学位論文要旨



No 112635
著者(漢字) 孟,寧
著者(英字)
著者(カナ) モウ,ネイ
標題(和) アルコールの接触脱水素反応とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 112635
報告番号 甲12635
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3913号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 講師 中村,育世
内容要旨 1.緒言

 アルコールの接触脱水素反応は、その吸熱反応性からエネルギーの貯蔵および輸送への応用が期侍されている。例えば、2-プロパノール/アセトン/水素系ケミカルヒートポンプシステムにおいては、2-プロパノールからアセトンと水素を生成する脱水素反応の触媒が成否の鍵を握っている。また、メタノールのCOとH2への分解反応は、燃料として熱効率を向上させる効果がある。さらに、水力発電地帯での安価な電解水素を用いてギ酸メチルをメタノールに水素化するとともに、エネルギー需要地でメタノールのギ酸メチルへの脱水素を行って水素を得るという提案もあり、ここでも優れた触媒の開発が求められている。

2.実験2.1 回分型2-プロパノール液相脱水素反応

 塩化物から含浸法で調製した炭素担持ルテニウム(5wt%)またはルテニウム-白金触媒(5または30wt%,モル比1:1)lgに、2-プロパノール100mlまたは5mlを加えて沸騰・還流加熱し、生成する水素量をガスビュレットにより定圧容量追跡して反応速度を求めた。触媒は基質液量の違いから、それぞれ懸濁状態、および触媒粒子が液膜で覆われる液膜状態となる。

2.2連続型2-プロパノール液相脱水素反応

 基質を連続的に供給しつつ、気相成分を連続的に除去してその組成を分析した。また、反応速度の測定と並行して、反応液からの2-プロパノールおよびアセトンの蒸発速度を求めた。

2.3メタノール転化反応

 炭素担持ルテニウム触媒(5wt%)を用い、回分型の反応を行った。なお、SnCl4蒸気により修飾した触媒は、スズ成分の溶出を考慮し、固気相系で常圧固定床流通反応装置により検討した。

表1 回分型2-プロパノール液相脱水素反応における触媒ならびに反応方式の比較表2 連続型2-プロパノール液相脱水素触媒反応a)から求めた転化率と熱利用効率表3 炭素担持Ru触媒によるメタノールの液相反応における気相生成物a)
3.結果と考察3.1 回分型反応における2-プロパノール液相脱水素反応方式の比較

 2-プロパノール/アセトン/水素系ケミカルヒートポンプは、アセトン含有率の高い2-プロパノール溶液で、脱水素活性の高い触媒を必要とする。触媒が少量の溶液に浸っているだけの液模型反応方式は、懸濁型反応方式に比べ、この要件に一層よく適合することがわかった(表1)。液膜型反応方式では、薄い液膜層で覆われた炭素担持触媒が溶液温度より高い温度に加熱され、しかも、生成した水素は液相に長くとどまることなく気相に出ていく。律速過程の反応速度が増大するという昇温効果とともに、表面からの生成物の脱離が容易になる結果、基質から生成物への水素移行反応は進みにくく、アセトンによる反応阻害も抑制される効果がある、と考えられる。

3.2連続型脱水素反応方式における転化率と熱効率

 液膜型反応方式の方が有利なことは、2-プロパノールを連続供給する反応でも確かめられた(表2)。液量の少ない液膜型反応方式は、懸濁型反応方式に比べて蒸発速度が小さく、加熱温度(TL)を下げると、蒸発速度が大幅に小さくなるとともに、転化率はさらに向上した。2-プロパノール脱水素反応の83℃における気相平衡転化率(9.7%)をはるかに越える20.9%の転化率が実現したことは、ヒートポンプシステムの熱効率を高めるうえで特筆に値する。なお、=反応熱/(反応熱+蒸発熱)と定義される熱利用効率は、供給される低品位熱のうち水素化熱として回収される割合と考えてよく、蒸発熱の減少と加熱温度(TL)の低下は、を増大させる効果をもつといえる。

3.3炭素担持ルテニウム-白金複合触媒に対する白金(II)錯体の添加効果

 脱水素活性の高い炭素担持ルテニウム-白金複合触媒の2-プロパノール懸濁溶液にPt(acac)2錯体(acac=アセチルアセナト)を添加すると、反応速度定数kは増大し、アセトン阻害定数Kは低下した(図1)。反応条件で、錯体が表面水素種によって還元されることによる修飾効果と考えられる。

図1Ru-Pt複合触媒の特性に対するPt(acac)2の添加効果炭素担持Ru-Pt(5wt%,1:1)複合触媒100mg,2-プロパノール100ml,撹拌500rpm,反応温度82.4℃(100℃加熱)
3-4メタノール転化反応

 メタノールを基質として液膜方式(5ml)および懸濁方式(100ml)で回分型の反応を行った結果を表3に示す。加熱温度を200℃から、150℃、100℃と下げると、気体発生量が急激に減少する。また、H2とCOのモル比が次第に2よりも大きくなったことから,H2COへの分解以外の脱水素反応が進むものと考えられる。実際、液相生成物としてギ酸メチルおよびメチラールが検出された(図2)。液膜反応で温度を上げると、ギ酸メチルがやや減少し、メチラールの生成が顕著となっている。また、同じ温度の懸濁反応では、ギ酸メチルの生成比率が高い。

図2炭素担持Ru触媒によるメタノール転化反応の液相生成物に対する外部加熱温度および反応液量の效果反応時間31h,触媒2g

 メタノールの転化反応について,従来スキーム1のような反応経路が提案されている。炭素担持Ru触媒は、懸濁反応条件では、脱水素生成物として主にギ酸メチル、メチラールを与えるが(Path i,iii)、その生成量はあまり多くない。一方、液膜反応条件ではH2COへの分解が併発し(path v)、加熱温度が高いとこの傾向が著しくなるとともに、反応速度は著しく増大する。また、過剰量の触媒(6g)を用いることなく、反応液の液膜によって触媒表面が覆われる限り、COのメタネーション反応は抑制される(表3)。なお、懸濁系でギ酸メチルが優勢であるのに対して、液膜系でメチラールの比率が増すのは、触媒の温度が高くなると、アセタール型中間体を経てギ酸メチルを与える経路(path i,ii)よりも、ホルムアルデヒドが液相中に脱離してメチラールを与える経路(path iii)が有利になることが一因と考えられる。

スキーム1メタノール転化反応の想定経路図3SnCl4で修飾した炭素担持Ru触媒によるメタノールの転化反応200℃でRu/ClgをSnCl4蒸気により処理,反応温度200℃,流速7.23ml min-1(メタノール5mol%)
3-5メタノール転化反応における触媒のSnCl4修飾効果

 図3は、SnCl4で修飾したRu/C触媒による固気相反応の結果である。反応初期にメチラール・CO・CO2の生成が顕著であり、またメチラール・メタンには極大がみられるが、8時間をすぎる辺りからギ酸メチルが主生成物となった。CO・メタンの生成量は、別に行った非修飾Ru/C触媒での結果に比べてずっと少なく、メチラール・ギ酸メチル等の部分脱水素生成物が優勢となったことは、SnCl4によるRu表面の修飾効果を示している。Lindlar触媒(鉛塩修飾Pd触媒)の場合のように、14族化合物により強い活性点が被毒されたと考えられ、興味深い。

 【発表状況】水素エネルギーシステム,18,36(1993).Frontiers Science Series,No.7,271(1993).Int.J.Hydrogen Energy,19,223(1994).React.Kinet.Catal.Lett.,58,341(1996).Int.J.Hydrogen Energy,in press.生産研究,印刷中.

審査要旨

 本論文は、八章より構成されており、アルコールの接触脱水素反応を利用したエネルギーの変換、貯蔵および輸送という観点から、2-プロパノール液相脱水素反応(第一篇)およびメタノールの転化反応(第二篇)について検討されている。

 第一篇第一章は序論であり、2-プロパノール/アセトン/水素系ケミカルヒートポンプの原理埋および高活性な2-プロパノール液相脱水素触媒を開発する上で考えるべき触媒化学的基礎が概説されている。

 第二章では、回分型2-プロパノール液相脱水素反応について検討されている。塩化物から含浸法で調製した炭素担持ルテニウム(5wt%)またはルテニウム-白金触媒(5または30wt%,モル比1:1)による2-プロパノールの懸濁型反応、および触媒粒子が液膜で覆われる液膜型反応が比較され、後者では、触媒が溶液温度よりも高い温度となり、しかも、生成した水素は液相に長くとどまることなく気相に出ていくという特徴が見い出されている。このことは、律速過程の反応速度が増大するという昇温効果をもたらすとともに、生成物であるアセトンおよび水素吸着種の触媒表面からの脱離を有利にし、その結果、空いた触媒サイト数の増大、アセトン吸着に由来する反応阻害の低下、アセトン水素化反応(逆反応)の抑制を可能にしている。

 第三章では、2-プロパノールおよびアセトンの重水素置換体を用いた反応における同位体分布や速度論的同位体効果について検討されている。懸濁型反応に比べて液膜型反応では、逆反応であるアセトンの水素化反応の寄与がはるかに小さく、また、ルテニウム-白金複合触媒では、アセトン吸着が特に不利となることが述べられている。

 第四章では、基質を連続的に供給する連続型2-プロパノール液相脱水素反応について検討されている。液膜型反応方式の方が有利なことは、この反応でも同様であり、液量が少ないために懸濁型反応方式に比べて蒸発速度が小さく、また加熱温度が低いほどその効果が著しくなることにより、ワンパス定常転化率は極めて高い。すなわち、2-プロパノール脱水素反応の82℃における気相平衡転化率(9.7%)をはるかに越える33.3%の高転化率が可能となることが実証された。このことは、ケミカルヒートポンプシステムの熱効率を高める上で特筆に値する。

 第五章では、触媒特性を改善することを目的として、ルテニウム触媒あるいはルテニウム-白金触媒への白金、パラジウム、およびルテニウム錯体の添加効果が検討されている。なお、触媒の評価には、Langmuir速度式により反応速度定数およびアセトン阻害定数を区別して測定できる懸濁型方式が用いられている。白金(II)アセチルアセトナト錯体の添加は特に効果が高く、脱水素活性の高いルテニウム-白金複合触媒に対しても、反応速度定数kは増大し、アセトン阻害定数Kは低下することが見い出された。脱水素反応条件で、錯体が表面水素種によって還元されることによる修飾効果と考察されている。

 第二篇第一章は序論であり、水素利用国際クリーンエネルギーシステム(World Energy Network)構想および広域エネルギー利用ネットワークシステム(エコ・エネルギー都市システム)におけるメタノール転化反応の役割が概説されている。

 第二章では、固気相不均一系での知見が多く、かつ液相懸濁系において2-プロパノール脱水素反応に高い活性を示した炭素担持ルテニウム触媒を用い、メタノールを基質とする懸濁型方式および液膜型方式での回分型の反応が検討されている。懸濁型方式では、脱水素生成物として主にギ酸メチル、メチラールを与え、その生成量はあまり多くないのに対して、液膜型方式では水素、一酸化炭素への分解が併発し、加熱温度が高いとこの傾向が著しくなり、反応速度も増大することが見い出されている。また、過剰量の触媒を用いることなく、反応液の液膜によって触媒表面が覆われる限り、固気相反応で顕著な一酸化炭素のメタネーション反応が抑制されることを明らかにしている。なお、二つの脱水素生成物について、懸濁系でギ酸メチルが優勢であるのに対して、液膜系ではメチラールの比率が増大することが示され、アセタール型中間体を経てギ酸メチルを与える経路よりも、ホルムアルデヒドが液相中に脱離してメチラールを与える経路が有利になるためと考察されている。

 第三章では、四塩化スズで修飾した炭素担持ルテニウム触媒を用いるメタノールの固気相反応について検討されている。未修飾の触媒では、主に一酸化炭素・水素への分解反応が起こり、また高温でメタンの生成が顕著になるという金属ルテニウム触媒に関する従来の知見と一致する結果を得ているが、四塩化スズで修飾することにより、ギ酸メチル・水素が主生成物になるという極めて対照的な挙動を示すことが明らかにされている。また、この結果について、Lindlar触媒類似の14族化合物による強い脱水素活性点の被毒効果であることを推定している。

 以上述べた様に、本論文ではアルコールの接触脱水素反応に対して、特に液膜型反応という新しい反応方式について詳しい検討がなされ、懸濁型反応方式との対比において、その特徴と有効性が示されている。とりわけ、液膜型2-プロパノール脱水素反応において、高いワンパス定常転化率を得たことは実用上も重要であり、これらの知見は触媒化学、工業物理化学はもとより、エネルギー化学の分野での今後の発展に寄与するものと認められる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したと認められる。

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