1.本研究の背景と目的 近年のオプトエレクトロニクス技術の発達はめざましく、特に半導体レーザは光通信や光情報処理のキーデバイスとなっている。またデバイス作製技術面で見ると、有機金属気層成長法(MOCVD)などの発達により、量子井戸さらには量子細線、量子ドットというナノメートルオーダーの微細構造が作製できるようになり、半導体レーザの性能向上が予想されている。 一方、レーザの共振器という観点では、前述の結晶成長法により、良質な半導体微小共振器構造が作製できるようになった。その結果、まず垂直共振器型面発光レーザが実現され、さらには共振器長が一波長分程度しかない微小共振器レーザも登場し、デバイスサイズが小さいことによる低閾値化をはじめとして高速変調実現等の性能向上に期待がもたれている。さらには、活性層への量子ナノ構造の導入することにより、電子の状態密度の離散性に起因する、超低閾値、高特性温度等の実現が予測されている。 本研究では、MOCVD法を用いて作製した微小共振器量子井戸レーザにおける短パルス発生やキャリアの流れ込みのパルス波形への影響等のピコ秒ダイナミクスを調べた。また自然形成量子ドット構造を持つ微小共振器量子ドットレーザの評価、キャリア寿命およびピコ秒パルスの発生について論じる。 2.微小共振器レーザにおけるキャリアダイナミクスの影響 半導体微小共振器レーザは、その短共振器長および共振器QED効果で増強された自然放出レートにより、高速変調や超短パルスの生成が期待されている。活性層に量子井戸構造を用いることにより、高い微分利得が得られ、さらなる高速化が可能である。しかしながら、一般の端面発光レーザにおいては、キャリアの量子井戸層への輸送と捕獲が高速変調特性を損ねることが議論されている。本研究では、InGaAs量子井戸層を持つ半導体微小共振器レーザを作製し、短パルス発生を試み、ピコ秒パルスの発生(<8psec)に成功した。さらに、微小共振器レーザにおいては従来あまり検討されていない、発振パルス波形に及ぼすキャリアの輸送と捕獲、および量子井戸のステップ的な状態密度に起因する利得の平坦化の影響について調べた。 図1.微小共振器レーザの構造 MOCVD法により作製した微小共振器レーザは、図1に示すように5層のIn0.16Ga0.84As井戸層およびGaAsの障壁層・クラッド層を持つ一波長共振器を持つ。DBRミラーはAlAs/Al0.4Ga0.6Asのペアを用い、上側22層、下側30.5層からなる。反射率の計算値は99.3%である。実効共振器長は1.55m、共振器の光子寿命は1.3psである。T=15Kにおいて、マイクロPL法によりモードロックTi:sapphireレーザをビーム径約2mに絞って励起を行った。これは、横モードを単一モードで発振させるためである。発生したレーザパルスはストリークカメラにより測定した。測定系の分解能は<7psである。図2に得られたピコ秒光パルスの波形を示す。横モードはシングルモードであり、パルス幅は7.7ps(deconvolution値)が得られた。 図2.得られたパルス波形 図3において、実線は井戸層のみを励起した共鳴励起の場合を示し、破線は障壁層、クラッド層も励起した非共鳴励起の場合を示す。励起波長がGaAsのバンドギャップに相当する波長より短いときに非共鳴励起となる。後者の場合には、パルス波形に第2のピークが観測されている。キャリアの輸送と捕獲が、パルス波形に影響していると考え、これらを考慮したレート方程式を用いて解析を行い、実験と同様のパルス波形を得た。さらに、時間分解PL測定により、GaAsクラッド層からの発光寿命を調べ、35psの発光寿命が得られた。この値は、レート方程式による計算時に用いたキャリアの輸送・捕獲時間とほぼ一致しており、前述したモデルが妥当であることを支持している。 図3.励起波長によるパルス波形の違い 図4に立ち上がり時間の逆数と励起強度の関係(十字)を示す。立ち上がり時間の逆数は利得に比例するため、励起強度に比例することが予想される。低励起領域においては、前者は後者に比例しているが、高励起領域においては飽和している。測定系の分解能による立ち上がり時間の逆数の上限は0.51ps-1であり、この飽和は利得の平坦化によるものであると考えられる。レーザ構造より計算された最大利得を実線で示すが、両者はほぼ同様の傾向を示している。 図4.inverse rise time(十字)及び最大利得計算値(実線) さらに、低倍率レンズを用いてモード半径より広い、100m程度の範囲を励起した場合には、異なる場所で複数の発振が独立にかつ時間差を持って起きていると考えれ、パルス幅の増大(60ps)が観測された。 3.微小共振器量子ドットレーザの発振実験 半導体レーザの活性層に量子ドット構造を導入することにより、レーザの特性が大幅に向上することが期待されている。近年、量子ドット構造の作製が盛んに行われているが、その中でもStranski-Krastanow(SK)成長モードを利用した量子ドット作製が注目を集めている。この方法では、材料の歪みの応力で自然形成されることにより、欠陥の少ない量子ドットが実現できるという長所がある。さらに温度勾配法(TG法)よる新しい自己形成法も提案されている。本研究においては、微小共振器量子ドットレーザのピコ秒ダイナミクスを調べた。その基礎として、SKモードおよびTG法による量子ドット微小共振器レーザのレーザ発振評価とこれらの量子ドット構造の高励起状態における光学特性の測定を行った。 図5.微小共振器量子ドットレーザの構造 図5に評価したSKモード量子ドットレーザの構造を示す。DBRミラーで挟まれた一波長共振器の中央にInGaAs量子ドットが埋め込まれている。量子ドットの大きさは約20nmであり、発振波長は985nmに設計されている。 SKモード量子ドットレーザの発振実験をTi:Sapphireレーザを用いた光励起法で行った。励起ビーム径は約100mである。測定温度は77Kで、パルス駆動とした。図6に得られた発振特性を示す。これは、量子ドットレーザとして初めて第一サブバンドで得られたレーザ発振である。TG法の量子ドットレーザについても、同様に閾値特性を持つ発振特性が得られた。 図6.SKモード量子ドットレーザの発振特性 量子ドット構造では、強励起状態においては、基底準位が飽和してくるために、高次のサブバンドからの発光が観測される。SKモード量子ドット構造単体においては、これらの発光が観測されているが、レーザ構造を実現するためには、量子ドットを高温で埋め込む必要があり、そのプロセスを経た後に量子ドットの特性が保持されているかどうかを、高次サブバンドからの発光を観測確認した。図7にSKモード量子ドットの高次サブバンドからの発光を示す。測定温度は16Kで、高励起状態を実現しやすいマイクロPL法を用いて励起を行った。高励起時において、基底準位の発光より高エネルギー側に、いくつかのサブバンドからの発光のピークが観測されている。これらの観測により、量子ドットの特性が埋め込みプロセス後も保持されていることが確認された。 図7.SKモード量子ドットの高次サブバンドからの発光 近赤外領域に感度を持つ、S1光電而を持ったストリークカメラシステムを用いて、共振器構造を持った量子ドットのキャリア寿命の評価を行った。図8に時間分解フォトルミネセンスを示す。中心波長990nm、帯域幅5nmのバンドパスフィルタを用いて、量子ドットからの発光を取り出した。測定は77Kで行った。0.2mW励起時のキャリア寿命は約370psと見積もられた。 前節と同一の系を用いて強励起を行い、短パルスの発生実験を行った。図8に発生に成功したパルスの波形を示す。パルス幅は、90psである。励起はモードロックTi:sapphireレーザで行い、その波長は800nm、励起強度は140mWである。立ち上がり時間は20psであるが、これは「フォノン・ボトルネック」が指摘されているにも関わらず、キャリアの緩和が高速に起きていることを示している。 図8.微小共振器中のSKモード量子ドットからの時間分解フォトルミネセンス レーザ発振に寄与する量子ドット密度は109cm-2程度と見積もられ、これによる低利得がパルス幅を長くしていると考えられる。また、長作動距離の対物レンズ(倍率10倍)を用いて、励起ビームを絞っているが、励起ビーム径は100m程度と考えられる。モード半径より広い範囲を励起した場合には、複数のシングルモード発振が起こっていると考えられ、これがパルス幅を長くするもう一つの要因となっている。 図9.微小共振器量子ドットレーザから発生したピコ秒パルス波形 励起強度8.5mW時には、パルス幅が130psと長くなり、さらに、300ps以降には自然放出光の遅く減衰する成分が観測されている。励起強度を強くすると、自然放出光成分に対するレーザ光成分の割合が大きくなっていく。これは、モード半径よりも大きな領域を励起することにより、複数のモードが発振し、レーザ発振している部分と未発振部分が混ざっているためと考えられる。 4.結論 本研究では、微小共振器量子井戸レーザのピコ秒ダイナミクスと、微小共振器量子ドットレーザのピコ秒ダイナミクスについて述べた。 量子井戸を活性層に持つ、微小共振器レーザを作製し、短パルス発生実験を行い、パルス幅<8psの光パルスを得た。キャリアの量子井戸への流れ込みの影響を実験的および理論的に検討し、非共鳴励起時の短パルス発生においては、キャリアの流れ込みがパルス波形に2次的なピークをもたらすことを明らかにした。量子井戸構造の利得の平坦化が、パルス波形の立ち上がりをなまらせることを指摘した。また、励起範囲がレーザ発振のモード半径より大きい場合には、複数の発振が起こり、パルス幅の増加などをもたらす。 自然形成量子ドットを活性層に持つ、微小共振器量子ドットレーザのピコ秒グイナミクスを調べた。基礎実験としてレーザ発振評価と高励起状態でのフォトルミネセンス評価を行い、SKモード量子ドットレーザにおいては、初めての第一サブバンドでのレーザ発振を得、またレーザ作製プロセス後でも、量子ドットの特性が保持されていることを、高次サブバンドの観察より確認した。これらを踏まえて77Kにおいてダイナミクス測定を行い、共振器構造を持つSKモード量子ドットのキャリア寿命を、時間分解フォトルミネセンス測定より見積もった。その結果、77Kにおいてもフォノンボトルネック問題が殆ど問題にならないことを示した。また、ピコ秒パルス発生実験を行い、パルス幅90psの短パルスを得ることに成功した。発振実験およびピコ秒パルスの発生により、量子ドットレーザの可能性が示された。 |