放射線グラフト重合法は、近年高分子基材に分離材としての機能を容易にかつ安価に付与する方法として注目を集めるようになってきた。放射線グラフト重合法により製造された機能材料は分離操作や反応装置などに応用することが可能である。本研究は、"Study on Charged Brushes Grafted in Polymeric Materials by Radiation-Induced Graft Polymerization and Their Application as Functional Materials(放射線グラフト重合法によって高分子材料に導入した荷電性高分子鎖とその応用に関する研究)"と題し、全5章から成っている。 先ず、第1章においては放射線グラフト重合法について概論を述べ、丈夫な基材に官能基を付与して有用な機能材料を作ることができること、既往の研究および本研究の背景について述べている。 第2章においては、このようにして作った機能材料について、それらの性質を検討している。まず、エチレンと4弗化エチレンの非多孔性共重合体を基材として放射線グラフト重合法によりメタクリル酸グリシジルエステル(GMA)をグラフト重合し、そのグラフト鎖にあるエポキシ基の反応性を利用してスルフォン基を導入し、燃料電池の隔膜を作成した。この膜は、イオン交換基が均一に分布し、比抵抗率が24cmと低く、コマーシャルに得られる隔膜よりも安価に容易に製造できることを示した。 次いで、ヒトの腹膜透析に用いる陰イオン交換型透析膜の検討を行い、種々の官能基について性質を調べて、最終的にビニルベンジルトリメチル塩酸塩(VBTAC)とメタクリル酸ヒドロキシエチルエステル(HEMA)の共重合体をポリエチレンを基材としてグラフト重合により製造し、第4アンモニウム塩の陽電荷を持つ尿素、リン酸の透過膜を作成した。カリウムイオンなどの陽イオンは透過しないことを確認した。以上、この手法によって陽イオンを排除するだけでなく、分子サイズに基づくふるい機能を膜に付与できることを示した。 更に、第2章においてグラフト鎖のキャラクタリゼーションを行う為に、GMAをグラフトし、これにイミノ-ジ-酢酸基を付与した膜を作成した。非多孔性膜においてはグラフト率(グラフト鎖の全体に占める重量割合)が上昇すると表面積当りの電気抵抗値は減少するが、体積当りの抵抗値は一定であることを示した。これは非多孔性膜のイオン交換基が表面近傍に遍在している為であることを、X線マイクロアナライザーの測定により明らかにした。一方、多孔性膜ではイオン交換基が膜の内部に均一に分布しているので体積当りの抵抗値も表面積当りの値と同様にグラフト率の上昇と共に低下した。 第3章においては、水溶液中の微生物を膜に付着させて除去する膜を作成し、そのキャラクタリゼーションを行った。まず、GMAグラフト鎖にジエタノールアミンを作用させ、第3級アンモニウム基を付与した(DEA-EO膜)。また、未反応のエポキシ基にエタノールアミンを作用させて膜を親水化した膜(DEA-EA膜)も作成した。タンパク質は後者がよく吸着されるが、微生物は前者がよく付着させることを示した。また、グラム陰性菌の大腸菌よりもグラム陽性菌のブドウ状球菌がよく付着することがわかった。付着速度が擬1次反応の速度形式で表現できることを示し、速度定数を用いて定量的な比較を行った。DEA-EO膜中の官能基におけるジエタノールアミンのモル分率が0.8を越えると急激に付着速度定数が上昇することがわかった。これはDEA-EA膜においては電荷密度が上昇するとグラフト鎖がブラシのように立って、微生物が付着し易くなるためであると説明した。また、付着したブドウ状球菌の形状が変わらないことも示された。一方、グラフト鎖を用いない荷電膜では菌体が扁平に変形することも示された。グラフト鎖の数と長さの影響をそれぞれ調べたが、数も多く長さも長い方がよく菌を付着させることを示した。 第4章においては、グラフト鎖の密度と長さを電子スピン共鳴法(ESR)により測定する新しい方法を提案した。ESRスペクトルの解析から過酸化ラジカル、アルキルラジカルおよびアリルラジカルの密度を求め、アルキルラジカルのみがグラフト鎖の生成に関与すると仮定して、溶媒への転移や減衰によるラジカルの減少を考慮してグラフト鎖の数を計算し、また消費されたGMAの量からグラフト鎖の長さを求めた。これらの解析の結果、グラフト率一定の条件下では、電子線の照射量が増すにつれてグラフト鎖の数は増加するが、長さが減少すること、また、照射量が一定の条件下では、グラフト鎖の長さは増加するが数は一定であることが推察された。この結果は論理的な考察とほぼ一致する。また、基材にセルロースアセテートを用いた膜にグラフト鎖を付けたのち、基材を酸で溶解してグラフト鎖部のみを水溶液に溶解して分子量を求めた既往の解析結果と比較してもほぼ同じ値を得た。 第5章においては、本論文の結論を述べ、グラフト鎖をもつ高分子材料が種々の分野に応用されることが期待される旨述べている。 以上、本論文はポリマー基材にグラフト鎖を付与し官能基を付けることにより、種々の機能膜を作成して、いろいろな分野で応用できることを示したもので、材料科学あるいは分離工学における貢献が著しいということができる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |