学位論文要旨



No 112651
著者(漢字) 奥谷,昌之
著者(英字)
著者(カナ) オクヤ,マサユキ
標題(和) La2126およびLa214系単結晶の精密組成制御と異方性
標題(洋)
報告番号 112651
報告番号 甲12651
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3929号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨

 銅酸化物高温超伝導体の結晶構造は、伝導を担うCuO2面と電気的に不活性なブロック層が交互に積層した擬2次元的層状構造であるため、大きな異方性を示す。さらに、従来材に比べコヒーレンス長が極端に短く、超伝導揺らぎ、高温での磁束ピン止め力の急激な減少、磁気相図の異常など、従来材に見られなかった様々な現象を現す。特に工学応用面からは、その大きな異方性をいかに制御するかが現在の課題となっている。また、学術面からも、異方性を支配する要因を探ることにより、高温超伝導性発現のメカニズム解明への手がかりを得ることができる。そのためには、精密に組成制御を行った良質の単結晶による詳細な異方性の測定が不可欠である。

 本研究では、銅酸化物高温超伝導体のうち、その結晶構造が単純であり、ドーピングによりキャリア濃度制御も容易で、かつ良質で比較的大型の単結晶が得られる(La,Sr)2CuO4(La214系)、および(La,Sr)2CaCu2O6(La2126系)について、単結晶の精密組成制御を行い、詳細な異方的電気、磁気特性から、これらの問題の解決の糸口を求めることを目的とした。

1.La2126単結晶の育成とその異方性の評価

 La214系はすでにTSFZ法により大型単結晶の育成のノウハウが確立している[1]。一方、La2126系単結晶の育成は、セルフ・フラックス法で報告されているが[2]、その結晶の大きさ、質とも系統的な異方性測定には不十分であった。そこで本研究において、La2126系のTSFZ法による大型単結晶育成条件を確立し、得られた単結晶で異方性の測定を行った。

1.1.TSFZ法による(La1-xAx)2CaCu2O6[A=Ca,Sr]単結晶の育成

 TSFZ法によるLa2126単結晶の育成はこれまで報告がなく、La214系の条件を参考にしながら、最適育成条件を探った。また、育成予定の単結晶はA=Ca,Srの2種類あるが、A=Srの場合、四元系で複雑となり見通しを悪くする恐れがあるため、まずA=Caの三元系で育成条件確立を試みた。

1.1.1.ソルベント組成

 La214系、La2126系とも分解溶融するため、ソルベント組成は単結晶育成時に極めて重要なパラメータである。しかし、La2126系の相図は確立されておらず、La(Sr)214系育成時、ソルベント中のSrO組成が6〜18mol%のとき不純物としてLa2126相が生成したという報告例[3]を参考に、残りのLaO1.5とCuOの比を変え、最適なソルベント組成を探った。CuOリッチのソルベント組成からCuOを減らしていくと、CuOが57mol%に相当するLa2126:CuO=1:2(mol fr.)でのみLa2126単一相が得られた(Fig.1)。

 本研究で確立されたLa2126系単結晶の最適育成条件、および参考のため、すでに確立されているLa214系単結晶育成条件[3]をあわせてTable 1に示す。

Fig.1ソルベント組成と生成物質組成を示すLaO1.5-CaO-CuO三元相図大印:ソルベント組成,小印:生成物組成Table1 TSFZ法によるLa系単結晶の最適育成条件1.2.キャラクタリゼーション

 Sr固溶単結晶もCa固溶と同様な条件での育成が確認されたため、それぞれのac面をc軸方向へ2m刻みでの組成分析をEPMAにより行った(Fig.2)。下段はA=Ca,Sr仕込み組成に対する(La+A)/Cuの値を表す。その結果、(La+A)/Cu〜1.5のLa2126の理想値にほぼ一致し、L2126単一相であることを確認した。上段は仕込み組成に対する実際の固溶量を表す。Sr固溶体はCa固溶体に比べ固溶域が広く、かつ均質に分布していることがわかった。したがって、以後の異方的物性測定にはSr固溶単結晶を用いた。

Fig.2 EPMAによる(La1-xAx)2CaCu2O6単結晶の結成分析結果Fig.3(La1-xSrx)2CaCu2O6の異方的電気抵抗率
1.3.(La1-xSrx)2CaCu2O6の異方性

 La2126は大気中あるいは1atm O2下で合成された場合、超伝導性を示さず、超伝導化には高圧酸素アニールが不可欠であることが報告されている。今回育成した単結晶も半導体であり、HIP装置を用いて1080℃,P(O2)=400atm,100hrアニールを行った(HIP処理)。Fig.3にHIP処理後の異方的電気抵抗率を示す。HIP処理後TC〜50Kで鋭い超伝導転移を示した。常伝導状態でabのみならず、Cも金属的挙動を示すことが特徴である。TCはxの増加につれ、45K(x=0.04)から55K(x=0.18)まで上昇した。

