本論文は、「ディーゼル燃料のセタン価向上効果に関する研究」と題し、ディーゼル燃料のセタン価向上剤の作用機構を解明し、新しいセタン価向上剤および向上法を開発することを目的として行った研究成果をまとめたもので、7章から成っている。 第1章は序論であり、本論文の研究の背景および既往の研究を概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。 第2章は、既存のセタン価向上剤として知られている硝酸エステル、亜硝酸エステルおよび有機過酸化物のセタン価向上効果について系統的に検討した結果をまとめている。硝酸エステル、亜硝酸エステルおよび有機過酸化物によるセタン価向上効果は、これらの熱分解により生成するアルキルラジカルが、ディーゼル燃料の前着火段階のラジカル連鎖反応を促進することによるものであること、またその効果は熱分解により生成するアルキルラジカルの炭素数が大きいほど、酸素付加により生成するアルキルペルオキシラジカルの反応性が大きくなり、ラジカル連鎖反応がより促進するため増大することを明らかにしている。 第3章は、アゾ化合物のセタン価向上効果について検討した結果をまとめている。筆者は、熱分解でアルキルラジカルを生成する物質がセタン価向上効果をもつという知見を基に、ラジカル発生剤として知られているアゾ化合物のセタン価向上効果について検討した結果、アゾ化合物にセタン価向上効果が認められ、新たなセタン価向上剤として有望であることを見出している。さらに、異なる化学構造や置換基をもった種々のアゾ化合物についてセタン価向上効果を詳細に検討した結果、熱分解で生成するアルキルラジカルの化学構造が、ディーゼル燃料の前着火段階のラジカル連鎖反応に影響を与え、セタン価の向上効果を大きく変化させることを明らかにしている。 第4章は、自動酸化によるディーゼル燃料のセタン価向上について検討を試みた結果を述べている。炭化水素の自動酸化により有機過酸化物であるヒドロペルオキシドが生成することに着目し、ディーゼル燃料の自動酸化により生成するヒドロペルオキシドが、ディーゼルエンジン内においてラジカル発生源になることによりセタン価向上効果をもたらす方法を提案し検討している。その結果、自動酸化したディーゼル燃料のセタン価向上効果を確認し、この方法が添加剤等を用いない、クリーンかつ安価な新しいセタン価向上法として有望であることを示している。 第5章は、セタン価向上剤の作用機構について検討した結果を述べている。n-ブタンの自然発火に関する反応モデルに、セタン価向上剤の熱分解反応を組み込み、n-ブタンの着火遅れ時間の減少効果、すなわち、セタン価向上効果をシミュレートすることを試みている。その結果、この方法がセタン価向上剤の添加によりn-ブタンの着火遅れ時間減少をシミュレートできることを明らかにするとともに、n-ブタンの着火遅れ時間の減少に寄与する化学種がアルキルラジカルであることを指摘するとともに、アルキルラジカルが関与する主要な反応過程を感度計算により検討し、セタン価向上剤の着火遅れ時間の減少効果を説明する反応メカニズムを提案している。 第6章は、発火温度によるディーゼル燃料の着火性予測について検討した結果を述べている。セタン価向上剤探索におけるスクリーニング試験として発火温度試験に着目し、各種炭化水素燃料の発火温度とセタン価との関係およびセタン価向上剤の添加がディーゼル燃料の発火温度に与える影響について検討した結果、発火温度とセタン価との間に相関があることを見出し、発火温度試験がセタン価向上剤探索のスクリーニング試験として有効であることを示している。 第7章は、総括であり、本論文の成果をまとめるとともに、今後の展望について述べている。 以上要するに、本論文はディーゼル燃料のセタン価向上剤の作用機構を解明するとともに、そのメカニズムを基に新しいセタン価向上剤および新しいセタン価向上法を提案したものであり、燃料工学ならびに化学システム工学の発展に貢献するところが少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |