学位論文要旨



No 112647
著者(漢字) 内田,友幸
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,トモユキ
標題(和) 文書における彩色の有効性とその対話的自動彩色システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 112647
報告番号 甲12647
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3925号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 助教授 堀,浩一
内容要旨

 近年,インターネットの普及にともない電子化された自然言語文書が大量に流通するようになってきた.また,カラーディスプレイなどデバイスのカラー化も進み,動的なカラーデバイス上で文書を読む事が多くなってきた.しかし,自然言語文書部分に対するユーザインタフェースは従来の紙メディアと同様の白黒で静的な表現が主流となっている.

 そこで我々はこれらのデバイスを積極的に利用した読みやすい自然言語文書のユーザインタフェースについて検討を重ね,文書をより読みやすく,理解しやすくするシステムの開発を進めている.

 色彩の利用としては赤線を引いたり,カラーマーカを利用する等文書を彩色して可読性を向上することは我々が通常良く行っていることではある.しかし,それをより系統的に行う研究はいくつか行われてきたが,汎用的に有効な手法はいまだ確立されていない.彩色が有効であるという主張もあるが,具体的な手法の提案にまでは至っていない.このような色の可能性,有効性を生かせなかった背景には色の持つ視認性の低下要素,心理的な影響の個人差,心理的不快要因に対する対処方法が見い出せなかったことによる.例えば彩色を施すとコントラストが低下するので,色を使う時点においてすでにその文字の可読性自体は低下してしまっている.そのため,この可読性の低下を補って余りあるほどのメリットを確立できなければ彩色の有効牲は主張できない.

 その結果として,特定の文書に対して経験的に彩色を施すことは行われてはいるが,彩色文書を定量的に評価,工学的に利用しようとする試みはほとんど行われなかった.

 しかし,従来の研究は利用する色は派手で刺激の強い原色をターゲットにしていたり,彩色のポイントとして見出ししか考慮していなかったりと彩色に対する検討が不十分であった.また,表示するデバイスは紙などの固定デバイスを前提に考えられており,動的に彩色を変更することができるデバイスの存在を視野に入れていなかったこともあり,彩色を有効利用する可能性はまだ十分にあると考えられる.

 そこで,我々は色彩が読者に与える影響を心理実験を用いて計測し,彩色文書を有効に生かす環境を含めた考察を行い,自動彩色システム(英文,CERAS)の構築を行った.

 色彩は心理的に多彩な効果がある.まず,形状が同じままに最大で人間が見分けられる数百万種類に及ぶ複数の属性を持たせることができる点が挙げられる。特に複数の刺激の中から目的の刺激を一瞥で発見できるポップアウトという現象を容易に起こせる点はとても有効であると考えられる.次に,暖かさや大きさ,距離感,重さといった感覚を誘起できる点が挙げられる.このほかにも広告などの分野ではすでに広く認知されているように美しさや楽しさなどの感性に訴えられる点も挙げられる.

 これらの色彩の効果を有効に用いれば,読者は文書の概要を速く掴めたり,文書の内容をより理解できたり,より文書を楽しむ事ができるようになると期待される.

 文書に対する彩色の際は彩色の利点,弊害,制約を考慮に入れて,制約の範囲内で弊害が少なく效果が高い彩色ルールを検討していく必要がある.しかし,文書を読む際の,文書のジャンル,読み方,読む目的のすべてのケースについて常に最高の効果を引き出す唯一の彩色ルールがあるとは考え難い.そこで,それぞれのケースについて有効な効果を絞り,弊害を最小に押える彩色ルールを検討し,それの結果をユーザからの入力に迅速に反応するユーザーインタフェースでユーザに提示していく.

 これらの彩色による効果を調べるため,心理実験を3種類行った.そのうちの一つを簡単に記述すると,行ったのは読解実験で,「文書の概要の把握」と「読む速度」の点に着目し,色情報の付加による文書の読解速度と理解度を評価した.

 まず,文書を提示し,読み終ったらキーを押してもらい,内容に関する質問に答えるという手順で行なった.白黒の文書と彩色文書それぞれについて読むのにかかった時間,質問の正答率,答えるのにかかった時間を計測し,白黒の時と彩色した時との差異を評価する.

 被験者12名に対して行った結果としては文章を読み終るまでの読解所要時間,回答時間には所要時間に有意な差があるとはいえない.誤答数をグラフに表したものを図1に示す.

図1:誤答数

 誤答数を比べると合計で白黒が25に対し,彩色が14と44%も低くなっている.ここから文書を彩色してやることにより設問に対する正答率が上がる傾向がある事がわかる。

 心理実験の結果を踏まえ,自動的に文書を解析し,彩色し,ユーザに見やすいように提示するシステム(CERAS)を試作した.

 CERASの構成図を図2に示す.本システムはプレーンなテキストファイルを入力とし,それを適宜彩色を含む表現に加工しブラウジングできる形で出力する形態をとる.しかし,求められる有効な彩色表現は個人の色覚特性,読む文書の種類,読むスタンスなどによって大きく変わってしまう.そこで,CERASでは,まず,ユーザが彩色などの表現をカスタマイズできるようにし,さらに読みながら素早く表現を変化させられるGUIを付けることで,ユーザが彩色表現をチューニングし,有効に生かせるシステムとしている.

 まず,指定されたプレーンテキストファイルは要素抽出部(element Extract Section)に送られる.ここでは表現を変えることで可読性に効果の期待できるポイントを抽出する.

図2:自動彩色システム(CERAS)の構成図3:ブラウザ

 属性付加部(Attribute Adding Section)では抽出された要素に対して読者の興味,関心に沿った方向の評価を行い,可読性に対する貢献度を見積もって属性を付加していく.

