学位論文要旨



No 112631
著者(漢字) 谷口,貢
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ミツグ
標題(和) モリブデン担持触媒の調製と触媒反応への応用
標題(洋)
報告番号 112631
報告番号 甲12631
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3909号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 講師 中村,育世
内容要旨

 Moは種々の反応(水素化脱硫、FT合成、水素化、酸化等)に活性を示す、重要な触媒成分元素である。本研究では既存のMo触媒の改良や新規な反応に活性を示すMo触媒の創製を目的として、Moが高分散に担持され、かつ構造が制御された触媒の新規な調製法を開発した。Fig.1示す不完全キュバン型構造を持つMo硫化物クラスター([Mo3S4(H2O)9〕Cl4)及び完全キュバン型構造を持つMoNi硫化物クラスター(〔Mo3NiS4Cl(H2O)9〕Cl3)をプリカーサーとした担持モリブデン触媒の調製と反応への応用を試みた。Mo硫化物クラスターは、4価の正電荷を持ち空気や水に対しても安定であるため、Moクラスターをプリカーサーとして用いることで従来困難であったMoのゼオライトへのイオン交換法による担持が可能になると考えられる。これまでモリブデン硫化物をイオン交換法によりゼオライトに担持した例は報告されていない。また、このMo硫化物クラスターの配位子は水であり有機物やアミン類を含まないため、前処理として焼成・予備硫化を行うことなく構造の明確なMo硫化物触媒の調製ができるという特徴がある。更にMoNi硫化物クラスターでは、NiがSを介してMoと結合しているためMoとNiとが均一に分散された触媒を得ることができる。Mo-Ni及びMo-Co系脱硫触媒の活性種の構造は未だ議論の渦中にあるが、現在提案されているいずれの活性点モデルもMoとNi(Co)が近接したものである。MoNi混合硫化物クラスターではNiがSを介してMoと結合しているためMoとNiとが均一に分散された触媒を得ることができ、脱硫触媒として用いた場合従来の触媒調製法に比べ効率的な脱硫活性点の形成が期待される。また、CO水素化反応への応用では、FT合成や混合アルコール合成に特異な活性を示すことが期待される。

Fig.1 Structure of Mo and Mo-Ni sulfide clusters

 イオン交換法によりMo及びMoNi硫化物クラスターをゼオライトに担持し、得られた試料の元素分析を行なった(Table 1)。すべての試料で担持後クラスターが塩素を失ったこと、HUSYを除く試料でカウンターカチオン(Na,K)の溶液中への溶出が観察され、イオン交換が進行していることが確認できた。ゼオライトの種類で比較したところ、孔路系が3次元であるNaY,HUSY,NaHを担体とすると導入したクラスターの90-100%がイオン交換されたのに対し、孔路系が1次元であるKL,NaMORを担体とした場合クラスターの導入率は75%前後にとどまり、イオン交換されなかったクラスターのためにゼオライト懸濁液のpHが比較的低くなった。イオン交換の際のクラスターの挙動を考察すると、細孔の入り口付近で一個のクラスターが担持された場合クラスターのかさ高さ(0.63nm)のため孔路系が1次元である細孔(KL:0.71nm;MOR:0.70x0.65nm)にはそれ以上のクラスターの進入及び担持は困難と考えられる。従って細孔の深い部分のイオン交換サイトは使用されずに残り、各細孔の入り口付近のサイトが交換しきった時点でイオン交換が進行しなくなったため、クラスターが細孔入り口付近に選択的に担持されたと解釈できる。

Table 1 Chemical composition of Mo3S4 and Mo3NiS4/zeolite catalystsFig.2 Fourier transforms of EXAFS data of (a)Mo cluster,(b)Mo3S4/NaY and (c)(b)treated in He at 573K

 イオン交換時に伴いゼオライト骨格の破壊が起こる可能性が考えられたが、XRD測定からゼオライト骨格がほぼ保持されていることが示された。MoK-edge EXAFSスペクトルの解析(Fig.2)を行なった結果、イオン交換前後で、スペクトルに大きな相違が見られなかったことからMoクラスターの構造がイオン交換後も保たれていることが明らかとなった。また熱処理を施したところ各シェル(Mo-S,Mo-O,Mo-Mo)ともピーク強度の減少が起こった。元素分析によると脱硫黄は起こっていなかったことから、各原子間の距離にばらつきが生じたものと考えられる。MoNiクラスターについても同様にNi K-edge EXAFSからクラスター構造が一部変化しているもののNi-Moシェルは担持後も残っていることが明らかとなった。

