学位論文要旨



No 112641
著者(漢字) 遠藤,政幸
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,マサユキ
標題(和) RNA及びDNAの位置選択的切断分子の開発
標題(洋) Artificial Molecules for Site-Selective Scission of RNA and DNA
報告番号 112641
報告番号 甲12641
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3919号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 八代,盛夫
内容要旨

 塩基配列特異的に核酸分子を認識し切断する天然の制限酵素は,遺伝子組み換えや巨大なゲノムの解析を行う上で非常に重要である。しかし,認識し切断できる塩基配列が限定され,望みの位置で自由に切断することは困難である。このため,認識部位と切断部位を合わせ持つ人工的な制限酵素が必要となる。一方,RNAを塩基配列特異的かつ位置選択的に認識し切断する分子は,RNAの構造や機能を知る上で重要であり,m-RNAの運ぶ情報の制御を可能とする。また、核酸の認識分子となるアンチセンスDNAによっても、m-RNAの情報伝達を制御できる。つまり,AIDS発症の抑制等への応用が可能である。

 以上の人工制限酵素及びRNAの塩基配列特異的な認識及び切断分子の分子設計,合成及びその機能の検討を行った。

第1章、第2章

 人工制限酵素を構築する上で,塩基配列認識部位と切断部位の2つが必要であるが,切断部位をより効果的にターゲット鎖へ近づけるための認識部位の分子設計がその人工制限酵素の性能を決める大きな要素となる。その目的のため切断分子を鎖内に導入した新規なDNAオリゴマーを分子設計,合成,それを用いたときのターゲットDNAとの相互作用及び機能の評価を検討してきた。

 まず第一に,鎖内のリン原子に側鎖を導入したDNAオリゴマーを検討した(1)。生成する2つのジアステレオマーのうち、2本鎖形成について異性体の一方が2本鎖を安定に形成できることを見いだした。また、インターカレーターをリン原子に導入すると2つの異性体で異なるインターカレートの様式を示すことが明らかになった。このことにより,塩基対間に挿入される位置が決まるので,インターカレーターを化学的に修飾し切断分子の導入を行えば,切断分子をよりターゲットDNAの望みの位置に近づけることが可能となり,切断の位置特異性が向上すると考えられる。

 第2に、よりシンプルなDNA鎖内への機能性分子の導入法を検討し、容易に修飾を行える新規ホスホロアミダイトと合成法を確立した2。特徴としては、DNAオリゴマー内に非天然型の主鎖及び側鎖を持ち、固相合成により側鎖及び機能性分子を導入できる点である。検討の結果、この修飾オリゴマーは2本鎖形成時に天然型のDNA同様の構造をとり、生理条件下で十分安定な2本鎖形成能をもつことが明らかとなった。

 

 

第3章、第4章

 先に挙げた、2の機能性DNAオリゴマーにRNA切断活性部位であるオリゴアミンを導入し、RNAの塩基配列特異的加水分解を検討した。反応は、37℃、pH8前後の生理条件下で行った。その結果、トリエチレンテトラミンを鎖内に導入したDNAを用いると、切断活性部位の正面付近で加水分解が行われた(右図)。

 また、RNAの加水分解機構を考慮して、分子モデリング計算を行うと、この切断されるリン原子にオリゴアミンが近づいたDNA/RNA2本鎖構造が、エネルギー的に最も安定なものであることが明らかとなった。

 

 さらに、2のDNAオリゴマーにキサンテン系色素を導入し、DNAの塩基配列特異的な光切断を行った。この結果、RNAと同様に切断分子を導入した部位の正面が強く切断された。これらのことから、2の機能性DNAによって、RNA及びDNAの位置特異性の高い限定された切断が達成された。

第5章

 小分子によるRNAの位置特異的切断は、人工リボヌクレアーゼの構築やRNAの立体構造の情報を得るために重要である。本研究では、アントラキノンにリンカーを介してグリシン3及びイミノ二酢酸4を導入した分子により生理条件下でtRNAの効率的な切断を行った。tRNAは位置選択的に切断され、反応は加水分解によって行われた。グリシンの誘導体3では5’-Py-A-3’選択的、イミノ二酢酸の誘導体4では、5’-G-N-3’選択的な加水分解が見られた。つまり、ribonuclease A及びribonuclease T1と同様の選択性を示した。RNA加水分解の反応機構は、末端のカルボキシラートとアンモニウムイオンが必要であることから、この2つの官能基の酸塩基協同触媒作用で行われることが明らかになった。

AQ-Gly 3及びAQ-IDA 4によるYeast tRNAPheの位置選択的加水分解
審査要旨

 塩基配列特異的に核酸分子を認識し切断する天然の制限酵素は,遺伝子組み換えや巨大なゲノムの解析を行う上で非常に重要である。しかし,天然の酵素のみの使用では、認識し切断できる塩基配列が限定され,望みの位置で自由に核酸を切断することは困難である。このため,認識部位と切断部位を合わせ持つ人工的な制限酵素が必要となる。一方,RNAを塩基配列特異的かつ位置選択的に認識し切断する分子は,RNAの構造や機能を知る上で重要であり,m-RNAの運ぶ情報の制御を可能とする。また、アンチセンス法による、AIDS発症の抑制等への応用も期待されている。

 人工制限酵素及び人工リボヌクレアーゼを構築する上で,塩基配列認識部位と切断部位の2つが必要であるが,切断部位をより効果的にターゲット鎖へ近づけるための認識部位の分子設計がその人工制限酵素の性能を決める大きな要素となる。本研究では、効率的な核酸切断分子を実現するため、切断分子を鎖内に導入した新規なDNAオリゴマーを分子設計,合成した。さらにそれらのDNAオリゴマーのターゲットDNAとの相互作用及び機能を評価した。

 第1章では、鎖内のリン原子に側鎖を導入したDNAオリゴマーを合成した。生成する2つのジアステレオマーのうち、2本鎖形成について異性体の一方が2本鎖を安定に形成できることを見いだした。また、インターカレーターをリン原子に導入すると、2つの異性体が異なるインターカレート様式をとることを明らかにした。この結果は、インターカレーターを化学的に修飾し切断分子の導入を行えば,切断分子をよりターゲットDNAの望みの位置に近づけることが可能となり,切断の位置特異性が向上すること強く示唆する。

 第2章では、より簡便なDNA鎖内への機能性分子の導入法を検討し、容易に修飾を行える新規ホスホロアミダイトの合成法を確立した。このアミダイトモノマーの特徴としては、DNAオリゴマー内に非天然型の主鎖及び側鎖を持ち、固相合成により様々な側鎖及び機能性分子を導入できる点である。この修飾オリゴマーは2本鎖形成時に天然型のDNA同様の構造をとり、生理条件下で十分に安定な2本鎖形成能をもつことが明らかとなった。

 第3章では、第2章で合成した機能性DNAオリゴマーにRNA切断活性部位であるオリゴアミンを導入し、RNAの塩基配列特異的な加水分解を行った。反応は、37℃、pH8前後の生理条件下で行った。その結果、トリエチレンテトラミンを鎖内に導入したDNAを用いることにより、切断活性部位の正面付近でRNAを加水分解することに成功した。また、分子モデリング計算により、切断されるリン酸ジエステルにオリゴアミシが近づいた時のDNA/RNA2本鎖構造が、エネルギー的に最も安定なものであることを明らかにした。こうして、切断位置の予測が可能な人工リボヌクレアーゼの構築に成功した。

 第4章では、第2章で合成した機能性DNAオリゴマーにキサンテン系色素を導入し、DNAの塩基配列特異的な光切断を行った。その結果、切断分子を導入した部位の正面で光架橋反応が塩基特異的に起こり、アルカリ処理によってこの位置が強く切断された。これらのことから、第2章で合成した機能性DNAオリゴマーが、RNA及びDNAの高い位置特異的切断に極めて有効であることを明らかにした。

 第5章では、アントラキノンにリンカーを介してグリシン及びイミノ二酢酸を導入した分子を合成し、この分子が生理条件下でtRNAを効率的に切断することを見いだした。しかも切断は位置選択的であり、切断はすべて加水分解でおこなわれた。グリシンの誘導体では5’-Py-A-3’選択的、イミノ二酢酸の誘導体では、5’-G-N-3’選択的な加水分解が見られた。つまり、これらの人工分子は、それぞれ天然の酵素であるリボヌクレアーゼA及びリボヌクレアーゼT1と同様の選択性を示した。RNA加水分解に、末端のカルボキシラートとアンモニウムイオンが必要であることから、この2つの官能基の酸塩基協同触媒作用によりRNAの加水分解が進行することが明らかになった。本研究は、カルボキシラートを一つの構成分子とするRNA加水分解触媒の初めての例である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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