学位論文要旨



No 112640
著者(漢字) 金,信祚
著者(英字) Kim,Shin-Jo
著者(カナ) キム,シンジョ
標題(和) フェライト化による有害金属含有廃棄物の安全化処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 112640
報告番号 甲12640
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3918号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 鶴田,俊
内容要旨

 種々の重金属の処理法の中でもフェライト化法は、多種の重金属を同一条件で一括処理することが可能である。また、処理過程で生成したフェライト化合物が磁性体や電波吸収材用の材料として有用であるなどの長所を有している。フェライト化法の基本はマグネタイトの生成に由来する。マグネタイトの結晶は、安定なスピネル構造を形成しており、中心にある鉄イオンは水溶液中でもほとんど溶解しない。鉄とともに結晶に取り込まれる他の重金属イオンについても同様のことがいえるため、廃液中の重金属イオンは、フェライト化法により極めて安定な状態となり、溶液からの分離が可能となる。そのために現在、多くの大学や研究機関などで採用されている。しかしながら、フェライト化法による廃水処理は、既に実用化されているにも関わらず主として経験的に得られた実験条件で運用されており、フェライト化の理論と最適フェライト化条件との対応関係、フェライト化生成の際、結晶中に固溶する金属イオンの限界範囲、フェライト化可能な金属の種類などについては不明な点が多い。

 本研究ではフェライト化法の最適条件を理論的に明らかにし、フェライト化法による多種の遷移金属含有廃液の一括処理における適用範囲を正確に把握するとともにフェライト化適用不可能とされている物質について、そのフェライト生成妨害の化学的な理由を明らかにすることを目的としている。ここでは、フェライト生成妨害の化学的理由を明らかにするために研究対象としてアンチモンとテルルを選択した。アンチモン及びテルルは、現在、半導体やメッキ材料に頻繁に使用される有害金属であるが、処理方法が確立されていない上、自国で発生した有害廃棄物を自国で処理することが原則であるバーゼル条約でも規制されている物質である。フェライトはFe3O4成分を含む化合物あるいはこれを主とする固形物である。フェライトはMO・Fe2O3(M:Mn、Co、Ni、Cd、Cuなど)の組成の鉄酸化物を有するスピネル型結晶構造の強磁性物質であり、磁性材料として使用されている。廃液中の重金属イオンのフェライト化による除去は、FeSO4溶液にNaOHを加え、アルカリ性で生成するFe(OH)2あるいはグリーンラストを空気酸化することによりFe3O4を生成する反応を利用したものである。このフェライト化反応の時、2価の重金属イオンが共存すると、重金属イオンは強磁性のスピネル型フェライトの格子中に取り囲まれ沈殿が生成するため、廃水中の重金属処理に使われる。

 本研究ではまず、フェライト化による重金属含有廃水処理におけるフェライト化反応に及ぼすR値(=2NaOH/FeSO4 or FeCl2)、pH値、反応温度、反応時間の影響、生成したフェライトの磁気的性質、安定性などを考察し、フェライト化の最適条件を検討した。その結果をまとめると次のようになる。R(=2NaOH/FeSO4)=1の条件でのフェライトの生成では反応温度65℃以上、反応時間30分以上で行うことにより強いフェライト特性ピークと球形結晶が観察された。R値とpHの相関関係ではNaOHの添加に伴いpH値が急激に上昇する段階(FeSO4の場合、R=1とFeCl2の場合、R=0.6)がフェライト生成に最適条件であることを見出した。Cd2+、Cu2+、Pb2+の場合、金属イオンの濃度が2000〜4000ppmではフェライトの生成は可能であり、金属濃度とX線回折の最大特性ピーク強度は指数関数的である。また、Zn2+、Cr6+、Mn7+の場合、2000ppm以上ではフェライトの特性ピークがまったく現われず、直線的な減少傾向となった。金属含有濃度が増加するとフェライト粒子は無定形となることがわかった。有機物含有溶液中ではフェライト生成はn-ブタノール4、FeCl2)、含有重金属イオン濃度とフェライトの生成程度は種類に関係なくほぼ一致した。フェライトスラッジの溶出試験では、Cu2+、Zn2+、Cr6+含有フェライトの場合、高い安定性が見られたが、Pb2+の場合、濃度が高い4900ppmでは溶出し、Cd2+、Ni2+含有フェライトの場合は含有濃度が低い場合でもフェライトスラッジからの金属イオンの溶出量が多くなることがわかった。

