学位論文要旨



No 112645
著者(漢字) リー,ウィリアム
著者(英字) Lee William
著者(カナ) リー,ウィリアム
標題(和) 放射線グラフト重合法によって高分子材料に導入した荷電性高分子鎖とその応用に関する研究
標題(洋) Study on Charged Brushes Grafted in Polymeric Materials by Radiation-Induced Graft Polymerization and Their Applications as Functional Materials
報告番号 112645
報告番号 甲12645
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3923号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 関,実
内容要旨 〈1〉緒言

 電荷をもつ高分子鎖を高分子材料のバルクおよび表面にグラフト重合させることにより、その高分子材料の特性を変化させることができる。放射線グラフト重合法(RIGP)は、様々な官能基を有するグラフト鎖を、各種形状の高分子材料に付与できる有力な手法である。

 金属イオンやタンパク質よりサイズの大きい微生物細胞とグラフト鎖との相互作用についてこれまでに研究例はない。本研究では、微生物細胞捕捉材料の満たすべき条件を探索し、さらに、グラフト鎖の新規なキャラクタリゼーション手法を提案し、ポリエチレン(PE)膜にグラフト重合したポリグリシジルメタクリレート(poly-GMA)鎖のキャラクタリゼーショシに適用した。PEは化学的安定性が高く、poly-GMAグラフト鎖を単離することができない。

 本論文では、RIGPにより既存の高分子材料のバルクおよび表面に荷電性高分子鎖をグラフト重合させる。本研究の目的は、(1)高分子材料をバルクで修飾することによって実用ニーズを満たす機能性高分子材料を作成すること、(2)ポリエチレン製多孔性膜の表面修飾によって微生物細胞を捕捉する材料を作成すること、および(3)電子スピン共鳴法(ESR)によって新規なグラフト鎖のキャラクタリゼーション手法を提案することである。それぞれの高分子材料の作成経路をFigure 1に示す。グラフトした高分子鎖の総量は、以下のように定義される。

 グラフト率(dg)=100〔(グラフト鎖の重量)/(基材の重量)〕〔%〕

〈2〉実用ニーズを満たす高分子材料のバルクの修飾〈2-1〉高分子電解質燃料電池用のカチオン交換膜

 スルホン酸基を有する強酸性カチオン交換膜は、燃料電池用の固体高分子電解質としての利用が期待されている。市販されている膜(Nafion117,Dow膜)は大変高価である。したがって、膜にスルホン酸基を導入する新規な手法の開発は、コスト削減に貢献できる。膜厚方向にスルホン酸基を導入し、貫通させることが、プロトン輸送にとって不可欠である。

 本研究では、ポリエチレン-テトラフロロエチレン(ETFE)フィルムのバルク内にGMAグラフト鎖をグラフト重合(dg110%)させることにより、スルホン酸基を有する膜(Figure 1のSH膜)を作成した。基材膜として選択したETFEフィルムは、物理的強度を保ちながら、高密度のスルホン酸基(2.5mmol/g-product)を導入できる。SH膜中の荷電をもつグラフト鎖は、柔軟な構造を形成し、多くの水分子と結合(Nafion117膜より30%増)でき、またプロトンを輸送することができる。SH膜の比抵抗は、スルホン酸基密度の増加にともない低下し(Figure 2)、スルホン酸基の転化率が97%のとき、比抵抗は24cmに到達した。Nafion117膜と十分競合できる性能である。X線マイクロアナライザ(XMA)を用いて、SH膜の膜厚方向にスルホン酸基が均一に分布していることを確認した(Figure 2(b))。

〈2-2〉腹膜透析(PD)システムの透析液を再生するためのアニオン交換膜

 生物学および医学分野での新しい応用のため、親水性や選択透過を付与できるイオン交換膜作成法が必要である。ここでは、PDシステムの透析液を再生するために、尿素透過アニオン交換膜を作成した。

 強塩基性アニオン交換膜を作成するため、非多孔性PEフィルムのバルクに第四級アンモニウム塩であるビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロライド(VBTAC)をヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)と共グラフト重合させた(Figure 1のVBTAC/HEMA共グラフト膜)。高分子マトリクス中へのVBTACの拡散を促すため、HEMAと共グラフトさせた。VBTAC/HEMA共グラフト膜のグラフト率が52および75%以上に増加すると、それぞれリン酸イオンおよび尿素が透過し始めた(Figure 3)。この手法によって、カチオンを排除するだけではなく、分子サイズに基づくふるい機能を非多孔性膜に付与できることを示した。

 以上、実用ニーズを満たす機能性高分子材料を作成するとき、RIGPが用途の広い手法であることが示された。

〈3〉高分子材料の表面改質による、微生物細胞捕捉に有利な表面の設計〈3-1〉グラフト鎖と微生物種の組合わせに関するスクリーニング

 機能性高分子の表面と微生物細胞との相互作用は、分離および反応操作に有用である。例えば、(1)水浄化のための高分子材料による微生物細胞の捕捉除去、(2)バイオリアクタによる物質生産のための高分子材料への微生物細胞の固定化である。微生物細胞と高分子材料との相互作用について、高分子材料の表面を系統的に化学修飾し、しかも定量的に評価する研究例はほとんどない。本研究では、微生物細胞の捕捉に適したグラフト鎖表面を作成する方法について調べた。バッチ法を用いて、作成したグラフト鎖表面の微生物細胞の捕捉性能を評価した。

 ここでは、放射線グラフト重合法によって、PE製中空糸膜にGMAをグラフト(dg110%)し、グラフト鎖をもつ表面を作成した。GMAのエポキシ基(EO基)を開環して、三級アミノ基であるジエチルアミノ基(DEA基)へ転化させた(DEA-EO膜)。また、残存エポキシ基を親水性のエタノールアミノ(EA基)へ転化した(DEA-EA膜)。S.aureus(グラム陽性菌)およびE.coli(グラム陰性菌)に対する膜の捕捉性能を調べた。DEA基とEO基とが共存するグラフト鎖をもつDEA-EO膜(DEA基密度2.27mmol/g-product)は、S.aureusに対して高い捕捉性能を示すのに対して、DEA基とEA基を共存するグラフト鎖をもつDEA-EA膜では、EA基がS.aureusおよびE.coliの捕捉を阻害した。S.aureusの捕捉には、DEA-EO膜のもつ静電的および疎水性相互作用が必要であることがわかった。以後、DEA-EO膜とS.aureusの組合わせを選択した。

〈3-2〉DEA-EO膜上へのS.aureusの捕捉速度論

 三級アミノ基をもつグラフト鎖と微生物細胞との相互作用に関する定量的な研究例はない。ここでは、(1)DEA-EO膜への微生物細胞捕捉速度定数を算出すること、(2)微生物細胞の捕捉性能について、グラフト型構造をもつDEA-EO膜を従来の架橋型ビーズと比較すること、および(3)走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、グラフト型および架橋型構造の表面に捕捉された微生物細胞の形態変化を観察することを目的とする。

 作成したDEA-EO膜をS.aureus懸濁液に接触させて、捕捉性能を評価した。接触時間と生菌数の対数とが直線関係を示したので、捕捉速度定数kは、以下の式から算出できる。

 捕捉速度定数(k)=-(V/A)(1/t)In(C/Co)〔m/s〕

 ここでV、A、t、CおよびCoはそれぞれ菌溶液量、膜の接触表面積、接触時間、接触時間tでの菌濃度および初期の菌濃度である。グラフト鎖中のDEA基密度の増加とともにS.aureusの捕捉速度は上昇した。架橋型のGMAビーズにDEA基を導入し、S.aureusの捕捉速度を比較した。グラフト型DEA-EO膜の捕捉速度定数が架橋型DEA-EOビーズより、約1,000倍大きいことがわかった。その理由は、多点で菌体を捕捉する三次元的な足場を提供できるからである。捕捉された菌体をSEMで観察したところ、DEA-EO膜表面では菌体の形態が丸いのに対して、架橋型DEA-EOビーズ表面では菌体が平坦になった(Figure 4)。

〈3-3〉微生物細胞を捕捉するグラフト鎖をもつ表面を作成するときの照射線量およびグラフト率の最適化

 ジエチルアミノ基とエポキシ基が共存するグラフト鎖をもつ表面を作成した。微生物細胞の吸着は高分子表面との静電的相互作用によることを前提として、プラス電荷をもつグラフト鎖の密度および長さと捕捉性能との関係について調べた。

 荷電性高分子鎖をもつ表面(DEA-EO膜)を作成するとき、PE製基材に、電子線照射線量を10〜200kGyの範囲で変化させ照射した後、GMAをグラフト重合させた。そして、GMAのエポキシ基を開環させ、三級アミノ基であるジエチルアミンを導入した。電子線の照射線量を変化させることによって、グラフト鎖の密度を変化させ、またグラフト率を制御することによって、グラフト鎖の長さを変化させた。照射線量およびグラフト率が高いほど、S.aureusに対して高い捕捉性能を示した(Figure 5)。材料の物理的強度を維持できる範囲では、微生物細胞捕捉表面を作成するには、高照射線量、高グラフト率および高転化率が有効であった。

 以上、著しく速い吸着速度をもち、微生物細胞捕捉に適した表面をRIGPにより設計した。

〈4〉電子スピン共鳴法(ESR)を用いたグラフト鎖の新しいキャラクタリゼーション法の提案

 ラジカルの同定や定量によく使われている電子スピン共鳴法(ESR)を用いて、グラフト鎖の密度と長さを定量できることを提案する。つぎの仮定をおいて解析した。(1)反応停止後、poly-GMAグラフト鎖の末端ラジカルはただちに消滅すること、および(2)poly-GMAグラフト鎖の再結合は無視できることである。

 ポリエチレンに電子線を照射すると、アルキル、アリルとパーオキシ・ラジカルが形成される。GMAグラフト重合反応前後のアリルとパーオキシ・ラジカル濃度がほぼ一定であるので、グラフト重合反応に関与するラジカルはアルキル・ラジカルとした。GMAに消費されたラジカル濃度、CGMAはつぎの式から計算できる。

 

 ここで、C0 alkyl、C1 alkyl、Csoivent、C313Kはそれぞれ初期のアルキル・ラジカル濃度、反応後のアルキル・ラジカル濃度、溶媒に移ったアルキルラジカル濃度と温度によって消滅したアルキルラジカル濃度である。グラフト率を230%に固定して、照射線量を変えた結果、照射線量の増加とともに、初期のアルキル・ラジカル濃度も増えた。このとき、アルキル・ラジカルの利用効率は一定であった(Figure 6)。照射線量の増加によってGMAに消費されたラジカル数が増えることは、グラフト鎖の密度も増えることを意味する。また、グラフト鎖の長さに当たる数平均分子量を算出して、105〜106の範囲であることを示した(Figure 7)。また、照射線量を200kGyに固定して、グラフト率を変えた結果、グラフト率の増加にも関わらず、グラフト鎖の密度は一定で、数平均分子量はグラフト率の上昇とともに増えた(Figure 8)。既往の研究のグラフト鎖単離法と比較し、ESRを用いたグラフト鎖のキャラクタリゼーション法が有効であることを示した。

〈5〉今後の展望

 グラフト鎖をもつ高分子材料の表面が、微生物細胞の捕捉に適した新規な表面であることを述べた。RIGP手法を利用することによって、フィルム、繊維、不織布およびハイドロゲルといった素材表面を修飾でき、グラフト率や三級アミノ基の四級化率を制御することによって電荷密度を容易に変更できる。様々な官能基をもつモノマーをグラフトすることによって、微生物細胞あるいは動物細胞を捕捉するための最適なグラフト鎖表面を得られると期待できる。

Figure 1.Preparation scheme for novel functional materials containing brushes by radiation-induced graft polymerization.Figure 2.Conductivity and specific resistivity of the SH membrane(ETFE-based)as a function of conversion. Typical XMA profiles of sulfur throughout the membrane are shown (a and b).Figure 3. Overall mass transfer coefficients of different VBTAC/HEMA-cografted membranes.Figure 4. SEM images of the surfaces of (a)cross-linked-type DEA-EO bead and(b)brush-type DEA-EO membrane after a S.aureus cell suspension was brought into contact for 8h.The bar represents 10m.Figure 5.a,Influence of total dose of electron beam on the capturing rate constant of grafted DEA-EO surfaces for S. aureus. b,IIIustrations showing typical difference in number of brushes in two extreme cases of brush-type surfaces shown in a.c,Relationship between the capturing rate constant and the degree of GMA grafting. d,IIIustrations showing typical difference in length of brushes in two extreme cases of brushtype surfaces shown in c.Figure 6.Initial alkyl radical concentration as a function of total dose.Figure 7.Density and length of poly-GMA brushes as a function of total dose.Figure 8.Density and length of poly-GMA brushes as a function of degree of GMA grafting.
審査要旨

 放射線グラフト重合法は、近年高分子基材に分離材としての機能を容易にかつ安価に付与する方法として注目を集めるようになってきた。放射線グラフト重合法により製造された機能材料は分離操作や反応装置などに応用することが可能である。本研究は、"Study on Charged Brushes Grafted in Polymeric Materials by Radiation-Induced Graft Polymerization and Their Application as Functional Materials(放射線グラフト重合法によって高分子材料に導入した荷電性高分子鎖とその応用に関する研究)"と題し、全5章から成っている。

 先ず、第1章においては放射線グラフト重合法について概論を述べ、丈夫な基材に官能基を付与して有用な機能材料を作ることができること、既往の研究および本研究の背景について述べている。

 第2章においては、このようにして作った機能材料について、それらの性質を検討している。まず、エチレンと4弗化エチレンの非多孔性共重合体を基材として放射線グラフト重合法によりメタクリル酸グリシジルエステル(GMA)をグラフト重合し、そのグラフト鎖にあるエポキシ基の反応性を利用してスルフォン基を導入し、燃料電池の隔膜を作成した。この膜は、イオン交換基が均一に分布し、比抵抗率が24cmと低く、コマーシャルに得られる隔膜よりも安価に容易に製造できることを示した。

 次いで、ヒトの腹膜透析に用いる陰イオン交換型透析膜の検討を行い、種々の官能基について性質を調べて、最終的にビニルベンジルトリメチル塩酸塩(VBTAC)とメタクリル酸ヒドロキシエチルエステル(HEMA)の共重合体をポリエチレンを基材としてグラフト重合により製造し、第4アンモニウム塩の陽電荷を持つ尿素、リン酸の透過膜を作成した。カリウムイオンなどの陽イオンは透過しないことを確認した。以上、この手法によって陽イオンを排除するだけでなく、分子サイズに基づくふるい機能を膜に付与できることを示した。

 更に、第2章においてグラフト鎖のキャラクタリゼーションを行う為に、GMAをグラフトし、これにイミノ-ジ-酢酸基を付与した膜を作成した。非多孔性膜においてはグラフト率(グラフト鎖の全体に占める重量割合)が上昇すると表面積当りの電気抵抗値は減少するが、体積当りの抵抗値は一定であることを示した。これは非多孔性膜のイオン交換基が表面近傍に遍在している為であることを、X線マイクロアナライザーの測定により明らかにした。一方、多孔性膜ではイオン交換基が膜の内部に均一に分布しているので体積当りの抵抗値も表面積当りの値と同様にグラフト率の上昇と共に低下した。

 第3章においては、水溶液中の微生物を膜に付着させて除去する膜を作成し、そのキャラクタリゼーションを行った。まず、GMAグラフト鎖にジエタノールアミンを作用させ、第3級アンモニウム基を付与した(DEA-EO膜)。また、未反応のエポキシ基にエタノールアミンを作用させて膜を親水化した膜(DEA-EA膜)も作成した。タンパク質は後者がよく吸着されるが、微生物は前者がよく付着させることを示した。また、グラム陰性菌の大腸菌よりもグラム陽性菌のブドウ状球菌がよく付着することがわかった。付着速度が擬1次反応の速度形式で表現できることを示し、速度定数を用いて定量的な比較を行った。DEA-EO膜中の官能基におけるジエタノールアミンのモル分率が0.8を越えると急激に付着速度定数が上昇することがわかった。これはDEA-EA膜においては電荷密度が上昇するとグラフト鎖がブラシのように立って、微生物が付着し易くなるためであると説明した。また、付着したブドウ状球菌の形状が変わらないことも示された。一方、グラフト鎖を用いない荷電膜では菌体が扁平に変形することも示された。グラフト鎖の数と長さの影響をそれぞれ調べたが、数も多く長さも長い方がよく菌を付着させることを示した。

 第4章においては、グラフト鎖の密度と長さを電子スピン共鳴法(ESR)により測定する新しい方法を提案した。ESRスペクトルの解析から過酸化ラジカル、アルキルラジカルおよびアリルラジカルの密度を求め、アルキルラジカルのみがグラフト鎖の生成に関与すると仮定して、溶媒への転移や減衰によるラジカルの減少を考慮してグラフト鎖の数を計算し、また消費されたGMAの量からグラフト鎖の長さを求めた。これらの解析の結果、グラフト率一定の条件下では、電子線の照射量が増すにつれてグラフト鎖の数は増加するが、長さが減少すること、また、照射量が一定の条件下では、グラフト鎖の長さは増加するが数は一定であることが推察された。この結果は論理的な考察とほぼ一致する。また、基材にセルロースアセテートを用いた膜にグラフト鎖を付けたのち、基材を酸で溶解してグラフト鎖部のみを水溶液に溶解して分子量を求めた既往の解析結果と比較してもほぼ同じ値を得た。

 第5章においては、本論文の結論を述べ、グラフト鎖をもつ高分子材料が種々の分野に応用されることが期待される旨述べている。

 以上、本論文はポリマー基材にグラフト鎖を付与し官能基を付けることにより、種々の機能膜を作成して、いろいろな分野で応用できることを示したもので、材料科学あるいは分離工学における貢献が著しいということができる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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