 表現生成部(Expression Genetation section)では読者のカスタマイズ情報,ブラウザからのフィードバック情報を考慮しながら,属性の付加された要素に対して具体的な表現を与えていく.

 ブラウズ画面の様子を図3に示す.彩色を施されたテキストが画面左下の大きな窓内に表示されている.操作は基本的にマウスオペレーションによって行う.右側に縦にならんでいるボタンのうち,上4つがページ送りのボタン,一番下が終了ボタンである.また,テキスト表示部分右側はスクロールバーになっており,つまみをマウスでドラッグすることでリアルタムにブラウズ中のテキストの任意の位置を見れるようになっている.

図4:フィードバック用GUIパイメニュー

 彩色のカスタマイズ,読むスタンスをユーザが入力するGUIに本システムではパイメニューを用いた.テキスト画面の任意の位置をクリックするとクリックした位置を中心に図4のようなパイメニューが表示される.ユーザはマウスボタンを押したまま目的の機能の割り当てられているメニューボタンの方向へマウスを動かして機能を選択する.

 また、CERASにはキーワードをインタラクティブに指定できる指定彩色モードがある。このモードは興味の対象が絞られている時に利用し,興味のある単語,特徴をマウスの右ボタンでクリックすることでこのモードに移る.指定彩色モードではクリック位置の単語をキーワードとしてシソーラスを検索し,関連語を彩色する.これを利用することでユーザーは興味のある単語に対して動的に色表現を与えられるので,文書の中から興味のある部位を素早く見つけ出すことができるようになる.

 システムの細部に関してはまだ改善の余地があるものの,使用者からのアンケートではCERASの有効性については一様に肯定的な評価を得ることができた.また、このシステムを速読に利用した心理実験の結果からCERASは読む速度,精度共に向上することが分かり,その優位性が示された.また,彩色する単語数の面では現状のシステムでは新聞記事に対して優位性が失われるレベルまでには充分なマージンがとれていることがわかった.

 以上からCERASにより自然言語文書を動的なカラーデバイス上でより有効に生かす事ができるようになったといえる.またこれはインタラクティブに文書と関わりを持ちながら効率の良い文書の読解を目指すという自然言語文書に対する新しい形のインタフェースの提案でもある.

審査要旨

 本論文は、「文書における彩色の有効性とその対話的自動彩色システムに関する研究」と題し、6章からなる。通常の自然言語文書は、黒一色で書かれたものが大半であるが、カラーを用いればより読み易く、理解し易くなることは良く知られている。しかし、文書が与えられたとき、それを修正して読み易くする為のコンピュータ支援は従来考えられていなかった。本論文は、そのような支援システムを議論したものである。

 第1章「まえがき」は、本研究の背景と目的について述べ、さらに本論文の構成をまとめている。

 第2章「彩色の効果」は、人間の色覚と彩色効果について検討を加え、ポップアウト、色による属性付与、感情効果、感覚効果等について従来の知見をまとめるとともに、特に文書の読解行為に及ぼす影響を考察し期待される効果を7つにまとめている。また、白黒文書の表現を拡張して彩色する手法を検討し、彩色場所、形態、利用色について述べている。

 第3章「文書における彩色の評価」は、文書を読むプロセスに於ける彩色の効果を実験的に評価したものである。まず、彩色による文書中の要素へのアクセス速度を実験によって調べ、ポップアウト機能についてみれば赤字は黒太字よりも30%程高速であるが、単語の意味理解時間では逆に黒太字の方が30%程速いことを明らかにしている。また、文書の読解速度と理解度の差を調べることにより、読解所要時間には明確な差異は無いが、実験に於ける誤答数に関しては大きな差があり、彩色の方が白黒よりも誤答は44%程少なく、彩色することにより読む時間は同じでも理解し易く思い出し易い文書にすることが出来ることを明らかにしている。更に、平仮名を弱調化することによる文字列の取り込み過程に及ぼす影響を調べ、弱調化により読解時間は長くなるが、正答率が上がることを示している。

 第4章「対話的自動彩色システムCERASの構成」は、前章で明らかにした彩色の基本的特徴を生かして、白黒文書を自然言語処理し、利用目的や利用者の好みに合わて対話的チューニング可能な彩色支援システムについて述べたものである。CERASでは、まず、白黒のプレーンテキストファイルを要素抽出部で単語要素に分解し、属性付加部で読者の視点、知識に応じた属性が付加され、最後に表現生成部で利用者のカスタマイズ情報とブラウザからのチューニングを考慮して適切な彩色情報が付加される。この結果がブラウザに送られ利用者に提示されるが、利用者は、円形のパイメニューを用いてその結果にフィードバックを加える。このパイメニューの利用によって利用者は、カスタマイズしたい要素の選択、色の選択、彩度、着色位置等を容易に指定可能となっている。

 第5章「対話的自動彩色システムCERASの評価」は、新聞記事を対象として、CERASを評価したもので、まず、文書で与えられる条件にその記事が一致するか否かを答える実験では、白黒に比して彩色文書はその分類時間が1/3から1/5位に短くなるとともに、分類の正答率は数%高くなることを示している。次に、キーワードを彩色するだけでなく、その関連語をも意味辞書を用いて自動的に彩色することの効果を調べ、前記の高速効果のかなりの部分がそれによっていることを示している。次に、これらの結果を分析し、彩色が有効な条件を詳細に考察し、文書のサイズ、探している単語の位置、等について定量的な条件式を与えている。

 第6章は、結論および今後の課題をまとめたものである。

 以上、これを要するに本論文は、白黒文書を彩色することの効果を定量的に明らかにするとともに、自然言語処理を用いて対話的に自動彩色するシステムを作成して実際にその効果を明らかにしたもので、情報工学上貢献する所少なくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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