学位論文要旨



No 112670
著者(漢字) 安達,めぐみ
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,メグミ
標題(和) キク切り花の開花および老化過程における炭水化物含量の変化
標題(洋)
報告番号 112670
報告番号 甲12670
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1733号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 杉山,信男
内容要旨

 観賞用の花の品質を決定する指標の1つに日持ちの良し悪しがある。キクは一般に日持ちがよいといわれている。キクは、エチレン感受性が比較的弱く、エチレン感受性が強い花に比べると、エチレンによって花の老化が促進される度合が小さい。従って、エチレン感受性の弱い花の老化には、エチレン以外の要因が関与している。その主な要因としては、炭水化物代謝や水分供給状態などが考えられる。

 キク科植物の多くは、茎あるいは根に貯蔵炭水化物としてフルクタンを持つので、キク科の代表的な植物である観賞用のキクも、茎あるいは茎以外の部位にフルクタンを貯蔵し、それが頭花への炭水化物の供給源となり、老化を遅延し日持ちをよくしている可能性がある。

 本研究では、市場によく出回っている切花用のキクを用いて、花、葉および茎における新鮮重、乾物重、花の半径、花の展開した角度を老化の指標として測定した。更に、各部位において、単糖、ショ糖、デンプンおよびフルクタン含量を測定し、キク植物体の開花および老化に伴う炭水化物代謝を調べた。特に、葉と茎は、上位葉、中位葉、上位茎、中位茎および下位茎に分けて、植物体内のどの部位が頭花に養分供給を行なっているのかを詳細に調べた。

 キクは冠婚葬祭用に安定して需要があり周年生産体系が確立しているので、秋ギク以外に、夏ギク、夏秋ギク、寒ギクおよび春の電照ギク等が供給されている。花の老化には、品種間差や季節間差のあることが考えられるので、春の電照ギク’秀芳の力’以外に、夏秋ギク’精雲’と秋ギク’秀芳の力’についても同様な測定を行って比較した。

 1.春期に栽培される電照ギク’秀芳の力’を用いた実験結果は次の通りであった。20℃および25℃では、実験期間中花の新鮮重および乾物重は減少せず、頭花が老化のステージに達することはなかった。頭花のグルコースおよびフルクトース含量の推移は、頭花の新鮮重および乾物重の推移と一致していた。よって、頭花には、他の部位から糖が養分として供給されたことになるが、その炭水化物供給源として茎の可溶性糖が考えられた。特に、上位茎と中位茎のDP5から10までのフルクタンは実験期間の前半で減少してほとんどなくなってしまうので、フルクタンがその主な炭水化物供給源である可能性が考えられた。葉の糖が頭花へ供給されている可能性もあるが、葉の糖の推移のみでは判断できなかった。また、キク切り花の老化は高温(30℃)で顕著に促進されることが、観察と各測定結果から示された。30℃では、急激に開花して急激に老化したが、その老化過程で、急激な水分損失と糖含量の低下が認められた。これは、高温によって呼吸や蒸散が増大したためであると思われた。

 2.夏秋ギク’精雲’では、高温(30℃)と茎長を小さくした場合の影響を主に調査した。頭花のフルクトース、グルコースおよびショ糖含量は実験期間中徐々に増加したが、高温処理と茎長を小さくした処理の場合は、その増加の程度が小さかった。よって、高温あるいは茎長を小さくする処理によって、頭花の生長および展開が抑制されることが示された。この生長および展開の抑制は、観察によって認められただけではなく、頭花の新鮮重および乾物重の減少で示される重量の減少、花の半径や花弁の角度で示される頭花の3次元的な展開の抑制、筒状花の増加と舌状花の減少によっても確認された。高温処理と茎長を小さくした処理の場合、頭花の生長と展開が抑制された理由は、頭花への水分および養分供給が減少したことによるものと考えられた。特に高温下では、呼吸および蒸散が増加し、頭花における水分および養分の消費が増加して、頭花の生長および展開が抑制されたことも考えられた。

 夏秋ギク’精雲’では、春期に栽培される電照ギク’秀芳の力’と同様に、花および葉ではフルクタンの存在はほとんど認められなかったが、茎にはフルクタンが認められた。茎のショ糖とフルクタンの合計値は実験期間中増加した。一方、葉では、デンプン含量は減少し、グルコース、フルクトースおよびショ糖含量は、増減を何度か繰り返した。この結果から、葉がソースとして炭水化物を頭花および茎に供給していることが示唆された。

 夏秋ギク’精雲’では、20℃で摘葉した区では、20℃で摘葉しない区とほとんど同様に生長し展開した。その理由は、夏秋ギク’精雲’の場合、茎に充分な可溶性糖が存在したので、20℃で摘葉しても頭花へ充分な養分供給が行われ、頭花が完全に生長し展開したためと考えられた。茎はシンク器官としてフルクタンなどを貯蔵するが、摘葉、高温処理、茎長を小さくする処理あるいは葉の老化によって葉から頭花への養分供給が不足した場合に頭花への主な養分供給源となることが考えられた。

