内容要旨 | | 社会や技術の発展により扱う問題が複雑化するにつれそれを扱うシステム自体も複雑化しつつあるが,複雑なシステムの設計や運用自体が非常に困難となることが大きな問題となっている.複雑なシステムに対する方法論として豊富な計算機資源を利用する協調分散方法論の有効性がしばしば主張されるが,分散した資源を利用するための基盤は提供されつつあるものの,分散協調システムのどの特質をどう利用すべきかという問題は依然として未解決のまま残されている.現実世界では多数の視点を利用することが柔軟性などの様々な利点をもたらすことに着目し,本論文は「協調問題解決システムにおける多元論的な意味の扱いを積極的に利用する方法論」を提案する.この方法論では全体問題を部分問題に分割し,各部分問題を担当するサブシステムが相互に協調しつつ機会主義的に問題解決を行うことで全体の問題解決が行われるが,その際に各サブシステムの主体性と自律性を尊重することで多元論的な意味の扱いを実現することを目指す.サブシステム自身が外界からのデータを解釈し自身にとって意味のある情報とすることで主体性を保証し,自身の必要性から他と相互作用を行うことで自律性を保証することを試みる.サブシステムは主体性と自律性を持って局所問題解決を行うという意味でエージェントと呼ばれ,全体システムは複数のエージェントの集合から構成されるマルチエージェントシステムと見なすことができる. マルチエーエジェントシステムの特質を利用して協調問題解決を行うために,本論文はエージェント間の協調の改善とシステム全体としての振舞の制御の改善に取り組む.従来の研究では意味を直接「示す」言葉を基礎にした形式的な通信言語やプロトコルを提供することを目的とするものが多いが,対象領域で適切な協調を行うために何を通信すべきかという通信内容の扱いは見過ごされてきており,また通信内容の表現力も不足している.本論文は表現力の粒度を上げて通信内容をより豊かにし,通信の目的や意図までも扱うことを目指すことでエージェント間通信に対する別の切口を提案し,これにより協調の促進を試みる.領域において意味を具現する「モデル」を通信内容の基礎にし,各エージェントがモデルを自身の観点に従って解釈しその意味を抽出することで協調を行う. 従来の研究のようにあらかじめ定められた協調戦略を利用して直接的な命令を通信しあうことでエージェント間の合意の形成を目指すのではなく,エージェントの問題解決結果への間接的な「コメント」を利用する協調メカニズムを提案する.自身が提案する問題解決結果から更に問題解決を進めてもらった結果を自身の提案に対するコメントとしてとらえ,元の提案がコメントでどのように変更されたかをもとに協調を進めて行く.自分の提案の影響が強くコメントの内容に反映されるため返された通信が自身にとってより意味のあるものになる.更に通信内容に「注釈」を付加し,通信の中身に対する自身にとっての重要性の強弱をも伝えあうことでより豊かな通信を行う.提案する協調メカニズムは相手にとってわかる言葉でフィードバックを返して上げるという比喩に沿った通信を行うことに相当し,これにより協調の改善を目指す. マルチエージェントシステムにおける適応は未解決の問題として残されてきたが,本論文は各エージェントにおける学習を利用してシステム全体としての適応を行わせ,これによりシステム全体の振舞の制御を改善することを目指す.従来は単一エージェントに適用されてきた強化学習メカニズムをマルチエージェントシステムに適用可能なように拡張し,個々のエージェントの学習により問題解決結果の向上とエージェント間の協調の向上を目指す.強化学習における報酬の与え方がシステムの振舞に大きな影響を及ぼすが,本研究では問題解決結果への報酬だけでなく協調すること自体への報酬も与えることでエージェント間の協調をある程度強制し,また両者の比の設定によりシステム全体としての振舞の制御が可能になることを示唆する.これは個々のエージェントの学習によりシステム全体としての振舞を生成させることで,全体としての振舞に対する複雑な制御メカニズムを使用せずにマルチエージェントシステムを利用することの可能性を示唆している. 本論文で提案するシステムは計算機上に実装され,小型人工衛星の自動設計を例題としての実験によりその有効性や性質が検証された.特に,上記の報酬の比を利用することで,システムが生成する解だけでなくその問題解決プロセスをもある程度制御することの可能性を示唆する結果が得られた.一方,マルチエージェントシステムにおける協調と学習に対する新しい可能性を示したが,その性能や収束に対する理論的解析や,エージェント数や問題解決対象のスケールアップの問題は将来の課題として残されている. |
審査要旨 | | 吉田哲也提出の論文は、「A Study on the Cooperative Problem Solving System which Exploits the Pluralistic Management of Meaning(多元論的な意味の扱いを用いる協調問題解決システムに関する研究)」と題し、英文で書かれ、7章から成る。 大規模で複雑な問題を単一の知識処理システムで扱うことは困難であることから、近年、人工知能の研究においては、多数のエージェントが協力しながら問題解決にあたるという分散人工知能の研究が盛んになされるようになってきた。しかしながら、それらの研究においては、エージェントどうしでやりとりする情報の文法を定めるにとどまったものが多く、実際にどのような情報の中身をやりとりすれば、協調問題解決が実現できるのかの議論が、なされていなかった。本論文は、エージェント間でやりとりする情報の意味に踏み込んで、協調問題解決支援システムの有効性を議論したものである。 第1章は序論であり、研究の目的、研究の背景と位置づけ、および論文の構成について述べている。 第2章では、関連する従来研究を概観している。まず、分散人工知能の研究について従来研究をまとめ、次に機械学習について従来研究を調査している。従来の研究は、扱う情報の形式の議論にとどまり、情報の意味に踏み込んでいないことが明らかにされる。 第3章では、本論文で提案する協調問題解決システムの枠組を与えている。対象とする問題として、設計問題を取扱うことが説明され、エージェントどうしがやりとりする情報の中身について検討がなされ、適当な粒度のモデルをエージェント間でやりとりするという方式が与えられている。また、協調促進のための機械学習の方式が提案される。 第4章では、前章で提案した枠組の実装について説明している。個々のエージェントのアーキテクチャとエージェント間の通信の方法と中身が示されている。 第5章では、前章で実装したシステムについて、実験を行っている。人工衛星の設計を例題として、エージェントどうしが、どのような情報をやりとりして、それをどう解釈し、協調問題解決が進むかを、いろいろな条件のもとで、実験している。また、エージェントの学習機能が、全体の問題解決にどのように寄与するかを調べている。 第6章では、実験の結果について分析し、本論文で提案したシステムの評価を行っている。従来の研究と比べて、意味の扱いや対象の構造の扱いなどが改善されていることが示されている。 第7章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。 以上を要するに、本論文は、協調問題解決システムがやりとりする情報の意味の扱いについて新しい方式の提案を行い、機械学習の機能などと合わせて、協調問題解決システムの実用性を高めたものであり、工学上、寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |