学位論文要旨



No 112632
著者(漢字) 常田,貴夫
著者(英字)
著者(カナ) ツネダ,タカオ
標題(和) 分子軌道法及び密度汎関数法による励起状態の取り扱い
標題(洋)
報告番号 112632
報告番号 甲12632
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3910号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 教授 山下,晃一
内容要旨

 本論文では、多参照Mller-Plesset(MRMP)法により、オゾン分子と5員環分子の電子状態を高精度に計算し、これらの分子の励起状態を理論的に詳細に研究した。その知識を踏まえて、励起状態計算に適用可能な相関密度汎関数を提案した。密度汎関数法の計算の信頼性は、使用する汎関数に主に依存している。第2章では、オゾンの低励起状態の断熱励起エネルギーをMRMP法により算出し、CASSCF法により求めたポテンシャルエネルギー曲面(PES)を解析した。その結果、同定されていない2つの吸収スペクトルを理論的に特定できた。さらに、オゾンの基底状態の解離エネルギーより低いエネルギー領域に電子状態は存在しないことから、オゾンの解離再結合に励起状態は関与しないことが理論的に確証された。第3章では、現在まで実験では同定が完全にはなされていない5員環分子のシクロペンタジエン、フラン、ピロールの低励起状態のスペクトルへMRMP法を適用した。計算の結果、結合性のvalence励起状態の特徴に関しては、非交互炭化水素であるにもかかわらず、Huckel法やPPP法で満足されるpairing propertyで定性的に解釈することが可能であることがわかった。第4章では、励起状態計算に利用できるスピン分極相関汎関数を新たに提案した。新しい相関汎関数を使って励起状態の相関エネルギー計算した結果、この相関汎関数は、Hartree-Fock法で記述可能な系であれば、スピン多重度等に依らずバランスのとれた相関エネルギーを算出することが分かった。即ち、密度汎関数法による励起状態の高精度な計算を目指す上で、この新しいスピン分極相関汎関数が有効であることが確証された。

審査要旨

 本論文は「分子軌道法及び密度汎関数法による励起状態の取り扱い」と題し、多参照Mller-Plesset(MRMP)法により、オゾン分子と5員環化合物であるシクロペンタジエン、フラン、ピロールの励起状態を高精度に計算し、これらの分子の励起状態の電子構造を理論的に解明するとともに、密度汎関数法による励起状態計算に適用可能な新しい相関密度汎関数を提案し、分子の励起状態に関する新しい知見を得たものであり、全6章からなる。

 第1章は序論であり、理論化学、特に電子状態理論の現状を分析し、分子の励起状態を高精度に記述する理論の開発が急務であることが強調され、本論文の研究目的が述べられている。

 第2章は、オゾンの低い励起状態に関する理論的研究である。オゾンは大気化学などで重要な基本的分子であり、これまでさまざまな実験的研究、理論的研究がなされてきたが、電子状態、特に低い励起状態や光解離反応のダイナミクスについては不明な点が多い。オゾン分子の困難はその基底状態がHartree-Fock近似のような単一の配置関数では記述できないことにある。高精度分子軌道法であるMPMP法によりオゾンの低い励起状態を理論的に解析し、未だ同定されていない3eV以下の2つの吸収バンド、WulfバンドとChappuisバンドの帰属問題に決着をつけている。オゾニドアニオンの光脱離スペクトルで観測されたWulfバンドは変角振動モードに対して長いprogressionを持つが、伸縮振動のprogressionは短い。オゾニドアニオンとオゾンの励起状態のポテンシャルエネルギー曲面の比較検討よりWulfバンドは基底状態から3A2励起状態への遷移であること、またChappuisバンドは基底状態との平衡構造変化より1B1状態への遷移であると結論している。また、解離極限より低い励起状態は存在しないことを理論的に明らかにし、光化学におけるオゾンの分解反応とその逆反応の速度論的食い違いは解離極限より低い励起状態に起因するものではないと結論している。また、3A2,3B1状態間、1A2,1B1状態間のシームの存在を予測し、光解離反応のダイナミクスに新たな視点を提供している。さらに、最近Arnoldらによって測定されたオゾニドアニオンの光脱離スペクトルを詳細に検討し、その理論的解釈に成功している。

 第3章では、5員環分子のシクロペンタジエン、フラン、ピロールの低励起状態にMRMP法を適用している。これらの分子のスペクトルは、valence励起とRydberg励起が複雑に絡み合うため、解析がきわめて困難であり、信頼性の高い理論計算が望まれていた。MRMP法による計算結果は、現在までに同定されている実験スペクトル値に対しては0.05eV以内で再現した。MRMP法の有用性を数値的に実証するとともに、これまで同定されていなかったいくつかのスペクトルの同定に成功している。また、valence励起状態は、非交互炭化水素系であるにもかかわらず、交互炭化水素系に成立するpairing propertyで定性的に解釈することを示し、励起状態をイオン結合型励起状態と共有結合型励起状態に分類してその化学的性質を議論している。

 第4章は、密度汎関数法における理論開発である。密度汎関数法は比較的大きな系に適用できる分子理論として最近注目されている理論であるが、理論計算の信頼性は用いる汎関数によって決まる。これまでいくつかの汎関数が提唱されているものの、励起状態に適用できる汎関数はない。ここでは励起状態計算に有用なスピン分極相関汎関数を新たに提案している。スピン分極相関cusp条件を満足する相関波動関数に新たに提案し、相関エネルギー汎関数を導出している。この新しい相関汎関数の有効性を試すために、原子の基底状態、励起状態の全相関エネルギー、平行・反平行スピンの各相関エネルギー、交換エネルギーおよび全相関エネルギーの計算を実施している。新しい汎関数はこれまで提案されているさまざまな汎関数よりも厳密値により近い値を算出し、数値計算の面からも新しい相関汎関数の優位性を示している。新しい相関汎関数はスピン多重度等に依らずバランスのとれた相関エネルギーを算出する。状態間エネルギーの算出や励起状態の記述に有効であると思われる。密度汎関数法における最大の課題はいかにして励起状態を高精度記述するかである。提案された新しい相関汎関数はこの課題に対する1つの答えであると言える。

 第5章は本論文のまとめであり、第6章には分子の励起状態理論に関する将来の展望が述べられている。

 以上のように本論文は、理論研究により分子の励起状態に関する新しい知見を提供したものであり、理論化学、分子工学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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