近年、半導体デバイス製造プロセスにおいて薄膜化が進む一方で、化学的気相堆積法(CVD)の選択成長や原子層エピタキシーなどの洗練された薄膜形成手法が用いられつつある。微細化とそれに伴う薄膜化の傾向のために、CVDやスパッタリングなどの薄膜作成プロセスは、成膜の初期条件である基板表面物性の影響が大きく残っている段階で成膜を終了しなければならない。これがSi基板表面の化学的均一性,原子レベルでの平坦性を保証する基板洗浄技術が開発された背景であるのだが、別の観点から見れば、基板表面の微小変化により薄膜成長の制御が可能であるとも考えられる。 この状況を利用して成膜の制御を行えないだろうか。薄膜の初期成長の過程では、成膜種の表面での反応,拡散などが重要な意味を持っている。そこで、この過程をうまく制御すれば、成膜の制御につながるであろう。究極的には基板の表面が1層違うだけで、表面で生じる反応をコントロールして成膜を制御し得ると考えられる。つまり、表面単原子層の修飾により、バルクオーダーでの物性に与える影響を最小限にしたまま表面の反応性を変え、薄膜成長過程の制御を行ない、近年のLSI製造過程での問題点解決につなげることが期待できる。 さて、近年pHを調整したフッ酸処理が、Si表面に成長した自然酸化膜(保存条件によりその構造はまちまちである)を取り除き原子レベルで平坦化して、さらに化学的に活性であるSiのdangling bondを水素で終端することにより化学的な均一性を確保できることが報告された。well-definedなSiの表面構造を準備する手法はそれまでにも知られていたが、緩衝フッ酸溶液を用いる手法は800〜1100℃程度の高温,10-10Torr程度の超高真空を必要としない点で画期的なものである。また、Si表面は水素終端されているので安定であり、処理条件によっては大気中でも数時間は安定であるとの報告もなされている。 この水素終端面を出発点として処理を行っていけば、水素終端表面以外の、化学的に均一かつwell-definedな表面状態を実現できるはずである。さらに、バルクへの影響を最小限に保ちつつ薄膜形成の初期条件である基板の反応性を変化させて、その後の成膜過程を制御できるだろう。本研究では「表面単原子層の修飾により、バルクに与える影響を最小限にしたまま表面の反応性を変え、CVDによる成膜過程の制御を行う」手法を提案し、さらに実験を通じて単原子層処理法の確立と成膜への影響の評価を行なうことを目的とする。 本研究ではまず、単原子層程度の処理を行うための条件,指針について検討を行った。例えばH2OとSiの反応を例にとると、この反応式のGは-382kJ/mol at 25℃である。 Si+2H2O(liq)→SiO2+2H2 つまり、SiとH2O(liq)を反応させると、ほとんどがSiO2になった時点で反応が平衡に達する。では、処理を単原子層程度で終わらせるためにはどうすればいいのだろうか? 本研究では表面物理の分野で得られた知識を援用しつつ研究を進めていった。 一方、以上の研究を通じて作成した単原子層処理が成膜過程に対して与える影響についてであるが、mm程度の基板の違いがCVD成膜に与える影響については、前に挙げたように選択成長という形で研究がなされている。つまり、既往の研究により、Cu,Al,WをCVDにより成膜させる際、Si板上には成膜するが、SiO2上には全く成膜しないことが知られている。「それではシリコン上に酸素が単分子層化学吸着した基板には成膜するのだろうか」 今までのところ、このような観点から行われた研究例はない。もし単分子層の変化をシリコン表面に導入し、成膜つまり表面反応を制御できれば理学的にも非常に興味深く、一方、様々な半導体製造プロセスの問題解決への応用が期待できる。本研究は上記の疑問に対する解答をもとめ、さらに、どのような化学的/物理的な性質を利用してこの現象を整理できるのか、という視点から研究を進めていった。特に、本研究では表面での反応性が大きく影響すると思われるCVDによる成膜を対象として研究を行った。 本研究ではまず、シリコンの水素終端表面を出発点として単原子層処理を行った。処理の評価は主にX線光電子分光法を用いて行った。単原子層酸化を例にとると、基板表面上の酸素は処理の経過にともなって増加するが、やがてその量は飽和した。その表面上の酸素量の飽和は1つの、もしくは2つの1次の飽和過程できれいにフイッティングされること,その飽和量が1原子層に相当すること,出発点である水素終端表面の均一性が保証されていることなどから、この飽和した状態が単原子層程度の処理がなされた状態に対応しているものと判断した。この飽和過程は窒化処理でも確認された。処理後の基盤表面をフーリエ変換赤外分光法で評価したところ、低温(約200℃以下)では出発点であった水素終端表面の水素が脱離しないで残っていること、つまりSi-Siのバックボンドが酸化されていること,高温(約400℃以上)では水素終端が無くなっている、つまりSi-Hの最表面が酸化されていることが明らかになった。これらの知見を総合して、シリコンの水素終端表面の初期酸化過程では2つのパスつまりSi-HとSi-Siの酸化が同時に起こりうること,2つの速度の差が大きくなるような条件,1mTorrのH2Oに対しては約200℃以下もしくは約400℃以上での処理であれば単原子層の酸化を行うことができることを示した。 以上をまとめると、XPS測定結果から化学的に均一な単原子層の表面を作り出すことができた。さらに、処理をisland growth的でなく、layer-by-layerで行うための指針を得ることができた。ここで示した以外の表面修飾を行うときにも、本研究で示した手法,指針が有効であるはずである。 次に本研究では単原子層処理を行ったシリコン基板、そして水素終端表面上にCVD成膜を行い、単原子層処理がCVD成膜に与える影響を評価した。その結果、CVD成膜を行った4つの系についてはTiN,diamond,SiO2,Wの順に成膜への影響が大きくなっていき、単原子層の違いが成膜に影響を与えることを示した。特に、W系についてはその影響がはっきりと現われた。また、SiO2系でも興味深い知見が得られた。さらに、XPSで成膜開始時に相当する基板状態を評価して、単原子層程度の違いが保持されていることを明らかにした。 さらに、表面処理の評価基準として、成膜量や核発生密度などではなく、CVD成膜条件下での反応性,基板との付着確率を評価する方法として成膜形状に注目した。表面処理の目的自体が成膜特性を改善しようとするものである以上、成膜形状から基板と成膜種との反応性を評価するのが最も適切であると考えたからである。基板-成膜種間,膜-成膜種間の反応性の違いが成膜形状に現われると考え、この成膜形状から処理後基板-成膜種間の反応性の評価を行う手法を提案した。この手法を用いて成膜条件下でのを評価したところ、水素終端表面に対して窒化処理を行うことにより、基板表面の反応性が103程度変化することが可能であることを示した。 以上に示したように、本研究では「単原子層程度の違いを表面に導入し、成膜を制御する」手法が可能であり、「その現象をどの様な角度から捕えればいいのか」という問題に対する指針を示した。本研究で提案した手法,指針が、個々の薄膜成膜時の問題点を解決する際の参考になりうるものであると確信している。 |