可燃性ガスセンサの材料として多孔質な金属酸化物半導体が多く用いられている。これらの金属酸化物表面には吸着酸素によって空乏層が形成されている。被検ガスが吸着酸素を消費することでその空乏層幅が減少し、金属酸化物の導電性(計測電流)が間接的に増加することを利用してガス検知を行っている。このためガス感度はガスの還元能力に大きく依存することになる。触媒作用を持つ貴金属等の第二成分を添加して感度やガス識別性の向上が行われているが、現在ではまでガス識別性は不十分であり、それを向上させる新たな方法の開発が強く望まれている。ところで、異種金属酸化物半導体同士を機械的に接触(ヘテロ接触)させたセンサがある。このヘテロ接触体では接触界面の電気的性質が被検ガスによって変化するが、計測電流を接触界面に対して垂直方向とすることでこの変化を直接的にとらえガスを検知している。このタイプのセンサでは、接触界面の構造や物性が検知特性に大きく影響するという特徴をもつ。そのため長所として、ガス感度の電圧依存性や多種ガス検知(水蒸気。COガス)等の特異な特性を示すが、短所として検知特性が接触圧力に影響されるという構造上の問題も合わせもつ。本研究では、構造的に安定なpn半導体界面が3次元的に形成された構造の作製法,構造制御法を確立するとともに、その構造とガス検知特性の関係を明らかにすることを目的として、酸化銅(CuO)と酸化亜鉛(ZnO)の複合体を作製し、その基礎電気物性,ガス検知特性の評価を行った。また、界面を貴金属超微粒子で修飾することで界面の物性を制御し、ガス検知特性に及ぼす影響を調べた。 第一章は序論であり、研究の目的と意義について述べた。まず、ヘテロ接触センサのガス検知原理を一般の酸化物半導体ガスセンサのそれと比較して述べ、その長所と短所を明らかにした。ヘテロ接触センサは一般のセンサと異なり、被検ガスによる酸化物半導体表面の電子状態の変化を接触界面(表面)を横切る電流(計測電流)でとらえるため、直接的にとらえることができる。しかし接触界面は物理的に不安定という大きな欠点をもつ。そこで、ヘテロ接触センサを複合化することで短所を解決することを提案した。また、界面を一般のセンサに用いられている触媒で修飾することで、長所を向上することを提案した。 第二章では、本研究で複合化した酸化銅(p-CuO)と酸化亜鉛(n-ZnO)をヘテロ接触の例として挙げて、ヘテロ接触センサについてその作製方法とガス検知機構について述べた。ガス検知機構は完全には解明されていないため、現在考えられている機構について述べた。水蒸気、(湿度)検知については、(1)界面での物理吸着水の電気分解による可動プロトンの生成,(2)物理吸着水によるZnO側界面のエネルギー障壁の低下、の二つの機構について述べた。COガス検知については、(1)界面でのCOガスの酸化反応にともなう界面を横切る電荷移動,(2)CuO側界面でのCO酸化によるZnO側界面のエネルギー障壁の低下、の二つの機構について述べた。 第三章では、第二章で述べたガス検知機構をもとに、複合化においてヘテロ接触開界面に要求される構造上,物性上の条件を示した。構造的条件は、接触面積をAとし接触部分の周囲の長さをLとしたとき、比A/Lが小さいことである。物性的条件は、界面が二相のみで構成され二相間の固溶や第三相の析出が生じないことである。また、界面に化学吸着等による界面準位が多数存在することが望ましい。次に、これまでに試みられた複合体の例を挙げ、それらの問題点をこの条件に基づいて指摘した。最後に、条件を満たす理想的な複合化手法として、多孔質なZnOマトリクスに比較的低温で加熱することでCuO相となり、マトリクスと反応しない水溶液の含浸・加熱が適している事を示した。そして水溶液として水酸化銅のアンモニア水溶液を用いる事を提案した。 第四章では、多孔質のZnOマトリクスに銅水溶液を含浸・加熱することで、CuO-ZnO複合体を作製し、その構造とガス検知特性を調べ、第三章での提案を実証した。走査電子顕微鏡による観察から、複合体中に雰囲気に対して開かれた構造上安定なCuO/ZnO界面が三次元的に形成されている事を確認した。また、電流-電圧特性に整流性がみられたが、室温にて相対湿度が5%から51%へ増加すると順方向電流のみが大幅に増加することから、複合体中の界面がヘテロ接触センサのそれと同様な特性をもつことが分かった。また順方向電流の立ち上がり電圧がヘテロ接触センサのそれの約3倍の2.4V〜3.0Vである原因として、ZnOマトリクスによる界面に直列に接続した抵抗成分の存在を予想した。複合体に印加した電圧の約1/3が界面に印加されているとしてその抵抗値を計算し、界面の電流-電圧特性を求めた。そして、この電流-電圧特性がpn接合に固有な特性と一致することから、この予想の妥当性を確認した。また250℃におけるCO,H2ガスに対するガス検知特性を調べたところ、ヘテロ接触センサと同程度であった。以上の結果より多孔質なZnOマトリクスに水酸化銅のアンモニア水溶液を含浸し加熱する方法が、複合化手法に適していることが確認された。 第五章では、複合体中の界面を金超微粒子で修飾することで界面の物性を制御し、ガス検知特性に及ぼす影響を検討した。具体的には、複合体中のCuO相を金超微粒子で修飾することで界面を修飾し、その電流-電圧(I-V)特性等とガス感度を調べた。また、界面の容量をインピーダンス測定法で調べ、金超微粒子が界面の物性に及ぼす影響を調べた。金の修飾は、銅水溶液にシアン化第一金をCuに対してAuが0at%〜5at%となるように添加することで行った。ところで金粒子は凝集し易いため通常は200℃以下で焼成しても粒径は10nm以上となってしまう。このため、含浸後に400℃で1時間加熱する本研究でも粒子の凝集が予想された。そこで含浸時に水溶液を約1分間で200℃まで昇温加熱することでAuとCuOを同時に生成させ、その後の400℃の焼成時における粒子の凝集を抑制した。複合体の電流-電圧特性とガス検知特性はAu粒子径に大きく依存した。Au粒子の修飾により抵抗値は減少し電流-電圧特性に整流性がみられなくなった。また抵抗は粒子径が20nm〜100nmの場合は大きく、粒子径が10nm以下の場合は小さかったが、COガスの導入によって殆ど変化しなかった。しかし、粒子径が10nm程度の場合は、COガスの導入によって抵抗は、粒子径が20nm〜100nmのレベルから粒子径が10nm以下のレベルまで大きく減少した。界面容量に関しても同様な関係があった。このように金粒子径と抵抗と界面容量には密接な相関がある事が判明した。ところで界面容量はインピーダンス測定においてDCバイアスに依存しなかったが、これは界面に多数の準位が化学吸着によって形成されているためと考えられる。またこの場合は界面電流及び界面容量が界面準位と密接な関係にあることが予想される。そこで上記の密接な相関関係は、金粒子径と界面準位の関連性が原因であると推定した。 第六章では本研究の総括を行った。本研究では雰囲気に対して開かれた物理的に安定なpn半導体界面をインフィルトレーション法により3次元的に複合体中に形成することに成功し、焼結体のヘテロ接触の根本的な欠点の解決方法を提案した。また界面に触媒作用をもつ金超微粒子を修飾することで、ガス感度が大幅に向上する事を発見し、ヘテロ接触の長所の向上方法を提案した。これらの手法により、pn半導体界面をより制御した高感度,高識別性のセンサの設計の可能性が示された。 |