 次に、特に異方性を反映しているcの挙動を、La2126最適ドープ近傍と考えられるx=0.14で他の高温超伝導体のそれ[4,5]と比較してみる(Fig.4)。その結果、La214系の最適ドープ組成(x〜0.075)のCと温度依存や絶対値がほぼ同程度であることがわかった。この傾向はBi2201系とBi2212系でも観測されている。Bi2201系とBi2212系は、単位格子当りのCuO2面数やTCはそれぞれ異なるが、ブロック層は互いに共通であり、La214系とLa2126系と同様な関係にある。これら以外の系で比較例はなく、まだ推測の域を脱しないが、c軸伝導は基本的にTCやCuO2面数に依らず、ブロック層を介したトンネル機構により支配されていることを示唆していると考えられる。

Fig.4各高温超伝導体のc[4,5] (Bi2201 1:Bi2SrLaCuO6,Bi2201 0:Bi2Sr2CuO6,Pr214:(Pr1-xCex)2CuOy)
2.不定比酸素量と磁化特性

 La214系はLa2126系に比べ不定比酸素量を制御しやすいため、ここではLa214系単結晶を用いた。

 磁化曲線に見られるヒステリシスの異常な極大「第二ピーク効果」は、多くの超伝導体で観測されている。その中で、(La1-xSrx)2CuO4(La214)の第二ピーク効果は、主にオーバードープ組成(x0.075)で観測され、試料をAr雰囲気でアニールすると、ピークの大きさや磁場依存が大きく変化することから、試料の含有酸素量に敏感であることが指摘されている。さらに、オーバードープ組成では、CuO2面内酸素が欠損することが指摘されており、第二ピーク効果と酸素量に相関があることは予想されるが、その詳細はまだ不明な点が多い。また、磁化ヒステリシスの増加は臨界電流密度の増加に対応し、この現象は実用面からも注目されている。そこで、本研究では、第二ピーク効果を中心に、不定比酸素量の影響について調べた。

2.1.酸素欠損量の制御

 TSFZ法により育成した(La1-xSrx)2(x=0.077,0.092,0.105)単結晶をc軸方向へ長い所定の大きさ(2.0×1.5×0.8mm3)に切り出し、EPMAによる組成分析の後、P(O2)〜10-3,10,110,200,700torrの酸素圧で石英管に封入、900℃で10日間アニールを行いの制御を行った。は単結晶試料の一部でヨウ素滴定を行い直接決定した。

2.2.不定比酸素量とTc

 Fig.5に、各アニールによりを制御した試料のTc変化を、磁化率のシールディング(ZFC)曲線で各Sr組成xについてそれぞれ示す。x=0.077は最適ドープで、の変化幅は0.007と他に比べ小さく、の減少に伴うTCの上昇は1K以下であったが、他の2組成では、の減少に伴いTCは系統的に上昇した。ここで強調したいことは、の減少に伴うTCの上昇は、通常多くの高温超伝導体で観測されているTCのキャリア濃度依存と逆の傾向であるということである。つまり、オーバードープ領域でCuO2面へさらにキャリアがドープされると、TCは下降するはずである。今回の結果は、アニールによりCuO2面内に存在する酸素欠損が減少し、超伝導性が向上したことによると考えられる。

2.3.不定比酸素量と第二ピーク効果

 Fig.6にx=0.092のT/TC=0.6における各の磁化ヒステリシス曲線を示す。B2pk以下の低磁場では、の増加に伴いヒステリシスが大きくなる傾向があった。一方、B2pk以上の高磁場側で磁化ヒステリシスの大きさはに依存しなくなった。このように、B2pkの磁化へ対する寄与が変化する閾値であるといえる。ピークの起源については、Y123系同様[6]、酸素欠損導入により局所的に超伝導性の弱い領域で、磁場の増加により超伝導性が阻害され、有効なピニングセンターへと変化し、ピニング力が上昇するため出現したと考えられる。

Fig.5 ZFC曲線.(上)x=0.077(中)x=0.092(下)x=0.105.Fig.6x=0.092の磁化曲線(H//c,T/Tc=0.6).
3.まとめ

 La2126系単結晶による異方性測定の結果、異方性はTcや単位格子あたりのCuO2面数に依らず、ブロック層により決定される傾向が得られた。また、従来La214系でほとんど考慮されていなかった酸素不定比量が、磁化ヒステリシス曲線で観測される第二ピーク効果に直接的に寄与していることが明らかとなった。

[1]T.Kimura et al.,Physica C192(1992)247.[2]T.Ishii et al.,Physica C179(1991)39.[3]I.Tanaka et al.,J.Cryst.Growth 96(1989)711.[4]T.Ito et al.,Nature 350(1991)596.[5]Y.Kotaka et al.,Physica C 235-240(1994)1529.[6]M.Daeumling et al.,Nature 346(1990)332.
審査要旨

