学位論文要旨



No 112669
著者(漢字) 足達,太郎
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,タロウ
標題(和) マメノメイガの繁殖行動と性フェロモンに関する研究
標題(洋)
報告番号 112669
報告番号 甲12669
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1732号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 助教授 永田,昌男
 東京大学 助教授 嶋田,透
 東京大学 助教授 石川,幸男
 東京大学 講師 久保田,耕平
内容要旨

 マメノメイガMaruca testulalis(GAYER)は、おもに熱帯地域においてマメ科作物を加害する重要害虫であるが、本種の生態、とくに繁殖行動に関しては、害虫管理上重要でありながらほとんどわかっていない。そこで本種の繁殖行動について、行動学的ならびに化学生態学的手法をもちい、室内における実験的研究をおこなった。

 なお本研究では、実験材料として、アフリカのガーナおよび日本で採集した個体群を室内で累代飼育した後代をもちいた。それぞれの系統は採集地名にちなみ、「ガーナ系統」および「本郷系統」と名づけた。

1.繁殖行動の解析

 羽化直後の雌ガを1頭ずつ透明容器にいれ、羽化当日(0日齢)から暗期(1日11時間)の行動を30分間隔で観察した。雌ガは照明用のよわい赤色光にも敏感に反応するため、各種の行動を明確に識別することは困難であったが、繁殖行動の一部とみなされる、移動、腹部末端節の露出、交尾前産卵の各行動は3-4日齢以降で活発になることが観察された。

 腹部末端節の露出は、節を露出したまま固定する場合と、節をだしいれする場合とが観察され、それらの経時変化と他の行動との比較から、前者は性フェロモンを放出して雄を誘引するコーリング行動、後者は産卵行動の一部であることが判明した。コーリング行動を経時的にしらべたところ、コーリングは暗期後半にのみ見られた。コーリング率のピークは消灯後9-10時間にあったが、もっともたかい日齢でも30-40%であった。コーリング率の経時変化および日齢による変化には、本郷系統とガーナ系統とのあいだでおおきなちがいはなかった。

 いっぽうケージ内での交尾行動を観察したところ、交尾は5日齢以上、消灯後8-11時間の時間帯でおもに観察され、雄ガはコーリングをおこなっている雌ガに誘引され、特定のパターンの配偶行動連鎖をへて交尾を達成することがわかったが、交尾達成率はひくかった。

 以上のことから、3-4日齢以上の雌ガは、暗期後半に性フェロモンの放出によって雄ガを誘引するものと推測された。これによって、雌性フェロモン同定に必要な雌ガからのフェロモン抽出が可能な時間帯、および生物検定にもちいる雄ガの性フェロモンに対する行動反応指標を確定でき、実際に雌抽出物に雄ガを誘引する活性がみとめられた。

2.雌性フェロモンの同定

 未交尾の雌ガのフェロモン腺抽出物を触角電位検出器装着ガスクロマトグラフで分析したところ、雄ガに触角電位(EAG)反応をひきおこす成分ピークが1個検出された。この抽出物をシリカゲルクロマトグラフィーで分離すると、EAG活性のあったピークは5%エーテル/ヘキサン画分に溶出した。生物検定によりこの画分の誘引活性を雌抽出物と比較したところ、雄ガの反応率は30%程度とひくかったものの、同画分は雌抽出物とほぼおなじ活性をじめした。

 つぎにEAG活性のあったピークのガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)をおこなった。電子衝撃イオン化(EI)法による質量スペクトルからは、共役ジエン化合物の存在をしめす顕著な開裂イオンピークと、m/z236の分子イオンピークとが検出され、このピークは炭素数16のジエンアルデヒド(ヘキサデカジエナール)の単一成分によるものと推定された。化学イオン化(CI)法による質量スペクトルからは、二重結合部位での開裂をしめすm/z85および183のつよいイオンピークが検出され、この化合物が10および12位に二重結合をもつと推測された。そこで10,12-ヘキサデカジエナールの4種の幾何異性体合成品と雌抽出物を、極性のことなる2種類のカラムをもちいてガスクロマトグラフィー(GC)で分析し、保持時間(TR)を比較したところ、いずれのカラムでも活性ピークのTRは、立体配置が(E,E)である幾何異性体(EE体)のTRと一致していた。

 EE体合成品のGC-MSの結果、そのEIおよびCI質量スペクトルは、それぞれ活性ピークのスペクトルときわめてたかい一致をしめした。そこで、精製したEE体合成品をもちいて生物検定をおこなったところ、あきらかな誘引活性がみとめられた。以上の結果から、本種の雌性フェロモンの主成分は(E,E)-10,12-ヘキサデカジエナール(E10E12-16:Ald)と同定された。この成分はガーナおよび本郷の両系統の雌抽出物に、いずれも約1ng/雌当量(FE)ふくまれていた。ガーナ系統ではさらに、GC-MSのマスフラグメントグラフィー法によって、ごく微量の(E,E)-10,12-ヘキサデカジエン-1-オールが検出され、性フェロモンの微量成分である可能性がかんがえられたが、生物検定ではフェロモン微量成分としての活性は確認できなかった。

3.フェロモン活性におよぼす幾何異性体の影響

 前項で、フェロモン主成分と同定されたE10E12-16:Aldの合成品は、精製をおこなわないと雄ガに対する誘引活性があらわれなかった。このことは、未精製の合成品にふくまれる何らかの不純物が、フェロモン活性を阻害していることをしめしている。

 そこで合成品中のフェロモン活性を阻害する成分をあきらかにするため、異性体純度のひくい(61%)E10E12-16:Ald合成品にふくまれる異性体およびその他の不純物を、GCをもちいて分取した。それぞれの画分は純度99%以上まで精製したE10E12-16:Ald合成品に添加し、フェロモン活性が低下するかどうかを生物検定によってしらべた。するとフェロモン活性の阻害はE10E12-16:Aldの幾何異性体をふくむ画分を添加したときだけにみられた。

 そこでつぎに、3種の幾何異性体をそれぞれE10E12-16:Ald合成品1ngに添加し、同様にフェロモン活性の阻害効果を検定した。その結果、異性体の添加量0.1ngではEZ体をくわえたときだけに活性阻害がみられ、添加量1ngでは3種すべての異性体で活性阻害がみとめられた。以上のフェロモン活性阻害効果は、異性体を雌抽出物1FEに添加した場合にもみられた。

 以上のことから、本種のフェロモン主成分E10E12-16:Aldの幾何異性体は、いずれもフェロモン活性を阻害し、とくにEZ体の阻害効果がもっともたかいことがあきらかになった。

4.繁殖行動におよぼす寄主植物の影響

 前項までの各項において、繁殖行動の観察される頻度や性フェロモンへの反応率が、総じて他種の場合よりもひくかったことから、本種の生息環境には繁殖行動を促進する何らかの要因が存在していることが推測された。そのような要因の中で可能性のたかいとおもわれた寄生植物の存在について検討した。

 雌ガを1頭ずつ透明容器にいれ、寄生植物(アズキ)葉をあたえた場合とあたえない場合とで、繁殖行動がどのように変化するかをしらべた。その結果、寄主植物葉をあたえた場合では、あたえない場合よりも、コーリング行動および交尾前産卵の開始日があきらかに1日はやくなることがわかった。また寄主植物葉をあたえると、コーリング率がたかまり、産卵数もよりおおくなる傾向がしめされた。一方、寄主以外の植物をあたえてもこのような変化はみられなかった。

 つぎに雌ガが寄主植物の存在をどのように感知しているのかをしらべるため、雌ガの触角およびふ節を切除して、寄主植物葉の有無による羽化から産卵開始までの期間(産卵前期間)の変化を検定した。その結果、寄主植物葉をあたえたことによる産卵前期間の短縮は触角を切除しても影響されなかったが、ふ節を切除したものでは産卵前期間の短縮が生じなかった。このことから雌ガは、寄主植物の有無をふ節に存在する感覚器官によって感知しているとかんがえられた。

 以上の結果から、本種の繁殖行動において寄主植物は、葉表面に存在する接触化学的もしくは機械的刺激によって、コーリングや産卵の開始をはやめたり、コーリング率や産卵数をたかめるなど、繁殖行動を促進する効果のあることが示唆された。

 以上要するに、マメノメイガの配偶行動には雌性フェロモンがふかく関与しており、その主成分はE10E12-16:Aldであることがあきらかになった。しかし同成分は幾何異性体の混入によって雄ガに対する誘引活性が阻害されるため、フェロモンを害虫管理に利用する際には十分な配慮が必要であることが示唆された。また雌ガは繁殖行動に際し、寄主植物と接触することによって、性フェロモンの放出や産卵が促進されることが示唆された。

審査要旨

 マメノメイガMaruca testulalis(GAYER)は、主に熱帯地域においてマメ科作物を加害する重要害虫であるが、本種の繁殖行動に関してはほとんどわかっていない。そこで本種の繁殖行動について、行動学的ならびに化学生態学的研究をおこなった。

1.繁殖行動の解析

 未交尾雌の暗期の行動を観察した。雌ガは外界の刺激にきわめて敏感に反応するため、行動の識別が困難であった。しかし、繁殖行動の一部であるコーリング行動、交尾前産卵が3-4日齢以降で活発になること、コーリングと交尾行動は暗期後半におこなわれるがコーリング率、交尾率はともに低いことがわかった。雄ガはコーリング雌に誘引され、特定パターンの配偶行動連鎖をへて交尾に至った。以上から、性フェロモン同定に必要なフェロモン抽出に適当な時間帯の確定、性フェロモンの生物検定法の確立ができ、雌抽出物中に性フェロモン活性が認められた。

2.雌性フェロモンの同定

 未交尾雌のフェロモン腺抽出物を触角電位(EAG)検出器装着ガスクロマトグラフで分析したところ、EAG活性を示す1ピークが認められた。抽出物をシリカゲルカラムで分離すると、EAG活性ピークは5%エーテル/ヘキサン画分に溶出し、この画分には誘引活性が認められた。EAG活性をもつピークのGC-MS分析では、EI質量スペクトルから共役ジエンを示す開裂イオンとm/z236の分子イオンが検出され、炭素数16のジエンアルデヒド(ヘキサデカジエナール)の単一成分が示唆された。CIスペクトルからは二重結合部位での開裂を示すイオンが検出され、10および12位の二重結合が示された。10,12-ヘキサデカジエナールの4種の幾何異性体と雌抽出物を極性の異なる2種のカラムによるガスクロマトグラフ(GC)で分析したところ、活性ピークの保持時間はいずれもE,E異性体(EE体)と一致した。EE体合成品のGC-MSの結果は活性ピークのそれと一致し、精製したEE体合成品に誘引活性が認められたので、本種の雌性フェロモンの主成分は、(E,E)-10,12-ヘキサデカジエナール(E10E12-16:Ald)と同定された。

3.フェロモン活性におよぼす幾何異性体の影響

 E10E12-16:Aldの合成品は精製しないと活性が現れず、合成品中の微量の不純物による活性阻害が示された。合成品中の阻害成分をGCで分取し、各画分を純度99%以上のE10El2-16:Aldに添加してフェロモン活性への影響を調べたところ、活性阻害はE10E12-16:Aldの3種の幾何異性体画分を添加したときだけにみられた。この効果は各異性体を雌抽出物に添加しても同様にみられた。異性体の中ではEZ体の阻害効果が最も高かった。

4.繁殖行動に及ぼす寄主植物の影響

 室内での繁殖行動の頻度や性フェロモンへの反応率は全体的に低く、本種の生息環境に繁殖行動を促進する何らかの要因の存在が推測された。その中で可能性の高いと思われた寄主植物の影響を検討した。寄主植物(アズキ葉)の存在が雌ガの繁殖行動に与える影響を調べたところ、コーリング行動および交尾前産卵が1日早まること、コーリング率および産卵数が上昇することが示された。寄主以外の植物にはこのような効果はなかった。次に雌ガが寄主植物の存在を感知する感覚器官を、触角およびふ節の切除により調べた。その結果、寄主植物による産卵前期間の短縮は触角の切除では影響されなかったが、ふ節の切除により消失した。このことから雌ガは寄主植物の存在をふ節に存在する接触化学もしくは機械的感覚器官によって感知し、繁殖行動が促進されることがわかった。

 以上要するに、本論文はマメノメイガの配偶行動に雌性フェロモンが深く関与し、その主成分はE10E12-16:Aldであるが、その活性は微量の幾何異性体の存在により著しく低下すること、また雌ガの繁殖行動が寄主植物の存在により促進されることから本種が寄主の有無によって繁殖行動を微妙に調節していることを明らかにした。これらの結果は、学術的には不明な点が多かったマメノメイガの繁殖生理に重要な知見を与えるとともに、応用的にも熱帯の主要作物であるマメ類の重要害虫である本種の制御に性フェロモンを使用する端緒を築くものであるなど、価値の高いものと認められる。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53959