 3.秋ギク’秀芳の力’での実験結果は、主に葉が頭花へ養分を供給していることを更に示す結果となった。頭花の乾物重は、茎長60cmで摘葉しない区でのみ増加し、他の処理区では増加しなかった。また、頭花のグルコースおよびフルクトース含量は、摘葉しない区では茎長が大きいほど増加した。従って、中位葉から多くの養分が頭花へ供給されていることが示唆された。しかし、茎長20cmで摘葉しない区の頭花の生長と展開は、60cmで摘葉しない区とほとんど変わらなかったので、上位葉からも多くの養分が供給されていることが示唆された。

 摘葉した区では、頭花の乾物重は一定で、頭花の生長および展開は抑制された。摘葉した区では、茎の可溶性糖は激減したが、葉との水分競合がないので茎および頭花の新鮮重は増加した。これらの糖分析の結果から、茎のみでは、頭花の生長と展開に充分な養分が供給できないことが判った。

 以上の結果から、収穫後のキク切り花の頭花に供給される養分は通常葉に蓄積されている糖であることが示された。しかし、高温、摘葉あるいは葉の老化などの条件によって葉から頭花への糖の供給量が少なくなると、茎の糖が主に花へ供給されることが示された。その際、茎の糖が充分多く存在し頭花へ養分が充分に供給されれば、頭花が完全に生長開花すると考えられた。キク切り花の各部位に含まれる糖の種類と含量には、品種および季節間差があることが本研究で示された。

審査要旨

 キク切り花は他の種類の切り花と比較して長く観賞できる。一般にエチレンに対する感受性は花の老化に関係しているが、キクの花はエチレン感受性が低い。本研究は、キク切り花の葉や茎に蓄えられている炭水化物が切り花の日持ちに影響する可能性を確かめるため、可溶性糖ならびに貯蔵糖の消長と花の老化の進行との関係を環境制御室の20、25、30℃の条件下で調査した。

 第1章では、春栽培の電照ギクを用いて、まず頭花の直径、舌状花の花弁の展開や下垂の角度を測定することにより、頭花の発達と老化過程を数値化した。頭花の乾物重はその発達過程で増加し、その後一定になったが、30℃では急減した。茎の乾物重の低下は顕著であり、頭花の乾物の供給源となっていた。それに対して葉の乾物の低下は明瞭でなかった。

 第2章では、乾物の消長を詳細に調べるために、糖を分析した。頭花にはグルコース、フルクトース、ショ糖、葉と茎にはその他にフルクタンが存在した。茎は特にフルクタンが多かった。茎のフルクタンは、頭花の発達過程で加水分解され、頭花の生長に必要な糖を供給したことが示された。

 第3章では、夏に栽培した夏秋ギクを用いて、温度の影響のほか、切り花に蓄積されている糖量を制限して、その頭花の発達に及ぼす影響を調査した。30℃は他の低い温度に比べ、また茎長20cmは60cmに比べて、頭花の乾物重、直径、舌状花の展開角度が顕著に減少した。これらの減少とともに、小花のうち舌状花の割合が低く、筒状花の割合が高くなった。20℃下で摘葉の影響を調べたが、その頭花の発達に及ぼす影響はほとんどなく、葉の頭花の発達に対する寄与は小さいことを示した。

 第4章では、上記の試料における糖の消長を調査した。頭花の発達が終了したあとの処理期間後半における茎長60cmの切り花各部の糖の消長をみると、茎ではフルクタンが処理期間後半にどの温度でも増加し、葉ではデンプンは低下するとともに、可溶性糖が複雑に変動した。これは、頭花が必要とする以上の糖が供給されると、茎では糖がフルクタンとして貯蔵される可能性を示唆した。また、茎長20cmでは、頭花の糖濃度の増加が緩やかとなり、そのような現象は認められなかった。

 第5章では、春に栽培した電照ギクを用いて、茎長と葉の有無の影響を調べた。茎長60cm有葉区では頭花の乾物重が増加したが、茎長20、10cmの有葉区とすべての摘葉区では、増加しなかった。この結果は葉から乾物供給が行なわれることを示した。特に、摘葉処理をした、すべての茎長の頭花の乾物重が同じであったことは、茎が頭花の発達に寄与する程度は小さいことを示した。

 第6章では、上記試料について糖の分析を行なった。頭花の糖含量は摘葉によって大きく減少した。茎の糖含量は、これまで行なった実験の中でもっとも低かった。このような場合には、葉の糖が頭花の発達に寄与することが示された。

 以上の結果、キク切り花の頭花に供給される糖は通常葉に蓄積しているものであるが、高温や、摘葉、葉の老化などの条件下では茎の糖が供給を補うように転流することを明らかにした。また、フルクタンはおもにキクの茎に貯蔵され、その加水分解物は切り花の日持ちを高める役割を果たしていることを明らかにした。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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