学位論文要旨



No 112636
著者(漢字) 菊地,隆司
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,リュウジ
標題(和) 気液固三相反応器の非線形流動特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112636
報告番号 甲12636
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3914号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,邦夫
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 堤,敦司
内容要旨 第1章序章

 三相反応器は、優れた伝熱特性、物質移動特性、混合特性のため、工業的に重質油の水素分解、石炭の液化、発酵や微生物による廃水処理などの幅広い分野で利用されている。三相反応器の流動挙動は、気相、液相、固相の相互作用のため、空間的、時間的に不均一で非常に複雑であり、非線形性を示す。このため三相反応器の装置設計、スケールアップは困難な問題となっている。したがって、この複雑な流動挙動の理解が、三相反応器の装置設計、スケールアップ、モデル化に不可欠である。本研究では三相反応器の複雑な流動現象をカオスとしてとらえ、非線形流動挙動の決定論的カオス解析を行い、流動構造との関係について考察したものである。

 本論文の構成は7章からなっている。第1章では本研究の目的および位置づけについてまとめる。第2章では三相反応器の流動特性に関する既往の研究についてまとめ、第3章では本研究で導入するカオス理論についてまとめる。第4章では、三相反応器局所流動挙動測定システムの開発およびカオス解析手法の検討、評価を行う。第5章において二次元の三相反応器、第6章において三次元の三相反応器における気泡および粒子挙動のカオス解析結果についてそれぞれまとめる。終章において、本研究の総括的な結論ならびに将来の展望を述べる。

第2章三相反応器の流動特性に関する既往の研究

 第2章では、三相反応器の流動特性に関する既往の研究として、流動様式に関する研究、操作様式の分類に関する研究、流れ構造に関する研究、ホールドアップに関する研究についてまとめた。これらの研究においては三相反応器の流動挙動が時間空間的な平均値によって評価されている。局所流動挙動の時間変動が、三相反応器の流動特性、輸送特性に対して支配的であると考えられているが、既往の研究においては測定方法、解析方法が不十分であるため、局所流動挙動の時間変動の特徴はほとんど明らかになっていない。そこで本研究では、三相反応器の非線形流動挙動の理解に向けて新しい測定手法、カオス解析手法の開発、導入を行った。

第3章カオス理論

 第3章では本研究で導入したカオス理論についてまとめた。カオス的挙動は相空間のアトラクターによって表されるが、アトラクターを特徴づける因子である相関次元およびコルモゴロフエントロピー(以下K-エントロピー)などの定義およびその計算方法についてまとめてある。また、本論文で開発したパルス状あるいはスパイク状の時系列データに対する埋め込み法によるカオス解析手法についてまとめた。

第4章カオス解析方法の開発

 まず既往の流動解析の研究についてまとめているが、従来用いられている圧力変動の信号が層全体の多くの情報が重ね合わさったものであり、各相の流動挙動を把握することができないという欠点があることを指摘した。その上で、三相反応器の局所気泡および粒子挙動を測定できるレーザー光プローブを開発し、このプローブにより得られる時系列信号の信号処理方法および相関次元、K-エントロピーの計算方法についてまとめた。

 本研究において開発したプローブは、粒子径以下のレーザーを使用することで気泡と粒子に対して異なる信号が得られるため、これらを区別することができる。二次元の固液、気液系で得られた信号をFigs.1,2にそれぞれ示す。固液系ではくさび形の信号が得られ、これらは個々の粒子の通過に対応している。一方、気液系では幅が広く複雑な信号が得られた。高速カメラによる観察により、気泡の信号でベースライン以下の振動している部分が各気泡の通過に対応していることを確認した。また各信号の電圧の最低値は、粒子の信号よりも気泡の信号の方が低いということがわかる。よってこれらの波形と電圧レベルの違いにより、気泡と粒子の信号を区別した。また三次元カラムにおける実験においても同様の信号が得られた。

 三相状態で得られた信号には、気泡および粒子の信号が含まれているため、これらを波形と電圧の違いによって分離し、分離した粒子および気泡の信号それぞれに対してカオス解析を行なった。

Fig.1Typical time series of optical signal in solid-liquid systemFig.2Typical time series of optical signal in gas-liquid system
第5章二次元三相反応器の気泡および粒子挙動のカオス解析

 第5章では、二次元三相反応器の気泡および粒子ホールドアップの局所変動を開発したプローブにより測定し、カオス解析を行った。分離した粒子および気泡頻度の時系列データから埋め込み法によりアトラクターを再構成し、それぞれについて相関次元およびK-エントロピーを求めガス流速および粒子の影響を調べた。系の時間発展性の特徴を示すK-エントロピーは、気相および固相の両相で実験を行ったガス流速の範囲で正の値を示し、気泡および粒子の挙動はカオス的であることが示された。相関次元とガス流速の関係をFig.3に示す。気相の相関次元は、ガス流速が増加するにつれて、はじめ増加し、さらにガス流速を増加すると減少し、気泡の流動様式が気泡流からチャーン・タービュレント流へ遷移する領域で最大値をとるということを見い出した。気泡流の領域では、ガス流速の増加で分散した気泡の個数が増加するため気泡の運動がより複雑になり、この結果相関次元が増加したと考えられる。一方、チャーン・タービュレント流の領域では、合一によってより大きな気泡が生成するため、気泡はより直線的に上昇運動する傾向が強くなり、相関次元がガス流速の増加で減少したと考えられる。これに対し粒子相の相関次元は、ガス流速の低い範囲を除いてほぼ気相と同様の傾向を示した。また、気相の相関次元は粒子相の相関次元よりも低いガス流速を除いて、ほぼ1ほど大きいことを見い出した。これは気泡界面のゆらぎなどにより、気相の運動の自由度が粒子相に比べて高いためであると考えられる。

Fig.3Effect of gas velocity on correlation dimension of 5 vol% glass beads system

 一方、気泡塔と三相反応器の気泡挙動を比較すると、粒子の存在により相関次元およびK-エントロピーはともに大きく増大することを見い出した(Figs.4,5)。これは粒子と気泡の相互作用により気泡の運動がより不規則に、複雑になったためと考えられる。

Fig.4Effect of superficial gas velocity on correlation dimenisons of gas phase in bubble column and three-phase reactorFig.5Effect of superficial gas velocity on the Kolmogorov entropy of gas phase in bubble column and three-phase system
第6章三次元三相反応器の気泡および粒子挙動のカオス解析

 三次元三相反応器における気泡および粒子の局所ホールドアップの時間変動をレーザー光プローブにより測定し、二次元装置と同様にカオス解析を行い、相関次元とK-エントロピーにより非線形流動挙動を特徴づけた。ガス流速および粒子濃度の影響、相関次元の軸方向分布について調べている。

 三次元の三相反応器においても、K-エントロピーは気相および固相の両相で正の値をとり、気泡および粒子の挙動はカオス的であることが示された。気相の相関次元はガス流速に対し二次元の場合とほぼ同じ傾向を示した。一方、粒子の相関次元は、ガス流速に依存するがほとんど変化しないということを見い出した。相関次元に対する粒子濃度の影響は顕著で、低いガス流速での気相を除いて、粒子濃度が1%から5%に増大すると気相および固相の相関次元はほぼ1程度小さくなることを見い出した。これは粒子濃度の増加によって見かけ粘度が増大し気泡および粒子の運動が抑えられるためと考えられる(Fig.6)。

 軸方向の相関次元の分布は気泡流動様式によって異なり、気泡流では塔の中央付近で相関次元が最大となるが、チャーン・タービュレント流では逆に中央で極小値を示した。これは気泡同士あるいは気泡と粒子の相互作用による気泡の運動の複雑化と気泡の合一による相関次元の低下で説明できることを明らかにした。

Fig.6Effect of superficial gas velocity on correlation dimension for gas and solid phases in 1 and 5 vol% glass beads systems
終章総括および展望

 本研究では三相反応器の非線形流動挙動に着目し、気泡および粒子の局所流動挙動のカオス解析を行った。三相反応器において局所的な気泡および粒子の流動挙動を測定できるプローブを開発し、得られた気相および固相の信号に対して埋め込み法を用いて、気泡と粒子の挙動を相関次元とK-エントロピーにより定量した。既往の研究では測定・解析手法の制約のため、非線形流動挙動を特徴づけることができなかったが、本研究では非線形流動挙動を相関次元とK-エントロピーによって特徴づけ、これらのパラメータにより反応器内の流動状態の分類が可能であることを示した。これらのパラメータを用いて流動状態を直接評価することが可能であるため、装置スケールが変化した場合の流動状態の相似性を同定できると考えられる。よって、非線形流動挙動を考慮した三相反応器の装置設計法、スケールアップ則の確立に本研究は役立つものと考える。

 今後はスケールの異なる装置での流動挙動を相関次元、K-エントロピーで定量し、流動状態の比較、同定を行うことが必要である。またスケールの異なる装置で得られた時系列データからの、他のスケールの装置の時系列データの予測および同期化の可能性を検討することが必要である。

審査要旨

 気液固三相反応器は気相、液相及び固相の各相間で相互作用があるため、層内の流動状態は空間的、時間的に不均一で非常に複雑となる。本論文は三相系反応器の非線形流動挙動の決定論的カオス解析を行い、流動構造との関係について考察したものである。本論文の構成は6章から成っている。

 第1章では、本研究の目的および位置づけが述べられている。

 第2章では、三相反応器の流動特性に関する既往の研究がまとめられている。

 第3章では、カオス的挙動は相空間のアトラクターによって表されるが、アトラクターのキャラクラリゼーション因子である相関次元およびコルモゴロフエントロピー(以下K-エントロピー)などの定義およびその計算手法がまとめられている。また、本論文で開発したパルス状あるいはスパイク状の時系列データに対する埋め込み法によるカオス解析手法について述べられている。

 第4章では、まず既往のカオス流動解析の研究がまとめられているが、従来用いられている圧力変動の信号が層全体で多くの情報が重ね合わさったものであり、各相の局所の流動挙動を把握することができないという欠点があることを指摘している。その上で、三相反応器の局所気泡および粒子挙動を測定できるレーザー光プローブを開発し、このプローブにより得られる時系列信号の信号処理方法および相関次元、K-エントロピーの計算手法をまとめている。

 第5章では、二次元三相反応器の気泡および粒子ホールドアップの局所変動を開発したプローブにより測定し、カオス解析を行った。分離した粒子および気泡頻度の時系列データから埋め込み法によりアトラクターを再構成し、それぞれについて相関次元およびK-エントロピーを求めガス流速および粒子の影響を調べている。

 系の時間発展性の特徴を示すK-エントロピーは気相および固相の両相で測定したガス流速の範囲で正の値を示し、気泡および粒子の挙動はカオス的であることが示された。気相の相関次元は、ガス流速が増加するにつれて増加するが、気泡流からチャーン・タービュレント流へ気泡の流動様式が遷移する領域で最大となり、その後、ガス流速を増加すると減少することが分かった。気泡流の領域では、ガス流速の増加により分散した気泡の個数が増加するため気泡の運動がより複雑になり、この結果、相関次元が増大したと考えられる。一方、チャーン・タービュレント流の領域では、合一によってより大きな気泡が生成するため、気泡の上昇速度が増大しより直線的な軌跡になるため相関次元がガス流速とともに減少したと考えられる。粒子相の相関次元に対するガス流速の影響は、低ガス流速を除いてほぼ気相と同様であった。

 一方、気泡塔と三相反応器の気泡挙動を比較すると、5%の粒子の存在によって相関次元およびK-エントロピーはともに大きく増大することを見いだした。これは粒子と気泡の相互作用により気泡の運動がより不規則に、複雑になったためと考えられる。

 第6章では、三次元三相反応器における気泡および粒子の局所ホールドアップの時間変動をレーザ光プローブにより測定し、二次元装置と同様にカオス解析を行い、相関次元とK-エントロピーによる非線形流動挙動のキャラクタリゼーションを行った。ガス流速および粒子濃度の影響、相関次元の軸方向分布について調べている。

 三次元三相反応器においても気相の相関次元はガス流速に対し二次元の場合とほぼ同じ傾向を示した。一方、粒子の相関次元は、ガス流速に対する依存性は弱いことを見いだした。また、気泡のK-エントロピーも二次元の場合と同様、粒子のK-エントロピーより大きく、ほぼガス流速の増大とともに低下することを明らかにした。相関次元に対する粒子濃度の影響は顕著で、低ガス流速での気相を除いて、粒子濃度が1%から5%に増大すると気相および固相の相関次元はほぼ1程度小さくなることを見いだした。これは粒子濃度の増加によって見かけ粘度が増大し気泡および粒子の運動が抑えられるためと考えられる。

 軸方向の相関次元の分布は気泡流動様式によって異なり、気泡流では塔の中央付近で相関次元は最大となるが、チャーン・タービュレント流では逆に中央で極小値を示した。これは気泡同士あるいは気泡と粒子の相互作用による気泡の運動の複雑化と気泡の合一による相関次元の低下で説明できることを明らかにした。

 終章では本論文で示された三相反応器の気泡および粒子の非線形流動挙動に関して総括されている。また、相関次元およびK-エントロピーで定量化した流動の複雑さに基づく新しいスケールアップ手法の可能性と展望が述べられている。

 以上に示すように、本論文は三相反応器の非線形流動挙動の新しい解析手法を開発したものであり、三相反応器の基本的な特性を理解する上で、および新たなプロセス設計・スケールアップ手法を開発していく上で大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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