 得られた触媒をbenzothiopheneの水素化脱硫反応に供した結果(Fig.3)、すべてのMoクラスター担持ゼオライトで酸触媒的なデカンの分解及びアルキル付加・脱離が観察された。一方パラモリブデン酸の含浸で調製したAHM/zeoliteではそれらの反応は見られなかったことから、イオン交換法によるクラスターの担持に伴い酸点が生成したことが分かる。Mo3S4/KLとMo3S4/NaMORの脱硫生成物収率は、他のMo3S4/zeoliteに比べかなり高い値を示した。孔路系が1次元であるゼオライトで高い活性が得られたことは興味深い。AHM/NaYとAHM/KLではKLが高活性という傾向は見られず、ゼオライトの種類による担体効果の違いは原因とは考えにくい。元素分析の項で述べたKLとNaMORでのMoクラスターの偏在によって説明が可能である。一方Mo3S4/Al2O3の活性はゼオライトを担体とした触媒に及ばなかった。プリカーサーに含まれる塩素の残留、Mo種の低分散度が理由として考えられる。

Fig.3 HDS reactions over Mo cluster catralysts(0.5wt%-S)Fig.4 HDS reactions over Mo cluster catalysts(5.0 wt%-S)

 Mo3S4/KLをNiでイオン交換したNi+Mo3S4/KL(Ni/Mo=1/3)を調製しMo3NiS4/KLと活性を比較したところ(Fig.4)、BT転化率、脱硫生成物収率ともMo3NiS4/KLの方が高い値を示し、MoNiクラスターがプリカーサーとして優れていることが示された。MoNiクラスターをプリカーサーとして用いるとNiはMoと近接したまま触媒上に担持されるため、より多くの活性点が形成されたものと考えられる。また、Mo3NiS4/Al2O3はMo3NiS4/KLより高い脱硫活性を示したが、Mo担持量あたりで比較するとMo3NiS4/KLの方が高活性であり、KLがMoNiクラスターの担体として優れていることが明らかとなった。

 担持Mo硫化物クラスター触媒をCO水素化反応に適用した結果(Fig.5)、Mo3S4/SiO2がSchulz-Flory則に沿った炭素数分布を持つ炭化水素を生成したのに対し、全てのMoクラスター担持ゼオライトはC2選択率の高い特異な炭化水素分布を示した。Mo当たりの活性で比較すると、KL,NaMORの方がY型よりも高いという傾向が見られた。これは元素分析の項で述べたようにクラスターがゼオライトの細孔入り口付近に偏在しているとすることで説明できる。Mo3NiS4/NaYを反応に供した場合、Mo3S4/NaYに比べC1選択率の減少、C2-C4選択率の増加及び触媒活性の減少が見られた。特に、C2選択率は59%に達した。Ni+Mo3S4/NaYのC2選択率はMo3NiS4/NaYに及ばず、MoNiクラスターが選択的C2合成触媒のプリカーサーとして有効であることが明らかとなった。

Fig.5 Selective C2 synthesis over Mo cluster/zeolites

 Fig.6に示す様にMOクラスターを活性炭に担持した触媒はアルコール合成に活性を示した。Mo3NiS4/ACは、Mo3S4/ACに比べ高いアルコール選択率(90%)を与えた。但し、CO転化活性はより低かった。これはMo酸化物触媒であるMo/K/SiO2がNi添加によりCO転化率の増加、アルコール選択率の減少を示したことと対照的である。

 カリウムを添加した担体にMoクラスターを担持したMo3S4/K/AC(K/Mo=0.4)はカリウムを添加しない触媒に比べ高いCO転化率、アルコール収率を与えた。MoNiクラスターについてもカリウムを導入した結果CO転化率が1.6倍に増加し、アルコール選択率は93%に達した。CO転化率から見て十分な活性が得られたとは言い難いが、その原因のひとつとしてプリカーサーに含まれる塩素が触媒上に残留していることが挙げられる。

 NiをMo硫化物とは独立に含浸したNi+Mo3S4/ACは、Mo3S4/ACと比較してCO転化率の減少、アルコール選択率の増加が観察されたが、その変化はMo3NiS4/ACに比べ小さなものであった。

