学位論文要旨



No 112657
著者(漢字) 伊藤,武美
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タケミ
標題(和) ライフサイクル分析を援用した都市環境計画
標題(洋)
報告番号 112657
報告番号 甲12657
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3935号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 助教授 原田,昇
内容要旨 1.研究の目的と意義

 近年の地球環境問題の認識の高まりとともに、先進国では都市づくりの理念に地球環境への配慮やサステイナブルデベロップメント、環境共生が盛り込まれる状況になってきた。従来は経済性や、地域環境改善、アメニティが主に配慮されてきた。しかし、これからの都市活動は地球環境に及ぼす影響を事前に把握し、削減に向けて具体的に行動することが重要になってくる。1996年9月に環境管理に関する国際標準規格ISO14000シリーズが発効し、それにはライフサイクル評価(LCA)手法は重要な部分として、組み入れられている。

 本研究は従来は主に製品を対象としてきたLCA手法を、多種多様な要素と活動から構成される都市、あるいは、その物質・エネルギー代謝にかかわる都市インフラの特性を考慮して相応しい形に修正・発展させ、都市LCAと称した。その上で、まず、個別のアーバンエコロジー技術を評価し、次に、実際の都市システムを対象にLCAを適用し環境への負荷削減効果を定量的に明らかにすることを目的とした。都市溝造や土地利用計画の見直しに環境負荷の面から取り組むことにより、地球環境時代に相応しい持続的成長が可能な新たな都市経営・都市づくりや個別プロジェクトに役立つ都市計画技術やインフラ整備の知見を得ることにつながると考えた。

2.都市LCAの構築

 複雑で半永続的に存在し不確実性を有する都市システムを対象として、都市LCAの枠組みを製品LCAを参考に構築した。都市LCAは、都市環境計画の立案時に、経験や勘のみでは把握が難しい都市活動にともなう環境負荷排出量等の時空間別分布を計画立案者に総合的に提示することにより、代替案を比較し計画案を改善するものである。地球環境都市の計画や既存都市の改造のために有効であり、その概要は次のとおりである。

 1)評価項目は、二酸化炭素(CO2)と費用を選定した。これは、地球温暖化問題が21世紀に向けた人類が直面する最大の環境問題と考えたためである。特にCO2は目に見えず、地球温暖化は科学的仮説であるものの、今後地球環境への影響は大きい。

 2)推計方法は、必要な精度と適用可能性から組み含わせ方式とした。

 3)CO2排出強度等は透明性と統一性に配慮の上、先行研究から収集整理した。誤差は10%程度と見込んだ。個別のアーバンエコロジー技術の導入や施設の配置と組合せ等の都市構造等の適否を判断できる感度を有している。

3.都市LCAのニュータウンへの適用結果

 面積162ha、人口9,600人の施工中のPニュータウンを対象に都市LCAを適用した。その結果、次のことが明らかになった。

 1)建設および供用15年間を通したPニュータウンに関わるCO2排出量は約20.2万ton-Cとなる。

 2)造成工事時からのCO2排出量は13%を占め、セメント関連材料による部分が大きく、CO2排出抑制には材料の見直しが有効である。また、公園等はデザイン次第で工事費の低減やCO2排出抑制が可能である。建築工事関連は22%を占めて造成関連の1.6倍になる。造成と建築をあわせた建設時は15年間累計の35%を占める。

 3)供用時のCO2排出量は63%を占め、冷暖房・給湯・厨房が28%、照明・動力が25%、上水・下水・ゴミ処理が2%、交通走行分が8%となる。供用時のCO2排出抑制方策は重要である。これらは、CO2排出抑制方法を検討する基礎的な情報として活用できると考えられる。

 4)既存森林の伐採にともない約5.5千ton-CのCO2排出が造成工事時に生じる。これは、建設時のCO2排出量約7.1万ton-Cの7.8%に相当する。造成後の都市緑化等により改めて固定される可能性があるが、伐採時の排出量全てを固定することは不可能である。

 5)Pニュータウンを対象に各CO2排出抑制方法を個別に導入することにより、原案の建設・供用開始後15年間を通した20万ton-Cと比べて、それぞれ142〜16,393ton-Cの抑制が見込める。また、技術導入により費用負担累計が増える方策と減少する方策がある。もちろん、効用が同等にみなせるものもあれば、みなしにくいものもある。CO2排出抑制量を費用で除して排出抑制単価を求めると-1.69〜0.72千円/kg-Cとなる(図-1,2参照)。

