学位論文要旨



No 112663
著者(漢字) 楠,房子
著者(英字)
著者(カナ) クスノキ,フサコ
標題(和) 協同学習における相互作用の支援
標題(洋)
報告番号 112663
報告番号 甲12663
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3941号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 佐伯,胖
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 溝口,博
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 本論文は,協同問題解決過程において他者との相互作用を支援するための方法論と方法論に基づいたシステムについて述べる.本研究の方法論は,集団の中での思考の外化,他者の思考との比較による自己の思考の再吟味,知識の再構築といった個人の理解のプロセスを支援するものである.

 本研究の適用は協同学習においての相互作用の支援である.従来の学習者の計算機の支援では個人の学習支援が中心であったが知識の獲得や利用,新たな生成などの知的作業は多くの場合,いずれも他者との協調作業でなされることが多い.

 協調作業において,どのように知識が生成され獲得されていくかというテーマに関して,その過程を計算機で支援しようとするCSCL(Computer-supported Collaborative Learning)の研究が計算機の分野で盛んに行われるようになり、人とコンピュータの相互作用の領域における認知科学のアプローチも学習者中心(Learner-Centered Design)のデザインへと変わりつつある.本研究ではコラボレーションのなかでの「個人の問題解決と集団の相互作用」に焦点をあてて計算機の支援の効果について詳細な分析をもとに検証する.

 集団で作業を行う場合には相互作用の中からコラボレーションをどう効果的に引き出すかという方法論が必要である.この場合には個人での作業ではなかった制約(競合,認知的負荷)が起こるので,正と負の両面から協同作業について検討していかねばならない.本研究ではこの学習者間のコラボレーションを効果的に引き出し負の要因を少なくするための計算機の支援を提案する.

 本システムは,学習者の思考の外化の支援のために,討論過程の履歴と数種類のパーツが用意されている.この履歴は時間軸で討論の内容が記述され,討論の状況や過去の討論との関連がわかりやすいようにパーツ類を用いて学習者が自由に操作することができる.この操作により相互の思考がよく理解でき,個人の学習者の外化内化が容易になる.

 実験は学校教育でのグループ学習におけるコラボレーションを観察した.実験1(予備実験)では,「課題」「操作性」について検証を行い,その結果,協同問題解決でのシステムの支援について考察した.その結果学習者にとって「自由に作り変えることができるインタフェースと操作性」がEngagementと高める「他者の思考がわかる履歴」による支援が効果的であったことが検証された.

 実験2では,実際に学校教育での協同問題解決の場で,システムを用いて実験し,学習者の相互の認知活動を観察した,その結果,協同問題解決過程におけるグループ討論では,学習者の思考の外化と知識の再吟味という個人の理解のプロセスに本システムは有効であることが検証できた.以上の結果から本研究の提案する方法論は,協同学習の相互作用を有効に引き出すために有効であるといえる.また本研究のシステムは,学習者が主体となったシステムであり,実際のグループ学習でも有効であったことも検証できた.

 協同学習での作業においての計算機の支援は,今後ネットワークでの利用が拡大するのに伴い大変重要なテーマになっていくと思われる.本研究では,計算機から知識を学ぶのではなく,計算機はあくまで協同での作業に便利なツールのひとつであるととらえた.

 主体は学習者であり,学習者同士の相互作用を有効に引き出すために計算機にできることは何かということを実験と評価を通じて示した.実際の実験のインタラクションの詳細な分析を通じて「個人の内化外化」とコラボレーションの枠組との関係が明確になったといえる.今後の教育や認知科学,計算機におけるコラボレーション支援のあり方についての研究として本研究を位置付けたい.

審査要旨

 楠房子提出の論文は、「協同学習における相互作用の支援」と題し、9章から成る。

 学校教育においてコンピュータを利用することについては、古くからさまざまな研究が行われてきた。最初に考えられたのはコンピュータに蓄えておいた知識を学習者に与えるという形であり、次には、学習者のモデルをコンピュータに与えておくことにより学習者に応じた教育を行うという形が考えられた。現在もそれらの研究は継続して行われているが、近年においては、さらに、複数の学習者どうしが討論などの相互作用を行う場において、コンピュータがどのような役割を果たし得るかについての検討が始まっている。本論文に述べられる研究は、この最後の形態をとりあげ、新しい支援方式を提案するものである。コンピュータが前面に出ることなく、ノートや黒板の延長上の文房具の一種としての役割を果たす時、筆者の提案する方式を採用すると、従来の教育支援システムや既存の文房具では得られなかった効果が生まれることが、実験により示されている。

 第1章は序論であり、研究の目的、研究の背景と位置づけ、および論文の構成と概要について述べている。

 第2章では、集団認知に関する従来の研究をまとめ、学習者間の相互作用を支援することについて、理論的検討を行っている。特に、Vygotskyの言うscaffoldingの概念を重要な概念として取り上げ、説明している。

 第3章では、教育の現場において、協同学習についてどのような試みがなされているかをまとめ、本研究で提案するシステムが使われる場の設定を行っている。本研究においては、個人の学習支援ではなく、協同で作業するグループ学習の支援をめざすことが述べられ、仮説実験授業の枠組を採用するという方針が説明される。

 第4章では、計算機による学習支援について述べている。まず、従来のCAI(Computer Assisted Instruction)システムの研究の概要をまとめ、次に、本研究の主題である相互作用支援の方式を提案している。

 第5章では、本論文で提案するシステムの構成を述べている。システムには、時系列で記述するオピニオンボードと記述間の関係を示すためのいくつかの部品が用意されている。それらの部品を用いることにより、協同学習において、システムはノートと異なる役割を果たすことができる。討論の履歴を振り返ったり、他者の意見と自分の意見の違いをシステムを用いながら確認することにより、学習者の思考の外化および内省が促進されることを期待している。

 第6章では、システムを学校教育の現場に持ち込んで予備実験を行なった結果について述べている。予備実験の結果から、システムの操作性、学習者グループの構成、学習課題の選択などについて、検討している。

 第7章では、前章の予備実験の結果を受けて、本格的な実験を小学校の実際の授業において行なった結果を述べている。システムを利用するグループと利用しないグループの比較により、システムの効果を確認している。システムを利用したグループにおいては、普段発言しない子供が意見を発言するようになった。その要因について、発話行動の連鎖分析などにより検討している。

 第8章では、システムの評価を行なっている。個々の学習者への効果、集団での相互作用への効果などについて検討している。さらに、実験から明らかになった問題点を明らかにしている。

 第9章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。

 以上を要するに、本論文は、協同学習の場において学習者どうしの相互作用を支援するための方法を提案し、実装したシステムを学校教育の現場に持ち込んで実験を行ない、提案した方式の効果を実証したものであり、工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54582