 一方、アンチモンは日本では環境基準項目ではないが、注意を要する項目として指定されている。フェライト化法を利用し、溶液中のアンチモン(3価、5価)の処理方法を検討した。フェライト化反応後、X線回折、電子顕微鏡(TEM)、飽和磁化、残留アンチモンイオン濃度、メスバウアースペクトル、溶出試験などの測定結果から、アンチモンの初期濃度が75ppmまでは3価及び5価ともフェライト化処理が可能であることが分かった。このことから、アンチモンがフェライトのスピネル構造中に取り込まれ、溶出などにも安定なことが分かった。また、アンチモンの初期濃度が75ppmを越えると次第に-FeOOH(Goethite)の生成が多くなり、フェライト化が難しくなることを確認した。ただし、残留アンチモンイオン濃度を1ppm程度まで処理することを目的とするならば3価、5価ともに初期濃度が100ppmまでは十分に処理できることが分かった。さらに、これらの実験結果から3価の固溶限界は75ppm付近程度と推測され、この値は用いられた鉄の量からアンチモンがスピネル格子に固溶すると仮定して計算するとFe2+・Fe3+1.988Sb3+0.012O4、5価の場合の固溶限界は100ppm付近程度と推測され、同様の方法で計算するとFe2+・Fe3+1.984Sb5+0.016O4のスピネルが生成したものと考えられる。また、3価に比べて5価のアンチモンの処理性が良いことの理由としてはイオン半径の相違によるものと鉄酸化物との共沈による物理化学的吸着等の複合的作用によって処理されると考えられる。

 テルルは日本では環境基準項目にはないが、バーゼル条約で有害重金属物質として規制されている。そこで、このフェライト化法を利用し、溶液中のテルル(4価、6価)の処理方法を検討した。フェライト化反応後、X線回折、電子顕微鏡(TEM)、飽和磁化、残留テルルイオン濃度、溶出試験などの測定結果から、テルルの初期濃度が25ppmまでは4価及び6価ともフェライト化処理が可能であることが分かった。これはテルルがフェライトのスピネル構造中に取り込まれ、安定化されているかあるいはフェライトによる強い吸着によって安定な形態になっているためと考えられる。通常の重金属の場合、重金属の濃度が高くなるに従い、フェライトの生成が困難になり、水酸化物の副生産物が生成される。しかし、テルルの場合には、高濃度においても水酸化物の副生が認められず、かつ初期濃度25ppm以上では処理限界が存在することから、低濃度ではフェライト格子のスピネル構造にある程度までは取り込まれることも考えられるが、鉄酸化物との共沈による物理化学的な吸着機能が強く反映しているとも考えられる。このことは、X線回折、飽和磁化率、電子顕微鏡の結果からは、判断が難しい。いずれにせよ、残留テルルイオン濃度を1ppm程度まで処理することを目的とするならば4価、6価ともに初期濃度が25ppmまでは十分に処理できることが確認された。これらの実験結果から4価と6価ともに固溶限界は25ppm付近程度と推測され、フェライト格子に取り込まれていると仮定すればFe2+・Fe3+1.996Te4+,6+0.004O4のスピネルが生成したものと考えられる。また、6価に比べて4価のテルルの処理性が良いことの理由としてはイオン半径の相違と還元によるものと考えられる。

 重金属イオンを含む廃水処理では、処理水の重金属イオン濃度と生成スラッジからの重金属再溶出が重要視される。一般にフェライト化により生成したスラッジは安定であり、重金属イオンの再溶出特性は、凝集沈殿法などで処理したものと比べて少ないが、埋め立て処分後、長期にわたる安全性を保障するためには広いpH範囲で重金属の溶出特性を評価する必要がある。重金属廃水のフェライト化処理の多数の実施例が報告されているが、これらの報告では、処理水の水質に重点が置かれることが多く、重金属フェライト化処理生成物からの重金属再溶出に関しては、pH6付近で行われる環境庁告示13号の試験方法による結果のみであり、酸性からアルカリ性までの広いpH領域における報告は見当たらない。そこで、アンチモン及びテルルの水溶液をそれぞれ、65℃でフェライト化処理して得た生成物を自然乾燥させた後、粉砕し、pH1〜13の範囲でアンチモン及びテルルの再溶出特性を検討し、安定性について調べた。その結果を要約すると以下のようになる。フェライト化処理生成物を産業廃棄物として埋め立て処分するときアンチモンイオンの初期濃度が10ppmの場合ではpH1、150ppm場合ではpH1、pH10、pH13では、注意を要する指針値から推算した基準値である60ppbを超過し、そのまま埋め立て処分することは困難であることが考えられる。アンチモンについて排出基準値を20ppbと仮定すれば、アンチモンイオンの初期濃度が10ppmの場合ではpH1とpH13、150ppmの場合ではpH1、pH2、pH10、PH13のものがその排水基準値を超過する。pHとアンチモン及びテルル含有フェライト化生成物の再溶出では、アンチモンとテルルイオンの初期濃度が10ppmと150ppmのpH3〜5では、溶出特性が良好でフェライト化合物中のアンチモン及びテルルが安定な形で存在することが分かった。アンチモン及びテルルイオンは両性であり、pH13における再溶出濃度はアンチモンイオンの初期濃度が10ppmと150ppmの場合、44.3ppbと5592.5ppbに対してテルルの場合、17.2ppmと388.9ppmであった。各pHでの再溶出試験結果から考えるとテルルの殆どは、フェライトの表面に吸着していると考えられるが、アンチモンについては大部分がフェライトのスピネル構造元素として取り込まれていることが予測できる。

審査要旨

 本論文は「フェライト化による有害金属含有廃棄物の安全化処理に関する研究」と題して、フェライト化法の有害金属廃液の安全化処理への適用を明らかにすることを目的とし、フェライト生成および生成フェライトの評価に関する研究成果をまとめたもので、6章から成っている。

 第1章は序論で、有害金属含有廃棄物処理に関する問題点を指摘し、その1つの解決法であるフェライト化法について概説するとともに、フェライト化反応に関する既往の研究についてまとめ、フェライト化の理論と最適フェライト化条件との関係、フェライト生成における金属イオンの適用範囲およびフェライト結晶中での金属イオンの固溶限界など未解明な検討課題を挙げ本論文の位置づけを明らかにしている。

 第2章では、フェライト化反応の最適条件と適用範囲について検討した結果をまとめている。フェライト化反応に影響をおよぼす因子として、R値(水酸化ナトリウム/鉄イオンのモル比の2倍値)、pH値、反応温度、反応時間をとりあげ、それらについて詳細な検討を加えた結果、最適条件は、pHが急激に変化するR値において得られ、従来最適といわれてきたpH9〜11の範囲とは必ずしも一致しないこと、また、その最適R値は鉄イオンを生成する鉄塩によっても異なることを明らかにした。さらに、Cd2+、Cu2+、Pb2+のフェライト化反応においては、それらのイオン濃度が4000ppmまではフェライト生成、すなわち、フェライト化処理が可能であることを示している。

 第3章では、アンチモンのフェライト化反応について検討した結果をまとめている。アンチモンはバーゼル条約における規制物質であるが、適当な処理法が無く、また、従来フェライト化処理が不可能な金属として知られてきた有害金属である。アンチモンの3価および5価のイオン溶液のフェライト化反応を詳細に検討した結果、初期濃度が100ppm程度までは、フェライト化反応が進行し、フェライト化処理が可能であることを明らかにするとともに、3価および5価のアンチモンイオンの固溶限界値あるいは吸着限界値が、75ppmおよび100ppmであることを示している。

 第4章では、テルルのフェライト化反応について検討した結果をまとめている。テルルもアンチモン同様、バーゼル条約における規制物質であるが、適当な処理法が無く、また、従来フェライト化処理が不可能な金属として知られてきた有害金属である。このテルルの4価および6価イオンの溶液のフェライト化反応を詳細に検討した結果、初期濃度が25ppm程度までは、フェライト化反応が進行し、フェライト処理が可能であることを明らかにするとともに、4価および6価のテルルイオンの固溶限界値あるいは吸着限界値が、それぞれ25ppmであることを示している。

 第5章では、フェライト化法により処理されたアンチモンおよびテルル含有フェライトスラッジの溶出特性についてさらに詳細に検討した結果をまとめている。酸性(pH1)から塩基性(pH13)までの広いpHの範囲での溶出試験をアンチモンおよびテルル含有フェライトスラッジに適用した結果、pH3〜pH5の範囲内ではアンチモンおよびテルル含有フェライトスラッジは、その溶出イオン濃度がいずれも10ppb以下であり、十分安定な状態であることを示している。また、アンチモン含有フェライトスラッジは、pH2以下およびpH10以上でその溶出イオン濃度が20ppbを越えること、一方、テルル含有フェライトスラッジは、pH2以下およびpH7以上で再溶出の傾向が認められ、特に塩基性側での再溶出濃度が大きくなることを見出している。通常のフェライト化合物と異なり、酸性および塩基性の両条件において再溶出が見られることについては、アンチモンの場合はその両性の性質のため、また、テルルの場合は、スピネル構造に取り込まれずに吸着されている状態であるためと説明している。

 第6章は本論文の総括であり、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は金属のフェライト化固定処理について、これまで十分に解明されていなかった、フェライト化の理論と最適フェライト化条件との関係、フェライト化の適用範囲等に関し新しい知見を与えたものであり、環境安全工学ならびに化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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