有機薄膜の機能素子化に関する研究は盛んに行われているが、その殆どは非晶質系のものである。多くの研究は分子構造の変化による特性の向上に力点が置かれ、分子配列、分子配向などを高度に制御することにより、有機分子本来の性質を最大限かつ特異的に発現させようという薄膜の高次組織化とその特性に関する研究はほとんど行われていない。本論文では、有機分子として半導性を有する電子系平面分子を選んで、蒸着法により分子配向、配列順序などを制御した高次組織化蒸着薄膜を作製し、その構造と電子・ホール輸送特性について考察している。これらの結果は、結晶性有機薄膜を用いた機能性素子開発の際に、有機分子に特徴的な機能の発現を可能にする「場」の提供により、機能の特異的発現が具体化できることを明らかにしたもので、全6章より構成されている。 第1章は序論で、本論文のキーワードとなる「有機電子機能性素子」、「共役系平面分子」「有機薄膜」、「高次組織化」の考え方と特徴を関連する過去の研究事例とともに紹介し、本研究の目的について述べている。 第2章ではp型半導性分子である第四周期遷移金属フタロシアニン蒸着薄膜の構造について述べている。この蒸着膜の構造はITOガラス上では、棒状結晶の多結晶質薄膜で、棒状結晶内でフタロシアニン平面分子は基板に対し垂直に配向していることを考察している。また、KCl単結晶へき開面上では基板と相互作用してエピタキシャル成長膜になるが、基板を溶解後、ITOガラスに移しとってもこの構造が保持されたままであることを明らかにしている。さらに、蒸着膜の構造を2種のフタロシアニンを用いた積層および共蒸着薄膜にまで拡張して考察し、結晶形態や結晶性は積層、共蒸着といった複合化に際しても変わらず、特に共蒸着膜においては2種のフタロシアニン分子が分子レベルで分散していることをESRを用いて証明している。すなわち、これらの方法により、金属フタロシアニン分子の高次組織化が可能であることを明らかにしている。 第3章は、第四周期遷移金属フタロシアニン蒸着薄膜のホール輸送特性を分光電気化学測定から検討した結果を述べている。従来、不可逆であるとされてきた第四周期遷移金属フタロシアニン蒸着薄膜のエレクトロクロミズムで、測定系を工夫することにより銅フタロシアニンおよびニッケルフタロシアニン蒸着薄膜で、可逆的に酸化・再還元させることに成功している。この特性を蒸着膜の構造との関連から論じ、さらに、酸化電位の異なる2種の金属フタロシアニンを用いた共蒸着および積層蒸着薄膜の特性について考察している。共蒸着薄膜では、両単独膜および積層膜で観測されない電流応答が観測され、膜中で電荷移動錯体が新たに生成している可能性があることを明らかにしている。この挙動は、有機半導性分子蒸着膜における分子レベルのドーピングにつながる結果であると説明している。一方、積層蒸着薄膜では酸化電位差が十分な大きさの組み合わせの金属フタロシアニンを用いることにより、蒸着順序によって膜内の酸化層制御が行えることを明らかにしている。この挙動は詳細な考察から、積層膜内におけるベクトル性ホール輸送であると結論づけている。 第4章では金属フタロシアニンをホール輸送層、アルミニウムキノリノール錯体を発光層に用いて全固体型有機エレクトロルミネッセンス素子を作製し、固体素子における金属フタロシアニンのホール輸送特性について検討している。まず、金属フタロシアニン層を薄くすることにより、従来高輝度が得られなかった結晶性薄膜を用いて、1000cdm-2を超える高輝度発光に成功している。さらに、酸化電位の高い順に積層した金属フタロシアニン積層ホール輸送層を用いることにより、それぞれの単層ホール輸送層よりも良好な特性を示す素子の作製に成功している。そして、この特性の向上を、積層膜内における「連続ポテンシャル場」という特殊な場の構築による高効率ホール輸送特性のためと結論づけている。さらに、「連続ポテンシャル場」について考察を加え、この場はp-p同型ヘテロ接合を有する積層膜を、正バイアス方向とキャリヤー輸送方向が一致するように積層化された結果産み出されたものであると説明している。 第5章では、n型半導性分子を用いた蒸着薄膜の電子輸送特性について述べている。まず、ペリレンテトラカルボン酸誘導体蒸着薄膜は、還元・再酸化の際にエレクトロクロミック特性を示し、幾種類かについては、測定系の工夫により可逆的に応答を繰り返すことが可能であることを明らかにしている。また、誘導体の種類によって、蒸着膜の第一還元電位が異なり、2種の組合せによる共蒸着薄膜においては、[分子レベルのドーピング]を示唆する特異的な電流応答特性が得られることを示している。さらに、2種のn型半導性有機分子を用いた積層蒸着薄膜による電子輸送制御の実現には、両層間での十分な還元電位差および良好な積層界面を有する薄膜の作製が必要であることを明らかにし、テトラピリジルポルフィリンとペリレンテトラカルボン酸二無水物の組み合わせで、分子配列が高度に制御されたエピタキシャル成長による積層蒸着薄膜を作製することにより、薄膜内の電子輸送制御に成功している。 第6章は結論で、第2章から第5章までの結果をまとめるともに、結晶性有機薄膜を用いた機能性素子の開発における本研究の位置づけと、今後の展望について論じている。 以上本論文は、有機分子に特徴的な機能発現を可能にする「場」の提供という観点から、分子配向のみならず、配列順序なども制御した高次組織化蒸着薄膜を実際に作製し、「ベクトル性」電子・ホール輸送などの特異な電子機能を示す有機薄膜システムの構築を、基本的な特性の測定のみならず、具体的な固体素子においても実現したものである。これは、有機薄膜の機能素子化に対する新しい展開の方法を提示しており、有機結晶性薄膜を用いた新規な光・電子機能素子の開発に対して先導的役割を果たすものと期待され、工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |