本論文は、八章より構成されており、アルコールの接触脱水素反応を利用したエネルギーの変換、貯蔵および輸送という観点から、2-プロパノール液相脱水素反応(第一篇)およびメタノールの転化反応(第二篇)について検討されている。 第一篇第一章は序論であり、2-プロパノール/アセトン/水素系ケミカルヒートポンプの原理埋および高活性な2-プロパノール液相脱水素触媒を開発する上で考えるべき触媒化学的基礎が概説されている。 第二章では、回分型2-プロパノール液相脱水素反応について検討されている。塩化物から含浸法で調製した炭素担持ルテニウム(5wt%)またはルテニウム-白金触媒(5または30wt%,モル比1:1)による2-プロパノールの懸濁型反応、および触媒粒子が液膜で覆われる液膜型反応が比較され、後者では、触媒が溶液温度よりも高い温度となり、しかも、生成した水素は液相に長くとどまることなく気相に出ていくという特徴が見い出されている。このことは、律速過程の反応速度が増大するという昇温効果をもたらすとともに、生成物であるアセトンおよび水素吸着種の触媒表面からの脱離を有利にし、その結果、空いた触媒サイト数の増大、アセトン吸着に由来する反応阻害の低下、アセトン水素化反応(逆反応)の抑制を可能にしている。 第三章では、2-プロパノールおよびアセトンの重水素置換体を用いた反応における同位体分布や速度論的同位体効果について検討されている。懸濁型反応に比べて液膜型反応では、逆反応であるアセトンの水素化反応の寄与がはるかに小さく、また、ルテニウム-白金複合触媒では、アセトン吸着が特に不利となることが述べられている。 第四章では、基質を連続的に供給する連続型2-プロパノール液相脱水素反応について検討されている。液膜型反応方式の方が有利なことは、この反応でも同様であり、液量が少ないために懸濁型反応方式に比べて蒸発速度が小さく、また加熱温度が低いほどその効果が著しくなることにより、ワンパス定常転化率は極めて高い。すなわち、2-プロパノール脱水素反応の82℃における気相平衡転化率(9.7%)をはるかに越える33.3%の高転化率が可能となることが実証された。このことは、ケミカルヒートポンプシステムの熱効率を高める上で特筆に値する。 第五章では、触媒特性を改善することを目的として、ルテニウム触媒あるいはルテニウム-白金触媒への白金、パラジウム、およびルテニウム錯体の添加効果が検討されている。なお、触媒の評価には、Langmuir速度式により反応速度定数およびアセトン阻害定数を区別して測定できる懸濁型方式が用いられている。白金(II)アセチルアセトナト錯体の添加は特に効果が高く、脱水素活性の高いルテニウム-白金複合触媒に対しても、反応速度定数kは増大し、アセトン阻害定数Kは低下することが見い出された。脱水素反応条件で、錯体が表面水素種によって還元されることによる修飾効果と考察されている。 第二篇第一章は序論であり、水素利用国際クリーンエネルギーシステム(World Energy Network)構想および広域エネルギー利用ネットワークシステム(エコ・エネルギー都市システム)におけるメタノール転化反応の役割が概説されている。 第二章では、固気相不均一系での知見が多く、かつ液相懸濁系において2-プロパノール脱水素反応に高い活性を示した炭素担持ルテニウム触媒を用い、メタノールを基質とする懸濁型方式および液膜型方式での回分型の反応が検討されている。懸濁型方式では、脱水素生成物として主にギ酸メチル、メチラールを与え、その生成量はあまり多くないのに対して、液膜型方式では水素、一酸化炭素への分解が併発し、加熱温度が高いとこの傾向が著しくなり、反応速度も増大することが見い出されている。また、過剰量の触媒を用いることなく、反応液の液膜によって触媒表面が覆われる限り、固気相反応で顕著な一酸化炭素のメタネーション反応が抑制されることを明らかにしている。なお、二つの脱水素生成物について、懸濁系でギ酸メチルが優勢であるのに対して、液膜系ではメチラールの比率が増大することが示され、アセタール型中間体を経てギ酸メチルを与える経路よりも、ホルムアルデヒドが液相中に脱離してメチラールを与える経路が有利になるためと考察されている。 第三章では、四塩化スズで修飾した炭素担持ルテニウム触媒を用いるメタノールの固気相反応について検討されている。未修飾の触媒では、主に一酸化炭素・水素への分解反応が起こり、また高温でメタンの生成が顕著になるという金属ルテニウム触媒に関する従来の知見と一致する結果を得ているが、四塩化スズで修飾することにより、ギ酸メチル・水素が主生成物になるという極めて対照的な挙動を示すことが明らかにされている。また、この結果について、Lindlar触媒類似の14族化合物による強い脱水素活性点の被毒効果であることを推定している。 以上述べた様に、本論文ではアルコールの接触脱水素反応に対して、特に液膜型反応という新しい反応方式について詳しい検討がなされ、懸濁型反応方式との対比において、その特徴と有効性が示されている。とりわけ、液膜型2-プロパノール脱水素反応において、高いワンパス定常転化率を得たことは実用上も重要であり、これらの知見は触媒化学、工業物理化学はもとより、エネルギー化学の分野での今後の発展に寄与するものと認められる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したと認められる。 |