Fig.6 Alcohol synthesis over Mo cluster/AC
審査要旨

 本論文では、種々の反応(水素化脱硫、FT合成、水素化、酸化等)に活性を示す重要な触媒成分元素であるモリブデンが高分散に、かつ制御された構造で担持された新規な触媒の開発に関する研究をまとめたものである。中でもMo硫化物クラスター類をプリカーサーとした触媒はMo硫化物のイオン交換法によるゼオライトへの担持に成功した最初の例であり、担持後の触媒の構造をEXAFSをはじめとしたキャラクタリゼーションにより明らかにした。

 第1章では背景として、Mo担持ゼオライトを中心とした担持Mo触媒、本研究で用いられた各触媒調製法、水素化脱硫反応、CO水素化反応についてレビューがなされ問題点を打ち出し、本研究の目的を設定している。

 第2章では不完全キュバン型構造を持つMo硫化物クラスター及び完全キュバン型構造を持つMoNi硫化物クラスターをプリカーサーとした担持モリブデン触媒の調製と反応への応用について述べている。安定なMo硫化物クラスターカチオンをプリカーサーとして用いることで従来困難であったMoのゼオライトへのイオン交換法による担持が可能になることを示した。イオン交換法によりMo及びMoNi硫化物クラスターをゼオライトに担持し、ゼオライト骨格がほぼ保持されながらイオン交換が進行していることを確認した。イオン交換時の挙動から孔路系が3次元であり細孔の大きいY型ゼオライトではクラスターが結晶内部まで拡散し、孔路系が1次元であるKL,NaMORを担体とした場合クラスターが細孔入り口付近に選択的に担持されたと推定した。この点についてTEM-EDXを用い結晶内部のMo種の分布状況を観察し、上の推定が正しいことを証明した。クラスターのイオン交換前後の構造変化の観察については、EXAFSによりMoクラスターが担持後もその構造を保っていること、MoNiクラスターが一部酸化を受け分解したものの、もとのクラスター構造が見られることを明らかにした。また、クラスター構造が熱により変化するが凝集は観察されず高分散であること、反応後はMo硫化物の安定相であるMoS2に類似した種に転化していることを示した。

 第3章では、担持されたMo硫化物クラスターが前処理として焼成・予備硫化を行うことなく構造の明確なMo硫化物触媒として得られるという特徴を活かして、触媒を近年環境保全の観点から重要性を増している水素化脱硫反応に適用した。クラスターを用いた触媒が、従来法であるパラモリブデン酸アンモニウム水溶液への含浸により得られた触媒に比べ高活性であること、孔路系が1次元であるゼオライトを担体とした触媒が高い活性を持つという興味深い結果を観察し、その理由がゼオライトの種類による担体効果ではなくTEM-EDXで観察されたMo種の表面付近への偏在であると推定した。次に、Niの添加法について検討を行った。Mo-Ni及びMo-Co系水素化脱硫触媒の活性種としてMoとNi(Co)が近接した構造が提案されているが、MoNi混合硫化物クラスターをプリカーサーとするとMoとNiが近接したサイトがより効率的に形成され、高い水素化脱硫活性を持つ触媒となることを明らかにした。

 第4、5章では、Mo硫化物クラスター触媒のCO水素化反応への応用が述べられている。活性炭を担体とすると混合アルコール合成に活性を示し、触媒の前処理条件、反応条件、アルカリの添加等の検討を行うことでアルコール選択率94%と高い選択性を示す触媒を開発した。また、ゼオライトを担体とするとC2炭化水素選択率の高い特異な炭素数分布を持つ炭化水素が得られることが見出だされた。C2炭化水素を与える機構についてMo種のアルコール合成能とゼオライトの固体酸が二元的に機能するモデルを提案し、その妥当性を議論した。

 第6章ではシリカ担持モリブデン触媒をアルコキシド法により調製し、CO水素化反応へ応用した。触媒調製における加水分解-縮重合時のpH及びカリウム添加が担体シリカの細孔構造及びモリブデン種の分散度に及ぼす影響を明らかにし、触媒活性との相関を議論した。

 第7章では、アニオン交換能を持つ層状複水酸化物を担体として新規なMo担持複合酸化物触媒の調製を行なった。CO水素化反応へ応用した結果、層がZn-Alから成り層間にパラモリブデン酸アニオンを含む触媒が最も高い混合アルコール収率を与えた。

 以上のように本論文は構造の明確なMo触媒の新規な調製法とそれらの工業的に重要な水素化脱硫反応、CO水素化反応への適用について述べたものである。触媒活性種のミクロ構造、分散度、結晶内分布、担体の物性と触媒機能との相関を明らかにし、高機能モリブデン触媒の調製の指針を示した。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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