 本論文は、「La2126およびLa214系単結晶の精密組成制御と異方性」と題し、La系酸化物高温超伝導体の良質単結晶を育成しその化学組成を精密に調製することによって、常伝導状態および超伝導状態における電磁特性とくに電磁異方性を制御することが、科学的および工学的見地からきわめて重要であることを明らかにした一連の研究結果をまとめたものである。

 本論文は5章から構成されている。

 第1章では、論文全体にわたる背景となる、銅酸化物高温超伝導体の概略的なレビューに続き本論文の目的と構成が述べられている。銅酸化物高温超伝導体の結晶構造や電子状態、磁場中における振る舞い、および第2、第3章で詳細に取り扱う高温超伝導体(La1-xAx)2CaCu2O6[A=Ca,Sr](以下、La2126と略す)が有する特徴について、現時点で一般的に理解されていることが述べられている。

 第2章の前半では、La2126大型単結晶の最適育成条件を確立したこと、また後半では、これらの育成単結晶の組成分析や結晶構造に関わるキャラクタリゼーションの結果が述べられている。浮遊溶融帯域移動(TSFZ)法によるLa2126単結晶の最適育成条件を確立するため、育成雰囲気、溶融帯組成、および育成速度の3つのパラメータを変化させて行われた結晶育成の実験結果が順に示されている。最適育成条件探索の結果、La2126単結晶は極めて限られた条件(育成雰囲気、溶融帯組成、育成速度)でのみ育成可能であると結論された。後半のキャラクタリゼーションでは、最適育成条件で育成されたLa2126のCa固溶体とSr固溶体のそれぞれについてEPMAによる組成分析が行われた。その結果、Sr固溶体の方がCa固溶体に比べ固溶域が広く固溶状態も均質であることが明らかにされている。CaとSrの固溶状態の差は電気抵抗率や磁化率にも観測され、精密に組成制御を行った単結晶による異方性測定を目的とした本研究において、Sr固溶体を用いることがより有利であるあると結論された。

 第3章では、Sr固溶体La2126の異方的電気・磁気特性が示され、その異方性についてキャリア量および結晶構造の2点からの検討が述べられている。高酸素圧アニールにより超伝導化したLa2126単結晶の電気抵抗率測定、および磁気トルク測定の結果、異方性の指標となる異方性パラメータは超伝導状態、常伝導状態とも同程度であることがわかり、常伝導状態の異方性が超伝導状態においても持続していることが示された。また、ab面内の電気抵抗率、c軸方向の電気抵抗率とも金属的な温度依存性を示した。ドーピング状態の検討を行った結果、La2126は高酸素圧アニールで過剰酸素が導入され、Sr固溶量から予想される以上のドーピング状態が実現していると結論された。さらに、La2126の最適ドーピング近傍のc軸電気抵抗率の温度依存性は(La1-xSrx)2CuO4(以下La214と呼ぶ)のそれと同程度であることが示された。La214とLa2126は単位格子当りのCuO2面数や臨界温度Tcは異なるが、(La,Sr)2O2ブロック層は互いに共通である。同様の傾向がいわゆるBi2201系とBi2212系化合物の間にも存在することから、最適ドーピング状態における高温超伝導体のc軸方向の抵抗率はブロック層により決定されていると結論された。

 第4章では、主にオーバードーピング域(x>0.075)のLa214単結晶の含有酸素量の精密制御を行い、そのドーピング域特有の磁化異常(ピーク効果)と酸素量との関係を定量的に示し、ピーク効果の起源についての検討が述べられている。各酸素圧アニールにより、含有酸素量を変化させたLa214単結晶試料について、それぞれのTCで規格化した還元温度T/Tc=一定の条件での磁化ヒステリシス曲線から、試料中の酸素欠損領域はピーク磁場より低磁場側で有効な磁束のピン止め中心として作用し、第2ピーク効果発現に直接的に関与していることが明らかにされた。他の高温超伝導体のピーク効果と比較検討の結果、La214のピーク効果は、酸素欠損やSrイオンの不均質分布領域で磁場誘導型のピンが発生し、磁束が効率的にピン止めされることにより発現する現象であると結論された。

 第5章では、研究成果が総括され、あわせて今後の検討課題が述べられている。

 以上、本論文は、La系高温酸化物超伝導体の良質単結晶を育成しその化学組成を精密に調製することによって、常伝導状態および超伝導状態における電磁特性とくに電磁異方性を制御することが、科学的および工学的見地からきわめて重要であることを明らかにしたものであり、その成果は、今後の高温超伝導材料の基礎的・工学的応用の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論又は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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