観賞用の花の品質を決定する指標の1つに日持ちの良し悪しがある。キクは一般に日持ちがよいといわれている。キクは、エチレン感受性が比較的弱く、エチレン感受性が強い花に比べると、エチレンによって花の老化が促進される度合が小さい。従って、エチレン感受性の弱い花の老化には、エチレン以外の要因が関与している。その主な要因としては、炭水化物代謝や水分供給状態などが考えられる。 キク科植物の多くは、茎あるいは根に貯蔵炭水化物としてフルクタンを持つので、キク科の代表的な植物である観賞用のキクも、茎あるいは茎以外の部位にフルクタンを貯蔵し、それが頭花への炭水化物の供給源となり、老化を遅延し日持ちをよくしている可能性がある。 本研究では、市場によく出回っている切花用のキクを用いて、花、葉および茎における新鮮重、乾物重、花の半径、花の展開した角度を老化の指標として測定した。更に、各部位において、単糖、ショ糖、デンプンおよびフルクタン含量を測定し、キク植物体の開花および老化に伴う炭水化物代謝を調べた。特に、葉と茎は、上位葉、中位葉、上位茎、中位茎および下位茎に分けて、植物体内のどの部位が頭花に養分供給を行なっているのかを詳細に調べた。 キクは冠婚葬祭用に安定して需要があり周年生産体系が確立しているので、秋ギク以外に、夏ギク、夏秋ギク、寒ギクおよび春の電照ギク等が供給されている。花の老化には、品種間差や季節間差のあることが考えられるので、春の電照ギク’秀芳の力’以外に、夏秋ギク’精雲’と秋ギク’秀芳の力’についても同様な測定を行って比較した。 1.春期に栽培される電照ギク’秀芳の力’を用いた実験結果は次の通りであった。20℃および25℃では、実験期間中花の新鮮重および乾物重は減少せず、頭花が老化のステージに達することはなかった。頭花のグルコースおよびフルクトース含量の推移は、頭花の新鮮重および乾物重の推移と一致していた。よって、頭花には、他の部位から糖が養分として供給されたことになるが、その炭水化物供給源として茎の可溶性糖が考えられた。特に、上位茎と中位茎のDP5から10までのフルクタンは実験期間の前半で減少してほとんどなくなってしまうので、フルクタンがその主な炭水化物供給源である可能性が考えられた。葉の糖が頭花へ供給されている可能性もあるが、葉の糖の推移のみでは判断できなかった。また、キク切り花の老化は高温(30℃)で顕著に促進されることが、観察と各測定結果から示された。30℃では、急激に開花して急激に老化したが、その老化過程で、急激な水分損失と糖含量の低下が認められた。これは、高温によって呼吸や蒸散が増大したためであると思われた。 2.夏秋ギク’精雲’では、高温(30℃)と茎長を小さくした場合の影響を主に調査した。頭花のフルクトース、グルコースおよびショ糖含量は実験期間中徐々に増加したが、高温処理と茎長を小さくした処理の場合は、その増加の程度が小さかった。よって、高温あるいは茎長を小さくする処理によって、頭花の生長および展開が抑制されることが示された。この生長および展開の抑制は、観察によって認められただけではなく、頭花の新鮮重および乾物重の減少で示される重量の減少、花の半径や花弁の角度で示される頭花の3次元的な展開の抑制、筒状花の増加と舌状花の減少によっても確認された。高温処理と茎長を小さくした処理の場合、頭花の生長と展開が抑制された理由は、頭花への水分および養分供給が減少したことによるものと考えられた。特に高温下では、呼吸および蒸散が増加し、頭花における水分および養分の消費が増加して、頭花の生長および展開が抑制されたことも考えられた。 夏秋ギク’精雲’では、春期に栽培される電照ギク’秀芳の力’と同様に、花および葉ではフルクタンの存在はほとんど認められなかったが、茎にはフルクタンが認められた。茎のショ糖とフルクタンの合計値は実験期間中増加した。一方、葉では、デンプン含量は減少し、グルコース、フルクトースおよびショ糖含量は、増減を何度か繰り返した。この結果から、葉がソースとして炭水化物を頭花および茎に供給していることが示唆された。 夏秋ギク’精雲’では、20℃で摘葉した区では、20℃で摘葉しない区とほとんど同様に生長し展開した。その理由は、夏秋ギク’精雲’の場合、茎に充分な可溶性糖が存在したので、20℃で摘葉しても頭花へ充分な養分供給が行われ、頭花が完全に生長し展開したためと考えられた。茎はシンク器官としてフルクタンなどを貯蔵するが、摘葉、高温処理、茎長を小さくする処理あるいは葉の老化によって葉から頭花への養分供給が不足した場合に頭花への主な養分供給源となることが考えられた。 3.秋ギク’秀芳の力’での実験結果は、主に葉が頭花へ養分を供給していることを更に示す結果となった。頭花の乾物重は、茎長60cmで摘葉しない区でのみ増加し、他の処理区では増加しなかった。また、頭花のグルコースおよびフルクトース含量は、摘葉しない区では茎長が大きいほど増加した。従って、中位葉から多くの養分が頭花へ供給されていることが示唆された。しかし、茎長20cmで摘葉しない区の頭花の生長と展開は、60cmで摘葉しない区とほとんど変わらなかったので、上位葉からも多くの養分が供給されていることが示唆された。 摘葉した区では、頭花の乾物重は一定で、頭花の生長および展開は抑制された。摘葉した区では、茎の可溶性糖は激減したが、葉との水分競合がないので茎および頭花の新鮮重は増加した。これらの糖分析の結果から、茎のみでは、頭花の生長と展開に充分な養分が供給できないことが判った。 以上の結果から、収穫後のキク切り花の頭花に供給される養分は通常葉に蓄積されている糖であることが示された。しかし、高温、摘葉あるいは葉の老化などの条件によって葉から頭花への糖の供給量が少なくなると、茎の糖が主に花へ供給されることが示された。その際、茎の糖が充分多く存在し頭花へ養分が充分に供給されれば、頭花が完全に生長開花すると考えられた。キク切り花の各部位に含まれる糖の種類と含量には、品種および季節間差があることが本研究で示された。 |