 6)これらから、CO2排出抑制方法は、(1)CO2排出抑制効果は小さいものの費用面から導入容易な擁壁の法面化、歩道の仕様変更等の方策と、(2)抑制効果は大きいものの費用面から導入困難な太陽光発電システム、地域冷暖房システム等の方策、(3)費用面の負担は少なくCO2排出抑制効果は大きいながら効用が異なり住宅地選択性向、マーケティングにも影響する集合住宅増大や職住近接誘導の方策といった特徴が明らかになった(図-3参照)。

図-1 CO2排出抑制技術(費用と抑制量) 図-2 CO2排出抑制技術(抑制単価と抑制量)

 7)各排出抑制方法の主要数量当たり効果と費用を整理した。この値は、他のニュータウン計画や都市改造計画に参考値として活用できる。

 8)炭素税は、検討中の30円/kg-C程度の税率では、太陽光発電システム510円/kg-C、地域冷暖房システムは520〜720円/kg-C、電気自動車210円/kg-C等のPニュータウンへのCO2排出抑制単価と比較して小さく、導入推進するインセンティブには不十分と把握できた。

 9)CO2排出抑制効果は大きいものの費用面から導入困難な技術・システムを普及させるためには、機器効率の向上およびコストダウンに加えて、炭素税をCO2排出抑制のための目的税ととらえて財源化した助成策「二重配当」をうまく組み合わせることが重要になる。たとえば、Pニュータウンの建設・供用15年間のCO2排出量20万ton-Cに、仮に、炭素税率30円/kg-Cを乗じると、15年間で約60億円の納税/税収となる。これを財源とすれば、どのCO2排出抑制技術も導入可能となる。

図-3 方針別CO2排出量の比較
4.都市LCAの都市計画プロセスへの位置づけ

 都市づくりの計画プロセスにおいて、都市LCAの適用方法を検討した。

 1)実施設計段階に適用する都市LCAは、工事数事数量や供用後の都市活動にともなうエネルギー消費量等を詳細に計上可能なため推計結果の信頼性は高く、代替案を比較的確実に選択できる。ただし、造成工事の範囲内で同等の機能を有する方法、あるいは、建築・設備仕様面で対応可能な方法等に限定される。一方、構想段階では計画条件が不確定なため代替案の幅が広く、また、計画方針・仕様の設定が以降の計画条件、設計条件となるため最終的なCO2排出量に影響する特徴がある。概略LCAは、別途先行検討結果から得られる工種毎の単位数量当たり原単位を用いて、概略推計し、多様な代替案比較を行うことが適当である(図-3参照)。

図-4 事業進捗とLCAの内容

 2)概略LCAを10箇所のニュータウンを対象に試行した結果、各ニュータウンの特徴を表現可能な精度を有すると判断できた。これは、都市再開発計画や都市改造計画にも適用できる。

 3)開発主体や設計者、都市プランナー等が、自主的な環境負荷改善活動の一環として都市LCAに取り組むことは望ましいことである。都市LCAにより評価が可能になり、構想から実施設計、施工段階、供用段階とプロジェクトの進捗にあわせて、各段階で可能な範囲の中で代替案の比較と改善案の選択が可能となる。

 4)行政は、ローカルアジェンダ等の地球環境に関するビジョン等を実現するためには、個別プロジェクト単位毎の適切な誘導が必要となる。その際、各種都市開発関連制度と都市LCAが連動可能であれば上手く機能すると期待できる。都市LCAと開発許可制度、環境アセスメント、ボーナス・優遇制度等へと組み合わせを提案した。

審査要旨

 多くの人口が都市部に居住する状況にあって、環境への負荷が小さく、同時に良好な環境を維持した都市を創っていくことの重要性は大きい。しかしながら、これまで都市建設及び都市活動が環境に与える負荷については十分に把握されてこなかった。とりわけ、都市整備に伴う環境負荷については、用いられる原材料や工事に伴う環境負荷を把握することがこれまで行われていなかった。本研究は、ライフサイクル分析の手法を取り入れることによって、より環境への負荷の小さい都市を創っていくための方法を提示するものであって、これからの都市環境計画の新たな方向性を示すものである。

 本論文は「ライフサイクル分析を援用した都市環境計画」と題し、全8章である。

 第1章は「緒論」で、本研究の背景、目的、意義について述べている。

 第2章は「地球環境問題と都市環境評価手法」で、本研究の背景にある地球環境問題について整理すると共に、これまで用いられてきた都市環境の指標についてその概要を示すと共に、その課題を示している。また、本研究の主たる手法になっているライフサイクル分析について、その歴史と現状をレビューしている。

 第3章は「都市を対象としたライフサイクル分析手法の検討」である。ライフサイクル分析を都市のように非常に複雑なシステムに適用する場合には、従来ライフサイクル分析の主たる対象になってきた工業製品の場合に用いられた手法を参考にしつつも、修正が必要である。本章では、産業連関方式と積み上げ方式の組み合わせによりライフサイクル分析を行い二酸化炭素排出量を求める方式をもっとも妥当な方法として提示している。この方法では、建設に関連する素材を積み上げ方式によって詳細に求め、素材毎に産業連関方式等で別途求められている二酸化炭素排出原単位を乗じ、それらを加算していくことによって総環境負荷を求めることになる。この考えはインフラストラクチュア解析にあたって妥当な考えであり、他の研究者からも支持されている。

 第4章は「CO2排出抑制対策技術のライフサイクル分析」である。この章では、都市インフラストラクチュアを構成する個別の技術に対するライフサイクル分析を行った結果を示している。特に地域冷暖房システムについては、実際の建設工事の仕様書に基づいた詳細な解析を行っており、貴重な結果を示している。そして、環境負荷軽減とコストの面からそれぞれの技術の導入可能性を比較・検討している。

 第5章は「ニュータウン建設にともなうCO2排出量のライフサイクル分析」である。ここでは、実際に建設中のニュータウンを対象にし、造成段階、建築段階、供用段階に分け15年間の供用期間を想定して詳細な解析を行っている。造成段階は全体のCO2排出の13%を占め、そのなかでセメント由来のCO2排出が大きいことを明らかにした。コスト面ではセメント関連の資材はそのように圧倒的な比率を占めておらず、費用面での造成工事の最適化がCO2排出面での工事の最適化と異なることが示唆された。建築工事に伴い発生するCO2も大きくこれも主として資材由来である。供用時のCO2排出は全体の63%にも達し、その内訳は冷暖房28%、照明・動力25%、交通8%ほかとなっており、これらのエネルギー節減がやはり重要であることが示されている。ニュータウン全体を対象にして、しかも実際の詳細な実施計画書を元にライフサイクル分析を行った例は国の内外を通じてほとんどなく、きわめて貴重な成果であるということができる。

 第6章は「ニュータウン建設にともなうCO2排出の抑制方法の評価」である。前章での現状解析を踏まえ、どの程度のCO2排出の削減がニュータウンで達成されるかを、比較的容易な対策から大規模な地域冷暖房導入まで、実際にこのニュータウンに導入する際の設計を行った上で解析している。その結果から、様々な技術を(1)CO2排出削減効果は小さいがコストの削減にもつながる技術(造成時の工法変更など)、(2)CO2排出削減効果は大きいがコスト面で導入が困難な技術(地域冷暖房、太陽光発電システム)、(3)CO2排出削減効果が大きくコスト面でも導入可能だが効用が異なる場合(集合住宅の増大)に分けて整理している。実際のライフサイクル分析に基づく対策の整理は環境負荷の小さい都市づくりを今後行っていく上で重要である。

 第7章は[地球環境都市の実現化方策]である。ここでは、実際の都市のプランニングぷろせすへのライフサイクル分析の導入可能性を論じ提案を行っている。

 第8章は「結論」であり、成果を総括すると共に、今後の課題を抽出している。

 地球環境を念頭においた都市環境計画の必要性は数多く指摘されるようになってきたが、都市の環境負荷を具体的な推定というもっとも基本的な研究が従来行われてこなかった。本研究ではその膨大な解析をあえて行うと共に、環境負荷低減の代替案を検討し、さらに都市環境計画におけるライフサイクル分析の有効な活用法についても示唆を与えており、新しい都市環境計画を実現していく上での大きなステップになったといえる。よって本論文は都市環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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