学位論文要旨



No 112639
著者(漢字) 村上,能規
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ヨシノリ
標題(和) シランの酸化反応素過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 112639
報告番号 甲12639
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3917号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 松為,宏幸
 東京大学 教授 山下,晃一
 東京大学 助教授 橋本,和仁
 東京大学 講師 三好,明
内容要旨

 モノシランは大気中に放出すると着火源がなくても常温で自然発火する一方、ある濃度条件や放出条件により自然発火が起きないこともあり、非常に複雑な燃焼特性を持っていることで知られている。また、シラン系化合物は炭化水素化合物と結合エネルギー、二重結合性などに異なる特徴を持つことで知られており、シラン系化合物の関与する反応素過程に関しても炭化水素のものとは大きく異なると予想される。本研究では燃焼やプラズマCVD過程で重要な酸化反応素過程をレーザ閃光分解法とレーザ誘起蛍光法により検討した。

◆SiH3+O2素反応過程におけるH、OHの生成とその分岐率

 モノシランの燃焼初期過程で重要であるSiH3+O2素反応過程

 

 の生成分岐率をOHラジカルとH原子の絶対濃度を測定することで(1b)0.25(1c)0.65と決定した。

◆SiH3+O2素反応過程におけるSiO生成機構の検討

 SiOはSiO2微粒子生成の前駆体の一つであると考えられ、その生成機構の理解は重要である。本研究ではSiH3+O2の反応においてSiOをレーザ誘起蛍光法で検出し、その生成機構を検討した。その生成速度、SiH3初期濃度に対するSiOの収率から、SiH3+O2の反応素過程(1b)、(1c)で生成したSiH2OあるいはSiH2O2がさらに自発分解してSiOを生成する機構を提案した。

◆非経験的分子軌道法によるSiH3+O2素反応過程の検討

 非経験的分子軌道法(G2(MP2)法)を用いてSiH3+O2素反応過程のエネルギーダイアグラムを作成することでH、OH、SiOの生成経路の探索を行った。この計算からH原子、OHラジカルを生成する経路が室温で進行可能であるのに対し、O原子を生成する経路が吸熱反応で進行不可能であることが明らかになった。また、SiOの生成経路として

 

 が室温で進行可能であることがこの非経験的分子軌道法によって示された。

◆O(1D)+SiH4およびアルキルシランの反応に関する研究

 O(1D)とSiH4の反応はプラズマCVD中で重要と考えられるが、一重項ラジカルとSiH4の反応性という意味でも興味深い。従来この反応の主要な経路と考えられてきたOH、H生成の分岐率をそれぞれ0.36、0.24と決定し、その他の経路としてSiOを生成する経路が存在することを明らかにした。また、O(1D)とアルキルシランの反応速度とOH、H生成の分岐率を測定し、O(1D)のC-H結合とSi-H結合に対する挿入過程、解離過程の違いについて考察した。

審査要旨

 本論文は「シランの酸化反応素過程に関する研究」と題し、シランの燃焼および酸化反応機構を理解する上で重要なシリルラジカルと酸素分子、および一重項酸素原子とシランの反応素過程を解明する事を目的として行った、速度論的な実験及び量子化学計算を中心とする理論的研究の結果をまとめたもので、6章からなっている。

 第1章は序論で、既往の研究についてまとめシランの燃焼特性と反応素過程との関連を議論し、燃焼限界をシリルラジカルと酸素分子の反応速度の圧力依存によって説明する説を紹介している。この反応はシランの燃焼の律速過程として重要であるが、反応経路については実験的検証がなされていない。また一般的にシリコン原子を含むラジカルについては熱力学データも速度論的データも不十分でこれがシラン系の反応を理解する上での大きな障害となっている事を指摘している。

 第2章ではシリルラジカルと酸素の反応の生成分岐率の測定結果が述べられている。シリルラジカルをレーザ閃光分解法により生成して酸素分子との反応を開始させ、この素過程の直接生成物であるOHラジカルと水素原子を紫外及び真空紫外領域のレーザ誘起蛍光法により検出し,OHおよび水素原子の生成分岐率が0.25、0.65である事を見いだした。シランの燃焼はシリルラジカルと酸素分子の反応により生成する酸素原子が連鎖分岐反応を引き起こして進行すると考えられていたが、本研究の結果は酸素原子を生成する経路の寄与が小さい事を示しており、従来の燃焼反応機構を再検討する必要があるとしている。

 第3章ではシリルラジカルと酸素の反応でSiOが生成することを発見し、その生成機構について議論している。SiOをレーザ誘起蛍光法で検出し、その生成速度の酸素濃度依存性から求めた反応速度定数がシリルラジカルと酸素の反応速度定数にほぼ等しいことから、SiOがシリルラジカルと酸素の反応素過程で直接生成すると結論した。さらに、レーザ誘起蛍光強度からその収率を評価し、SiOがこの反応素過程の主要な生成物であることを示した。以上の結果から、シリルラジカルと酸素の反応で生成したSiH2O(シラノン)、SiH2O2(シラノンオキサイドまたはシラジオキシラン)がさらに自発分解を起こしSiOを生成するという機構を提案している。

 第4章では2、3章で提案した反応経路を理論的に検証するために、非経験的分子軌道法を用いてシリルラジカルと酸素分子の反応素過程のエネルギーダイアグラムを作成している。計算の結果、酸素原子を生成する経路は吸熱反応で低温では進行不可能であること、OHラジカルおよび水素原子を生成する経路は発熱反応であり、またその反応障壁は始源系より低く室温でも進行可能であることが示された。ただし、水素原子を生成する経路に関してはシラノンオキサイドではなく、シラジオキシランを生成する経路であり、遷移状態は5配位の構造をとることが見いだされた。本計算結果は2章における分岐率の結果をほぼ説明する。さらに、シリルラジカルと酸素分子の素反応でSiOが直接生成する経路についても検討し、3章で提案した反応生成物がさらに自発分解するという二つの反応経路がいづれもエネルギー的に進行可能であることを明らかにしている。

 第5章ではプラズマCVD中での酸化反応として重要と考えられる励起一重項酸素原子とシラン、アルキルシランの反応について、速度定数と反応生成物分岐比を測定した結果が述べられている。励起一重項酸素原子を真空紫外レーザ誘起蛍光法により検出し、その減衰速度から速度定数を決定した。さらに、生成する水素原子、OHラジカルそれぞれの生成分岐率を0.24、0.36と決定した。励起一重項酸素とモノシランの素反応でSiOが直接生成することも見いだしている。これらの結果を過去の量子化学計算の結果と比較し、各々の反応経路を推定した。励起一重項酸素原子とジエチルシラン、トリエチルシランの速度定数および生成分岐率もあわせて測定し、得られた速度定数とSi-HおよびC-H結合の数との相関から励起一重項酸素原子のC-H、Si-H結合への挿入反応の選択性を議論している。

 第6章は研究の総括であり、解決された問題点と未解決の問題点を整理し、今後の展望について述べている。

 以上要するに、本論文はシランの酸化過程において重要な素過程の反応経路の詳細を実験および理論計算によって明らかにして、解明されていない部分の多いシリコン化合物の化学反応に関して信頼できる新しい知見を加えたものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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