の二次イオン強度変化(試料:Co)4試料エッチング形状のシミュレーション スハッタリング率は一次ビームの入射角度に依存し,形状効果と呼ばれている.このため,微粒子など複雑な形状の試料では,面内元素分布の定量的解釈が難しい.また,不均一エッチングが進行し,三次元分析の実現を困難にしている.このように,三次元定量分析には形状効果の解析も重要な点である.そこで,真球粒子をモデルとして,形状効果を考慮した試料形状変化のシミュレーションを行った. 図4(a)に実験結果を示した.FIB照射の結果,形状効果によって不均一エッチングが進行し,周辺部に複数のリング状突起が見られた.シミュレーション結果(図4(b))では,全体的な形状とリング状突起が再現された.次に,シミュレーションを用い,三次元分析のための微粒子加工方法を検討した.ここではshave-off走査と呼ばれる極低速走査を用いた.図5に示したように,粒子の断面が順次切り出され,しかも,断面は一定の形状を保つことがわかった.Shave-off走査では形状効果が無視でき,常に任意の分析断面か得られることを示している. 図4:FIB面走査によるエッチング形状(試料SiO2粒子(6.8m),a)実験,b)計算)図5:shave-off 走査による断面加工結果(135,673秒後,計算)5大気浮遊粒子状物質(SPM)の粒内元素分布分析 前述のように,Ga FIB SIMSにおけるshave-off走査では形状効果のない断面加工が可能であり,加工中の二次イオン強度変化は一次元元素分布(shave-offプロファイル)を示す.一方,粒子の平均組成情報は電子プローブマイクロアナリシス(EPMA)法により得られる.この二つの手法を一つの粒子に適用できれば一次元定量分析が行える.そこで,試料前処理方法と同一粒子特定方法を考案し,単一SPM粒子に適用した.図6に示したように,同一のSPM粒子からEPMAスペクトルおよびshave-offプロファイルが得られた.Ga FIB SIMSではNa,Mg,Kといった微量元素が新たに検出され,明瞭な元素分布を示した.この方法によって,単一微粒子の平均組成および高感度一次元元素分布分析が可能となった. 図6:同一SPM粒子の(a)EPMA,(b)Ga FIB SIMS分析結果(・Na+,●Mg+,○Al+,◇Si+,■K+,□Ca+,◆Fe+)6Ga FIBを用いた三次元定量分析装置の設計と試作 以上の結果から,微小粒子の三次元定量分析にはFIBによる断面加工と断面の二次元定量分析を繰り返すことが最適かつ唯一の方法であるという結論に達した.この考えを基に,FIBと電子ビーム(EB)を同時利用したデュアル収束ビーム装置を設計・試作した.FIBは断面加工用に,EBは断面の二次元オージェ定量分析に用いる.図7に真球粒子の断面加工結果を示した.FIB面走査による結果(図4)とは異なり.粒子の断面がシャープに切り出されたことがわかる.従来の方法では精密な試料加工が課題であったが,試作装置のFIB加工機能により,任意の断面が得られ,断面加工とオージェ分折を繰り返すことによって,三次元分析が可能となることが示された.FIB条件と断面形状の関係は4.シミュレーションによって考察が可能である(図5参照).また,断面の二次元定量分析にはEBを用いたオージェ分析の他に,より低濃度成分に対しては飛行時間型SIMSが適している.断面のSIMS分析においては2.酸素増大効果と3.Ga内標準法が感度・定量性向上のために重要な役割を果たす.ここで示した方法により,数m程度の任意形状の単一粒子に対して,空間分解能数10nm,ppmレベルで三次元元素分布分析が行えるものと考えられる. 図7:試作装置による微小粒子のFIB断面加工結果7結論 大きさ数m程度の微小粒子の三次元定量分析を実現するために不可欠となる酸素増大効果,注入一次イオン種の振る舞い,形状効果を解析した.各効果を実験的に明らかにしたとともに,計算によって重要な特徴を再現することができた.その結果,単一微小粒子の平均組成情報と高感度一次元元素分布を得る分析方法を達成した.さらに,FIBを用いた新たな三次元定量分析法を発案し,装置の設計・試作を行った.また,本研究で得られた知見は,従来型SIMSを含めてその基本部分に関わり,SIMS全般のさらなる発展にも寄与するものである. |
審査要旨 | | 本論文は"Study on Microanalysis of Solids by using Focused Ion Beam(収束イオンビームを用いた微小領域固体表面分析法の研究)"と題し,収束イオンビーム(FIB)を用いた微小領域三次元分析法実現のための重要な基礎を構築するために行った研究結果をまとめたものである.集積回路や大気浮遊粒子状物質(SPM)などの解析には,数m以下の微小領域における高感度・定量分析法の確立が切望されている.FIBを一次ビームとした二次イオン質量分析法(SIMS)は,その実現に最も近い存在であるが,微小領域分析においてはSIMSの本質的課題が顕著となる.本研究の前半ではこれらの課題に関わる諸現象を解析し,解決法を示している.後半では,個別SPM粒子を一つの分析対象とし,従来よりも格段に優れた単一粒子分析法を確立するとともに,FIBの試料加工機能を利用した新たな発想に基づく三次元定量分析法を示している.本論文は全7章から構成されている. 第1章"General Introduction"では,産業および環境科学における微小領域分析の現状と発展の必要性をまとめ,これに対する現状のSIMS分析の特に重要な未解決課題を見極め,従来の研究結果を考慮しながら本研究のアプローチを述べている. 第2章"Oxygen Enhancement Effect"では,雰囲気酸素による正二次イオン強度の増大効果をFIB SIMSの感度向上に利用することを目的とし,基礎実験と計算モデルについて述べている.実験では,正二次イオン強度を酸素分圧およびFIB走査面積の関数として精密測定し,酸素が存在しないとした場合に比べ,最大約150倍の感度向上が得られた.この結果に対し,増大効果は打ち込み酸素と試料原子の化学結合解離に起因するとした計算モデルを考案し,実験結果にフィッティングすることに成功した.これにより,任意の酸素分圧およびFIB条件での増大量の計算が可能となった. 第3章"Behavior of Ga+ Secondary Ion Intensity in Ga FIB SIMS"では,これまで試料汚染源として扱われてきた注入一次イオン種(Ga)の二次イオン強度が酸素増大効果に対し,試料イオンと同じ振る舞いを示すことを遷移金属試料において見出し,Gaを内標準とする定量分析法を提案している.さらに,Ga+強度変化がGaの表面濃度変化を反映することを理論式との比較から明かとし,Ga注入汚染の指標として利用できることを述べている. 第4章"Erosion of a Particle by FIB Bombardment"では,微粒子分析において最大の課題となる粒子の不均一エッチングについて,シミュレーションモデルを考案し,shave-off走査と呼ばれるFIB走査法による試料断面加工を詳細に検討している.これにより,均一試料の加工断面形状は一定に保たれ,試料初期形状には依存しないことを示し,三次元分析のためにはFIBを用いた微細断面加工が最適であることを述べている. 第5章"EPMA and SIMS Analysis of Suspended Particulate Matters"では,FIB SIMSによるshave-off分析を初めて単一SPM粒子に適用可能としている.さらに,EPMAとの同一粒子分析方法を考案し,同一SPM粒子の平均組成情報およびEPMAでは検出されない微量元素も含めた一次元元素分布を得ることに成功している. 第6章"Ion and Electron Dual Focused Beam Apparatus"では,単一微粒子の三次元定量分析法として,第4章で示しているFIBによる断面加工と断面の二次元分析を組み合わせるという新たな手法を考案している.さらに,構想を具体化し,FIBと電子ビームを備えた分析装置を独自に設計・試作し,本手法の優位性,分析性能について述べている. 第7章"General Conclusion"では,本研究結果が統括され,結論が述べられている.つまり,微小領域分析において顕著となるSIMSの本質的課題についての解決策が見出されたとともに,FIBの試料加工機能を有効に利用した二つの微小領域分析手法を示したことをまとめている. 以上のように,本論文は,数m以下の微細構造や微小粒子分析へのFIBSIMSの発展に重要な役割を果たす知見を与えている.つまり,酸素による増大効果,一次イオン種の振る舞い,形状効果という本質的課題に対し,実験・理論両面から検討し,現象の解釈および有効的利用方法を示している.ここで得られている知見はFIB SIMSのみならず,従来型SIMSあるいは各種イオンビーム分析法全般においても今後の発展に貢献するものであり,その功績は大きい.さらにこれを基に,FIBの試料加工機能に注目した新たな三次元分析法の立案・装置開発を行い,微小領域三次元分析法の基礎を構築している.この成果は,FIBの固体表面分析手法への応用の新たな展開を示すとともに,工業界や環境科学における的確な情報把握手段を提供するものである.よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |